シュトゥットガルト駅に、あたふたした気持ちで到着した。 Till Krügerがいったいどんな見た目をしているのかも分からない。待ち合わせをしている人が山ほどいる駅で、僕の手にある写真を見て、若い坊主頭の男性を探した。駅改札には、そんな坊主少年が山ほどいたんだ。会えずじまいになってしまうのではという不安も抱えながらも、曖昧な目で僕を見つめている少年がいる。腰パンジーンズに‘UR’と描かれた黒いTシャツ、そう、デトロイトの、Jeff Mills や Mike BanksのUnderground Resistanceだ。僕に気を使って着てきてくれたみたいだ。

彼は言った。「僕のアパートに行こうよ、駅から歩いても15分くらいだから。」彼のアパートに向かう僕たちの会話は何だか不自然なものになっていた。レコーダーのスイッチが入っていないのに、僕が聴きたかったトピックを話すわけにはいかないという焦りからかもしれない。しかしそんな試みも失敗に終わった。それから5分もしないうちに彼がシュトゥットガルトがどんなに退屈な場所か話し始めたからだ。彼は数年前、建築学校に入学するためにこの場所へ引っ越してきたという。「ここで暮らし、勉強し、そして僕自身の為に音楽を作っているよ」後に彼はこうも語ってくれた。「ここで開かれるパーティーにもあまり行かない。ここのクラブで流れているような音楽が好きじゃないんだ。もちろんかっこいいDJもパーティーもあるけど、大部分は良いものとは言えない。他の人から見れば最高なのかもしれないけれど、僕にとって答えはNoだ。」彼の通う大学を通りすぎた所でいきなり土砂降りの雨が降ってきた。どちらも傘は持っていなかった。僕のジーンズはびしょぬれで、防水機能なんてついていないレコーダーもびっしょりで、会話を録音する計画も失敗に終わってしまった。
キャンパスが彼のアパートなわけがない。ということで、もうすこし歩かないといけないのだが、Krügerは英語のジョークを飛ばしながらその場を和ませてくれた。まだ先は遠いようだ。雨宿りできそうな所に向かった時には既に、僕たちは雨でびっしょりだった。彼は、そんな時にも僕について質問してきたり、わざわざ僕がインタビューをしに来たのが不思議という様子だった。

結局数分がたち、雨がやむことを願いながら、クラスメイトと一緒にシェアーをしているという彼のアパートに向かう事になった。彼の部屋には子供がもっているような恐竜や電車の模型、そしてTechnics 1200とレコード、 Underground ResistanceのポスターそしてMac bookが置いてある。趣味から生まれた野生のアーティストだ。MIDIキーボードが机の上に置いてあった。「兄貴から貰ったんだ。彼も3年くらい愛用していたから、キーの部分が指紋とかで黄色かったんだ。それを洗って僕にくれた。僕自身も、もう5年も使っているよ。」プロダクション用のミキサーはeBayで15ユーロで買ったという。彼のスピーカーもかなり年期が入っていて、彼が言うには、「くそ」らしい。学生の傍らアルバイトをしている彼の収入はとても少ない。こんな彼にインタビューをしにはるばるベルリンからやってきたなんて素敵ではないか。 Sven Väthや Laurent Garnierという名前ばかりに注目が行ってしまっているから、そう思ってしまうのかもしれないが。

Krügerは、スイスとドイツの国境沿いに位置する人口わずか6000あまりの町シュトカッハで育った。彼が初めて手にした楽器はピアノでもギターでもない。10歳になると、彼の両親は意外な楽器を彼に薦めた。顔に笑みを浮かべながら「兄貴がアコーディオンを弾いていたんだけれど、僕の家にはアコーディオンが何台もあったんだよね。」と教えてくれた。「母と『あなたは何を弾くの？』『ギターさ』『何て？』『アコーディオンさ、、』ってね。十代の自分としては本当に恥ずかしかったよ」こう言うと、部屋は僕と彼の爆笑の渦で包まれた。「16歳の時、腕の骨を折ってしまったんだ。その時父親に『もうアコーディオンはやらないよ！』って遂に言えたんだよね」

予想外にも、十代半ばまで彼の興味の対象はパンク、ロック、ギャングスター系のラップやヒップホップだった。その後、彼の兄が Monika Kruse、Pascal F.E.O.S、Chris Liebingのミックステープを彼に貸したことで、テクノへの火がつく。そこから Paul Kalbrenner, Alexander Kowalskiや Joris Voornなどテクノシーンを深く探る事で、デトロイトサウンド系プロデューサーの作品に出会う。現在では、D16のDrumazonという、彼には手の届かない909に匹敵するプラグインで、彼は作品のほぼ全てを作っている。テクノミュージックを作り始めたのは彼が19歳の時だ。

色々な意味で Krügerのような経歴はポストインターネット系アーティストにはよくある話だ。つまり、あまりよく知られていない若いプロデューサーの曲がメールを通して送られ、レーベルとの契約に至る。彼の場合、2009年にケルンにてKai Sasse そして Dirk Middeldorf によって創設されたレーベル200との契約だ。レーベル側の方針に沿って Krügerは15に及ぶトラックを送り、それが結果として彼のファーストEPとまでなってしまったのだ。レーベル側とアーティストがこのような事を何回も行うのが常であるが、 Krügerの場合一回でリリースが決まってしまった。数ヶ月後、彼の音が形となって表れる。「200のDirkから連絡があったんだ。」座っている椅子を揺らしながらに語った。「Sven Väthの Sound of the Eleventh Season でのリリースに際してCocoonからライセンスの契約書を貰ったんだって言うんだ。何かのジョークだと思ったさ。」

ミックスにフィーチャーされたのは”Wrong Shirt”で、彼が200に送ったものと同じだ。「本当に信じられなかったよ。CDを見るまでは信じてはいけないって思ったんだ。ほら、人から聞いたことを現実になるまでは信じるなって言うだろう？」一ヶ月もしないうちに、また連絡が来たという。彼のデビューEPからのセカンドトラック"Wumme"が、同じコンピレーションからライセンスをもらったという知らせだった。そんな連絡が来たとき、Middendorfにこう言ったらしい。「もしこの曲が本当にCDとしてリリースされたら、リリース日に地元に戻って、レコードショップに行くんだ。音楽ショップは地元に一つしかなくて、そこであの Sven VäthのCDを買おうと思ってるんだ。」そして彼は実行した。「買った瞬間は最高だったよ。」Sven VäthのCDリリース以後、 Laurent GarnierからTwitterを通して好評をもらったり、 John Digweedのラジオ放送にも登場するまでに至った。

皮肉な事に、彼の音楽と才能は、長年の間注目されることは無かった。「沢山のレーベルに曲を送ったりしたけれど、誰も僕の曲に興味を示してくれなかったんだ。誰もメールの返事をしてくれない中、200だけが唯一僕に連絡をくれたんだよ。」僕は、彼にその当時の体験が辛かったか聞いてみた。「音楽はすごく好きだったんだ。ただ、誰も何も言ってくれなかった事実がとても悲しいかったよ。べつに良いとか悪いって言っているわけではないけどね。」楽曲を全てネットに上げて無料ダウンロードにしようとも考えていたらしい。「でもつい最近自分の名前をyoutubeで検索してみたら、 'Wrong Shirt' がアップロードされていて 10,000以上の人が視聴してくれていたんだよ。」この事に加え、今年の1月に200からセカンドシングル「The Green/Last Track」がリリースされたにも関わらず、彼の顔からは自信の表情が見受けられない。彼はいつも兄に意見を求めるという、そう、彼にキーボードやミックステープをあげた兄だ。「5年前と比べると、自分の音楽に満足する基準は高くなってるね。自分の音楽に今は自信をもてるんだ。けれど徐々に、自分に満足する曲が出てくるペースが遅くなっていると思うよ。当初は、まぁまぁ早かったんだったんだけど、ここ二ヶ月満足いくものが作れていない。」

彼は基本おじけづいていて、夏に訪れとともにその問題も解決されると良いのだが。そんな中、彼はライブを控えている。エッセン近郊で開催される大規模なフェスティバル、Nature Oneだ。「テクノ系のフェスには行ったことがないんだ。というかフェスティバル自体行った事がないよ。つまり、初フェスでの初公演っていうわけだ、凄いよね（笑）。」昨年Narure Oneに行った友人が、 Krügerにあれだけのサイズのダンスフロアーには対抗できないだろうと冗談を言ってきたらしい。ちょっと冗談に聞こえないような、酷い台詞だと思われるかもれないが、Krügerは何と今まで10回しかパフォーマンスをした事がないのだという。彼自身、パフォーマーよりもプロデューサーとしての存在を認めている。DJとしてよりもライブをやる事のほうが、レコードをかけるよりもスタジオにいる感覚になれるから落ち着くのだという。

彼の一番注目されたセットは、 "Diabla"というトラックからも影響を受けたという Funk D'Voidのウォームアップの時だ。「とても興奮した。フェーダーを使っている時でも常に彼のリアクションを見ていたよ。彼がバーに行って、飲み物を持って僕の後ろに来ると、こう叫んでくれたんだ、『お前最高だよ』って。」彼が出演したイベントの殆どは、シュトゥットガルトにある Climax Institutesで開かれたが、本人はシュトゥットガルトシーンの一部だとは思っていないようだ。それも別に驚く事ではなく、ここはベルリンやフランクフルトやケルンでもない。とても保守的なシュトゥットガルトという街の持つポリシーには、脅威さえ覚える。「ここから10キロほど離れた Pforzheimという所でライブをしたことがあるんだ。僕は、2時から3時までやって、パーティー自体は朝の11時まで続いたよ。けど朝の5時6時には音量を下げなくてはいけないし、バーでの販売も一時間中止になるんだ。これも自警団のせいなんだけど。信じられないだろう？NO MUSIC NOアルコールだけじゃなくて、NOファンタ、NOコカコーラだよ！一時間、音量もアルコールも無い場所に、二日酔いぎみの人たちが待っているんだ。」

しかしこのような事は、小さな問題に過ぎない。 Krüger は感銘を受けていないようだが、アフターアワーのベンニューはこの地域にとって重要な部分であるようだ。「僕にとって、パーティーが朝の7, 8時に終わるのは悪くはないと思うよ。でも、パーティーが終わったら、もう終わり。そこからまた次のパーティーなんて考えたくもないね。僕はドラッグをやらないし、アフターアワーに行くような人とは馬が合わないんだ。」しかし Krüger にとって一番気がかりなのは、シュトゥットガルトのシーンの多様性のなさだ。 600,000という人口もそれに関係しているのかもしれない。「ハウス、ドラム＆ベース、この街にあるクラブ全てはなんでもかかってる。けれど、皆同じなんだよ。皆同じさ。」ベルリンのように様々な事で盛りだくさんな土地へ移り住む考えがあるのかと思いきや、 Krügerにはその気がないという。大学が終わった後の計画もないそうだ。今はただ、音楽がやりたい、と彼は語ってくれた。