Steven Warwickといえば、「これ！」という定番エピソードがあるという。それはリーズにいた時代、彼がショッピングセンターの地下にあるナイトクラブに向かった時の話だ。ドアマンに話しかけるSteven。「今日は何がやってるの？」ドアマン「あぁ、今日はゲイナイトだよ。」その答えに突っ込むSteven。「それって、どういうの？」ドアマン「ゲイの為の音楽だよ。わかるだろう、ゲイミュージックだよ。」「ゲイミュージック？何それ？」Stevenは続けてこう言った。「ゲイミュージック、是非聴きたいねえ。」すかさずドアマン「いや〜でももうそろそろ閉店するよ」Steven「いや、閉店間際だろうとエントランス料金は払うよ。一杯飲みたいんだよね。」それにドアマンの一言「バーも閉まってるんだよね。」そこにStevenの反撃「いや、ただ踊りたいだけなんだよ！」最後にドアマンの「OK」サイン。2人の爆弾トークは終息した。

Stevenはそれ以来、あるコンセプトに魅了されているという。「ゲイカルチャーの中にある社会文化的なものに興味があったんだ。」Stevenの言う”ゲイミュージック”は、同性愛者の意味合いのものでは必ずしもない。むしろ、振る舞い方を定義するものなのだ。
彼は自身のソロプロジェクトの概要を述べながら、こんなことも言ってくれた。「僕は、目に見えるミュージックを作りたいんだ。殆どの音楽が、目に見えないものばかりだからね。ゲイカルチャーみたいに。」 Birds of Play、Hungover Breakfast としての活躍、そしてLuke YongerとのコラボレーションBirds of Delayを経て生まれた Heatsickは、色々な意味でStevenの音楽的追求の延長だ。ダンスミュージックとエクスペリメンタルなセットを混ぜ合わせた今回のようなプロジェクトは、彼の音楽人生において初の試みだ。

Google検索で、 "Heatsick"とタイピングし彼のアーティスト名を検索する。「もしかしてHeatsink?」と出てきてしまった。彼の名前を探すのには一苦労だ。彼のペンネームでもあるHeatsickについてその由来を訊いてみた。「響きが良いからだね。熱射病（heatstroke）だとあまり良くないから、ヒートシック（熱射嫌い）にした。ちょっと汚いかもしれないけど、あのゲロが出てきそうな気持ちが基になっているよ。荒々しい印象を与えたかったんだよね。」Heatsisckという名前は、彼のサウンドを有りのままに表しているといえる。Heatsickの名の下での初めてのリリースは2006年。そのノイズ音満載のシリーズは、自身のレーベルAlcoholic Narcolepsyから発売された。ちょうどその頃、彼は自身の拠点地をイギリスからドイツのベルリン、北地区に位置するウェディングへと変更する。「文字通り、スーツケース片手にベルリンへ乗り込んだんだ。それ以外何も持っていなかったし。だから一日中作業をするだけだった。家賃も一ヶ月で100ユーロだったし、Heatsickとしてだけの活動で飯が食えたのさ。」

Heatsickの当初のリリースの多くは、ワンテイクで録音されたものだ。クランチーで手作り感溢れる作品ではあるが、全作品全てが入念に考えられたコンセプトを基に作りあげられたようだ。「考えに考え抜いた末に出来上がったアイディアが基になっているんだ。それが伝わればいいけど。」とSteven。「曲の本質に即興的な要素が含まれているのは確かだけど、それぞれの曲の中には前から考え込まれたアイディアが入っているんだよ。つまり、一発本番だけが持つクオリティーも入れていると同時に、何回も熟考されたアイディアが混ざり合っているんだ。」Heatsickとしての初めてのリリース“Submerged”は、Stevenのトレードマークでもある即興で作られたような唸るサウンドであった。しかし2008年にリリースしたカセットテープ“Dubbed Sunshine”をキッカケに、ループとビートを軸にした音楽スタイルへとシフトしていった。

「Dubbed Sunshineは、僕の今やっているような音楽活動のキッカケにもなった一曲だ。面白い事に僕は長年の間、常にダンスミュージックに影響を受けていて、今はそれが形となって出てきているんだ。」首尾一貫としたトラックは、ふわふわした雰囲気ながらしっかりとした、聴き慣れないリズムが飛び交う。ここでも、彼の面白いコンセプトが表現されている。「規定とかルールを決めたプロジェクトではないんだ。Heatsickっていう名前は、限界を越えた状態を表現したかったんだ。」

14歳の時にカセットテープを使ったループ作業をし始めて以来、Stevenの音楽は生々しいく粗いものでありながら、全てのサウンドが綺麗に混ざり合うようなものになっている。「まとまっていながらも、色々と音と遊べるっていうのはとてもいいと思うんだ。僕の音楽の特徴でもあるけどね。」イギリス東部に位置する田舎街、ピーターバラで生まれ育った彼、地元にはシーンと呼ばれるものは何も無かったという。そんな中、ラジオを聴いていたのだが、特にJohn Peelの存在が彼に音楽的影響を多く与えたそうだ。「MosannaやJohn Peenの番組から、日本からの音楽を色々と聴いたんだ。『何なんだ、彼は！楽器も手にしていないのに。』っていう気分だったよ。」

「土曜の朝6時、すっごい盛り上がり様で、
お客さんはベロンベロンに酔っぱらっていて。
そんな中で、'僕はCasio一つでライブ'さ。」

Manuel Göttschingのアルバム『E2 E4』などのエレクトロニック系作品が世に出回る中、意外な事に、Scionのベルリンでのパフォーマンスが彼にダンスフロアー系ミュージックへの火をつけたのだ。「もう閉店してしまったけどベルリンのWMFに行った時、朝の3時、4時くらいだったかな。フロアーはアンビエントな雰囲気で包まれていて、皆踊っていたんだ。Scionにだけじゃなくて、とにかくアンビエントなものに沿って皆が踊り狂っている姿を目撃したことが本当に刺激的だったんだ。こういうことをしたらもっと面白いんじゃないかなってその時思ったんだ。」

コンサートとライブを軸に活動していた彼がクラブパフォーマンスへと足を踏み入れた事によって、社会的で知的なアピールを彼にもたらした。「クラブという環境でライブをする事にとても興味を持ったんだ。クラブだと皆踊るからね。」コンサート会場とクラブを比較して、彼はこう言ってくれた。「コンサート会場だとセッティング、サウンドチェックを経て、30分間ライブをする。コンサート自体は夜10時くらいに終わるよね。クラブとなると１時間もライブで、しかも朝の3時とか6時からのスタートだ。サイケデリックな体験をするには最高だし、日常の生活では感じられないことも感じられる。時間帯を変えただけで、あんなに変わってしまうんだから。」

パフォーマンス時に使用する彼のCasioは、年期も入り壊れた鍵盤だらけのもので、エフェクターといえるものも一つしかない。Heatsickのパフォーマンスはユニークだ。シンプルなループから始まり、新しいパターンをループの節目を狙って追加している。最終的には、初期シカゴハウスのミックステープのようなものが出来上がっている。「ミックスにばかり目が行ってしまった時期があったんだけど、ダンスミュージックは様々な曲が流れ込むっていうアイディアもあったし。アーティストHeatsickとしては、こういったアイディアを大切にしていこうと思っているよ。キーボードを使ってライブを行っているけど、自分があたかもDJになった気分でね。」

昨年のベルリン Raum18でのパフォーマンスは、Prosumerとしても知られている Achim Brandenburgからも注目され、遂にはPanorama Barでもパフォーマンスを行うことになった。Daniel Wang, DJ Harvey, ProsumerそしてCassyと共演を果たし、彼は1時間のライブセットをCasio一つでやり遂げた。「あれは、最高だった」と当時の夜について思い出す彼。「土曜の朝6時、すっごい盛り上がり様で、お客さんはベロンベロンに酔っぱらっていて。そんな中、僕はCasio一つでライブさ。」

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HeatsickはDJもするが、DJとして公にでる事は滅多にない。ロンドンをベースに活動するレーベル兼ウェブサイト Entr'acte mixに挙げられた彼のミックスは、彼のユーモアとセンスをご覧になりたい人にとっては見逃せないものだ。David Bowieのループから始まり、クラシックディスコやダンストラックに乗せてアメリカの小説家William S.Borroughsと映画監督のJack Smithによる同性愛について語るナレーションが流れる。それはStevenの音楽に対するアプローチが顕著に見ることができ、彼はこう説明してくれた。「常に、ゆったりし続けたり、絶え間なく変化することっていうアイディアを表現しただけだよ。」

Discodromo と Boris Dolinskiが運営するレーベル Cocktail d'Amore から近日リリースされる“Dream Tennis EP”では、「従来」のダンスミュージックを伺うことが出来る。何年もの実験を通してHeatsickが完成させた「Casioスタイル」のハウスミュージックが目に見える作品だ。 "Dream Tennis" はハウスをモーチフにしたのがにわかに想像できる、ロウビットな表現がされている。EPには、 Prins Thomasの他にもラテン色が強いチリ人プロデューサーDiegorによるリミックスが収録されている。

その他にも、今年の終わりには “INTERSEX LP”をPan Recordsから出す予定だ。「タイトルのアイディアは、ドイツ人の性科学者でもあり、性的同一性を唱えたパイオニア的存在Magnus Mirshfeldからきているんだ。このアイディアにフルクサスを掛け合わせたんだ。音楽もフルクサスもセクシュアリティーに関係しているからね。」ゲイカルチャーに焦点を当てた彼は、「ゲイミュージック」というフレーズをリピートしたループを2曲目 "Vom Anderen Ufer" の終わりに取り入れてまでしている。ゲイミュージックを定義づけたり、ゲイから評判を得るためにそうしたわけでもない。彼自身がゲイアーティストであることを主張したいからだ。「『ゲイアーティストとして知られたいのか？』ってよく訊かれるんだけど、実際分からないんだ。ただ、ゲイ文化をもっと押したいっていう事なんだよね。自分もゲイだし、そういう文化が無視されている気もするんだ。」