本能的にデジタル化の方向へと進んでしまうエレクトロニック・ミュージックの行進にあって、しかし見落とされてしまうものは確実にある。レコードのスリーヴ・デザインはその犠牲の最たるもののひとつかもしれない。多くのレーベルがシルクスクリーン印刷によるカヴァー制作のコストをケチりはじめ、いまではフォトショップの扱いに慣れた友人に連絡しさえすれば20分以内にデジタル・リリース用のジャケット画像が送られてくる時代だ。しかしそんな時代にあっても、手作りでオリジナルなものを作り続ける人々はたしかに存在する。そうした人々こそ、当コーナー "Under The Covers" が賞賛すべき人々なのだ。

まずZeke Cloughの手掛けたアートワークを見てほしい。そして次に人懐っこい北イングランド訛りの男が、彼の描くサタンがロープの輪を抱え、それでサタン自身を吊るそうとしているイラストについて熱っぽく話す様子を想像してほしい。Cloughという男と電話で話す時は、いつだってこうした矛盾性に捕われてしまうのだ。彼と話していると、彼自身こそが近年のエレクトロニックミュージック界で最も病的なまでにショッキングかつ緻密なスリーヴ・アート（そう、ShackletonとAppleblimの2人が運営するSkull Discoのレコードだ）を手掛けた男だという事実をうっかり忘れそうになる。

1960年代から70年代にかけてR. Crumbというコミックアーティストが先鞭をつけた画風にClough自身が影響を受けたという事実にはまず驚きはしない（Cloughはまた、R. Crumbと並んでZap Comixもその大きな影響源として語る）。かといって、彼が陰険じみた人物かというと、まったくそんなことはない。Clough曰く、彼の画風は彼が見続けている夢を具現化したものだという。ともあれ、彼とこの数ヶ月のあいだ電話やメールでやり取りを重ねるにしたがって、あるひとつの確信が私たちのなかに認識された。彼の見る悪夢は、結果として私たちにとって実りに値するのだ、と。その成果は、ニューヨークで行われるRA10周年記念パーティーのポスターデザインを彼が手掛けるというかたちで結実した。

「俺がスリーヴデザインをするっていうアイデアは、実は後付けの発想だったんだ。Sam（Shackleton）があいつのレーベル（Skull Disco)を立ち上げるまで、俺はスリーヴデザインなんてやったことなかった。俺の初期の作品は2つの両極端な方向性で描いていて、ひとつはカートゥーン（漫画）的な画風で、使う色も混色なんかしないでそのままのフラットな色を使ってた。そんでもうひとつが白黒で緻密に書き込んだ線画。カートゥーン・スタイルは10代のころからやってて愛着もあるし、当然今でも好きだよ。白黒の緻密な線画ってスタイルにのめり込んでいったのは、印刷して量産するにはそっちのスタイルがより向いてたからさ。そのころはブラシのテクニックにまだ自信が無くてさ、カートゥーン・スタイルでやってたような色の塗り方が応用できてなかったもんだから、結果的にああいう点描的な陰影のつけかたを思いついたってわけ。数年前にGary Panter ってアーティストがそういう点描的な陰影のテクニックを使ってたこともあって、その影響もあったと思う。一枚のイラストをひたすら描き込んで、サイケデリックなまでに昇華させるって作業にもハマったね」

「Gary PanterやZap Comixはもちろん、Simpsonsや古いDisneyなんかからも影響は受けてると思う。俺は決して陰険なタイプの人間じゃないよ。俺の描くイラストは一種のアイロニー（皮肉）みたいなもんであって、あくまでも俺自身はいたって気楽な男だと思う。でも、昔からやたらと鮮明な夢を見る事があるんだ。しかもすげえダークなやつ。俺の描くイラストはこうした悪夢の具現化されたものといってもいいと思うよ」

Sam [Shackleton] と俺は同じ学校に通ってて、あいつが作ったファンジンにも俺がイラストを載せてたりして仲が良かったんだ。で、あいつがSkull Discoを立ち上げる事になったとき、俺にイラストとアートワークを頼もうと思いついたってわけ。最初にあいつがイメージしてたのはパキッとしたシンプルなデザインだったから、俺も当時ハマってたステンシルを使ったアプローチを最初のリリース数枚では試したりしてた。Skull Disko（＝骸骨ディスコ）っていうもともとのイメージプランはSamが思いついたもので、俺はそれを自分なりに解釈してイラストやロゴに仕立てていったんだ。たとえば、9番のスリーヴに描かれたサタンがあるだろ？あれはSamが『サタンがロープの輪を持って自分の首を絞めようとしてる、ってイメージはどう？』って提案してくるもんだから、そのイメージを俺なりに解釈して描いてみたんだ」

「極端なまでに緻密に描き込むスタイルは、もともと俺自身がそういう傾向の画ばっかり描いてたからさ。リリースが増えるに従って、俺が描くイラストもひとつながりのシリーズであるかの様に展開していったのは確かだけど、あらかじめこうしようって最初から決めてたわけじゃないよ。Skull Diskoの音楽的な側面にはもともと俺はノータッチだったし、同時に俺のアートワークがSamやAppleblimが創る音楽をある一定の方向に操作したり導いたりしたとは思えないしね。とにかく、それぞれ好き勝手にやってたよね。Samは昔からこうと決めたらそこへ向かって一直線ってタイプのヤツだったから、俺はあえてそうじゃないやり方をしてみたってところも無いわけじゃないかもしれない（笑）」

「今度俺が立ち上げたProto Murkって雑誌なんだけど、プロトタイプのプロトと、沼地のようなマーク（Murk＝暗闇）を組み合わせた造語みたいなもんなんだ。アイデアを絞り出す場として作ってみたんだ。抽象的なアイデアの塊を抱えているのなら、それを磨きこんで育てる場所があってもいいんじゃないかってことでさ。自分でコミックを書いてみたいって希望もあったし。しかも、より物語っぽいやつ。過去には"Vampire Fruit Machine anf Fly Paradiso"ってちょっとしたストーリー作品も手掛けたことがあるけど、もうちょっと発展したかたちでやりたいと思ってて。正直な事を言うと、実際に画を描く作業はめちゃくちゃ早いし、あんまり悩むことも無いんだ。何にいちばん頭を悩ませるかって言うと、全体的なストーリーの整合性をどう上手く折り合わせるかってところだろうな。もともとが抽象的なアイデアを具現化して、不特性多数の人たちにも理解してもらえるようなものにしようって言うんだから、そりゃ一筋縄ではいかないのも当たり前なんだけどな」

「俺がこれまでにポスターを手掛けたのはShackletonとのイヴェントのために何枚か作ったことがあるだけ。ポスターはあくまで印刷物だから、アート作品としての持続的な耐久性とか希少性に劣るって意見があるのは知ってるよ。でも、俺個人はだからこそおもしろいメディアなんじゃないのって思うよ。印刷複製されて、それぞれの人たちの生活に入り込んでいく感じとかおもしろいと思う。ふだんの街の風景ってすげえ退屈じゃん。それがポスターを貼ることによってちょっとした変化をもたらしたりすることもあると思う。街のつまんないエリアもちょっと明るくなったりしてね。今回ニューヨークで行われるRA10周年記念パーティのポスター作成のオファーを引き受けたわけだけど、ありがたいことに『アイデアは自由、好き勝手にやってくれていいよ』ってことだったんで”オーガズム死”を関連づけたテーマでやってみた。そのオーガズムの残骸は釣り針に引っかかってて、人形のようなダンスを踊らされている。オーガズムは機械のようなものに擬人化されて、捕われた労働者たちがハムスターの車輪を回す力を動力として動いている。その脳みそは複雑なスピーカーシステムに置き換えられてて、そこからは強烈な音の波を放ってるってわけさ」

RA X について

Resident Advisorの10周年を祝い、世界10都市で記念パーティを開催します。それぞれのパーティでは異なるヘッドライナーを招き、その驚くべきラインナップはパーティ当日になるまでアナウンスされません。

このパーティに伴い、各都市での開催ごとに私たちの愛して止まないデザイナーたちにそれぞれポスター制作を依頼し、その各ポスターはスクリーンサイズの限定版として各パーティで販売される予定です。ひとつのデザインのポスターにつき、制作する枚数は限定75枚。ぜひ、このユニークな芸術品とも言えるポスターをゲットしてください。ニューヨークでのパーティについてはRAのイベント経由でポスターとチケットの予約が可能です。