Travis Stewartという名前は、音楽ジャンルの広がりと共にここ最近認知されてきた名前に思えるかもしれないが、10年以上の活動歴を持ち、またそれに見合うだけの多数のアルバムをリリースしているニューヨーク出身のこのアーティストには「ベテラン」、もしくは「主力」という言葉がふさわしい。

楽器に親しむ家族に恵まれ、ネットを通じてダンスミュージックに親しんでいったことは、彼の多ジャンルに渡る音楽活動を部分的に物語っている。Machinedrum名義とその他多くのサイドプロジェクトを通じて今までリリースされた彼の作品群は想像し得るほとんど全てのジャンルに跨っており、実際彼の作品を認めた最初のレーベルのひとつはマイアミのレーベルMerckだった。ちなみにこのレーベルがヒップホップとジャングルのハイブリッドであるMachinedrumの初期のホームグラウンドになる以前、Stewartの「エレクトリックサウンドを実験するための名義」であるSydroneのアルバム『Triskaideka』が当レーベルのローンチタイトルとして発売されている。

Stewartは大学時代にポップミュージックに惹かれ始め、そしてこの情熱がきっかけとなり、本人はその後ニューヨークへ居を移すことになる。StewartはDMCチャンピオンだったIE Mergのバトル系レーベルとして出発したNormrexで頭角を現し、Theophilus Londonのようなシンガーのプロデュース、そして今も制作に関わっているシカゴのソウルシンガーJesse Boykins IIIのプロデュースなどを行っていく。このレーベルは結果的に消滅したのだが、それによってStewartのMachinedrumに対する情熱が再燃していなければ、『Room(s)』のようなアルバムは生まれていなかっただろうし、また偶然の出会いがなければPraveen SharamとのコラボレーションSepalcureがhotflushから登場することもなかった。

私たちはポーランドで行われるUnsoundフェスティバルのトリを務めることになっているStewartに接触し、2011年度最優秀アルバムのひとつと言える『Room(s)』の背景と、このベースミュージックの旗手を取り巻く人間関係について話を聞くことにした。

少年時代を過ごしたノースカロライナ時代について教えてくれる？

キャンプ、ヒッピーが多いエリアで育ったんだ。僕の両親はヒッピーだった。彼らがヒッピーかどうか今の見た目ではわからないと思うけど、夜遅くに両親の家に行けば一発だね。音楽を凄い大きな音でかけてるし、父親はハーモニカをいつも吹いてるんだ。

かなりの音楽的なバックグラウンドがあったということかしら？

僕の祖父はカントリーバンドにいたから、僕の音楽体験は祖父の家に行くことから始まったんだ。彼はギターとテープレコーダーを持っていたから、僕は自分のベビーシッターについて歌って、それを録音したりしてた。僕の家にはピアノがあって、母親がよく弾いてたな。彼女は今も弾くけど当時の方が弾いてた。父親は色んな楽器を弾く人で、僕たちは一度ミニチュアのバグパイプをプレゼントしたことがあったんだけど、あのアイディアは最悪だったね。

僕のいとこはシンガソングライターだった。彼女は自分で曲を作るという点で僕に凄く大きな影響を与えた人だね。彼女はギターを弾いていて、スタイルはユーモアたっぷりのフォークな感じだった。僕が小学生の時、いつも両親に内緒でMetallica、Green Day、Rancidとか、他のパンク色の強い音楽を色々教えてくれたんだ。

バンドにいた経験はあるの？

遊びでならバンドはいくつか経験したよ。別にそんなにライブをしていたわけじゃなくて、ただ集まって録音していただけ。その中の2つのバンドは結構ライブもしたけど、Weezer、Smashing Pumpkins、Humとかのオルタナティブロックを演奏してた。というより、選択肢がなかったんだ。僕の育った町は凄く小さかったし、僕が一緒に演奏していた連中はみんなこういう音楽だけが好きだったからね。誰もエレクトリックミュージックに興味なんて持ってなかった。

あなたがエレクトリックミュージックに出会ったのはいつ？

多分中学2、3年の頃にエレクトリックミュージックに出会ったんだ。当時は僕の作りたい音楽は他の連中と一緒には作れないってことに滅入っていたから、バンドよりも1人で色々できるエレクトリックミュージックに惹かれていったのは自然なことだったんだと思う。丁度その頃からソフトウェアについても学んでいったんだ。母親が凄くコンピュータにはまってたから、彼女が新しいのを買うたびにお下がりをもらうことができたんだ。僕は当時既にコンピュータオタクになってて、ネットを通じて世界中のエレクトリックミュージックファンと知り合うのを楽しんでた。

「（Praveenの）彼女がいなくなったから、僕が彼女の代役みたいな存在になったんだ」

当時特に好きだったレーベルやレコードは何？

僕はWax Trax!が大好きで、Skinny PuppyやPig Faceみたいなインダストリアルにはまってた。Nine Inch Nailsも多少影響を受けてるかな。そのあと高校に入りたての頃にAphex TwinやAutechreを知って、Warpを知ったんだよね。Warpを知ってからは個々のアーティストに注目するんじゃなくて、レーベルに注目するようになっていった。このレーベルならどれも手に入ったし、内容もいいっていうのが分かったからね。

ヒップホップに出会ったのはいつ？　MachinedrumとしてジャングルとWarp系IDMをヒップホップと混ぜ合わせることになったきっかけは？

ヒップホップは常に身の回りにあったけど、MTVで流れるようなDr. DreとかWu Tang、Pharcyde、Beastie Boys、Digable PlanetsやOnyxみたいなばかりで、自分が好んで聴くような音楽はあまりなかったんだ。だから僕はもっとアンダーグラウンドな感じ、Rawkus Records、Stones Throw、Anticonなんかを高校を出た後に聴きだしたんだよね。僕はDef Juxの大ファンだった。Flowからも凄く影響を受けてるよ。

ヒップホップやその他のアーバンな音楽には荒々しくて否定できない何かがあるんだ。彼らは自由に表現していて、これは他のジャンルでは見られないことだよ。ジャングルもこの部分でヒップホップと共通しているんだ。気楽にサンプルを使って古い曲を自分たちのものにしている。テンポの面も共通しているんだよね。ジャングルとヒップホップはミックスすることができるんだ。ジャングルは大体ヒップホップの2倍のスピードだからね。

Machinedrumとしての活動はいつスタートさせたの？

Machinedrumは僕の高校生活の最後の2年間、1989年～1999年にかけての時期にスタートしたんだ。当時は単純にAphex twinやSquarepusher、µ-Ziqの真似ごとをしていたんだ、サンプルを切り貼りしたジャングルみたいな音楽なんだけど、ジャングルとヒップホップを行ったり来たりしてた。

デモも送ってはいたけれど、どこからも返事がなかった。その時にCrack5というCD-Rでリリースしているレーベルから返事が来て、「パンニングが全然されてない」とか、「ミキシングらしい作業が全く行われていない」とか色々な評価が書かれていた。僕はそれを読んで色々気付いて、こういった作業を勉強していくようになった。当時の僕はかなりパンクな手法で制作を行っていて、他人の耳に音響的にどう聴こえるかなんてことは全く考えてなくて、ただ僕の感情、怒りを放出したいということに集中していたんだよ。

あなたは大学を出てからニューヨークへ移って、Normrexに関わっていくことになるけど、Normrexのこと、そしてNormrexがどうなったのかについて話してもらえる？

ニューヨークへ移ってからすぐにTiombe LockhartやAddiquitのようなボーカリスト、あとは僕がニューヨークへ移る前から知っている人達と一緒に音楽をやりだした。そういう活動を通じてTheophilus London（当時の活動名はThelonious Kapps）、Jesse Boykins III、Melo-X、Mickey Factzなんかと知り合っていったんだよね。で、全員と知り合った頃、レーベルと言うよりはプロダクションチームとしての意味でNormrexを立ち上げるのはどうだろうって話になって、ブルックリンに拠点を置いたスタジオがスタートしたんだ。Theophilusのためにミックステープを作って、アルバムも用意した。でもミックステープがTheophilus周辺で話題になってきたら、ビッグレーベルやマネージャータイプの人たちが、小さなアンダーグラウンドレーベルで活動するよりも、もっといい生活をしたくないかというようなアイディアを彼に囁くようになってきた。これは避けられない出来事で、結局彼は僕たちと袂を分かつことになった。

彼がいなくなってからは急いで下り坂を下っていく感じだったよ。Machinedrumのアルバム『Want to 1 2?』がプレスの段階で後回しにされたり、他のリリース予定の作品にも影響が出てしまったり、レーベルは崩壊し始めた。情熱をひとつのことに傾け過ぎてしまうとこうなるっていう例だよね。結果的にこうなってしまってがっかりしているけど、短い時間でミュージックビジネスに関する沢山のことを学べた。

Praveenと一緒にやりだしたのはいつ頃の話？

僕がニューヨークへ移る前に、1度ニューヨークで一緒にプレイしたことがあるんだ。それが最初だった。その後僕がツアーに出た時はいつも彼の家に泊まってたんだ。僕がニューヨークに出て来た後は、もっと一緒につるむようになって、一緒にパーティーをやったりした。彼の主宰していたPercussion LabのイベントやCasstte NYCっていうパーティーを一緒にやったんだよね。ただ、音楽的にコラボレーションし始めたのはここ2年位なんだ。以前から一緒に音楽を作ってはいたけれど、それは酔っぱらってジャムしただけのものだったし、特に録音していたわけじゃなかったんだ。で、彼の彼女がスウェーデンかどこかに行くから1ヵ月程ニューヨークからいなくなるって時があって、僕が彼女の代役みたいな存在になった時があった。それである晩僕が「テレビゲームで遊ぶのは終わりにしようぜ。折角お前のスタジオがあるんだから、一緒に曲を作ろう」って言ったんだ。それがSepalcureのスタートだね。僕たちはきちんとリリース出来るようなトラックを作っていたわけじゃなくて、ただ遊びながら作ってたって感じだった。だからDub WarのAlexやDaveのような僕たちの友人なら気に入ってくれるだろうと思って、彼らにトラックを送ったんだ。僕たちはAlexがHotflushのPRとA&Rをやってるなんて全然知らなかったし、DaveがPaul（Scuba）と知り合いだなんてことも知らなかった。で、僕たちの知らないところで彼らがPaulにトラックを送って、それでPaulから連絡が来たってわけなんだ。

Sepalcure、Machinedrum、プロダクション、他にも様々な別名義があるけど、沢山のプロジェクトに関わっていくことは自分にとって必要なことなの？

僕には未完成のトラックが沢山あって、それを終わらせるのかどうかさえ僕にはわからない状態だ。でもこういう状態にはしたくないんだ。あまりにも沢山のことが未解決のままだし、僕はもっと自分の人生をすっきりさせたいと思ってる。方向性を絞り込む方が僕にとっては良いと思うんだ。特に最近みたいに沢山のプロジェクトに絡み過ぎると全部が厄介になってくる。どれもピントがずれてくるし、僕もいやだと言えないから、どのプロジェクトも苦しいものになってしまうんだよ。

それが『Room(s) 』での制作のアプローチの変化に繋がったのかしら？

このアルバムの大半は僕がツアーに出ている時に作ったんだ。とにかく出来るだけ早くトラックを仕上げるようにしたんだよね。というのは、アイディアをハードディスクに放置する時間が長すぎると、元々やろうとしていたことと結果として生まれたトラックの間に大きな開きができてしまうということが分かっていたからなんだ。今回のアプローチは初めての挑戦だった。

今のところこのアプローチを凄く楽しめている。トラックとの関係を終わらせていくのはエキサイティングなんだ。自分の作品をどう納得して終わらせるかというのは、全てのアーティストにとって重要なことだと思う。基本的にはアートに終わりはない。死ぬまで作品をいじり続けても終わりはないんだ。だから僕は逆にいつもより早い段階で終わらせることにしたんだ。

今夏はベルリンで過ごしたみたいだけど、ニューヨークと比べてどう違う？

ベルリンの人達は音楽に対して情熱的だし、革新的だよね。これはニューヨークでガツガツ働いてる感覚と似ているんだけど、ベルリンはもっとリラックスしているんだ。ベルリンではアートをすぐにお金に変える必要性が少ないんだよね。暮らすために必要なお金を音楽で生まなければというプレッシャーを感じ出すと、音楽や素晴らしいアートを生み出すための純粋な部分を失っていくんだよ。

ニューヨークの音楽シーンについてのあなたの考えを聞かせてもらえる？

ニューヨークはあらゆる面での世界の中心で、混沌としてるから、何がニューヨークのシーンなのか語るのは少し難しいよね。でもこの街で新しいシーンが全く立ち上がって来ない原因は、若い子たちがパーティーに行けないという事実なんだ。全てのパーティーは21歳以上じゃないと行けない。若い子たちはスポンジのように吸収力を持った時期を過ごしているのに、無駄にしてしまっているんだよね。

彼らは色々な影響を受けたいと思っている人たちだ。パーティーでは一番盛り上がる層で、無垢で純粋な姿勢で色々なものを取り込んで、最終的に新しい何かを生み出す世代なんだ。最も革新的な音楽のいくつかはこうやって生まれて来たと思う。何かに無関心になってしまうのではなく、自分で何をしているのかよくわかっていないけど、とにかく何かに反応していくという無垢で純粋な方法でね。

10年以上のキャリアがある自分のこともまだ無垢で純粋だと思う？　というより、少なくともそうでありたい？

勿論もう少し無垢で純粋だったらいいなと思うよ。無垢で純粋でいることで、知識を詰め込み過ぎたり、ある音楽で自分が飽和状態になってしまったりすることでアーティストとしてのマインドを曇らせないことができる。でも逆に、ある音楽はどのように始まったのか、その歴史を知ることも重要だとも言える。でも、そうやって歴史を全て学ぶと、今度は特定のジャンルの定義に自分が沿っているか沿っていないかという「正誤」の判断が生まれてしまって、それで自分を枠に閉じ込めてしまう。でも逆に知識と経験が不足していれば、ジャンルの限界点について考えることがなくなり、自分を枠に閉じ込めることが難しくなる。自分の枠が取り払われれば、革新的なことをするのが簡単になるんだ。