殆ど全てのデジタル・オーディオ・ワークステーション（DAW）は現在オーディオにもMIDIにも対応しており、この2種類のデータやパートを扱えるようになっています。インストゥルメントを立ち上げ、アイディアが閃くまで色々と弾いてみる、またはオーディオトラック上で録音／チョップ／エディットする。このような2つの異なる作業データをひとつのアレンジメントの中に仲良く収めることができるようになっています。

しかし、今回の記事では、この2種類のデータの共存方法に対して更に深く迫り、MIDIからオーディオへの変換、そしてその逆のテクニックなどを詳しく見ていきます。オーディオの扱い方はMIDIの扱い方とは異なります。つまりこれは編集方法も異なるということも意味します。この編集方法の違いと、自分の制作にその違いをどう当てはめることができるのかという2点を学ぶことで、例えば「このMIDIパートがオーディオだったら、○○することができる…」、または「このオーディオファイルがMIDIキーボードにマッピングされていたら、XXすることができる…」という考え方ができるようになります。お互いのデータタイプを変換し切り替えて使用していくことでクリエイティブに制作テクニックを適用していくという流れは、トッププロデューサーの武器なのです。

オーディオへの変換

シンセやドラムマシン、その他のプラグインインストゥルメント用にプログラムしたMIDIパートをオーディオファイルに書き出した時のメリットを見ていきましょう。まず単純に管理の面でメリットがあります。つまり他のDAW環境、またプラグインを使っている他の制作者やリミキサーと同じ素材をシェアしたい時に役立ちます。ファイルグループのSTEMミックスを書き出したり、トラックごとにパラでオーディオを書き出したりすることで、互換性の問題がなくなります。これはDAW環境の差が障壁になっていた時代の終わりを意味します。しかし、MIDIをオーディオに書きだすメリットはこれだけではありません。

MIDIには、オーディオデータでは非常に厄介になる作業を簡単に行えるというメリットがありますが、逆に扱えない作業もいくつか存在します。簡単に言うならば、もし音をリバースさせたいという場合、MIDIでは絶対に不可能です。しかし、オーディオに一度書き出してしまえば、「リバース」機能を指定したオーディオファイルに適用するだけなのです。

ピアノとビート：MIDIで打ち込まれたピアノと、FXpansionのGeistを使ったビートループを合わせたオーディオクリップです。

リバースされたピアノとビート：MIDIのピアノをオーディオで書き出した後、リバース処理を施して同じリズムループ上でプレイバックしています。MIDIパートをオーディオに書きだした後に、そのオリジナルのMIDIパートを消去する必要がないことを忘れないようにしてください。MIDIとオーディオの両データが同時に再生されることで非常に面白い効果が生まれる時があります。

オリジナルのピアノとリバースされたピアノ：ここではリバースされたピアノフレーズをチョップし、オリジナルのピアノパートの空白部分に配置しています。

“Reach Out, Touch Faith”

リバースはオーディオファイル全体に使うと効果的ですが、ある音の前にあらかじめ配置することでもその効果を発揮します。通常の場合、リバーブは音の最後にディケイ（減衰）を加え、空間の中で音が消えていく姿をイメージさせるためのエフェクトですが、もしその空間の中である音が鳴ることがあらかじめ決定していて、ディケイしていくのではなく逆にその音へ向かってフェードインしてくるとしたらどうなるでしょう。この手法はDepeche Modeの名曲”Personal Jesus”で使われています。「reach out, touch faith」とイントロで歌われる部分は、リバーブに導かれるようにボーカルがスタートします。リバースリバーブのトリックは、まずリバーブをかけたいトラックの音をドライな状態でオーディオファイルにすることから始まります。

エフェクトなし（ドライ）のドラム：元ネタとして用意したドラムループです。

リバースしたドラム：元ネタのドラムループのコピーを作成し、リバースします。

リバースしたドラムとリバーブ：次にリバースしたドラムループのアウトプットをステレオバスではなく直接AUXバスへ繋ぎ、このAUXバスにリバーブエフェクトを組み込みます。これによってドライサウンドにリバーブを加えた形ではなく、サウンド全体にリバーブがかかった形になります。

リバースされたリバーブ：今度はそのトラックをオーディオに書き出します。この際、エンドポイントに余裕を持たせて、リバーブが綺麗に消えるまでの長さを書き出すようにしてください。そしてこのオーディオファイルをリバースします。すると、ドラムループは元に戻りますが、リバーブがリバースされた形になります。

ドラムループとリバースされたリバーブ：上で作成したオーディオファイルを最初の元ネタのドラムループにかぶせます。ドラムのタイミングを合わせると、リバースされたリバーブに導かれるように元ネタのドラムループが再生されるように聴こえます。この時にリバースされているオーディオファイルのレベルを元ネタよりも下げることで、元ネタを活かす鳴り方にすることができます。このトリックは色々活用できるので、シンセやボーカルなど様々な素材で試して、楽曲を上手に引き立たせましょう。

ノイズゲートなしのゲート処理

オーディオファイルは前述のリバースの他にも沢山の点で役立ちます。特に、疑似ゲートを作成したい時に素晴らしい効果を発揮します。この疑似ゲートはアタックが遅いパッド系の音で効果を発揮します。MIDIのパッドのパートがあったとします。そのパッドはアタックが遅くトリガーに対する発音が遅すぎると感じてしまうため、忙しいMIDIシーケンスパートを組むことには向いていません。しかし、その音色を使って毎小節コードが変化するようなMIDIシーケンスを組みたいと考えたとします。

この解決方法のひとつとして考えられるのが、MIDIシーケンスをオーディオファイルとして書き出し、それをDAW上でチョップして細かく分けるという方法です。このチョップした各スライスパートを8分音符、もしくは16分音符に合わせればリズミカルなフレーズにすることができます。この作業の効果を得るには、各スライスの最後部（エンドポイント）の間隔を少し短くして、スライス間にギャップを作らなければいけません。そうすることで、オーディオが鳴った後に少しの無音が続き、ゲートの効果を得ることができます。ただし、このように処理した各スライスの先頭と最後尾に「グリッチノイズ」が乗る場合があります。殆どのDAWには各オーディオファイルに短いフェードイン/アウトをかけられる機能がついているので、この機能を0.2～0.3秒の設定値で各スライスに適用すれば、スライスのリズムを失うことなく、グリッチノイズを取り除くことが可能です。

パッドの書き出し：MIDI経由で鳴らしているOmnisphereの音色をオーディオファイルに書き出しました。

チョップ：その後、チョップしてリズミカルに並べます。

チョップ＆フェード：上のオーディオファイルでは明らかにグリッチノイズが乗ってしまっていますので、ここでは各スライスに0.2秒のフェードインと0.3秒のフェードアウトを追加しています。

オーディオに書き出して長いリリースタイムを自分でコントロールするという作業は、ドラマチックではありませんが効果的です。例えばリリースタイムの長いパッドを使っている曲の途中で突然ムードを変えたいと思った場合、そのパッドの音が完全に消えるまで待たなければいけないのは苦痛です。というのはその時間が長ければ、ムードを急に変える効果自体が弱まってしまうからです。しかしこのパッドをオーディオに書き出せば、音を止めたいという場所でチョップするだけで、曲の前後の関係性にかなり明確に差をつけることができます。このような編集を私は「ジグソーパズルエディット」と呼んでいます。というのは、どこで音が止まるのかという境界線が目と耳でしっかり確認できるからです。チョップしたポイントで音が完全に止まってしまうのは少しやりすぎだと感じるのであれば、少しそのオーディオファイルを少し伸ばして、フェードイン/アウトを付け加えることで、「ハード」な編集と「スムース」な編集の中間を取ることができます。

サンプリング

オーディオをMIDIに変換して行う作業にも独自のメリットがあります。最も効果的な変換方法はサンプリングテクニックを使用することです。このテクニックはオーディオファイルをMIDIに対応させることで、1つの長いファイル、または細かく切ったスライス群をトリガーできるようになります。まず1つの長いファイルを使う場合のメリットについてですが、ビートのプログラミングにおいて、オリジナル、2倍、半分、1/4など様々な尺のループを重ねていけるという点が挙げられます。

サンプリングしたドラムループ：サンプラーにドラムループを取り込み、鍵盤上のC3にオリジナルをアサインし、ノートレンジをC1からC4に設定しました。このため、C2でトリガーすると、オリジナルのサンプルが1/2のスピードで再生されます。

これがどうして効果的なのかと思う人がいるかもしれませんので簡単に説明しましょう。サンプラーはサンプリング周波数を使用して音をサンプリングします。これと同様、音程も周波数で表現されます。音程の周波数で言えば、中央の「C（ド）」の音のすぐ上の「A（ラ）」の周波数は440Hzです。その1オクターブ下のAは220Hzで、その更に1オクターブ下は110Hzです。これらが全て「A」と呼ばれる理由は、これらの間には数学的な繋がりがあるからです。1オクターブ上がれば周波数は倍になり、1オクターブ下がれば周波数は半分になる。この理論はサンプラーでも一緒なのです。

大抵の場合、サンプリング周波数は44.1Hzに設定されています。つまりオリジナルのサンプリングよりも1オクターブ下を鳴らした場合、プレイバックされる周波数は22.05kHzで1オクターブ下のピッチで2倍の時間で鳴らすことができるのです。

ドラムループのオクターブ再生：ビートプログラミングにおいて、これは非常に素晴らしいテクニックです。オリジナルのドラムループに2倍、もしくは1/2倍のスピードで再生されるループを重ねることで、オリジナルのループに深みを与えることができます。

サンプルのチョップ

しかし、長尺のサンプルをひとつの鍵盤でトリガーするという手法の不利な点は、トラックのテンポを急に変えようとする時に明らかになります。テンポを変更すると、小節の頭でトリガーされることでそれまで何の問題もなくトラックのテンポに合っていたループが、トリガーされた瞬間以降はどんどんテンポがずれていってしまいます。つまり新しく設定されたテンポとは全く関連性がなくなってしまうのです。

前述したパッドの例を使ってこの問題を修正してみましょう。そのためにはまずオーディオファイルを16分音符か32分音符でスライスします。その後、各スライスを新しいオーディオファイルとしてセーブします。ちなみに殆どのDAWでは、複数のオーディオファイルを選択して、それらに別々の名前をつけて保存するという作業が1回で簡単に行えます。そして今度はそれらのオーディオファイルをサンプラーに読み込ませて、各スライスをキーボードにアサインします。この作業も通常は1回で終わらせることが可能で、最初のファイルがC1、次がC#1…のように順序良く並んでいきます。MIDIを経由してC1から半音ずつ上に登るようにトリガーしていくことで、オリジナルループのスライスが時間軸に沿って先頭から順番に再生されていくことになります。16分音符でチョップした場合は、16分音符ごとにMIDIノートを順番に入力していけばテンポに合わせて再生されることになります。

再生してみると、当然ループはオリジナルと同じに聴こえるはずです。しかし、今回は再生スピードを変えることができます。各スライスはMIDIノートによってトリガーされるので、テンポが上がろうと下がろうとそのMIDIノートがトリガーされる楽譜上のタイミングは変更されません。ですので、テンポによってはスライス間に少し空白ができてしまったり、グリッチノイズが乗ってしまったりする可能性はありますが、ループのテンポがずれることはありません。

サンプリングされたスライスループ：ループを16分音符で分割し、トリガーして再生しています。前半はオリジナルのテンポBPM120ですが、後半はテンポをBPM90に落としてトリガーしています。

DAWによっては専用の「サンプラー用に変換する」というオプションがついており、オーディオファイルを自動的にチョップしてサンプラー用素材に変換してくれるため、上記のような作業にかかる時間を省略してくれます。

オーディオファイルをサンプラー用に変換し、MIDIでトリガーできるようにした後に行えるトリックを最後にひとつ教えましょう。サンプラーのアンプセクションは、各スライスをトリガーした際にオリジナルと同じに聴こえさせるため、アタックは速く、ディケイはゼロもしくは非常に短く、サスティンは最長で、リリースはゼロもしくは非常に短く設定されています。しかし、この設定を変更してサスティンをゼロにすれば、各スライスがどの程度長くプレイバックされるかをディケイでコントロールすることができるようになります。

ディケイのオートメーション：ディケイの数値を小さくすれば、各スライスがグリッチノイズのような小さい音に変化します。ディケイの数値のオートメーションを書き込めば、平凡なドラムパターンを全く新しいパターンに組み上げることができます。