Jeremiah Jaeはその場に溶け込むかのような雰囲気を放ちながら、わずかに身を乗り出して話し始めた。「僕にとってサンプリングはコミュニケーションさ。でもこれが唯一のコミュニケーション手段ってわけじゃない。新しいサウンドや音楽を新たに探索してそれをみんなとシェアするって表現の方が近いと思う。それを通じて全員で成長して、新しい物の見方を身につけていくんだ」

Jaeの実験的な音楽はあらゆる意味で「探索」と言えるだろう。彼の生々しく自由奔放な音楽は、リスナーを哲学の深淵へ引きずり込み、宇宙との邂逅へと導く。そして遠大な音楽の海へ身を乗り出そうとすると、笑ってしまうようなサンプルや日々の生活に対する痛烈な皮肉（”$easons”では「Must be the seasons, and I know we all here for a reason/ Must be the reasons, and I know we’re all here for the season」とコーラスの歌詞がひっくり返る）を歌い、リスナーを現実世界へと引き戻す。ヒップホップをバックボーンに持つ彼のエレクトロニックショートクリップとも言える作品群は、フリーフォームな作曲方法にどこかずれたようなアヴァンギャルドノイズが融合したものだ。例えるなら卓越したディガーであるMadlibとAphex Twinの貪欲な実験精神が組み合わさった感触、Flying Lotusのドリーミーな感触、そして初期David Lynch作品に見られた記憶にこびりつくような奇妙な映像美であり、そしてこの全てがSun Raの普遍の真理と、Lil’ Wayneの自由自在な感情の流れと一緒になったような音楽と言えるのかもしれない。

シカゴのとあるコーヒーショップ内で、テーブルに身を乗り出すようにしていたJaeは、一瞬BGMで流れるTop 40のヒップホップトラックに意識を取られ、その後その意識はコマーシャルなヒップホップに対するビーフへと導かれた。「テクノロジーのおかげで誰でもビートを作れるようになった。大勢のキッズが沢山のビートに合わせてラップしてるけど、全部一緒に聴こえる。ポジティブに、そしてスピリチュアルに人とコミュニケーションを取る何かが足りないんだ」と思いにふける。「ラッパーも同じさ。彼らの伝えるメッセージや用いているモチーフには僕は全く興味がない。大勢のラッパーたちは現代を語り、流行を語ることで、ポップスターになって金儲けをしようとしてるだけさ」

Jaremiah Jaeのビートレスなトラック "Raw Tape$" は彼の非オーソドックスなスタンスを証明している作品だ。輪郭のぼやけたフロウがThe Chakachaの”Jungle Fever”のギターリフの上で漂うこのトラックは、「Killer of the Year, everybody cheers/ Pop champagne, we all try to play the game」と歌われている。うぬぼれたような態度と物質主義への道を避け、彼は自分のアーティスティックな方向性を本人が繰り返し強調している「コミュニケーション」に向けた。彼のリリックと、密度の濃いサウンドプロダクションは、難解な神秘的な幻想を放っており、そこにはリスナー側に解釈が委ねられた暗号のようなメッセージが埋め込まれている。

若干22歳のJaeだが、実にゆったりとした雰囲気を持つ人物だ。インタビューを受ける側の人間はジョークや本人のカリスマ性という分厚いレイヤーに隠れながら自分を語っていくことがあるが、今回のインタビューを通じてJaeは非常に控えめで、静かな態度な人物に見えた。しかし例えそのようなおとなしいキャラクターだったとしても、Jaeの世界を理解するには、彼の作品を媒介として入り込むのがベストだろう。その好例はJaeの自由で拡散した作品『DXNCE EP』だ。未加工のダイヤの玉のようで、聴くたびに新しい発見があるこのEPでは、各トラックが全く違う雰囲気を持ち合わせている。”Money Huggers”では70年代のファンク系ムービーのようなざらついた印象を、そして”Spaceman”ではテクニカラーの鮮やかな世界を滑空するかのような印象を我々に与えてくれる。

しかし、ヒップホップコミュニティ全員の顔を紅潮させる程興奮させた作品は、J.Dillaに捧げられた『Eating Donuts & Other Refined Foods』というアブストラクトなミックステープだった。Young Black Preachersクルーと一緒に制作したヒップホップと同様に度肝を抜いたのである。また彼のLunch Specialシリーズはミックステープというアートフォームにおける新しい表現方法であり、ユーモラスなスキット、そして不条理な「ランチに関わる」サンプルが散りばめられている。ミックステープの中にはPetey Greeneが語るスイカの食べ方, や、意味不明な料理番組、そして食堂にまつわるニュースレポートまでもが盛り込まれている。

「コンピュータで作った何かを手作業っぽい、
生っぽい音に仕上げようとするのが好きだ。」

またJaeの名前は、Brainfeederの作品群の中にかなりの数を見つけることができる。去年LAを拠点にするこのレーベルから『Rappayamatantra EP』が発表されたが、Flying Lotusの築いたこの帝国と彼との関わりはこの作品以降深まってきている。「自分がどう進もうと、それをリスペクトしてくれるレーベルにいられることはクールだよ」と小さく笑う。「僕がSteve（Flying Lotus）と初めて会ったのはオンライン上だった。その後2007年頃に実際に会ったんだ。僕がLAに向かって6カ月程向こうで過ごした。レーベルの連中全員に会ったよ」

一方、「彼とラップしたり、彼の物の考え方に耳を傾けるのはいつでも楽しいよ。彼は面白い」とFlying LotusことSteve Ellisonは語っている。「誰かが、確かSamiyamだったと思うけど、俺にLunch Specialシリーズと、Young Black Preachersの作品を渡してくれたんだ。俺は特定のアーティストをしっかりとフォローしようと決めるまでは大抵少し時間がかかるんだ。どんなアーティストも1曲はいい曲があると思うからね。だけど彼の場合は違った。単純に圧倒されたよ。EPができる曲数を毎月送ってきたしさ！」と笑い、「彼の才能には正直恐怖すら感じたことがあるよ。『DXNCE EP』は俺がやろうと思っていたような作品だったからね」と続けている。

Jaeの作品は、チャント、エコーや呟き、不協和音な響きを持つサウンドエフェクト、深いリバーブやガチャガチャとしたパーカッションなどが古めかしいインフォマーシャル、ホラー映画、テレビやラジオのアナウンスと一緒にされているが、これが全てまとまった形で聴こえる。彼のビートにはまるでコラージュ作品のような趣がある。「僕は全てのサウンドに対して、その可能性を広げたり、実験をしたりするのが好きなんだ。僕は楽器やサンプルを使って生み出す有機的な音や、現実を切り取ったサンプルが好きだね。コンピュータで作った何かを手作業っぽい、生っぽい音に仕上げようとするのが好きだ」マルチインストゥルメンタリストである彼は、自分の作品の全ての楽器を弾いている。

さて、いわゆるシカゴ人とは一線を画した雰囲気を持つ彼が、シカゴのトレンドからかけ離れていることは明らかだ（今いるLakeviewのカフェから数ブロック先にある有名なレコードショップGramaphone Recordsに彼は一度も行ったことがないというのがその好例と言えるだろう）。JaeはシカゴのサウスサイドJackson Parkで育った。図太い神経が求められるシカゴという街における「オタク」と言われるエリアである。「サウスサイドが僕のホームだ。家族、愛、憎しみがそこにはある。自分の目を通じて見てきた成長と現在を通じて、ストリートの音に出来るだけ自分の音楽を結びつけようとしているんだ。僕の家族は厳しい生活を強いられた。ゼロから何かを生まなければいけない状況だったんだ」

ここまでの彼の人生を聞けば、特にサウスサイド（Juke/Footwork系サウンドの中心）出身ということもあり、彼をシカゴのゲットーミュージックに結び付ける人もいるだろう。しかし彼は話題がこのことに及ぶと笑って答えた。「Jukeやハウスはラジオで聴くことがあるし、パーティーで聴いたこともあるけど、のめり込むまでにはいかなかった。クールだとは思うけど、シカゴの誰もがJukeやハウスを好きだって訳じゃない。僕はフルートを吹いたり、音楽を全く聴かなかったりする時もある。常にエレクトロニックミュージックに常に身を浸していたいタイプじゃないんだ」

数多くのディテールやテクスチャ、そして色彩がお互いに影響している彼の音楽を聴けば、Jaeがビジュアルアーティストとしても活動していることは直感的に理解できるだろう。Gramaphone Recordsに一緒に立ち寄ってみると、彼はレコードだけでなくフライヤーやポスターにも興味を持ったようだった。「ビジュアルは僕のもう一つの愛情なんだ。ビジュアルアートの学校に通ってて、音楽とビジュアルを行ったり来たりしてた。自分のアートは趣味的な部分が強かったけど、アートショーを近々開催しようと思ってるところさ。ガールフレンドと一緒に出来ればいいなと思ってる。Tシャツも作ってるんだ」Jaeは自分の着ているTシャツを指差す。

Jaeはビジュアルアートプロジェクトの他にも、自分の作品のカバーアート、ミュージックビデオも手掛けている。 "Vertical Pupils" のビデオは、ロシア風アニメで描かれたトリッピーな世界で展開される奇妙な旅で、”Eating Donuts”はシュールレアリズムなグラフィックだ。「新しいことに挑戦するのが好きなんだ。場所、人、音楽、他のアートに影響を受けている。スポーツから影響を受けることさえある。興味が他のメディアやアクティビティに移ることもある」

Jaeのオープンマインドと鋭い視点は、彼の父親Robert Irving III譲りのものだ。ディープなスピリチュアルジャズコンポーザー/ミュージシャンであった彼は、Miles Davisの音楽監督を務め、ビッグネームとされる様々なアーティスト（Santana、Ramsey Lewis、R.Kellyなど）との仕事に関わってきた。Jeremiahは「父は凄くよく働くし、最高と言われる人達と一緒に仕事もしてきている。それでもまだ彼はこの地球から生まれるエネルギーや愛を自分に近い場所に置けているんだ」

父親の辿ってきた音楽人生に刺激を受けながら育ったJaeは、クラシックピアノとギターのレッスンを受けたのだが、いずれもピッタリと来なかった。「自分でドラムを学んで、いくつかのバンドでプレイした。その後にヒップホップとビートメイクに出会ったんだ。僕が持っていた沢山の興味をこの2つがひとつに繋げてくれた」と説明する。そしてここから自室に組み上げたスタジオで音響的な実験を重ねて行ったJarは、同時に家族ぐるみの付き合いをしていたTre SmithとAaron “Projeck” ButlerとYoung Black Preachersを結成。楽観的なバイブに溢れた数枚のEPをリリースする。しかし、Young Black Preachersの歴史は簡単に語ることはできない。「僕たちは一緒に育ったんだけど、去年の11月にAaronが亡くなったんだ。Treと僕でまだ続けている。TreがビートとDJを担当してるんだ。彼はいつも沢山の音楽に携わっているんだ」

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脳に訴えかけてくるようなJaeの世界は微妙にアクが強い。つまり聞き流せるような、BGMになるような音楽ではなく、また1回聴いただけでは多分理解できないものだ。「確かに理解できない人もいるだろうね。別にわざと難解にしているわけじゃないんだけど、新しい何かに挑戦しているという部分は間違いないね」と本人も認めている。YBPのTreも最近のインタビューで同じような回答をしている。「俺たちはリスナーにもちょっと考えてもらいたいんだよ。個人的に言わせてもらえば、自分の好きな音楽をやるってことは、自分が探偵になれるようなものにしたいんだ。その音楽が何なのかを探そうとするんだよ」

Jaeの最新の個人名義の作品は待望の『Lunch Special 4』であり、この作品にはその「探偵的な」楽しみが盛り込まれているが、同時に過去最高の精神性と自信が盛り込まれている作品だ。これまでは自分のボーカルに対して、やや不本意な部分があったと認めるJaeは、「MCは時間の経過と共に成長したけれど、俺はずっと自分の声を嫌ってきた。でも今は上達しようとして自分らしさを失うよりも、自分の声に対する恐怖や不安を逆に自分の持ち味に変えてる」

Gramaphone Recordsの店内にかかっている数枚のBrainfeederのレコードに通りかかると、彼は年内に自分のデビューアルバムがリリースされることを教えてくれた。「アルバムのテーマは夢だ。現実と夢の世界をつなぐ橋のような存在だ。現実世界では金を稼ぐのに苦労したり、ギャングや仕事からプレッシャーを受けたりする。夢は曖昧で、現実の切れ端みたいなものが無限の可能性と結び付いていく場所なんだ」