世界中のメディアが昨今のイタリア国内における金融危機・政治的混乱の動向に注目を向けているなか、このイタリア最大級のエレクトロニック・ミュージック・フェスティバルが「イタリアン・ニューウェーブ＝イタリアの新しい波」（これはもともとJames HoldenがTwitterでつぶやいたことに端緒を発するフレーズだ）というタイトルテーマのもと開催されることが今年の初頭に決まったことはむしろ賞賛すべきことだと考えられる。

インフラ

Club To Clubは以前からのベーシックなフォーマット—つまりオープニング・コンサート、複数のクラブでの開催、FIAT社の旧工場を使った巨大なレイブ・スタイルでのフィナーレの3本柱—を踏襲しているが、今年は従来のドイツ／UK／USを中心としたラインナップに変化を加える目的で地元イタリアのアーティストも多く起用されているのが目新しいところだ。したがって、今年のClub To Clubのプログラム中に組まれたすべてのギグにおいて、それぞれ最低でも1人のイタリア人アーティストがその他国外からのゲストアーティストとともにラインアップされていた。ヴェニューの選択に関しても、オーガナイザーは過去の成功例に頼ることはせず、息をのむほどの金箔張りのバロック形式の劇場、瀟洒なアートシアター、クラシックなコンサートホール、ミュージアムなどそれまで考えられなかったようなヴェニューを積極的に開拓していた。

国際的で多彩なゲスト

国内外から招かれたハウス、テクノ、UKベース、その他エクスペリメンタル勢など多岐にわたるジャンルの国際的なアーティスト・ラインアップに関しては、意地悪なエレクトロニック・ミュージック・ファンから若干の疑問符が投げられていたかもしれない。オープニングを飾ったApparatのバンド・セットは彼の最新アルバムと同様賛否両論であったし、たしかに彼の情熱的で大げさなパフォーマンスは平均的なインディー・バンドのスタジアムライブでのそれと比較されてしまっても仕方ないかも知れない。一方、Jackmasterは彼独自の「シリアスな音楽を楽しく聴かせる」技巧が随所に光るパフォーマンスを披露していた。

金曜日にはTheo Parrishが特筆すべきテクノ中心のセットを披露し、おびただしい回数のアンコールと賞賛を浴びていた。Jam Clubでその後を引き継ぐBen Klockにとってはそうした興奮が残る雰囲気のなかでセットをスタートしなければならなかったので、若干やりにくかったかもしれないが、Klockは濃密な中毒性をキープしつつ独自の無慈悲なテイストをしっかりと滑り込ませた理路整然たるテクノ・セットを披露し、見事に仕事をやってのけた。また、Hiroshima Clubで顔を揃えたHyperdub勢の人気ぶりを見る限り、ここイタリアでもベース・ミュージックやその周辺ジャンルの人気は高まっているようだ。

土曜の夜には、FIAT社の旧工場内に設けられたSala RossaのようなクラブでSandwell District、Pantha Du Prince、Pearson Soundといったアクトがソリッドなパフォーマンンスを展開していた。また、メインステージではModeselektor、Marcel Dettmann、Jeff Millsといった人気アクトが登場していた。しかし、この日の夜で最も印象に残るパフォーマンスを披露したのはByetoneとともにRaster Notonのミニ・ショウケースの一環として出演したAlva Notoの幻覚的なライブだった。Kraftwerk、Autechre、Ovalなどを巨大で複雑なアマルガムに放り込み、ディストーションがかった見事なレイヤーを重ねあげたAlva Noto独特のパフォーマンスはこのフェスティバル期間中でも屈指の一体感を観客にもたらし、この週末で一番の喝采を集めた。こうした明らかに実験的な音楽がこれほどの賞賛を集めたという事実は、Alva Noto本人はもちろん観客やフェスティバル主催者側も誇っていい。

イタリアン・ニューウェーブ＝イタリアの新しい波

イタリアン・ニューウェーブの名のもと集められた地元イタリアのアーティストたちは、そのスタイルや実力、知名度もそれぞれ千差万別だった。やはりそんな中群を抜いて光ったパフォーマンスを見せていたのはStroboscopic Artefactsを主宰するLucyだろう。彼の最新アルバムを想起させるアンビエント的なムードを含んだ刺激的なライブセットはフェスティバルのオープニング・コンサートで多くのオーディエンスを釘付けにしていた。トリノにベースを置いて活動するグループ「O」（ザ・サークルOと読むらしい）は歪んだ不規則なリズムとおびただしいノイズ、唐突に差し込まれるディスコ・サンプルや煌めくようなメロディの断片がまるでDaft PunkやNathan Fake、Sun O)))を出会い頭に衝突させたような光景を想起させるラフなサウンドで強く印象に残った。地元のダブステップ・プロモーターSRSLYはHyperdubショウケースに若干16歳のFurthersetを送り込み、UK勢にも劣らぬ互角のパフォーマンスを見せた。その日学校を早退してフェスティバルのメイン会場Cinema Camに駆けつけたFurthersetはコズミックとグリッチ・テクノを見事に融合した早熟なパフォーマンスを披露していた。

その他の場所では地元アーティストをプッシュする基本姿勢は若干うまくいっていないところもあったようだ（たしかに、映画館のロビーを使った狭いスペースで金曜日の午後に耳をつんざくようなPendulum調のブレイクスを聴きたいという人はいないだろう）。しかし、イタリアン・ニューウェーブを標榜するテーマに嘘はなかったと言って良いし、地元のオーディエンスからも概ね好意的にサポートされていたようだ。ただ、ここ最近国外で活躍しているイタリアのテクノ・アーティストの出演があまりに少ないことについては若干不満の声も聞かれた。これはおそらくこの国独特の地域間における音楽的・文化的性質の違いが大きく影響していると思われ、この国に存在するエレクトロニック・ミュージックの多様性をひとつの調和のもとに提示するにはまだまだ道のりは長いと言わざるを得ない。とは言うものの、地元の才能に活躍の機会を与えるというそのポリシー自体には疑問符のつけようがなく、他のメジャー・フェスティバルにはないClub to Clubならではの特色になっていることは間違いないだろう。

成功の要因を探る

トリノにおける自動車都市・工業都市としての側面、霧の多い気候、ハイクラスなアートやカルチャーに対する理解の深い土地柄などをバックグラウンドにしてトリノのエレクトロニック・ミュージック・シーンを考えがちだが、今回のClub to Clubの成功の要因はもっとシンプルなものだと言うべきだろう。今回のフェスティバルは非常によくオーガナイズされており、後援企業からの協賛も豊富に得ていた。しかも主催者側がそもそも音楽好きな人々であり、そこに集まるオーディエンスも音楽に対する知的欲求が高く、オープンマインドな姿勢であった。定義の難しいフォーミュラであっても、それをシンプルに実践すればうまくいくし、良いフェスティバルになるものなのだ。今回Club to Clubが提唱したイタリアン・ニューウェーブというテーマがその目的や方法論において成功したかということについて判断するにはまだ時期尚早と言うべきだ。しかし、少なくとも今回こうして多様なエレクトロニック・ミュージックをひとつの縮図として提示出来たことは、今後のイタリア国内のシーンにおいて大きな刺激となったであろうことは間違いないだろう。その証拠に、今年のClub to Clubでもそうした兆候を予見させるムードが随所で見られた。