「Oh No Not Another Dubstep DJ Playing House Music.（＝おいおい、またダブステップDJがハウスをプレイしてるぜ）」— これはダブステップDJのパイオニアとして知られるPinchが彼のFabriclive CDプロモーションのためのフリー・ダウンロード・ミックスに付けたタイトルだ。まさにその通りと言うべきか、2012年の今となってはダブステップDJがハウスをプレイすることは何ら珍しいことではなくなってしまった。むしろ、氾濫してしまっている状態だと言ってしまってもいいだろう。

過去にはダブステップとハウスはまったく異なるジャンルとして受け止められてきたが、その10年以上の歴史においてダブステップ自体は決してその内部でのみ成長してきた音楽ではない。ガラージから派生してグライムとも融合していったダブステップは、そのスタイルが熟成された2005〜2006年頃の時期においてもMartynやScubaといったプロデューサーが実践していたようにテクノからの影響を反映したトラックを生み出していた。しかし、今日のダブステップにおいて見られるのはハウスに対する穏やかながら確かな傾倒だ。MidlandやGeorge FitzGerald、Kowtonといった新世代ベース・ミュージックのプロデューサーたちは、明らかなハードコアへの参照を窺わせつつも間違いなくハウスからの影響を色濃く反映させているし、 Ben UFOやJackmaster、OnemanといったDJたちは彼らの時代精神旺盛な最新セットに新旧のハウス・トラックを何の迷いもなくミックスしてみせる。

豊かな音楽的土壌を持つブリストルのシーンをざっと見回してみればわかるはずだ。若いアーティストも、年季の入ったヴェテランも今はこぞってハウスに夢中だ。そう、この都市で過去10年以上育まれてきたダブステップ（そしてダブ）よりも。ダブステップの礎を築いた先駆者的レーベル、Techtonicの首領であるDJ／プロデューサーのPinchでさえ、その最新作であるFabricliveミックスCDで半分をハウスやテクノで埋め尽くし、残りをいつもの140BPMのビーツで埋めているのだ。

彼が2010年ごろからよりスローなものをプレイし始めるようになって、彼のオーディエンスにとってはにわかに新鮮なものに思えたかもしれないが、実際はPinchも10年以上にわたってテクノやハウスをフォローし続けていた。彼はダブステップ以前から4つ打ちのレコードを買い集めていて、今も聴き続けている。単純に2010年以前の彼はそれらのレコードをクラブでプレイしていなかっただけで、2010年以後は自身でも4つ打ちのトラックを作るようになっただけでなく、そのDJセットにも積極的に4つ打ちのレコードを組み込むようになった。彼は「俺のオーディエンスは俺が140BPMのダブステップをプレイするのを予感して待ってる感じがあって、実際そういうダブステップをプレイするとみんな興奮するよね。で、そこに持っていくまでのビルドアップとして4つ打ちのレコードはすごく良く機能するんだ」と説明する。しかしオーディエンスの好みというものは常に変化するもので、Ellisが語るところによると「ここ最近はだいぶ変化してきているよね。130BPMのレコードがより受け入れられるようになってきたと思う」

130BPMのビーツはロンドンとリーズを拠点にするHessle Audioにとっては専売特許のようなもので、このレーベルとそのクルーはUKにおけるダブステップとハウスの橋渡しにおいて重要な役割を果たしてきた。クルーの代表格的DJであるBen ThomsonはBen UFO名義でリリースした最新作、Rinse mixでもその豊富な音楽的バックグラウンドを見せつけた。

ThomsonのDJはその多様性が広く知られており、ミックスの技量という点ではPlasticianやGerd Jansonにも肩を並べる名手だ。しかし彼がとりわけ飛び抜けている点は、変則的でラフなダブステップとハウスのスムーズでディスコ的なステディさをミックスしてみせるその技巧だろう。「ハウスをダブステップのセットに組み込むことについて、最初の頃はあまり積極的ではないDJもたしかにいたよ。セットの最初の30分でダークなUKハウスをプレイしてから一旦流れを切って、それからまた30分ダブステップやグライムをプレイして・・・って具合にね。俺はこの2つのテンポをもっと自然に繋げたいって思ってたんだ」とThomsonは語る。もっとダブステップをプレイしてくれ、という一部のオーディエンスの野次もどこ吹く風といった風情で「オーディエンスをサウンドに馴染ませるには、ある一定の時間が必要なんだ」と彼は主張する。

今のDJたちがこうしたレコードをより多くかけるようになったからと言って、別に困ることはない。というのも、過去2年の間にはUKの新世代プロデューサーたちが台頭してきており、彼らはハウスやテクノのトラックを作りつつも、明らかなベース・ミュージックの影響下においてそれらを生み出しているからだ。Midlandを例にとってみれば分かるが、彼は以前ベース・ミュージックのプロデューサーであるPearson Soundと活動を共にしていたが、MidlandことHarry Agiusはそれと同時にAus、More Music、Phonicaといった（ハウス系の）レーベルから作品をリリースしてもいるのだ。

ドラムンベースからキャリアをスタートさせたMidlandだが、彼の旺盛な音楽的興味はドラムンベースのみには留まらなかった。しかしながら、ベース・ミュージックの痕跡は彼のデビュー作である美しい現代版ディープハウス "Play the Game" や "Through Motion" のブレイクに詰め込まれた濃密でドラマティックな雰囲気に表れている。「俺にとって制作上の大きな転換点になったのはDavid Kennedyと一緒にやった "Your Words Matter" だったと思う。とにかく冗談半分になんでもかんでもブレンドしてみて、その結果を見てみようって感じで作ったのを憶えてるよ」とMidlandはこともなげに語るが、"Your Words Matter" がUKベース・ミュージックの中から生まれた新たなハウスの形として静かなるランドマークとなったことは間違いない。

HotflushのGeorge FitzGeraldにとっては、また別のケースだ。彼の滑らかで多幸感に溢れたハウス・トラックは彼のごく自然な内面からにじみ出てきたものであると言っていい。「俺がテクノやハウスを好きになりはじめたのは、ベルリンで暮らしてた時期の最後のほう、2005年から2006年のあたりだった。当時はダブステップにどっぷりハマってたんだけど、俺が最初にベルリンに移ってきた頃、ベルリンのシーンにはダブステップの要素がまったくなくて、なんとなく失望した気分だった。最初はテクノやハウスは大嫌いだった。Berghainにも当時何度か行ったけど、全然楽しめなくてさ。4/4ビーツのどこが面白いのか、さっぱり理解できなかったんだ」とFitzGeraldは回想する。「ミニマルの怪しげで薄っぺらいセクシーさはすごく空虚だなと思ってた。でも、しばらくして4つ打ちの魅力が俺にも徐々にわかってきたんだ。4つ打ち独特のスローにビルドアップする感じとか、大爆発ではないにせよ多幸感のある感じがパーティに独特な一体感をもたらしていることがわかって、ようやく俺自身も4つ打ちを受け入れられるようになったと思う」

"（ハウスには）ルードさが足りない、なんて
言ってる連中はもっと注意深くその音楽を
聴きなおしてみるべきじゃねえの？"
- Midland

Thomsonと同様に、FitzGeraldは昨今のダブステップにおけるハウスの流入をフォーミュラ（規格）化されたダブステップへの反発として捉えている。ハウス独特の、じりじりと燃え広がるような、ミニマルで一定なグルーヴの展開は、2008年から2009年頃に行き詰まっていた旧態依然のダブステップにとって歓迎すべき処方箋であった。しかしながら、それは決してダブステップと断絶したという意味ではない。Michaelangelo Matosがかつて唱えた「ポスト・ダブステップ時代の離散者」というタームはFitzGeraldを含めここに挙げているプロデューサーたちの中にも有効なものとして確実に息づいている。"Shackled" のようなトラックにはダブステップから引き継いだ緊張と解放のバランス感覚が確かに活かされているし、最近FitzGeraldが手掛けたHotflashのショウケース・ミックスではダブステップ・クラシックである "The Knowledge" がFitzGeraldやKevin McPhee、Joy O.らによるハウス的なトラックにおける流麗なグルーヴと印象的にミックスされていた。そのミックスはまったくこれ見よがしなものではなく、むしろ堂々たる説得力を持っていた。彼らがダブステップを通過し、新たなスタイルとの融合を果たしている証拠でもある。

彼らはあくまでもベース・ミュージックという漠然としたカテゴリーに属するプロデューサーであり、本来の意味での「ハウス・プロデューサー」にはなり得ないとする声も聞こえるが、FitzGeraldはそれについてはさほど気にかけていないようだ。「別に純粋なハウスやテクノとして批評してもらおうと思ってトラックを作ってるわけじゃないしね。でも、130BPMのベース・ミュージックのうちの一部は、完全に同じじゃないにせよ90年代初期のテクノのコンセプトと共通点があると思う」と彼は指摘する。ダブステップ・シーンがテクノやハウスへと偏向していく現在だが、その地層は確実に繋がっているのだ。FitzGeraldはこう続ける。「ベースミュージックは常にカッティング・エッジなものでなければならないとか、サウンドや形態の面でイノベーティブでなければならないと思われ続けているけど、単純に良い音楽を創るってことにフォーカスする時、往々にしてそうしたプレッシャーは邪魔なものなんだ。みんながダブステップとハウスの間に明確なラインを引きたがることについては勝手にしろって感じなんだけど、俺自身はそうしたラインから外れた、中間のどこかにいるかぎり満足だよ」

FitzGeraldが言う「中間」という表現は言い得て妙だ。ベース・ミュージックとハウスの距離がそのサウンド的特徴においてもさらに近づいている現在であっても、その音楽がどこに属しているのか、どのコミュティに向けられたものなのか判断がつきかねるものは確実に存在する。Agius（Midland）はこの件について「俺のAusでの最新リリースはJuno（UKのオンライン・レコードショップ）ではダブステップ／グライムのカテゴリーに入れられてたよ。中味はストレートなハウス・レコードであっても、彼らはMidlandをあくまでダブステップのプロデューサーと扱っているから、レコードもそのジャンルに放り込まれるってわけさ。Tevo Howardのリミックスが収録されていながら "ダブステップ／グライム" にジャンル分けされたレコードもあるしね」と語る。しかしこうした実情はダブステップというジャンル定義の不確かさを反映しているとも言えるだろう。こうした混乱は他にも見ることができる。例えば私がハウスだとレビューしたArtifactの最新シングル "Archaic Line" はRAコメントスレッドにおいてひどく批判されたものだ。ドラムはダブステップと呼ぶにはあまりにもスイングしていて、パーカッションやベースラインのインタープレイは非常に液体的だったが、2つの異なるフォームがぶつかり合うとこうした結果が生まれるのは当然だ。

これらの特定のアーティストたちをベース・ミュージックというカテゴリーに押し込んで語るとするならば、ハードコアに言及することは避けられない。ハードコアは初期のUKテクノからジャングル、ダブステップへと脈々と続く伝統だ。ダブステップがハウスへ向かおうとしている現在、そうした水面下で潜んでいたハードコア・スピリットがにわかに頭をもたげてくるのは避けられないことだろう。Pinchは彼の男性主体のオーディエンスがダブステップのような理屈抜きのインパクトに対して貪欲だと表現していたが、UKアンダーグラウンドの伝統でもある気骨に溢れたハードコア精神においてハウスの存在は如何なるものなのだろうか？この疑問に対し、Thomsonはこう語る。「その種の（UKハードコア的な）アティチュードは多様性をあまり許容しないところがあってね。UKでも他の場所でも似たような状況はあるだけど。俺自身、こういう単純な二項対立はずいぶん前に捨てたね。攻撃的でグイグイ来る感じのリズムを聴いた後でSteve Poindexterあたりのシカゴ・ハウスのレコードを聴いてみれば分かると思うけど、こういう最高級のシカゴハウスのニュアンスやメロディの繊細さから影響を受けたジャングルのレコードは実はたくさんあるんだよ」スノッブなディープハウス・マニア的視点を取り除いた上でハウスという音楽そのものを解きほぐしていくと、これらのベース・ミュージック・プロデューサーはそのハードコア的伝統と共通する理屈抜きの直感性とプリミティブさをハウスの中に追い求めていることがわかるはずだ。

ダブステップ側からのシカゴ・ハウスへの憧憬という点では、David Kennedy以上の好例は存在しないだろう。彼は昨年ひっそりとMaurice Donovan名義での活動を開始し、架空のシカゴ在住プロデューサーとして巧妙な架空のバックストーリーやTwitterアカウントさえ用意した。その音楽は普段のDavid Kennedy名義のようなジャンル横断的な要素がないかわりに、Kennedy得意の808ビーツを前面に押し出したTrax時代のシカゴ・ハウスさながらのサウンドだ。Pinchはこのシカゴ・ハウス・リヴァイバルについてこう語る。「シカゴ・ハウスの隆盛は今の若い世代にとって生まれる前のことだったし、なおさらそのサウンドが新鮮に聴こえるってこともあるんじゃないかな。エナジーを封じ込めて、その上で新しい何かを生み出すっていうシカゴ・ハウス独特の方法論がね」

もちろん、ジャンルやトラックの構造、分類などにさらさら興味を持たない者もいる。「ハードコアの伝統とか頑固なダブステップ・ファンの視点とか、そういうレンズを通してハウスを解釈することがとりたてて重要だったり有益だったりとは思えないんだよね。俺が音楽で表現したいのは繊細さであってさ、フィルターのかかったシンセやドラムのエディットだとか、実際にトラックを構成しているそういう部分なんだよね」と語るThomson同様、Agius (Midland）もまたベース・ミュージックに不足している要素をハウスが補っているとする意見を否定している。「ハウスにはルードさが足りない、なんて言ってる連中は、もっと注意深くその音楽を聴きなおしてみるべきじゃねえの？あるディープハウスのトラックを1曲聴いただけでハウス・ミュージックのすべてが分かるわけでもあるまいしさ。そうそう簡単にはいかないってことだよ」

Thomsonは回想する。「何年も前のことだけど、Nick CraddockがシカゴのDeep In The Flowersってパーティで録音されたSpencer Kincyのミックステープの存在を教えてくれたんだ。これを聴いたときから、ハウスのレコードはどうミックスされるべきかってことについて俺の固定概念がひっくり返されたんだ。目にも留まらないカッティング、クイック・ミックス、スピンバック・・・彼のミックスのスタイルはUKのパイレート・ラジオのDJたちのそれとは根本的にまったく違ってて、俺のDJに与えたインパクトは計り知れないよ」

とりわけここ10年におけるドラッギーでレイドバックしたディープハウスが復権している現状にあっては忘れられがちだが、本来ハウス・ミュージックは我々が考えるよりもさらに多くの要素を包括している存在なのだ。したがって、そのおそるべき多様性がベース・ミュージック特有の分裂と拡散において調和しないはずはないのだ。おそらく、ハウスとダブステップの違いは思ったより歴然としたものではない。ハウスに向かおうとするベース・ミュージックの潮流はハードコア精神への回帰ではなく、まったく異なる外部からの要素がハウスミュージックの普遍性の中に注入された新たな側面だと言うこともできるはずだ。

変化が生まれるとき、そこには抵抗する勢力やラベル付け、混乱、ハイブリッドな交配を拒む声が出てくるのは仕方のないことだ。しかし、ベース・ミュージックとハウスの交配が織りなすクリエイティビティの高さは今や否定する余地もない局面まできている。PinchやBen UFOのように自分の好きなものでセットを始めるときにハウスをプレイしたりする事実や、新しいサウンドの狭間から生まれたMidlandやFitzGeraldのような新世代プロデューサーの存在はハウスとベース・ミュージックの境界線をいとも軽やかかつ鮮やかに行き来してみせたりもする。新世代のベース・ミュージック・プロデューサーたちの眼前には突如としてサウンドの多様性が開かれたようでもあり、またヴェテラン勢もハウス回帰の傾向を見せている現在にあって、いまやハウスはエクスペリメンタルでたゆまぬ発展を続けるUKのダンス・ミュージックの最前線に返り咲いているのだ。