Bill Patrickのオンラインラジオ番組、Private Stockの3月20日放送回より抜粋。マイアミビーチのプレイリー・アヴェニューにあるvillaにて収録。

Bill:「今日はヤバイ、ヤバイラインナップが揃ったぞ。まずはアルゼンチン出身のポイントガード、Guuuuttiiiiiiii！Gutiイン・ザ・ハウス。そしてシューティングガードには、ミシガン州Clinton Township出身のRyan Crossoooooooooon！わがPrivate Stockではもう常連だね。スモールフォワードにはイスラエルのTel Aviv出身、Guy・・・Gerbeeerrrrrrr！パワーフォワードはフロム・ブリュッセル、Igor Vicente、AKA Ultrasoooooone！そして、スタメンのセンターにはミシガンはKalamazooより、“black behemoth”（黒い怪獣）こと、“ランブル・イン・ザ・ジャングル”こと・・・それって人種差別的か？そんな事無い？Seth・・・Trooooxleeerrrr！高校時代はパワーフォワードだとかセンターをやってたSethだ。スカイ・フックシュートが得意技だ。

「今回はvillaから生放送だぜ・・・皆寝てなくてちょっとお疲れの様子だ。今日がWMCの初日だが、まったくコイツ等はアマチュアだな。ペース配分ぐらいそろそろ慣れてると思うだろ？もう火曜日で、まだ寝てない。誰も寝たがらない。俺はニューヨークから来たんだけど、皆昨晩から起きてるようだ。そして酔っ払ってる。そんな状態なのに、“番組やっちゃおうぜ”だってさ。実はGuy Gerberの提案だったんだが、当の本人は今外でSethとGutiと恋話に花咲かしてるよ。Gutiなんてフラフラだし、今は英語すら解らないんじゃないか・・・どうでもいいけど。Ryanは手伝ってくれてるが、他のヤツラはてんで使いモンにならない。」

Ryan:「Guy GerberとSeth Troxlerの恋愛相談室だな。何度も何度も繰り返してしまう同じ過ちの話をしていて、Igorがじっくり聴いてる。」

Bill:「まるでOprah Show（註：アメリカのトーク番組）だな。リスナーに少しは会話の内容聞かせてやれよ・・・Sethはメール打つのに忙しそうだ。皆恋愛の悩みがあるみたいだな。春だからかな・・・Ryanは大丈夫みたいだが。しかし皆悩みかかえてるんだから、気を遣ってくれよ」。

Ryan: 「俺が恋愛で落ちこんでた時は皆支えてくれたから、彼等が落ち込んでる時はいくらでも話聞くつもりさ。」

Bill:「とにかく言いたいのは、俺も人の事言えないんだけど、大事なのは自分をまず愛すって事だよ。そうすりゃ、一緒にいる人を好きになるのも楽になると思う。俺たちは世界中を回ってDJして、クレイジーな人生を送っていて、最高に楽しいけど、恋愛をするのはすごく大変だ。しかし考えすぎてる部分もあると思うんだ。ただクールになるべきさ。一緒にいて幸せになれる人をみつけて、スーパースターになんてなろうとしないで・・・・違うかい？色んな人に当てはまると思うんだが。とにかく、嫌なヤツにだけになるな、って事さ。」

マイアミのvillaで彼等と過ごした5日間は、いつもこんな感じであった。特にSethがそうだったんだが、冗談を言い合い、罵り合ってたかと思うと、いつのまにか会話は真剣な悩み相談になっていたり、時に両方同時に起こっていたり。水曜日に私が到着した頃には、皆さすがに睡魔に負けたようだった。Sethはまだ寝ていて、他の皆はテラスの長テーブルに座り、各々のギグの準備をしていた。BillはCDを焼いては、マーカーでラベルにちょっとしたデザインを施していた。Lee Curtissが来て、庭のプールで何往復か泳いだ。Guti、Guy Gerberと、VisionquestのツアーマネージャーのEric Johnstonは、月曜日のパーティーから未だにvillaのキッチンに居残っている図々しいやつをどう追い出そうか話し合っていた。Shaun ReevesはRyan Crossonと、デトロイトのチャリティイベントNeed I Say Moreのゲストリストについて話していた。どうやらイベントの招待客のリストに、見た事の無い名前が多数あり、どれも名前の横にかっこ（伝説）や（美女）などと説明されているだけだったようだ。ノートパソコンを睨みながら、Ryanが一言。「どこの誰だコイツら？」

やっとトランクス一丁の姿で、Sethが目をこすりながら、のんびり階段を降りてきた。随分寝たなと誰かに言われると、すました表情で「俺は良く寝る人間なんだ」と、答えた。

ここ数日間は、Sethにとってありがたい骨休めの時間となった。マイアミでの最初のギグだった月曜日のパーティー以前から、Beyond WonderlandというLAのフェスと、テキサスのSXSW (South By Southwest)で２つギグをこなしていた。巷では“Miami Music Week”と呼ばれているこの一週間は８つのギグがスケジュールされており、数日間休んだ後はヨーロッパでTime Warp、Snowbombing、そしていくつかクラブでのギグも控えていた。この調子では2012年は、彼にとって最も忙しい年となった2011年の仕事量を簡単に超える事になりそうだ。

このvillaにいるDJ達と同様、Sethは日ごろからツアーで世界中を回っている。このような生き方は波乱万丈だ。煌びやかで派手な人生を疾走しながらも、時に疲労と孤独感が心身を蝕む。毎週末働き、たいていの平日は旅に出ているこのようなライフスタイルでは、一般人と同じ生活習慣を保つ事は困難であり、“非テクノ友達”（Sethがそう呼んでいる）や恋人といっぱしの関係を築くのは不可能に近い事なのである。めったに会えなく、仕事とは思えないような仕事をしていて、さらに仕事中はたいてい酔っていて、行く先々で女の子が群がってくるような職業の彼氏が欲しいと思う女性が、いったいこの世のどこに居るだろうか？Billが言っていたように、villaでの会話の内容の大部分はこの恋愛の悩みに集中しており、その中でも特にSethが多く抱え込んでいた。彼のフィアンセが“元”フィアンセになってしまう日がそんなに遠くない事を彼は察しているようだった。この事実が常にSethの心の奥に潜み、いつもなら漫画のキャラクターのようにエネルギッシュな彼を憂鬱に染めていた。数週間前にSkypeで話した時、Sethはこんな事を言っていた。「昔は、テクノのせいでお金が無いと言っていたが、結局テクノは俺にお金を与えてくれた。今は、愛が欲しいね」

無論、DJの人生は冒険であり、刺激的である事は間違いない。あの日の午後、テラスで皆が語った、世界中を舞台にした面白い体験談は底をつきなかった。Billが耐えられなかったという、ロンドンでのアフターパーティーの“リカルドとルーマニア人達”の話だとか、Burning ManでLeeがステーキを焼いた時、彼が「このステーキには俺の愛情、俺の全てが注ぎ込まれてるぜ」と言い放った話などで盛り上がった。（聞く所によると、ステーキの味は素晴らしかったようだ）

穏やかな午後を楽しんだのも束の間、Villa 221という新しいヴェニューでパーティーのギグがあり、DJ達は出かけなくてはならなかった。Sethはその日はElectric PickleでFrom Detroit With LoveというPlanet Eのパーティーのオープニングを任されているだけであり、出番まで時間があった。彼の最初のビッグな仕事は、木曜日のThe SurfcomberでのCirco Locoだ。このイベントではVisionquestのメンバーがそれぞれペアでブッキングされていた。ShaunとLee、SethとRyanだ。この仕事の準備にはひと悶着があった。誰も出番の時間を知らされておらず、RyanがRAの掲示板で発見しなくてはいけなかったのだ（「これは信じられないな。ちゃんとプリントアウトしたタイムテーブルをくれよ」）。そしてLeeはソファで爆睡しており、誰も起こすことができなかった。結局、Shaunが皆の反対を押し切り、独りでプレイする事にした。

パーティー自体は最高だった。天気は晴れだが涼しく、モヒートやケープコッドなどのカクテルに酔いしれた。SethとRyanはその日最高のプレイを披露し、アップビートなディープハウスのミックスに名曲（Cajmereを数曲、Liberty Cityの「Some Lovin'」のDanny Tenagliaのリミックスなど）を散りばめ、客の反応も素晴らしかった。途中、P. Diddyが何人もの側近を連れて現れ、前のほうで踊っていた場面も。全員が楽しんでいた。

出番の後、また一騒ぎあった。出番が終わりダンスフロアにSethが降りると、どんどん人が群がってくるのだ。まるで知り合いのように、「Seth!おい、Seth!」と話しかけておいて、Sethが振り向いたら、「イエー！Seth Troxler、イエー！！！」といった具合だ。フロアを通り抜けようとする彼を見て、まるで政治家を見ている気分になった。右の人と握手、左の人と握手、右、左・・そしてその間、常に「よう！元気？おう！調子どう？」と愛想を振りまく。そして、たくさんの写真撮影。DJブースから出口に到達するまで、Sethは7回ほど、写真を撮ることをせがまれた。中には無理やり撮っていた人も。こんな状況が今週ずっと続くのだが、Sethが機嫌を損ねる事は無かった。内心嫌だったとしても、全くそれを表に出さなかったのだ。騒ぎを傍観している他のDJが、「俺はあんな事できないな」と言っていたのを数回耳にした。

有名（あるいは、彼の昔のFacebookによると“準有名”）になると、今まで以上に、人への態度に気をつけなくてはいけなくなる。これはアプローチしてくるファンだけでなく、友人知人にも当てはまる事だ。周りの人々に十分気を配らないと、無視されたと思って傷つく人が出てくる。その部分においてSethは長けている。まるでGatsby（註：アメリカの有名な小説『The Great Gatsby』の主人公）のように、彼の周囲に何人群がろうと、気に入れば、特別な存在みたいに扱ってくれるのだ。

しかしながら、Sethでさえも、全員をハッピーにする事はできない。その事実を彼はよく痛感すると言う。Circo Locoの後、彼はElectric Pickleに遊びにいったのだが、
そこでの夜は「メランコリー」でしかなかったと、後に話していた。それはWolf + LambとSoul Clapのパーティーで、彼はただ遊びたくて行ったのだが、有名なDJがクラブに出向いたら、何も起こらない訳が無い。明け方、villaのテラスで、Sethはこめかみをマッサージしながら出来事を語った。やはり、写真を撮りたがる人々にフロアで囲まれてしまったようだ。「ホント、マスクでもするべきだな・・・」と、Seth。そして、古い友人に会ったのだが、彼等はSethが有名人になってしまい、自分達を見捨てたのだと感じていたらしい。「彼等はこう言うんだ。“もう全然電話をくれないじゃないか”しかし、あいつ等も俺に電話なんてくれないんだぜ！“お前、変わっちまったな”だってさ。俺は言うんだ。“変わってなんかないよ！前と同じ人だ。葉っぱでも吸うか？”」それに加えて、今週ずっと憂鬱の源である、彼のフィアンセの存在もある。このような事が重なり、重たくのしかかり、彼の気分は相当沈んでいた。Sethは“非テクノ友達”に向かってこう言った。「お前の人生はバラ色だな。カッコイイ仕事に、彼女もいて、たまに出かけて、たまに旅行して・・・」。するとRyanはフォローしようとした。「何言ってんだよSeth、お前だって以前はそんな平凡な人生送っていたじゃないか。それに、今の仕事のほうが何倍もカッコイイぜ」。そして“非テクノ友達”に向かって「気を悪くしないでくれ」と、付け足した。Sethは口を閉ざしたまま目線をそらした。

Seth at the Surfcomber: P. Diddy not pictured

しかし、週のもっとも忙しい時、Sethは活き活きしていた。土曜日の午後にはUltra Music FestivalでのDJセット、その晩にはElectric PickleでGet Lost、日曜日の午前6:30からDanny TenagliaのMarathonでギグがあり、日曜日の夕方にはUltraでもう1セットあった。土曜日の朝、水着を履いてトレードマークのStetsonの帽子を被ったSethは、黒と金のシルクシャツのボタンをしめながら、軽快に階段を下りて来た。「よっしゃ、今日は気分がいいぞ！イヤリングも変えちゃおうかな。」

「フープイヤリング？」

「いや、ダングルイヤリングだよ！」

Get Lostに到着した時、その野外ダンスフロアは人でパンパンだった。強い日差しをカモフラージュメッシュが和らげていた。Electric Pickleはマイアミの中でも数少ない、親密で落ち着いた空気のクラブで、その後のUltraに行くのが億劫になるほどだった。皆、Ultraみたいなビッグイベントは面倒くさそうだったが、Sethは気にしていないようだ。タクシーの中でもテンションは高く、今日は気分が良いとしきりに言っていた。「俺のイヤリングどう？カッコイイよね？」私にとって、Sethのファッション、全体的な雰囲気は“孔雀”を連想させる。ブラブラするイヤリングもそうであり、好んでかぶる古風な帽子や丸いフレームのレイバンサングラスもそうだ。これを伝えたら最初は心外だったようだが、そのうち気に入りだした。「自分のアニマルスピリットを変えてもいいかもしれないな。」彼は言った。「俺は時に熊で・・・時に孔雀だ！！」

しかし皆の予測に反して、Ultraではスムーズに事が運んだ。参加アーティストの受付の男性がSethの大ファンであり（iPhoneに20個ぐらいミックスが入っているらしい）、Sethと一緒に写真を撮った。その後、ゴルフカートに乗せてもらい、ただっ広いBayfront Parkを突っ切った。途中、ゴルフカートに乗ったAnnie Mac、Bengaや、Sethのお気に入りであるSven Väthといった有名人を見かけた。

バックステージエリアは、まるで映画の撮影現場だ。DJ一人一人にドアに名前の入ったトレーラーが用意してあり、快適な温度が保たれた中はアルコールも常備してあった。飛行機の格納庫スタイルのステージは巨大だったが、この段階ではまだ客の入りは半分ほどだ。Cassyがプレイ中だった。彼女とSethはお互いの服装を褒め合った。そして最後のレコードをかけると、彼女は煙草に火をつけた。Sethがステージ上に登場すると、観客から歓声が上がったが、「まだ俺は何もしてないよ」といったジェスチャーをし、Cassyに向けて拍手するよう促した。Sethのプレイ中、Carl Coxが現れ、Magdaと彼女のツアーマネージャーのCollinsという大男もやってきた。驚かそうと後ろからコッソリ忍び寄ったMagdaはCarlのお尻をつまみ、2人は笑いながらハグをした。

出番の後、Ultraのビデオインタビューと、握手会が控えていた。テンションを高めたままでDJに挑みたかった彼はインタビューを出番の後にずらしてもらっていたが、当のインタビューは思っていたより短く、すぐに終わった。ところが握手会はどちらかというとサイン会で、思った以上に大変だった。会場の端にある小さなトレーラーの中で行われたサイン会は、ゴルフカートでしか行けない遠さだ。到着した時、列に並んだファンたちは皆、Sethのほうを見ては、指をさしたりソワソワしていた。Sethはカートから飛び降り、列に並んだ客にハイタッチをして回った。客は大盛り上がりだ。トレーラーの中では、セキュリティの人間が列を整理し、写真を撮らないようお願いしていた。SethとCarl Coxが並んでテーブルに座り、サインをした。Carlの出番の時間になり、彼が席を立つと、なぜか突然人の流れは止まった。Sethが「えっと、俺の事知ってる人いたら、サインするけど。」と言うと、少女が「あの、あなた誰ですか？」と訊く。Sethは突然立ち上がり、「もう、やめた！」と言い放った。

Electric Pickleへ戻るタクシーの中、私達は、DJにとって最もしんどいのはDJプレイそのものではなく、それ以外の時間外労働であるという話をした。「移動する時間も長いし、DJ以外にも色んな事を人から求められて、自分がやりたい事をやる時間もエネルギーもなくなっちゃうんだ。」Sethがもう長いこと新曲を出していないのは、それが理由なのだろうか？「ああ、それもある。あと、若い頃はもっと野心的だったね。色んなことに興奮していた。しかしまたその気持ちを取り戻しつつあるんだ。今リミックスをいくつかやっているし、Deetronともうすぐスタジオ入りする予定だ。」しばらくの沈黙の後、彼は言った。「きっと今頃、Ryanの喉が潰れてると思うよ。」

彼は正しかった。Pickleに戻ると、普段なら威厳のあるRyanの声は掠れ、しゃがれた小声で喋っていた。パーティーはもう12時間以上続いており、酔っ払っていない人は皆無だ。到着した頃にはMaetrikが回していて、その後のDamian LazarusとJamie Jonesのバック・トゥ・バックに、Sethが飛び入り参加し、客を驚かせた。彼がかけた"The Wall"のエディットは評判が良くなかったが、彼いわく「まぁ、プロモ盤だったし、別にいいじゃないか。それに、キーが合っていたし！」

パーティーはお開きになり、次に行く場所が決まらず、皆路上に溜まっていた。Star Island（文字通り、スターが多く住んでる島）の大金持ちのvillaで行われているパーティーに行こうという案が多数だったが、SethとKate SimkoはThe Deuceという名のバーに行きたがっていた。金持ちのvilla案に多数決で決まったが、中々タクシーを捕まえられないでいた。すると突然、Ryanが横からSethの荷物を取り上げ、Sethのためにタクシーを止めると、あっという間にトランクに荷物をしまった。なにやら彼等の間で“polite-off”という、必要以上にお互いを丁重に扱い、礼儀正しさを競うコンテストを行ってるらしい。これはRyanにポイントが入った。「ああ、畜生！やられた！」

金持ちvillaのハウスパーティーはあまり面白くなかった。villaに元々いた人々と、DJの面々で固まって、2グループに分かれてしまった。「社会的、経済的地位の異なる背景を持った人々の興味深い組み合わせ」と誰かが描写していた。Sethと仲間達は暗い、プールの傍のベンチでかたまり、シルエットだけになっていた。この頃にはもう、Sethのみがシラフだ。「今、何時だ？」「酔っぱらっていて、わかんねぇや」「4時42分」「やっぱりThe Deuceに行くべきだったな」「俺、べろんべろんだぜ」「Dannyのパーティーにもうすぐ行くべきだ。」

Sethの疲労感は露になっていた。その日の最初のギグからもう16時間は経っており、溜まった疲労が彼を神経質にしていた。しかも、Danny Tenagliaのパーティー、Marathonが行われたKaru & Yは、まるでSethをイライラさせるためにデザインされたかのような造りだ。入るとまず巨大な部屋があり、至るところにストロボライトが装備されていた。そして屋外に出ると、ガゼボ（註：パビリオンの一種）やティキ・トーチ（註：長たいまつ）があるスペースがあり、小さな運河が通っていた。その上にかかっている橋はDJブース（厳密には、DJ小屋）に向かって伸びていて、おまけに、運河の横ではサイボーグの格好をした巨大なニューハーフが踊っていた。

Sethのセットが始まると、変わった人々が次々と現れた。まず、サンフランシスコから来た、遠慮の無いクラブオーナーがいちいち話しかけてきて、しきりに何らかの“メディアプロジェクト”の話をSethにしていた。それから、異常なまでにSethの事が好きみたいな若い男が、Sethの知り合いにドリンクを奢ったりタバコをあげたりして媚びへつらい、どうやってSethと知り合ったのか訊いて回っていた。それをしていない時は、不気味なほど落ち着いた表情で、動きもせず、ただSethを凝視していた。なぜかJellybean Benitezの娘がパーティーにいて、挨拶に来た。ダンスフロアはあまり動きがなく、DJブースの目の前で数人がケータイで動画を撮っているだけだ。そのうち、Sethは振り返りこう言った。「やってらんねぇ。俺のかける音楽なんて興味も無い人達が、ただ俺を見つめてるだけだ。」

丁度その頃、サイバーオカマが川に落ち、こっちのほうまで水しぶきが飛んできた。しかしこれもダンスに利用しようと、“彼女”は誰かが捨てたシャンパンガラスで水をくむと、それを禿げた頭から全身にかけ、エロティックな踊りを続けた。太陽が昇ってきて、人々は汗をかいていた。タキシードを身に纏い、笑みを浮かべた禿げ頭の男性がブースに近寄ってきた。何だか顔に違和感を抱いていると・・・彼は爬虫類の目をしている事に気づいた。何かのコンタクトレンズだろう、緑色の瞳にひし形の瞳孔だった。何とも言えない気持ちの悪い気分になった私はたまたま隣にいたLee Burridgeに、この人誰だ、と訊いた。「あれはSethの親父さんだよ。」これが冗談だと気づくのに、数分かかってしまった。

やっとDanny Tenagliagaが登場し、Sethと交代した。その頃、重要なメールが届いていた。午前9:30に、P. Diddyの邸宅でDJしないかという招待がSeth宛てに来ていたのだ。彼は同意したが、1つ条件があった。まだ金持ちのvillaのパーティーにいる仲間をまず迎えに行ってから行きたいと彼は言う。「仲間全員が招待されてなければ、俺は行かない。」さらに彼は考えた。「それに、もしかしたらP. Diddyの誘いを断るほうがカッコイイかも・・。」面白い事に気づいた嬉しそうな表情が顔に広がった。「そうだ・・・P. Diddyにフェイントを仕掛けるんだ！“イエー、P. Diddyの家でDJするぜー・・・なんてな！嘘だよ！”」

変わりに私達はJamie Jonesのvillaに行った。Jamie宅では寿司の出前が大量にとってあり、大きなテーブルを囲って皆で寿司にがっついた。金持ちのvillaで、私達が去った後にプレイしたCraig Richardsのセットが素晴らしかったと、何人かが熱弁していた。夜が明け、金持ち共が寝てしまった頃にプレイしたCraigのDJは、普段は辛口の人さえも、今まで聴いた中で一番良かったと言うほどだったようだ。その頃、Sethはまた浮かない表情をしていた。私達が知らない間に、フィアンセから電話があったようで、いよいよ“元”フィアンセになってしまいそうだと言う。JamieやCraig Richardsなどが彼を励まし、Sethも会話に参加しようとしたが、冗談はいつもよりキレが無かった。彼はもう家に帰りたかったのだ。

次のUltraでの出番までに数時間があった。活気は無く、タクシーの中はゆったりしたムードだった。皆一言も喋らず、窓の外の騒音に耳を傾け、高層ビル群の窓に浮かぶ夕日を眺めた。会場から少し手前で降りた。Sethはフェスティバル側から数枚余分にチケットをもらっており、誰かにあげたいと考えていたのだ。露出度の高いタンクトップを着た14、5歳ぐらいの女の子のグループがチケットを欲しがった。「君達Ultra行きたいの？」彼女達は皆、頭を縦に振る。「じゃあ、ここに4枚チケットがあるんだが・・」封筒から取り出した次の瞬間、チケットを手にした彼女たちは、「Oh my god!」と連呼しながら瞬く間に道の彼方に消えた。しかし、グループの中で最も若そうでシャイな女の子が独り取り残されたのは、どうやら気づかなかったようだ。眼鏡をかけ、歯に矯正をしている彼女は、ダウンタウンマイアミの路上で置いてけぼりをくらい、かなりショックを受けた様子だ。するとSethは「もしかしたら・・・君の分も・・・あるかも」と言いながらおもむろに封筒の中をまさぐり、紫色でホログラムが輝く派手なVIPパスを取り出し、その子に渡した。「はい。アーティスト用のエントランスから入って行きな。そこを上がった所だよ。」

Sethの足取りには少し軽快さが戻っていた。スムージーのスタンドを発見すると、彼はキャロットオレンジジュースを買うことにした。そしてドリンクができるのを待っている間、靴下を売っているお店を彼は目にする。靴下は彼がツアーで最低限必要とする2つの私物のひとつで、イベントプロモーターがめったに用意してくれない物なのだ。もう1つはPimm's（イギリスのリキュール）らしい。新品の靴下を履き、店を出た彼はキャロットオレンジを吸い込み、「気分爽快だ。」と言った。

Ultraは、昨日より雰囲気が良かった。より“アンダーグラウンド”なアーティストがブッキングされており、海のそばの、客と距離の近いステージは照明も音も素晴らしかった。フェスティバルのクロージングセットをSethが担当し、Ultraにしてはディープな選曲で、今週のベストなプレイを披露した（MKの「MKpella」が印象的だっだ）。彼のセットが終わる頃、港の上を花火が舞った。終わった後は、相変わらずの怒涛の写真撮影ラッシュ以外は、比較的スムーズに物事が進んだ。マイアミビーチまでアーティストを送るボートまで用意してあり、同じボートにSethと彼の仲間達、Benga、そしてBiffという陽気なイギリス人のステージマネージャーも乗り込んだ。皆が冗談を言い合い、Grey GooseやPatronのボトルを回して飲み、声を出して笑っていた。海峡に差し掛かると、操縦士がしっかりつかまるようにと指示を出し、フルスロットルでボートを加速させた。暗闇の中で私達は叫び、まるでCGに見える不思議なスカイラインや、青白い航跡を眺めた。大音量でかかっていた、普段なら嫌悪する様な商業的ダンスミュージックも、あの瞬間は素直に楽しめたのは不思議だ（表情を見た限り、Bengaはそうでもなかったようだが）。後に誰かが、Simple Mindsの"Don't You Forget About Me"でもかかってたら良かったのに、とつぶやくと、Sethは「そんなのかかったら、泣いちゃう所だったよ！」と茶化した。

まるで映画のラストのシーンのように感じたが、まだまだ終わりは先だった。BillがHot Creationsというパーティーから何人かのお客さんを連れvillaに戻ってきた。そして人が人を呼び、どんどん人数が膨れ上がった。どうやら、Sethのvillaか、Jamieのvillaのどちらかに行くか話し合いがあり、多数決でSethのvillaが勝ったようだ。雪崩れ込むように人が集結してきた。Magda、Marc Houle、Konrad BlackことTodd Shillington、Benoit & SergioのSergio GeorginiことBenj Meyers、Gavin Herlihy、Laura Jones、Deniz Kurtel、SethのマネージャーEdとRag、そしてもちろん、Guy Gerber、Bill Patrick、Seth、Shaun Reeves、Ryan Crossonyaや、Sethのオーストラリア人の友達、さらには記者陣、広報の人、ツアーマネージャーやエージェント、友達の友達の友達など・・・。誰かが訊いた。「Guy、ここ二日間どこに居たんだよ？」「いやぁ、色んな所さ。」私の泊まってる部屋からはJerome Sydnehamの"Timbuktu"のメロディーが聴こえた。起きた時は、KindnessというバンドのThe Replacementsのカヴァー、"Swingin' Party"がかかっていた。

「自分のランプシェードを持ってきなよ。どこかでパーティーだぜ。終わることのないパーティー、いつ始まったのかさえ忘れちまった・・・」

もう太陽も昇っていて、芝の至る所にみんなが散らばっていた。ヤシの木の陰で、コロナの瓶を大事そうに抱え、煙草を分け合っていた。不思議と、表情は清々しい。至福に満たされ、時は完全に静止していた。が、人それぞれ時差がありながらも、楽しい時間の終焉は訪れた。みんなの次の目的地は何処なのか、全てを把握するのは不可能だった。ロンドン、シカゴ、ニューヨーク、マドリード、ベルリン、モスクワ、シドニー・・・あるいはGuyの場合は、二日間LAで、その後またマイアミでギグだ。

数日後。私が徐々に日常の生活リズムへ戻りつつあった頃、あの時の何人かがあの一週間とまったく同じ事をしているのをYouTubeで発見した。今度の舞台はドイツ、MannheimのTime Warpフェスティバルだ。ここでやっと普段の自分を取り戻したのだと、Sethは後日教えてくれた。「気の置けない仲間達と一緒にいて、随分長いことご無沙汰だった本当の自分に、やっとなれた気がしたんだ」。その時読んでいたEckhart Tolle著の『A New Earth: Awakening to Your Life's Purposes』という本に影響されたのだと彼は言う。「とてもスピリチュアルで、考え方が劇的に変わる凄い本なんだ。賛否両論あるけど、俺はすごく救われてる。」

私がずっと前から気になっていた事を彼に訊いてみた。今のライフスタイルを手に入れるために、多くを犠牲にしてしまったと感じているのか、と。

「これに関しては、明確な答えはまだ出せてないね。“犠牲”という単語は適切ではないと思うけど、“妥協”はたくさんしてきたと思う。それに、先に何が待ち構えているのかよく解らないうちに、人生の道を選択してしまったのもあると思う。自分の決断が正しかった、と心から感じる時もあれば・・・そうでない時もある。しかし結局、人に音楽を聴かせてご飯が食べれるなんて、物凄くありがたい事だよ。自分の抱えてる悩みなんて、他の人もぶち当たる苦悩だ。誰だって人生、犠牲にしなきゃいけないものはある。基本的には、俺の人生は最高だよ。しかし、時たまに、どんでん返しが待ち受けていることもある。人生が上手く行ってると思ったら、クソ！こんな所でどんでん返しか、みたいな。M. Night Shyamalan監督の映画みたいさ。いたって普通のストーリーだな、と思いきや、突然どんでん返し！！！」