複雑になっていく一方のこの世界に合わせるかのように、今年のベストアルバム群はジャンルを問わず、音楽を通じて自分だけの道を探すように問いかけてくるような作品が多かった。まるで別世界のアートのような方向性を示す作品から、ダンスフロア向けの優れたトラックが詰まった作品まで、我々に「早送り」をさせずに、1時間余りに渡って誰かの精神（とスタジオ）の中を覗かせようと挑んでくる。以下に挙げた20枚のどの作品を聴いても、その素晴らしい世界観に惹き込まれるはずだ。

20. Raime - Quarter Turns Over a Living Line [Blackest Ever Black]

Black Ever Blackを代表するアーティストRaimeは、このデビューアルバムでもポストパンク、ポストロック、テクノの間に横たわる境界線を無くそうという試みを継続している。今作では過去のEP群の方向性を更に押し広げており、収録されているトラック群はそこまでビートが前面に押し出されたものではない。重たい揺らぎが各トラックに蠢くような不安感を与えており、自分の足音の反響音だけを頼りに暗い洞窟を進んでいくようだ。エレクトロニックサウンドと見事に重ね上げられたアコースティックなサウンドスケープがミックスされたこの作品で、RaimeはSwansのような音楽をテクノ寄りなサウンドに内在化させているが、決してその方向へ振り切ったわけではなく、その過程上にある非常に魅力的な作品を生み出した。

The Walker in Blast and Bottle

19. Laurel Halo - Quarantine [Hyperdub]

2012年は不安の年であったが、Laurel Haloの『Quarantine』ほど不安定な響きを持つアルバムは少ない。US出身のこのアーティストは自身の声と大量のシンセを使い、トラックというよりは楽曲的なイメージを持つ、冷然とした12曲を生み出している。エレクトロニックなサウンドは見事なまとまりを見せているが、特筆すべきは彼女のヴォーカルであり、ありとあらゆる方向から耳に飛び込んでくるようだ。また、 “Airsick”、“Carcass”、“Tumor”など不気味な題材を扱っているが、その表現方法は非常に魅力的で、何回でも繰り返し聴きたくなる。

MK Ultra

18. Smallpeople - Salty Days [Smallville]

Smallvilleからのリリースは、針を落とす前にどのようなサウンドが待っているかが想像出来る場合が多い。しかし、ディープハウスの仕掛け人とでも言うべきドイツ人デュオによる待望のデビューアルバム『Salty Days』は少し異なっている。浮遊するような上品なメロディーと、優しく包容するようなベースライン、そしてソフトに鳴り響くドラムなどが美しく表現されているこのアルバムは所謂Smallvilleサウンドではあるが、大胆でストレートな部分も持ち合わせている。ジャッキンで上品なピアノハウス“Move With Your Vision”などの様々なテイストが、快適で親しみやすく魅力的なサウンドを新しい形で生み出している。

The Loon's Groove

17. Ricardo Villalobos - Dependent and Happy [Perlon]

Ricardo Villalobosはもうクラブミュージックを卒業してしまったのではないだろうかと思えた時があった。Max Loderbauerとの共同作業によって、彼のエクスペリメンタルな部分はその強度を増し続けている一方、フロア向けの作品はモジュラーシステムから吐き出されただけの結果に過ぎない、ただ何も考えずに作られただけのもののように感じられた時があったからだ。しかし、『Dependent And Happy』はここ数年の彼の作品の中で図抜けた作品と言え、前述のようなフロア向けの作品とは異なる。美と感情が彼のパレットへ舞い戻り、アブストラクトな即興性も生き生きとしている。最初から最後まで一貫してシュールなイメージを保っているこの作品はディテールに満ち溢れており、その魅力は決して色褪せないように思える。

16. Chromatics - Kill for Love
[Italians Do It Better]

Italiand Do It Betterの重要人物Johnny Jewelがレーベルコンピレーション『After Dark』のリマスター版をSoundCloudにアップロードした際、このレーベルの魅力を再確認することになったが、彼の率いるバンドChromaticsの5枚目のスタジオ・アルバム『Kill for Love』は、そこで感じられた「魅力」が氷山の一角に過ぎないことを証明した。薄汚れて埃臭いJewelのサウンドデザインはヴィンテージ感が備わっているが、『Kill for Love』の野心的で感情を惹きつける音楽は、同じジャンルに括られる単なる懐古主義的な音楽と一線を画している。

A Matter Of Time

15. Silent Servant - Negative Fascination
[Hospital Productions]

テクノファンの間で、Silent ServantことJuan Mendezが今年リリースした『Negative Fascination』よりも喜ばれたデビューアルバムは他にはないだろう。LA在住のこのアーティストは、過去5年間に渡りSandwell Districtからその見事なサウンドを発表してきており、テクノ界で最もエキサイティングで信頼出来るアーティストの1人としての地位を確立させている。このアルバムの長さは30分強という短いものだが、過去の作品同様素晴らしく、重く垂れ込めるようなアンビエントサウンドから陰鬱なエレクトロニックサウンドへと論理的かつスピーディーに変化するトラック群は臆すること無くフロアをターゲットにしている。オールドスクールでメランコリックな“Moral Divide (Endless)”から、凶悪な“The Strange Attractor”など、幅広い雰囲気を持つ7トラックが収められたこの作品はピュアなテクノアルバムだ。

The Strange Attractor

14. Recondite - On Acid [Acid Test]

ビヨビヨと揺れるアルペジオや強烈に差し込んでくるサウンド、そして捩れたようなサウンドも入っていないReconditeのアシッドは枕とサンセット、それにぼんやりとした幻覚のためのものだが、決してこの『On Acid』はおとなしいアルバムではない。安心感を独特の表現方法で示したこのアルバムは、Acid Testが躍進を遂げた今年を表現している作品であり、素晴らしい303サウンドがまるで冷水に飛び込む前の深呼吸のような静かさで鳴り響いている。静かさと無謀さが交互に訪れる“Harbinger”をピークとするこのアルバムは、混沌としたダンスフロアとメランコリックな二日酔いの両方に効果的という、非常にレアな作品に仕上がっている。

Jaded

13. Lee Gamble - Diversions 1994 - 1996
[PAN]

「創造性」に対する古典的な公式とは、論理性と直感性を組み合わせてハイブローなアートとダイナミックな何かを混ぜ合わせることだ。意図したかどうかは定かではないが、Lee Gambleがこの『Diversions 1994-1996』でその公式を用いている。彼がアヴァンギャルドなコンピューターミュージックから離れ、集めていたジャングルネタのレコードへの回帰を果たしたことでこのアルバムは生み出された。ピークの手前で使われるような空間的なジャングルのフレーズを組み合わせたこの作品は非常に魅力的で、彼の鮮烈なデビューアルバム『Dutch Tvasher Plumes』が霞んでしまう。27分という非常に短く、ビートが入っている作品もわずかに1曲だが、今年を代表する素晴らしいアルバムのひとつと言えるだろう。

M25 Echo

12. Grimes - Visions [4AD]

Grimesはアルバム『Visions』でこれまでの彼女の作品にあった霧を取り除き、2012年で最も奇妙で誠実なポップヒットを生み出した。カナダ人である彼女の妖精、または宇宙人のようなヴォーカルはありとあらゆるリスナーの想像力に訴えかける力を持っており、Richie Hawtinでさえも今年イビサでプレイしているが、彼女のファンが世界中に広く存在している理由は簡単に理解できる。というのは、『Visions』には “Oblivion”のようなキラーインディートラックが数多く収録されている一方、“Skin”のような優しく内省的なトラックや、奇妙なエクスペリメンタルトラック“Eight”なども収められているからだ。ここまで妥協していない作品がここまで「楽しい」のは通常ではありえない。

Circumambient

11. Jam City - Classical Curves
[Night Slugs]

『Classical Curves』はあらゆる意味でNight Slugsのマニフェストを具現化することに成功しており、様々な要素を組み合わせただけのようでありながらも、しっかりと作り込まれたクラブトラック群が収められている。また、アルバムに先行して公開されたMs Muzik Channelのビデオで、リスナーはJam Cityの光沢のあるロボティックな世界観を閲覧することが出来た。アルバムのアートワークは、薄暗い企業のロビーに壊れたバイクとサテンのシートが置かれているもので、それぞれが相反しているが、コンテキストとしては完全に意味をなしており、これはそれぞれが光り輝きつつも、お互いが密接に関係しあっているトラック群そのものを表現していると言えよう。

Her

10. Barker & Baumecker - Transsektoral
[Ostgut Ton]

Sam BarkerとAndreas Baumeckerはハードウェアの大ファンであるが、アルバム『Transsektral』からそれを知ることは難しい。このアルバムはそのようなレアな機材によって非常にハイファイなサウンドが生み出されているからだ。Ostgut Tonは所謂「Berghainサウンド」の仕掛け人として知られているレーベルだが、ここに収録されている11曲の殆どが、それまでレーベルが押し出してきたそのサウンドとは大きく異なっている。艶があり、緩やかでメロディックなこのデビューアルバムは、UKベースやエレクトロ、テクノやハウスからの影響を受けた作品だが、ひとつのアルバムとして見事なまとまりを見せている。

Schlang Bang

09. Robert Hood - Motor: Nighttime World 3 [Music Man]

20年近くのキャリアを持っているようなアーティストがこのようなランキングに名を連ねるのは中々難しい話だが、ミニマルのパイオニアRobert Hoodはそれをやってのけた。このアルバムは決して「革新的」な作品ではないが、テクノというジャンルにおいて最もシンプルなフォームに感情を入れ込むというシンプルな才能が光っている作品だ。ドキュメンタリー『Requiem For Detroit』にインスパイアされたというこのコンセプトアルバムは、幽玄なメロディーを持つ1曲目“The Exodus”から、うねる“Drive (The Age of Automation)”まで、クラブ向きとは言えないようなトラックからピークタイム向きのビッグチューンまでが見事に盛り込まれている。

Motor City

08. Shed - The Killer [50 Weapons]

単純な確率から考えると、『The Killer』は駄作だと考えるかもしれない。というのは、彼の作品の成功率がどこまで良いのかという話になるからだ。ベルリンにおける最高のプロデューサーの1人と言って過言ではないShedことRane Pawlowitzは2008年以降、Shed名義では2年に1枚のペースでアルバムをリリースしており、更に年10枚ほどのペースで様々な名義を使い分けながらシングルをリリースし続けているが、その殆どが素晴らしいクオリティを誇っている。ならば、いい加減そろそろ失敗作をリリースするのではないかと考えるのだが、それはまだまだ先のようだ。『The Killer』には彼のこれまでの作品同様、美しく組み上げられている不穏な空気を携えたトラック群が収められている。素晴らしいのはアルバムタイトルだけの話ではないということだ。

Day After

07. Vessel - Order of Noise [Tri Angle]

これまで高評価の12インチを数枚リリースしていたブリストルのプロデューサーVesselが今年後半にリリースしたこの『Order of Noise』は、地元ブリストルの「アヴァンギャルドなエレクトロニックミュージックの中心地」という評価を更に高めることになった。魅惑的且つ不気味なこの至高のアルバムは、ありきたりな比喩を用いること無く感情を独特の形で表現することに成功している。内省的であると同時に知的さを携えたダビーなブロークンビートのテキスチャが1枚にまとめられたこのアルバムは、UK国内で最もエキサイティングな新人の1人の登場を宣言している。

Scarletta

06. Shackleton - Music for the Quiet Hour
[Woe to the Septic Heart]

Sam Shackletonはこの『Music For the Quiet Hour』で、Skull Discoの暴虐的なサウンドとPinchとの共作で示したような閉所恐怖症的なサウンドを組み合わせることに成功している。Shackletonの音楽は密封度が高く、ドラムと喧騒が複雑に絡み合いながら空間的な広がりを持つイメージと共に滅亡後の世界を描いていくトラック群には息が詰まるようなインパクトがある。“Death Is Not Final”で起用されたMC Vengeance Tenfoldの声は、不穏な暗闇を照らす光として機能することを拒否しており、20分頃にMCが「I agree we should put them outside the walls」と囁くが、このthemとは、過去自分が生み出した葬儀のようなサイケデリアを指しており、Shackletonはこの作品で自らが築き上げた栄華を自分の手で破壊している。

Powerplant

05. Daphni - Jiaolong [Jiaolong]

Dan Snaithは数学の博士号を取得している人物だが、今年彼が発表した汗ばんだダンスフロアへの進出とも言えるこの作品に数学的アプローチは殆ど使われていない。2010年にCaibou名義で発表した『Swim』で当時自分の中に芽吹きつつあったダンスミュージックへの情熱を表現したSnaithは、今作『Jiaolong』でその情熱を解き放った。9曲の能動的でスリリングなトラック群は、近年彼が定期的に行なっているDJ用に作られたものだ。Snaithの音楽博士としての高い評価は、UKベースやフットワーク、そしてシャンガーンエレクトロに対する自分なりの表現に見出すことができるが、『Jiaolong』は生々しくエネルギッシュなハウスとテクノによって構成されている作品だ。

Pairs

04. Andy Stott - Luxury Problems [Modern Love]

Andy Scottが強烈なベースサウンドの深海とも言える2011年の『Passed Me By』に続いて今年リリースした『Luxury Problems』は、浮遊感と重量感が同居するという逆説的なアルバムだ。すぐに気がつくのは彼が以前習っていたピアノ教師Alison Skidmoreの声を加工したという、水晶のような透明感を持つヴォーカルサンプルだろう。Scottは見事なミックススキルでそのSkidmoreのノスタルジックなヴォーカルを重量感のあるビートに埋め込んでおり、この2つの特徴がアルバムを定義付けている。2年連続でアルバムをランクインさせているアーティストはScottとShackletonだけだが、強烈な個性を放つ彼のアルバムが生み出した喜びと驚きの評価は、彼のスタジオワークの手腕と多様性の真の証と言えよう。

Luxury Problems

03. John Talabot - fIN
[Permanent Vacation]

John Talabotの初期作品の数々は、彼がアルバム向きのアーティストだというイメージを常に与えていた。明るいメロディーとゆったりとしたドライヴ感は、休憩時にもパーティーにも適した音楽に思えたからだ。しかし、このデビューアルバムで彼がここまで正確にその方向性を表現できるとは、熱狂的なファンでさえも想像できなかったのではないだろうか。ディスコ風の作品からメランコリックなハウス、そしてインディー風に至るまでが収められた『fIN』は、ありとあらゆる音楽ファンの心を掴んだ。エレクトロニックミュージックのアルバムは時としてクラブ用シングルの寄せ集めのように感じてしまうが、『fIN』はその対極に位置している。このハウスミュージックのアルバムは、通して聴くことを要求してくる作品だ。

Oro Y Sangre

02. Actress - RIP [Honest Jon's]

ActressことDarren Cunninghamはアルバムごとに進化している。2010年のアルバム『Splazsh』はそれ以前の作品よりも更に奇妙でぼんやりとした深みへと進んでいく彼の方向性を示したが、その2年後の今年リリースされたこの『RIP』は、その『Splaszh』を平凡に思わせてしまう作品だ。今回の彼は既存の枠を大きく飛び出しており、奇妙な作風をアブストラクトな小作品に凝縮させる形で表現している。そしてその作品の多くは、序盤や中盤、そして終盤という構成が感じられず、流れ消えていく。ハイハットやビート、幽玄なヴォーカルなど、親しみ深い素材が部分的に使われてはいるが、最も奇妙に聴こえる部分にこそ、このアルバムの真価がある。

IWAAD

S.T. (VFTL Rework)

01. Voices from the Lake - Voices From the Lake [Prologue]

2012年で最も刺激的なリリースが静寂な作品になるとは誰が予想しただろうか。もしくは簡単なシャッフルよりもスピード感がない音楽で汗だくになると予想した人はいるだろうか？イタリアの誇るテクノの雄Donato Dozzyと彼の共同作業者兼マスタリングエンジニアであるNeelによるコラボレーション作品『Voices from the Lake』は謎めいた音楽だが、この音楽が醸し出す雰囲気は魅力的だ。軽々とリスナーを引き込むこのアルバムは、今年リリースされたどのアルバムよりもオリジナリティに溢れている。

涼し気な微風と少量のビートで我々を誘うDozzyとNeelによるこの傑作は、悩めるテクノファンに、瞑想、探求、超越、そしてダンスから成り立つ原生林という休息の地を与えてくれる（ダンスという部分はヘッドフォンで聴いている分には感じられないかもしれないが、この2人がこの呪術的なサウンドを長時間のライブで披露した際に感じることができる）。今年は数多くの音楽が議論を呼んだが、『Voices from the Lake』は浮世離れしており、そしてそこへリスナーを誘っている。この作品は我々が何度も帰ることが出来るサンクチュアリであり、まだしばらくは我々がその扉に鍵をかけることはないだろう。