御歳50歳、昨年でソロ活動20年（DJ歴は25年超）。この経歴にある種の重みを感じるのはDJ Krushがいまだ現役として活躍し、旺盛な作品発表やDJを続けているゆえだろう。この度、先日行われたHennessy artistryのイベントに招聘された彼に話を訊くことができた。日本でも有数のキャリアを持ち、世界的評価も高いDJ Krushの過去20年間と、現在進行中のプロジェクト、そして国内クラブ・カルチャーへの提言までを大いに語ってもらった。

Krushさんは今年50歳を迎えられて、かつソロとしての活動も昨年で20年を数えたわけですが、まず50歳を迎えての所感、感慨から訊かせていただけますか。

意外とね、早いよ、時間が経つのは。あっという間だった。自分がやりたいことをやってこれたから、というのもあるけどね。

若い頃にまさか50歳まで音楽を続けている自分の姿は想像できてましたか？

20歳の頃なんかは遊び呆けてたから、そんなことは一切考えてなかったよ。１stアルバム『Krush』をリリースしたのが30歳で、当時は組んでいたグループ（Krush Posse。若き日のMuroなども参加していた）も解散して…解散の理由の一因には“音楽でメシを食っていきたい”っていう俺の強い思いもあったんだけど。そこからはがむしゃらだよね。ひとつ階段を昇ったら、また次の階段が現れて、その繰り返し。気付いたらこの年齢だからね。でもDJをやりはじめた頃は50歳になっても現場でDJしてるなんてことは考えてもみなかった。10年後くらいには横に看護婦に立ってもらって、点滴打ってもらいながらDJしてたりして。

ハハハハ！血圧も測ってもらいながら？

フフフ、そうだね。それが理想だね。

いつ頃からある程度先を見越した活動にシフトしていけたと思います？

どうだろうね。30歳のときはまだ先のことなんて考えていられなかったんじゃないかな。30歳なんて子供だから、まだまだ。40代の半ばくらいじゃないかな。年齢とともに責任もたくさん負わなきゃいけないしさ。それでもやれることはひとつしかなくって、それを曲げることもできない。先のことを見据えても、向かってる方向は結局いっしょなんだよな。

若い時分と現在で明確に違ってきた面はどのような部分でしょう。

ううん…酒が弱くなってきたくらいかな。それ以外に明確な違いはあんまりないかなぁ。DJにしても、制作にしても。やってること、やりたいことはそう簡単に変わらないね。

「ヒップホップって形式を借りて、
あくまでも自分の音楽をやりたかった。
俺は“ヒップホップの美学”よりも
“ヒップホップの自由”を選んだんだ」

現在までにターニング・ポイントを置くとするならいつだと思いますか？

Krush Posseが解散したくらいの頃じゃない？グループを離れて、DJがひとりでなにをすればいいかなんて誰もわからない時代だったからね。ここがひとつの転機だった。それから俺はイギリスのMo’ Waxでアルバムを発表して海外のチャートにランクインされて、かたやMuroはマイクロフォン・ペイジャーで日本のヒップホップの道を開拓していった。各々が闘ってたんだよ。さかのぼれば『Wild Style』（USヒップホップの黎明期を切り取った映画。82年制作）と出会ったことも大きなポイントだと思うし、ソロ活動20周年というのも大きな区切りだよね。そう思うと３つくらいだな、大きな転機は。そうそうターニング・ポイントなんてないもんなんだな、人生において。

Krushさんはいわゆる日本語ラップのシーンをどう見ていますか？

どういうこと？

というのも、Krushさんのスタンスって特殊な立ち位置だと思っていて。日本のヒップホップを世界に発信したオリジネイターであると同時に、日本のヒップホップとは一定の距離感を持って接しているという印象があるんです。なので、そんなKrushさんが日本語ラップというカルチャーとどのように折り合いを付けているのか興味があって。

なるほどね。その見解はすごくわかるよ。ただ、自分としては距離感とか云々はあんまり気にしてないな。かっこいいヤツがいればいっしょにやりたい。それだけなんだよ。刺激がほしいんだな、きっと。それはRinoやTwigy、Tha Blue Herbだったりするわけで。こちらとしてはそこまで距離感なんて感じてないわけ。たださ、日本のヒップホップも成熟していろんな方向に枝葉が伸びていってるでしょ？もう“日本語ラップ”って言葉でひと括りにはできないと思うんだ。そのなかでも“王道の～”云々って言うけど、それって結局、本場の、アメリカのモノマネっていうかさ。俺は器用じゃなかったし、モノマネじゃ世界に通用しないとずっと思ってたんだよね。だから、ヒップホップって形式を借りて、あくまでも自分の音楽をやりたかった。俺は“ヒップホップの美学”よりも“ヒップホップの自由”を選んだんだ。

その“ヒップホップの自由”ってすごく難しい問題だと思いませんか？ “ヒップホップは自由だ”と言いつつも、すごく伝統を重んじる側面もある。ご自身のなかで、そういった革新性と保守性のバランスをどう捉えていますか？

その点についてはすごく葛藤したな。特に若い頃はね。Mo’ Waxでリリースした頃は“こんなのヒップホップじゃない”って意見も多くあったしさ。でも、それをやり続けたことで現在があると思ってる。ヒップホップがいちばん好きな音楽だし、いちばん影響された音楽だよ。でもヒップホップっていう道具を使って自分の絵を書くほうが自分にとっては楽しいんだよ、結局。それをずっと続けてきただけなんだよね。

現在の若いラッパーで興味を挙げるとしたら？

具体的にはむずかしいなぁ。でも、みんなラップが上手いよね、ほんと。それは本当に思う。勉強不足で隅々までチェックはできてないかもしれないけど、デモをもらったり、ひとづてに聞いたりして、シーン自体の熱気はすごく感じてるな。

ラッパーでもトラックメイカーでも、Krushさんが興味を示すポイントをオリジナリティー以外に挙げるとするなら？

こっち側の想像力を掻き立てられるような音だったり言葉だったりをクリエイトできるヤツだね。“すごい言い回しだな！”とか“なんでこんな位置にハットを置くんだ！”とか、とにかく“なにを考えてるんだ”ってこっちが思えるようなヤツには興味が向く。逆に“両親に感謝”とか、愛だの恋とかの歌はもういいや。若いひとにはそういったことを歌うほうが人気が出るんだろうけど、俺はもういい。

近年ではミニマル・テクノやダブステップもプレイされてますが、そういったジャンルでも琴線に触れるポイントは同じですか。

うん。やっぱり興味を刺激されるポイントってあるんだよね。それを言葉で表すのは難しいんだけど…。でもリズムはやっぱり大事で、加えてイマジネーションを広げる上モノも大事。最終的にひとつの物語を感じられるものが好きなんだよね。

それはご自身の制作スタンスにも通じる部分ですよね、もちろん。

そうだね。ただ、自分でやるとなるとこれがさらに難しい。作業をしてるときは“これはヤバい！”って思うんだけど、１ヶ月もしたら“うーん…”ってなるんだ。そういった試行錯誤の繰り返しだよ。

「スタイルを貫き通しつつ、時代といっしょに
歩まなきゃいけないってこと」

昨年からは配信限定で楽曲を発表していますね。個人的にKrushさんはアルバムに確固たるコンセプトを持っていて、収録されている個々の楽曲の連なりでストーリーを提示するタイプの作家なんじゃないかなと思っていて。しかし今回の配信楽曲はひとつひとつコンセプトが違うじゃないですか。そこがすごく新鮮に感じていて。

その通りだね。これまでは曲やジャケット、曲順の配置も含めてアルバム全体の物語を構築してたんだけど、いまはいろんな意味で時代も変わってきてるでしょう。そう言った意味でも、これまでと作り方を180度変えた形で制作をしてみたかったっていうのもあるよね、どっちがいいとかじゃなくて、あくまでも経験としてね。良い意味でアルバムを作るのとはまた違う自由度を感じられたし、次に繋がるものになったと思ってるよ。

そのようなデータ配信の時流だったり、昨今の風営法の取り締まりだったり、日本のクラブ・カルチャー全体に大きな変革の波が来ていますよね。こういった流れ、Krushさんはポジティブに受け取りますか？それともネガティブに捉えますか？

たしかにCDは売れないし、現場は営業を制限されたり、厳しい時代ではあると感じてる。ただ、俺たちはできることをするしかないよね。いまさら地下足袋履いて、スコップ持つわけにゃあいかないわけだからさ。でも、それはスタイルを変えろってことじゃないと思うんだ。スタイルを貫き通しつつ、時代といっしょに歩まなきゃいけないってことだよね。

ちなみにオリジナル・アルバムは『寂』以来リリースがありませんが、オリジナル作品に気持ちが向いていかない明確な理由はあるんでしょうか？

いろんな理由があるんだけど、１つは、今のめまぐるしい様々な状況の変化を作品って形じゃなくて、もっと現場を通してリアルに感じたかったってのはあるよね。だから、ここ数年は現場でのDJをとにかく優先させてた。毎年、年間の1/3くらいは海外に出てて、今年だけでも20カ国以上は回ったよ。でも、俺の場合、プレイ自体、ほとんど自分の楽曲でやってるから、毎回の公演とかツアーごとに曲は作ってるよ。もちろん、ライブを意識したものではあるけどね…。

そんななか、現在は新作を制作中という話を伺っています。現時点で制作の進行状況はどのくらいの段階ですか？

いまは依頼したいアーティストをリストアップして、頭のなかで散らばってるイメージを具体的にまとめている段階。これまでも一貫してそうだけど、リズムにこだわった作品にはしたいと思ってる。

ラッパーの客演も考えていますか？

入れたいね。日本人とは何らかの形で一緒にはやりたいと思ってる。

Krushさんは制作期間中はあまり外部の情報を入れないという話を聞いていて。リラックスするときも音楽はあまり聴かないタイプですか？

そうだね。テレビですら消すことも多いから。ただ、最近だとFlying Lotusの新作なんかは聴いてしまったけど。それに現場でもらったデモとかね。ただ、基本的には外から情報を入れないようにしてる。いま住んでいる場所はとても静かで、テレビや音楽を消すと虫の声なんかも聞こえてくるようなとこなんだ。それはそれですごく落ち着くよ。

日常生活のなかからインスピレーションが湧くことも？

うーん…25年以上も同じ女房と子供で連れ添ってるわけだから、刺激はなかなかないんだけどね。でも、それは平和なことだよね。たまにはケンカもするけどさ。それでも、日々のニュースで感じたりする怒りや悲しみもあるし、海外に行ったらすごく気持ちが動くことがたくさんあるんだ。自分の楽曲には日々のそういうことが多く反映されてるとも思うね。だから、常に開いた状態でいることが大事なんだよ。

海外でのDJに関しても伺いたいんですが、これまで訪れた国でいちばん音楽的感度が高い国はどこだったと思いますか？

それは国単位では決められないよ。やっぱり人間次第でしょう。ただ、最近は東ヨーロッパだね。すこし前までは厳しい社会状況だったわけでしょ？だから熱いし、音に対して凄く純粋でハングリーなんだよね。それに最近よく思うのは国自体の文化も重要だなってこと。だってイギリスなんかは年中、数十万から百万人規模の大きなフェスがあちこちで開かれてて、いろんなタイプのアーティストがライブするわけでしょ。で、そこには小さな子供もたくさんいるんだ。そういう恵まれた環境の国で普通のパフォーマンスをしたって、オーディエンスにはなにも響かないわけだよ。いい意味でまともじゃない。そこは日本と大きく違う部分だと思う。

先日のワールド・ツアーでは20ヶ国以上を訪れたわけですが、そのなかで印象的だったのは？

どこも印象的だったんだけど、ツアーのファイナルがタイだったんだよね。タイでは初めてDJをしたんだけど、そのときの共演者がDJ YasとNori。海外でこの３人でやれたってのは不思議な感じもしたし、嬉しくもあったな。

なるほど。最後の質問になりますが、ご自身の音楽を自己分析するなら、どんな音楽であると定義しますか？

それは難しいな……。そもそも口で説明できるなら、音楽なんてやってないよ。ただ確固たるイメージは自分の頭のなかにあるわけ。それは自分が好きな音楽の要素だったりするだろうし、もっと言えば自分が音楽を好きな理由なんだと思う。それを掴むために音楽を作り続けてるんだよ。これまでも“掴めた！”と思える瞬間は何度かあったんだ。でも、すこし経つと幻だったってことに気付くんだよね。100点なんて取れないまま死んじゃうんだろうな、きっと。それでいいんだよ。それで俺が死んだときには棺桶にターンテーブルとPMC-20（ベスタックス社製のDJミキサー。DJ Krushの愛機）を入れてもらいたいな。女房には怒られるだろうけど。ハハハ。