最近聴いている音楽は何かという質問に対し、Jan Michel JarreはActress、Fuck Buttons、Zombyなどの名前をスラスラと列挙した。一般的な64歳の人間のプレイリストとは到底思えないが、Jeanが「一般的」だったことはこれまでに一度もないことを忘れてはならない。40年以上に渡りエレクトロニック・ミュージック界でその存在を認められてきたJeanは、ミュージック・コンクレートの始祖であり、エレクトロニック・ミュージックのパイオニアの1人であるPierre Schaefferを師事し、1976年には独創的なアルバム『Oxygene』をリリース。このアルバムの成功が、80年代と90年代における商業的な成功と、アーティストとしての名声を約束することになった。しかし、彼のここまでのキャリアは単純にその作品だけではなく、例えば1979年のパリ祭での100万人の観衆を前にしたライブ（その様子を100万人がテレビで視聴）や、その約20年後のモスクワでの350万人を前にしたライブ、また8000万枚を超えるアルバムの総売上枚数（『Oxygene』単体で180万枚を売り上げている）など、その「スケール」の大きさでも評価されている。

64歳のJeanはフランス人としての定年を4年過ぎていることになるが、活動のペースは全く衰えていないようで、今回のインタビューで準備中の2枚のニューアルバムについて明らかにした他、最近発表された『InFiné by JMJ』ではInFinéのバックカタログから12曲をピックアップしてコンピレーションに纏めるという、Jeanの活動としては想像できないような小規模なものにも取り組んでいるが、真剣に各トラックの良さを語り、またInFinéの元レーベルボス、Agoriaと同郷（リヨン）であることを説明するなど、本人はこのプロジェクトに本気で取り組んでいる。今回はスタジオで作業中のJeanに電話でインタビューを行い、彼が最近興味を持っている音楽や、イーストロンドンのエレクトロニック・ミュージックの学校施設のアイディアなどについて話を聞いた。

InFinéのコンピレーションはどのような経緯でやることになったのでしょう？

これは私のホームタウンから始まったプロジェクトだ。InFiné、そしてこのレーベルに所属するアーティストの多くが私と同じリヨンにルーツを持っている。昨年リヨンで開催されたNuits SonoresフェスティバルでInFinéのアーティストたちとコラボレーションをする機会に恵まれてね。私のステージを彼らが聴きに来たりして素晴らしい時間を過ごした。その後に、今度10周年記念でコンピレーションをリリースするので是非私にバックカタログを聴いてその中から選曲して欲しいと頼んできたというのが経緯だ。

選曲作業はいかがでしたか？

色々なトラックを聴いて、アーティストやトラックが上手く繋がるような、何かしら旅のようなものにしようとした。InFinéからリリースされている音楽は幅広く、様々なジャンルの音楽を生み出すアーティストが所属しているので、コンピレーションに方向性を持たせることが重要だった。こういう選曲は主観的なものになる。だからどのトラックが優れているという話ではなく、単純に私の好みが反映されたものになった。

その方向性はどのように決めていったのでしょうか？

私がInFinéを重要視している理由のひとつとして、彼らの音楽が私の音楽に影響を与えてくれているという点が挙げられる。コンピレーションで選んだトラックは、自分のトラックにどこかしら似ていると思ったものだ。1曲目（Oxia “Exailia”）は私のアルバムのイントロに起用できると言っても良いようなトラックだ。短い曲だが、上手くこのコンピレーションの幕を開けてくれていると思う。また、Murcofの“Como Quisiera Decirte”だが、彼の作品は以前から素晴らしいと思っていた。私がPierre Schaefferとパリで色々アブストラクトな方向を試しながらミュージック・コンクレートを学んでいた頃に作っていた作品に非常に近いものがある。Murcofのアプローチは個人的には非常に好みだ。ラテンのフレーバーをエクスペリメンタルなアプローチと組み合わせている。私は常々Pedro AlmodóvarやFelliniの作品の持つ雰囲気を楽曲に持ち込みたいと思っていたので、“Como Quisiera Decirte”はかなり魅力的に聴こえた。メキシコのフィーリングを持ちつつも、エレクトロニックなトラックに仕上がっているが、私はこの組み合わせが気に入っている。2つの異なる世界にまたがるハイブリッドな感覚がある。

コンピレーションに収録されているアーティストで他に興味を持っているのは誰ですか？

Roneも素晴らしいと思う。彼は非常に面白いサウンドを打ち出している。エレクトロニック・ミュージックが近年抱えている問題は、面白いトラックに出会い、例えそれを気に入ったとしても、そのサウンドやスタイルに個性を感じられないということだ。しかし、RoneやAgoria、またこのコンピレーションに収録されているアーティストたちには独自のサウンドが備わっている。近年では珍しいことだ。

InFiné以外で、最近のアーティストでは誰を聴いていますか？

本当に沢山の音楽を聴いている。Zombyの作品が気に入っている。ここ2年程は彼のトラックを良く聴いている。あとはActressだ。彼のスタイルは素晴らしい。その他にもフランス国内のAir、Vitalic、M83、Justice、Sébastien Tellierなど、名の知れたエレクトロニック・ミュージックのアーティストも聴いている。実は今日Sébastien とのレコーディングを終えたばかりでね。一緒にトラックを制作していた。あとはFuck Buttonsも良い。最初に彼らの音楽を聴いた時、非常にスペシャルでユニークなサウンドのアーティストだと思った。彼らの音楽は目の前に分厚いサウンドの壁を作り上げるような音楽で、テクノ風のビートが煙の中に紛れ込んでいるような、まるで霧のようなサウンドだ。気化したサウンドと言って良いだろう。彼らのそういう方向性が気に入っているし、“Olympians”EPも非常に良く出来ていると思った。

毎週何時間位スタジオに入っているのでしょうか？

出来る限りスタジオで過ごそうと思っているが、常に時間が足りない。常に何か他にやらなければならないことがある。私の理想は作家のように毎日4、5時間自分の仕事場に籠ることなのだが、どういう訳かそうすることができない。私は短期間で集中して仕事をするタイプで、スタジオに3、4日昼夜続けて籠った後、1週間程休んでからまたスタジオに戻るというスタイルだ。3、4日働いては、3、4日休むというパターンを繰り返している。

とあるインタビューであなたはスタジオではプロデューサーというよりも画家のように作業をするとおっしゃっていましたね。光と色を混ぜ合わせ、テクスチャを色々試すのだと。今は昔程スタジオで過ごしていないようですが、その感覚は今でも変わりませんか？

むしろ今まで以上にそういう感覚だと言っていいだろう。エレクトロニック・ミュージックの良さはそこにあると私は考えている。私は学生の頃に沢山絵を描いていて、実は絵か音楽のどちらを仕事にしていくかで迷ったことさえあるのだが、それから何年も経った後、オシレーターや奇妙な機材などのエレクトロニック・ミュージックの楽器に囲まれている時に、色を混ぜ合わせることと周波数を混ぜ合わせることは一緒だということに気が付いた。色と素材を組み合わせる職人、画家というわけだ。私にとってエレクトロニック・ミュージックは抽象画と同じで、テクスチャと形、色、コントラストが全てだ。最近はアナログシンセサイザーにデジタルな素材をミックスさせることが気に入っているが、この組み合わせは今の社会を反映しているとも言える。私たちはもはやアナログな存在ではなくなってしまったが、バーチャルでデジタルな世界へ移行することに悩んでもいる。私は2つの世界を上手くミックス出来れば良いなと思っている。

スタジオのセットアップは時間と共にどのように変化してきましたか？

私は長い時間をかけて数多くのシンセサイザーを集めてきた。その中の多くはMoog ModularやMinimoog、それにMemorymoogや巨大なモジュラーシンセなどのアナログシンセだ。個性的なサウンドが気に入っている。シンセサイザーはかつて職人の世界で、専門知識やスキルを身に着けなければならなかった。これは「生楽器」では当然のことだが、当時のエレクトロニックな機材においても当たり前のことだった。易々と真似できないような何かがそこに宿っていた。MoogにせよFenderのギターにせよ、今も素晴らしいサウンドを生み出す製品を次々とリリースしているが、ヴィンテージのサウンドとは異なる。例えば新しいMoog Voyagerも素晴らしい機材だとは思うが、ある意味おとなしいサウンドになってしまっている。優れたクオリティではあることは認めるが、オリジナルのMinimoogが持つテクスチャや野性味は感じられない。ヴィンテージの場合、ピッチ（音程）は不安定で、他にも様々な問題を抱えているため、必ずアクシデントが生まれる。しかし、アクシデントこそが音楽を面白くしてきた。

あなたがキャリアをスタートさせた頃、エレクトロニック・ミュージックの制作は冒険的かつ実験的なアイディアの元に行われていました。しかし、今エレクトロニック・ミュージックを制作する多くの人たちは、そのような未来へ向かう姿勢ではなく、逆に懐古的な姿勢を見せています。彼らのそのような気持ちは理解できますか？

その現象はエレクトロニック・ミュージックだけではなく、今の社会全体を表していると思う。今はまだ21世紀「初頭」で、私たちは未来に対して不安に思っている。だから後ろ向きになっているのだろう。これは私たちが2000年をある種の「最終地点」と考えて生きてきたことに起因している。60年代、70年代、80年代の映画や文学、音楽などを含む全てが「未来へのヴィジョン」を持っていて、2000年より先は全てがガラリと変わるだろうと思っていた。例えば車が空を飛び、月旅行に出かけるというような世界が待っているというような。しかし、実際に2000年が訪れても、特に大きな変化はなかった。よって、今はある意味「未来へのヴィジョン」を失ってしまった状態にあると言えるだろう。

だからこそ、今一度未来へのヴィジョンを生み出す必要があると私は考えているし、エレクトロニック・ミュージックはその助けになれる。しかし、エレクトロニック・ミュージックは世相を反映するものなので、懐古的で、ヴィンテージ的なアプローチが好まれているのが現状だ。しかし、技術的な面で言えば、iPadのAnimoogのようなデジタル機材が何か新しいものをこの世界に運び込んでくれるはずだ。デジタルのクオリティは長年低かった。サウンドは勿論、ヴィジュアル面でもローファイだったと言える。しかし、ここ3、4年で高解像度のサウンドになってきたので、私たちの生み出しているような音楽にはこの先多くの変化が待っているだろう。

高解像度（HD）は具体的に何をもたらしてくれると思いますか？

人びとが「究極のクオリティ」に憑りつかれたり、追い求めたりすることがなくなるだろう。結果的に「究極のクオリティ」自体の水準を下げてしまうというパラドックスを生んでしまうがね。またサウンドに対するアプローチは、アナログシンセやギターを弾くような、より直感的なものになるだろう。例えばアンプを通してMoogやエレキギターを鳴らす時に、技術的なことについては考えず、より「音楽」を考えてプレイするように。多くのプロデューサーはサウンドのクオリティを向上させることに拘り過ぎていて、ひとつの機材を完ぺきに使いこなすよりも新製品を次から次へと追い求めることに振り回されているのが現状で、全体が技術面に影響されている。

あとは、「後ろ向き」ではなく、ピアノやヴァイオリン、ギターをきちんと弾けるようになるにはある程度の時間が必要だということが再確認されるだろう。今はテクノロジーの進化によって、1週間前に使い方を学んだばかりの機材できちんとしたトラックが作れると思ってしまうが、これは明らかに間違いだ。悪くないトラックが沢山あったとしても、それらは決して「素晴らしく」はないし、「個性的」でも「独特」でもない。また、しっかり作り込まれたトラックであっても、「普通」に過ぎなかったりする。しかし、この部分は変わっていくだろう。新しい世代のミュージシャンたちはテクノロジーにコンプレックスを持たず、デジタル時代と調和しながら活躍していくことだろう。

次の世代についての話が出ましたが、あなたがロンドンでエレクトロニック・ミュージックのアカデミーをスタートさせることを考えているという記事を最近読みました。これについて教えて頂けますか？

アカデミーはデジタル／マルチメディアの新しい中心地として開発が進められているイーストロンドンのTech Cityの一環として生まれたプロジェクトだ。基本的には沢山の異なったバックグラウンドを持つ人たちにエレクトロニック・ミュージックに触れる機会を与える学校を作ろうというアイディアだ。50年代のようなテープマシンを使ったフルアナログのセットアップや、70年代や80年代に使われたアナログ機材、それに最新のフルデジタルの機材までを使用できる施設になる。音楽業界の中で進む「非物質化」に対する解答になってくれればと祈っている。他には名の知れたエレクトロニック・ミュージックのアーティストを迎えて、彼らの経験を語ってもらったり、学校の機材を使った彼ら専用の設備を用意して、そこで知識を披露してもらったりすることも考えている。あとはオンライン環境を整えて、生徒たちがその場にいなくても同じ課題に取り組むことを可能にするつもりだ。例えばデモが1曲あった時に、オンラインでそこに何かを足したり、参加したり、コラボレーションしたりできるようにする。

この施設の計画はどこまで進んでいるのでしょうか？

今はTech Cityの開発に携わる人たちの間で色々話し合いが行われている段階だ。先日彼らに対して、私のアイディアを話したところだが、とても良い印象を持ってくれたようだ。ただし、アイディア自体は随分前から存在している。2年前にイーストロンドンのドックランドで大きなアウトドアイベントがありライブをやった時があった。色々厳しい状況に置かれているあの地域では初めての大きなカルチャーイベントだったが、その後にこの地域に音楽の学校を作ってみてはどうかと提案したのが最初だ。だからかなり前からアイディアはあったということになる。あとは、この学校施設には地元のコミュニティの協力が欠かせない。これはこのプロジェクトを機能させるために非常に重要なポイントだ。この施設はローカルとインターナショナルという両側面を持っている必要がある。よって、地元のコミュニティと結びつくことが重要だと私は考えている。

最近他に取り組んでいることについて教えてください。またアルバムをリリースする予定はあるのでしょうか？

実はニューアルバムを2枚リリースしようとしているところだ。1枚はソロアルバムで、ギターをフィーチャーしたスペシャルなアルバムになる予定だが、もう1枚はコラボレーションになる。今は丁度こっちに取り掛かっているところだが、エキサイティングな内容だ。夏が終わる前に仕上げて、年内にはリリースしたいと思っている。