「自分の作品が繊細だと思ったことはないんだ」とTesselaことEd Russellは自分の作品について説明する。「（制作に）あまり時間をかけすぎると、その生命力が失われて、干からびたような作品になってしまうから、スタジオではなるべくパワーを中に閉じ込めるようにしているよ」こう続けるRussellの作品からは確かに繊細さは感じられないかも知れないが、だからと言って「複雑さ」に欠けている訳ではなく、ドロップを核に置いた荒々しい作品群は最低限の音数で最大限の効果を生み出すようにアレンジされている。Russellのトラックの持つパワーは独特のズレを感じさせるグルーヴへのカウンターバランスとして作用しているように聴こえ、またHessle AudioやSwamp 81のようなレーベルに通じるようなズレたグルーヴセンスを習得出来ているアーティストはRussellの他には数える位しかいない。

同じジャンルのプロデューサーたちがビートを独特なものにしようと試行錯誤する中、Russellのトラック群は独特の輝きを放っている。そのスキルは2012年にPunch Drunkや2nd Drop、Audio Cultureなどからリリースし高評価を得た12インチ群のリリースによって培われた部分が大きいが、最近自身のレーベルPoly Kicksを立ち上げたRussellは今年更なる飛躍を目指しているようだ。同レーベルからのファーストシングル“Hackney Parrot”はリズミカルでヘヴィーなブレイクビーツとチョップされた女性ヴォーカルのサンプルが印象的で、90年初期に数多くリリースされたフロアユースなハードコアチューンのアップデート版と言えるトラックに仕上がっており、JackmasterやPearson Soundなどによって既にヘヴィープレイされている。他のフロアアンセムと同様、このトラックもひとつの突出したアイディアがヒットのバックボーンになっているが、そのアイディアは長年クラブミュージックを聴いている人ならばあまりにも「あからさま」に感じられるため、何故今まで誰も着手しなかったのだろうとさえ考えてしまうようなものだ。

“Hackney Parrot”は今のUKのダンスフロアを彩る数多くのトラックと同様、UK産ダンスミュージックの歴史から生まれた作品ではあるが、音楽的ルーツを感じさせない強烈なインパクトを持っているため、ダンスミュージックのコミュニティが生み出す全体的な意思によって必然的に生み出されたものというよりは、個人的なアイディアによって生まれたものという感触の方が強い。この感触は幼少時から転居を繰り返し、所謂「地元」を持たないRussell本人に起因していると言えよう。「僕はサウスウェールズで短期間過ごした後、ハンプシャーやブライトンを始め、国内を転々としたんだ。でも友人が全員ロンドンに住んでいた関係で、週末はロンドンで過ごすことが多かったね。その時にクラブに通い始めたんだ。ブリクストンのドラムンベースのパーティーなんかに良く行っていたよ」

しかし、実際にRussellがダンスミュージックに出会ったのはロンドンでパーティーに通い始めるよりもかなり前のことだ。10歳年上の兄に教えてもらったと振り返るRussellだが、この兄とは後にTruss/MPIA3として活躍することになるTom Russellである。「初めてターンテーブルを買ったのは11歳の頃だね。兄からアドバイスしてもらって買ったんだ。当時は2人とも父の家に住んでいたんだけれど、兄はターンテーブルと大量のレコードを持っていて、いつもDJをしていたよ。僕は彼のところからレコードを持ちだしてテープに録音しては、学校で売っていたんだ。ミックステープじゃないよ。1曲ずつ録音したテープだった」こう振り返るRussellだが、ターンテーブルへの興味は残念ながら長続きしなかったようだ。「1年位後にターンテーブルを売っちゃったんだ。当時は自分が何をしたいのか分かっていなかったのさ。でも売らなければ良かったって思うよ。凄くDJが上手くなっていたはずだからね（笑）」

ターンテーブルを手放したRussellだが、音楽への興味が失せてしまったというわけではなかった。しかし、自分と同じ音楽のテイストを持つ仲間を見つけるのに苦労したようで、「僕は学校でシンセについて1日中話したいと思っていたんだけど、実際そんな話に興味を持ってくれる人なんて誰もいなかった」と振り返っている。しかし2007年、ミュージック・テクノロジーを学びにリーズへ移住したことで仲間を徐々に見つけていく。残念ながらその学校自体はあまりタメになるものではなかったようだが（1週間に12時間程度しか授業がなく、その半分程しか出席していなかったと本人は振り返っている）、Russellはその空いた時間を使って自分の好きな音楽に時間を割くようになっていく。この頃丁度リーズではダブステップのシーンが台頭しつつあり、Russellもジャングル／ドラムンベースからダブステップへとシフトしていった。「当時のリーズは本当に面白かったよ。沢山のダブステップが生まれていたし、West Indian Centreのサウンドシステムは今まで聴いたことがないような凄い迫力のものだった。全身が揺れるような感じだったね」

こうしてリーズで生活していたRussellは、この街で当時台頭しつつあったHessle Audioと出会うことになる。「（Hessle Audioの連中は）確か1本裏の通りに住んでいたんだ。当時の彼らはRuffageっていうパーティーをやっていて、僕は毎回遊びに行っていたよ。Ben UFOがジャングルのセットを披露したりして、凄いパーティーだった。でも僕は別に彼らと仲良くなろうとしていたわけじゃないんだ。今思うとそうしておくべきだったと思うけどね」こう語るRussellだが、Hessle Audioが打ち出していたダブステップサウンドには大きな影響を受けたようで、2010年にリリースされたRussellの最初の作品、Trussの“Osbasten”のリミックスは陰湿なダブステップと呼べるような作品に仕上がっている。しかし、聴き込んでみるとリズムの組み方などに今のRussellを思わせるようなセンスを既に見出すことができる。

リーズで大学を卒業したRussellはその後イングランド南西に位置する古都バースへ移り、2011年に入るとコンスタントに12インチをリリースしていく。彼の作品のトレードマークであるスウィング感溢れるグルーヴ、レイヴィーなシンセ、細かく打ち込まれたパーカッション、BPM130強のスピードはダブステップと4/4のハイブリッドと呼べるもので、明らかにHessle Audioなどが生み出したニュースクールに影響を受けたものだ。初期作品こそBlawanの強打するパーカッションやPearson Soundの殺伐としたアレンジなどに直接的な影響を受けたサウンドを生み出していたRussellだが、徐々に彼らの作品を自分なりに消化し、新たな地平を切り開くようなオリジナルなサウンドへと変化していく。

シンコペーションが特徴的な“Let Up”や“Channel”といった作品にはジャングルやドラムンベースへの愛着を見出すことができるが、最近のRussellはジャングル以前のハードコアなトラックに傾倒しており、甘いメロディーに粗いブレイクビーツが組み合わせるスタイルの作品を展開している。「ジャングルやドラムンベースにのめり込んでいた時は今面白いと思っているハードコアなトラックの存在をよく知らなかったんだ。甘かったんだよね。最近になってこういうトラックを掘って聴くようになったんだ。ハードコアなトラックには僕の好きな要素が全て入っているし、昔聴いたことがあるような親しみやすさもある」こう語るRussellだが、このスタイルに魅力を感じる理由のひとつにUKのダンスミュージック最盛期への憧憬があると告白する。「当時のドキュメンタリーを見れば、素晴らしい光景が繰り広げられているのが確認できる。レイヴがクレイジーだった頃さ。当時は5000人位のオーディエンスが同じものを求めていたよね。勿論『隣の芝は青い』ということもあるだろうけれど、当時を体験したかったなと思うんだ。まぁ、当時の僕は1歳か2歳だったんだけどね」

しかし、当時に憧れているのはRussellだけではない。Russellのようなレイヴ的テイストをポストダブステップと組み合わせるのは目下UKのプロデューサーの中でちょっとしたムーブメントになっており、Randomerの最近の作品やPaul WoolfordのSpecial Requestなどのプロジェクトがそれに相当するが、RussellはPearson Soundが最近リリースしたブレイクビーツ的な作品“Quivver”も引き合いに出している。シーン全体に何かしらの変化が起きているのだろうか？「結局周期があるってことさ。最近だとシカゴハウスのリバイバルなんかもあったよね。だからインスピレーションを得られる何かをみんなが探し回っているのは別に珍しい話じゃないんだ」Russellはこう説明する。しかし、本人は過度の引用には注意しているようだ。「特定の時代のサウンドを参考にしていると、『新しいサウンド』と『当時のサウンド』の間でバランスを取るのが難しくなってくる。僕は何かの模倣をするつもりはないよ。90年代初期にリリースされていてもおかしくないようなトラックを作るつもりはないんだ」

「影響」と「模倣」の差は非常に微妙だが、Russellは若さゆえにその問題を無視してしまっている感じもある。しかし、近年のUKのダンスミュージックシーン全体について楽観的に捉えているようで、「基本的に今のUKはかなり状態が良いと思う。しばらく色々な音楽が散在しているような状態だったけれど、ここ数年はもっとその質が高まってきていると思うよ」と語っている。尚、Russellは兄Trussがシーンの中心人物の1人として見なされていることもあり、UKテクノのリバイバルに特に注目しているようだ。「UKテクノの爆発的な復活は本当に素晴らしいと思うよ。多くの人がラフでハードなサウンドに立ち返っている。僕はずっと前からそのサウンドが好きだったけれどね」

Russell自身もここ半年ほどは「よりストレートなテクノ」を作ろうとしているようで、ラップトップよりもハードウェアを中心とした環境で制作を行っているようだ。この制作アプローチは兄TrussのMPIA3名義での活動を想起させるが、Russellも兄同様、その「制限される環境」が気に入っていると言う。「無限の可能性というのは逆に難しい時があるよね。でもハードウェアを使えば制限が生まれて、自分にできることが限定されるから、すぐに作品を生み出すことができるんだ」

このようなテクノ寄りのトラックのリリースは現時点では考えていないとするRussellだが、兄とのコラボレーションは継続的に行っており、昨年にTR // ER名義で“UC”をリリースしている。この作品はMPIA3のパワフルなディストーションサウンドとTesselaの乱雑なブレイクビーツを組み合わせた作品だ。またRussellは現在このコラボレーションで次の作品を制作しているとし、将来的にリリースできればと希望を語ったが、この以外は自身のレーベルPoly Kicksの運営に集中していくとした。Poly Kicksの次のリリースはTesselaによる12インチEPで、その後にはKowtonとTruss / MPIA3のリミックスがリリースされる予定となっている。尚、Russellはレーベルに独自性を持たせることが重要だとし、90年代のハードコアサウンドから受けた影響をサウンド面は当然のこと、アートワークにまで反映させたいと語る。「新しいレーベルは毎日のように出て来るし、シーンが完全に飽和していることは理解している。だけど僕は自分のレーベルにはシーンにしっかりと貢献できるだけの価値が備わっていると思う」