インダストリアル・テクノの草分け的存在として、1990年代から常にイギリスのテクノシーンを牽引してきたSurgeonとRegis。彼らがより自身のルーツに立ち返った表現を行うべく結成したユニットが、British Murder Boysである。ユニット名が示す通りの過激な音楽性を武器に、2003年にEPを発表して以来精力的なリリースとライヴを行ってきたが、2005年以来リリースも途絶え、解散状態となっていた。しかし2012年に突如復活しEPを発表、そして今年日本にて再結成後初のライヴを行うこととなった。この記事は彼らの音楽の多様性とその源流を知るための手引きとなるはずだ。

British Murder Boysの誕生

SurgeonことAnthony ChildとRegisことKarl O'Connorの2人がBritish Murder Boys（以下BMB）を初めて名乗ったのは、ジェームス・バルガー事件の加害者である2人、Jon VenablesとRobert Thompsonが釈放された2001年。Regis主宰のレーベルDOWNWARDSからリリースされたSurgeonとRegisによるスプリットEP「British Murder Boys」のタイトルとしてであった。長年の親友である彼等はユニットとしてもBMBを名乗り、初のEP「Learn Your Lesson」をCounterbalanceよりリリースし、以降2005年の「BMB6 - All The Saints Have Been Hung」まで5タイトルをリリースしている。

新ユニットBMBとして、RegisはノイズバンドWhitehouseのWilliam BennettやPhilip Bestのような絶叫と、Killing JokeのYouthや元The Pop GroupのMark Stewartマナーのパフォーマンスでオーディエンスを魅了。一方Surgeonは、エクストリーム・ノイズ・アヴァンギャルド方面の音源、例えばThrobbing Gristle"Persuasion"やBoyd Rice (Non)、1978年11月18日、カルト教団Peoples Temple（人民寺院）代表Jim Jonesが集団自殺に至る迄のスピーチや、信者の声を収録した「Death Tape」、「The Last Supper」等の音源を織り交ぜるなど、彼らは観客の口に乾電池を突っ込み、顔面に青ペンキを塗りたくるようなライブを各国で開始し始めた。

インダストリアル・テクノ

90年代半ばより、SurgeonとRegisはクラブミュージックフィールドにおける『インダストリアル・テクノ』開拓者として、DJ・プロデューサーのキャリアを重ねてきた。そして新たにBMBというユニットで打ち出したメソッドは多くのパイオニアがそうだったように、自らのルーツや初期衝動を具象化するような方向性を提示する。

2000年代半ばのミニマルテクノシーンの中で彼等のトラックやライブでは過去のノイズミュージック（BBC Radio1の"John Peel Show"または"Peel Sessions"の熱心なリスナーだった彼等に対しノイズ、と単純に括るという失礼は承知かもしれないが、ここでは一端・一例として便宜上使用する）を引用しつつ、それまで彼等の活動の中に内包されていた先達の元ネタを回顧する事無く、現在においてもシーンの最前線に位置し続けている。

彼等によってインダストリアル・テクノが生み出された以降、フォロワーも多く存在するが、その大半に退屈を感じてしまうのは、BMBの二人のような引き出しが少ないか、持っていたとしてもその使い方や表現様式にユーモアを感じられないからだろう。レーベルを挙げれば、Blackest Ever BlackやSemanticaがインダストリアル・ミュージックの系譜だろう。過去の名作からの幾つかの引用・サンプリングをしようともその表現の主体、中心にSurgeon=Anthony ChildとRegis=Karl O'Connorがいることでフォロワーとの決定的な差異が見えてくる。インダストリアル・ミュージックを現在のクラブミュージックに持ち込んだ彼等の作品が今日も聴かれているのは、フロアという限定された空間で使われる音楽であると同時に、例えばロックのようにポピュラーな音楽としても昇華されている側面もあるのではないだろうか。

レコードショップに並ぶBMBのEPジャケットは、そのヴィジュアルが何であるかを知らない人達にも少なからず印象を残すものだろう。例えば、イタリアの映画監督パゾリーニによる『ソドムの市』のワンシーンは、BMBの2作品のジャケットに使われている（「BMB5 - Father Loves Us」と「BMB6 - All The Saints Have Been Hung」）。スカトロシーンや異常性愛が描かれた1975年の作品について、パゾリーニは「現代社会への批判を込めて表現した」と語っているが、BMBはパゾリーニの政治的な意図に同調したのではなく、パゾリーニ作品からイメージを拝借し、そのパロディーとしてショップに『ソドムの市』を置く事で来店者に『地獄の門』を見せていたのではないか？などと観念的に想像すると愉しい。

Surgeon=Anthony Childの世界観

Surgeonは、本名のAnthony Child名義での最新作『The Space Between People and Things』でエクスペリメンタルな風景を提示している。ここには彼が好んで聴いていた電子ドローン音楽の始祖ともいえるLa Monte Young等の現代音楽や、各国の実験音楽をリリースしているベルギーのレーベルSub Rosaからの影響も垣間見ることができる。Zazeela Lightに照らされた亀の、夢の旅の風景をフィールドレコーディングし、エレクトロニクスによる現代解釈の中間報告、とでも形容したくなるようなサウンドスケープを披露しているが、これはSurgeon名義での前作『Breaking The Frame』収録曲の幾つかのトラックの世界観を押し進めたものと言える。

以前のアルバムやEPでもMick Harris（元ハードコアバンドNapalm Deathのドラマー）との共作含め実験的と称されるトラックをSurgeon名義のアルバムやEPに収録してきていたし、2000年にDOWNWARDSからリリースされたAnthony Child名義の7インチEP「Boys, School Showers & Swimming Pools」では少年期にカセットで多重録音したというトラックを発表。1999年にはFatCatから、Fripp & Enoを彷彿とさせるAndrew ReadとのコラボEP、アルバム『Guiter Treatments』もリリースしている。

Surgeonは現代音楽や実験音楽を志しているのではなく、それらは要素のひとつにすぎない。影響を受けた例として、Throbbing Gristleやその前身であるCoum Transmissions、TG解散後のGenesis P-Orridge（現在は性転換しGenesis Breyer P-Orridgeに）とPeter Christophersonが結成したPsychic TVはロック、ポップチューンからアンビエント、エクスペリメンタル、果てはアシッドハウスまでを同一名義でリリースしているが、それは特段珍しい事でもなく、TG主宰のIndustrial Records周辺のアーティストたちは変幻自在多様なスタイルで活動していた。Surgeonのセカンドアルバム『Basictonalvocabulary』収録の"Krautrock"のタイトルが示す通り、ジャーマンロック、KraftwerkやNeu!、Faust（"D.I.G."のRemixを手掛けている）の影響は彼のDJや作品からも聴き取ることができ、その指向性がBMBの音楽性の奥行きを拡げていることは間違いない。

現在進行形のDOWNWARDS

毎度の新作にフロアチューンだけを期待し、アーティストの表現を観念的に限定する向きもあるが、他方良識ある長年のリスナーを少々混乱させているのが近年のDOWNWARDSから連発される作品群。それはノスタルジーとは無縁の現在進行形のサウンドである。その名が頻繁に挙げられるWhitehouseのアルバム『Cruise』、『Bird Seed』と『Asceticists 2006』はBMBとは姉妹ユニットのような質感で、特にBMBの「Learn Your Lesson」EPを嗜好する方は必聴の3枚だ。

そして2012年、象徴的な2作がDOWNWARDSからリリースされた。Russell Haswell「The Remixes」と、コンピレーション『So Click Heels : A DNS Compilation』だ。Russell Haswellは秋田昌美（メルツバウ）とのコラボレーションで存在を知られてはいたが、DOWNWARDSからリミックスEPとアルバム『5"Vinyl Series』が出たのは意外だった。リミキサーにはRegisを筆頭に、Whitehouse / Cut HandsのWilliam Bennett。さらにはノイズ・インプロビゼーション作品を多数発表しているKevin Drummまでもが参加。極少数の好事家なら発狂ものの解体と噴出の豪華リミキサー陣。この作品を契機にクラブミュージックショップで初めて買物をしたノイズ愛好家もいただろう。「あちら側」と「こちら側」を越境し音楽的嗜好を具体化した稀なサンプルであると同時に、Hospital ProductionsやEditions Megoとの親和性も現出した。99年には、前出の7インチシリーズでKen Bennet / David J. Wire「An Introduction To The Workplace」という、タイトル通り木工作業をする音にエフェクト処理を施しただけの7インチをリリースしている。これはインダストリアル・テクノ、なのか？この「働くおじさん」も他アーティスト同様DOWNWARDSのカタログの中に有る。

もうひとつの『So Click Heels : A DNS Compilation』は、例えばヴァイナル再発専門レーベル（最近はCDも出しているが）Vinyl On Demandが80年代に埋もれていたSynth WaveやMinimal Waveと呼称される音源を発掘し、リイシューしているが、DOWNWARDSのサブレーベルであるDN (2)からリリースされた本作ではパンクがニューウェーヴへと変革し、シンセを手に入れ捨てられたギターサウンドが復権し、当時のニューウェーヴが変革してゆく感覚を今日的に投射するバンドサウンドが含まれている。

Regis=Karl O'Connorの世界観

Regisのプロジェクトの一つにSandra Electronicsがあり、この名義ではCabaret Voltaire『Red Mecca』のような音色を聴かせている。DOWNWARDSから「歌モノ」がリリースされる日が来るとは誰も想像できなかっただろう。DOWNWARDSに参加した大物にはRegisとコラボレーションEP「The Right Side Of Reason 1/3」を98年にリリースしたDAF (Deutsch Amerikanische Freundschaft) のRobert Görlもいる。かつてCherry Redと契約していたEyeless In Gazaの新作もDOWNWARDSからリリースされた。規模の差はあれど、形態や活動は殆どMuteレーベルと変わらない。Dva Damasのアルバムリリースを機に今年設立したDOWNWARDS Americaは80年代、イギリスの老舗インディペンデントレーベルRough Tradeアメリカ進出を想起させる。パッケージも（Sandwell District含め）80年代のインディペンデントレーベルのようなカラーヴァイナルあり、10インチEPありzineのようなシートやステッカー、バッヂ封入があり、出ていないフォーマットはカセットテープとソノシートくらいで、Regisのこうしたセンスには80年代の先達への溢れんばかりのリスペクトとオマージュをリリース毎に感じ共感している。

Regisは超限定ボックス"Adolescence The Complete Recordings 1994-2001"で自身のハードミニマル期を総括するかのような3枚組CDを2011年末リリースした（ボックスは入手困難で翌年バラ売りされた）。このようなコンパイルはClock DVAやAbsolute Body Controlらの箱物へのオマージュともとれそうだ。電子音楽の名作をリイシューしているレーベルMinimal Waveから3月にリリースされたSandra Plays Electronics名義での近作(と言っても録音は88年、そしてその98年リメイク)"Her Needs"はKarl O' Connorの変わらぬ姿勢、嗜好が制服(音楽性)・肉体(Regis)・複製(表現)として昇華された、現在のRegisの自己同一性を示すEPだ。

BMB復活ライヴ

BMBの音楽背景はクラブミュージックの文脈上でもノイズ・ニューウェイヴの文脈上でも語れる切り口がある。復活ライブが以前と同じスタイルなのか、新しい何かを展開してくるのか。BMBはライブバンドであるべき、とリスナーの一人として私は思っている（Mick Harrisをドラマーとして加入させるとか）。列記したアーティストの作品を聴けば確かに過去のBMBのパーツを拾うことは出来る。その断片を拾うだけで復活ライブを予想するのは野暮だろうし予測不可能だ。その夜フロアが73年の映画『Wicker Man』に出てくる島民のような独自のヴァイヴを生成するのか、Jonestownの最後の晩餐となるか、『ソドムの市』最終章の『血の地獄』となるのか。私達はただのギニー・ピッグでしかなく「ジャップ殺し」BMBのカタルシスを享受する虜仕掛けにまた明け暮れるのである。