ミキシングデスクに並ぶチャンネル（チャンネルストリップ）を縦に見てみれば、プロデューサーやエンジニアにとって何が重要なのかがすぐに理解できるでしょう。下部のフェーダーはヴォリュームのコントロール、EQはトーンのコントロール、センドは入力信号をリバーブやディレイに送る役割を果たしていますが、通常はフェーダーのすぐ上にノブも配置されています。これがパンコントロール（パンポット）です。

しかし、シンセサイザーやサンプラーなどのプラグインが洗練されていく方向にある近年のDAWでは、パンニングの重要性が低くなってきています。というのは、近年市場に出回っているシンセサイザー類のプリセットサウンドはあらかじめパノラミックで太いサウンドに仕上がっており、その豊かなステレオ感は私たちがわざわざパンニングする必要がないように感じられるからです。しかし、今回はパンコントロールの上手な使用方法を学び、パンニングがミキシングにおいてヴォリュームやEQ、そしてエフェクトと同様に重要であることを理解していきます。固定した位置にパンニングすることでミックス内におけるサウンドの存在感を高めたり、オートパンニングを使用することでサウンドを自分の思い通りに移動させたりしましょう。

近年のDAWではステレオ／モノラルを問わずに作業できるようになっているため、パンニングについて細かく考える必要がありません。シンセサイザーのステレオサウンドをハードウェアのミキシングデスクに接続する場合は、まずステレオで入力するかモノで入力するかを考えることになります。そしてステレオ入力を選択した場合、今度は2チャンネル分のパンコントロールを使って、サウンドにどれだけの広がりを与えるかを決めることになります。しかし、DAW内のソフトシンセサイザーを使用した場合は、そのサウンドがモノであろうとステレオであろうとパンコントロールは1つのため、ステレオサウンドの広がりをコントロールすることはできません。

ステレオサウンドを効果的に使用するためには、まず私たちの耳がサウンドをどう捉えているのかを理解する必要があります。最初に注意すべきポイントは、センターから聴こえるサウンドは、センターで鳴っているわけではないということです。私たちが行うミキシングは、大抵の場合レフト／ライトの2つのスピーカーを使って行われています。私たちが「センターで鳴っている」と感じるサウンドは、レフト／ライトから同量のヴォリュームで出力されている2つのサウンドのことで、つまり私たちの脳は、左右に入ってくるヴォリュームが同量であれば、真正面で鳴っているサウンドだと判断するのです。本当の意味での「センター」は、実はサラウンドスピーカーかモノラルスピーカーでしか実現することはできません。

また、スピーカーとヘッドフォンの差についても理解しておくべきでしょう。スピーカーでは、たとえパンニングを左に振り切ったとしても、レフトスピーカーから出力されるサウンドは必ず少量は右耳にも届きます。しかし、ヘッドフォンでは左に振り切ったサウンドは左耳でしか聴くことができず、スピーカーのように右耳でなんとなく聞こえるような状況は生まれません。よって、「振り切った」サウンドはヘッドフォンではやや行き過ぎたサウンドに感じてしまう時があります。ヘッドフォンでミキシングを行うプロデューサーの作品が、スピーカーでミキシングを行うプロデューサーの作品よりもステレオ感が少なく感じられるのはこれが理由です。

パンニングも他の音楽制作のプロセスと同じクリエイティブな作業ですので、試行錯誤しながら自分の好みのサウンド感を掴んでいくことになります。しかし、一般的にはサウンドが最も落ち着いて聴こえるのはセンターポジションと言われており、ヴォーカルやリードシンセ、スネアやベースなど重要なサウンドはセンターに置かれます。ただし、これらのサウンドを必ずセンターに置く必要はありませんし、他のサウンドをセンターに置いてはいけないわけでもありません。要するに、これらの中核となるサウンドの周囲に他のサウンドを散りばめれば、それぞれのサウンドの位置に余裕が生まれてクリアに聴こえるようになり、幅のあるミックスを生み出すことが可能になるという訳なのです。

パンニングなし：FXpansionのBFDでプログラミングしたドラムループです。すべてのサウンドのパンがセンターになっていますので、ステレオ感がなく、面白みに欠けるミックスに聴こえます。

パンニングあり：上記のミックスの問題点を解消するために、ハイハットをやや右に、そしてハイタム、ミッドタム、ロータムをそれぞれやや右、やや左、更に左へとパンニングしました。またクラッシュとライドを左右に振り切っています。

これだけでミックスの幅が広がり、豊かなサウンドになりました。また、すべてのサウンドが以前よりも独立して聴こえるようにもなりました。センターに置かれたスネアとパンニングされたタムを聴けば、その差がはっきりと理解できるはずです。このパンニングは実際のドラムキットを叩いた時の聴こえ方を模していますが、エレクトロニック・サウンドを扱う場合、このようなパンニングは効果的ではありますが、それよりももっと自由なパンニングを行うことが可能です。

パンニングなしのビート：このクリップでは7トラックを使ったビートループがプログラミングされています。現時点では各サウンドはステレオ／モノラルを問わず、センターにパンニングされています。

このビートは十分なパワーを備えていますが、ミックスがステレオ感に欠けるため退屈に聴こえます。パンニングでこのビートにステレオ感を与えるのは簡単ですが、どのサウンドを左右に振り、どのサウンドをセンターに置くのかは慎重に判断する必要があります。このミックスのキーとなるサウンドはキック、スネア、ヒット、そしてタムの4種類のサウンドです。ハットもビートにグルーヴを加えるという意味で重要なサウンドなのですが、このミックスはセンターに配置されているサウンドの数が多過ぎるため、ハットのサウンドがミックスの中に埋もれているように聴こえます。

ハットのパンニング：クローズドハットを左半分（-32）へパンニングし、オフビートのハットを右半分（+32）へパンニングしています。このハットはペアとして機能していますが、左右に振り分けたことでミックスのステレオ感に広がりが生まれています。

センターからハット2種類が左右へと移動しましたので、センターにサウンドが集中していたことで生まれていた窮屈な感じがなくなり、ハットは当然のこと、他のサウンドもクリアに聴こえるようになってきました。

ペアを組む：センターに置かれているサウンドの中で、ヒットとタムは音程が変化するサウンド同士のため、ペアとして扱うことが可能です。まず、この2種類のサウンドをパンニングすることで、ミックス内に更にスペースを与えます。そしてこれらを左右均等の位置に配置することでペア感を強調します。ヒットを左に-15、タムを右に+15してみましょう。

このようにパンニングすると、聴覚はタムが鳴った時は右を、そして2小節目にヒットが鳴った時は左を意識するという面白い状況が生まれます。この2種類のサウンドがセンターに置かれていた時はこのような聴覚の変化は生まれませんでした。つまりパンニングを活用することでプログラミングやエフェクトを追加することなく、サウンドに新しいキャラクターを加えることができるというわけです。

トラック1のパーカッションサウンドもミックスのセンターからずらして配置すれば、クリアに聴こえるようにすることが可能ですが、このサウンドは他のサウンドとペアを組んでいませんし、ループを通じて鳴り続けているサウンドですので、左右どちらかに寄せて配置してしまうと、聴覚がその方向を意識し過ぎてしまいます。ですので、このサウンドには左右を行ったり来たりするようなパンニングを施します。これには2種類の方法があります。1つはトラック上に左右を移動するようにパンニングのオートメーションを書き込む方法です。

オートメーション：ここでは前述したパーカッションのトラック上にパンニングのオートメーションを書き込んでいます。どのようにパンニングしているのかが簡単に理解できるように、ビートがスタートする前にパーカッションだけの4小節が加えてあります。

この作業は非常に効果的ですが、例えばトラックの長さが200小節あった場合、オートメーションの書き込みに非常に時間がかかってしまうという問題が生まれます。DAWがオートメーションのデータのコピー＆ペーストに対応していない場合はなおさらでしょう。またオートメーション自体を変更させたい時には最初からやり直す必要があります。この問題を解決したいという時に大きな助けになるのがオートパンニングのエフェクトです。このエフェクトはLFOのような内蔵エンジンを使用して、サウンドを自動的に左右に移動させます。また通常この種のエフェクトには様々な機能が追加されており、左右に移動するスピードや幅、そして動き方（例：左右に流れるようなパンニング／ジャンプするようなパンニング）などを簡単に変更することが可能です。

オートパンニング：オートメーションの時と同じパンニングですが、今回はSoundToysのPanManを使用しています。

このエフェクトのパラメーターにはwidth（左右の幅）やsmoothing（左右への移動方法：左右へのスムースなパンニング／ジャンプするようなパンニング）が含まれています。またドロップダウンメニューからはパンニングのスピードと長さ（ビート／小節数）が選択可能で、下部のRhythm Shapeのオプションからはパンニングの種類（ランダム／ノーマルなど）が選択可能になっています。これらのパラメーターを活用すれば、ほとんどすべてのサウンドのパンニングが設定できるようになるので、センターに置かれているキックやスネアにスペースを与えることに繋がります。

また、他のエフェクトを使用する場合も同様に注意しながらパンニングしていく必要があります。基本的にディレイのようなエフェクトはセンターに配置されています。よって、ディレイがAUXチャンネルに立ち上がっている場合は、元となるサウンドが左右のいずれかにパンニングされていても、ディレイを通過したサウンドはセンターで聴こえます。

パンニングなしのディレイ：このクリップでは、以前よりも左（-35）にパンニングされているヒットがAUX1経由でLogicのTape Delayに入力されていますが、このエフェクトを通過して生まれるディレイサウンドはパンニングされていません。つまり元のサウンドが左にパンニングされていてもディレイはセンターで鳴ることになります。

パンニングを合わせる：AUXにも独立したパンコントロールがありますし、エフェクトをかけることが可能ですので、様々な変化を加えることができます。まずここではヒットのディレイサウンド（ウェット）を元のサウンド（ドライ）と同じ位置（-35）へパンニングしています。

ウェットとドライ：また、ウェットとドライでペアを組ませることも可能です。つまりディレイサウンドと元のサウンドをペアと見なし、左右対称となるようにディレイサウンドを右（+35）へパンニングします。

ダイナミックなディレイ：またこのようなディレイサウンドに対してオートパンニングを使用することも可能です。これを行う場合は、まずAUXのパンコントロールをセンターに戻し、パンニングが左右のいずれかに偏らないようにしてから、ディレイに対してオートパンニングのエフェクトを加えます。ここでは先ほどと同様にPanManを使用していますが、今回はSmoothの設定をきつくしていますので、パンニングは左右をジャンプしているように聴こえます。またRhythmの設定は2分音符に設定してあります。そしてパンニングがより明確になるように、元のサウンド（ドライ）のパンニングもセンターに戻してあります。このような設定をすると、最初のヒットがセンターで聴こえ、その後パンニングされたディレイサウンドが左右両方から聴こえるようになります。

ここまでのサウンドに他のサウンドを加える場合、パンニングについてどうしたら良いのか迷ってしまうかもしれませんが、メロディーを担当しているサウンドだからと言ってセンターに配置する必要はありません。例えばステージに立っているバンドを想像してみてください。ベーシストとギタリストがステージの両脇に、ヴォーカルが中央に、そしてドラマーはその後方でセンターからややずれた位置にいる場合が多いでしょう。またそれよりも大きなステージにおけるオーケストラでも同様のことが言えます。要するにミュージシャンは全員センターに立っているわけではありません。彼らは左右に広がるように位置しています。オーケストラの場合で言えば、メインのメロディーは通常ステージに向かってやや左側に座っているファーストヴァイオリンが担当します。つまり、主要なパートがセンターに位置している必要すらないと言えますが、ベースの場合は聴覚が偏ることを防ぐために中央に配置される場合が多いでしょう。

パンニングなしのベース：ここではベースがセンターに配置されています。

キーボードのパンニング：ここではベースとシンコペーションしているキーボードを加えています。使用しているプラグインOmnisphereのサウンド自体にディレイがかかっていますので、パンニングすると元のサウンドとディレイサウンドが両方一緒に移動することになります。このサウンドは中低域の成分が多いので、ベースの上に乗せてサウンドを分厚くするのに向いていますが、ベースと同じセンターに配置するではなく、やや左右に広げてパンニングしています。ここでもPanManを使用して、2分音符のスピードで左右に半分ほど移動するように設定しています。Smoothの設定はジャンプとスムースの中間となっています。

リードのパンニング：3種類目のメロディーとして加えるのがリードです。このサウンドはスタッカートでプログラミングされているので、ミックスのセンターに配置するのが最適と言えますが、他のセンターのサウンドを潰さないために、AUX2を使用してディレイをかけています。ディレイサウンドはスペースの占拠率が高いため、センターに配置しないようにします。ここではLogicのTremoloプラグインを使用してディレイを2小節で左右に振り切るようにパンニングさせることで、ディレイが効果的に聴こえるようにしています。

最後にBladeで作成した暖かみと距離感のあるパッドサウンドを加えます。最近のプラグインのパッドはワイドで豊かなサウンドですが、スペースをそこまで占拠するようなものではないので特に問題はありません。パッドのサウンドがワイド過ぎると思った場合は、ステレオ感を狭めるようなプラグインを併用してみましょう。

パッドのパンニング：ここでは再びオートパンニング（LogicのTremolo）を使用して、サウンドを左右に移動させていますが、Depthを80%に変更し、出来る限りサウンドの広がりを抑えています。これによってパッドがセンターに居座ることを回避しつつ、センターに配置した時よりもサウンドのヴォリュームを大きくすることが可能になっています。

パンニングによってステレオ感やサウンドの配置、またそのダイナミクスを変化させることは、ミックスの質を向上させるクリエイティブなテクニックのひとつと言えるでしょう。すべてのサウンドをセンターに残して窮屈なミックスにしてしまうのではなく、ステレオスペースをフルに活用してミックス内の各サウンドを配置することで、サウンド全体が活き活きとしてくるのです。