最近活動しているプロデューサーの中で、一体何人がエンジニアリングについて熟知しているのだろうか？エンジニアリングについて何年も学んだ後からプロデュースをスタートさせたTobias Freundはその1人であり、Metazone、Pink Elin、tobias.名義を使い分けて生み出されてきたテクノトラック群は、見事なまでに整えられたサウンドを誇っている。作品を聴けば分かるように、Tobiasのレコーディングに関する知識の深さはテクノシーン随一とも言えるものだが、サウンドの「華やかさ」という言う意味では最もおとなしい部類に入る。例えば2011年にリリースされたソロデビューアルバム『Leaning Over Backwards』は本人のその「地味」な美学を究極まで突き詰めた作品であり、Ostgut Tonが今までリリースした作品の中で最も音数の少ないトラックが随所に散りばめられている。

しかし、Tobiasのキャリア自体はそこまで地味ではない。トラック制作の合間に世界を飛び回ってライブセットを披露しており、テクノシーンにおいては重要なアーティストの1人として認識されている。また最近ではFunctionのデビューアルバム『Incubation』を手掛けるなど、数多くのミキシングをこなす他、Uwe Schmidt、Martin Schopf、そしてスタジオを共有しているMax Loderbauerなどとのコラボレーション作品のリリースもコンスタントに続けている。ただし、こうやって書き出してみると、「地味」ではないにせよ、基本的には殆どの時間をベルリンのテンペルホフ空港付近にあるスタジオで過ごしているように思われる。このスタジオは様々なクリエイティブな作業のハブとして随時アップデートを重ねながらも、本人のキャリアの長さを感じさせる場所であり、本人が初めて手に入れた機材が今も最新の機材と同等に扱われている。今回はこのスタジオでTobiasを捕まえ、サウンドに対するアプローチ、様々なコラボレーション、そして古いコンピューターを使用する理由などについて語ってもらった。

特に気に入っている機材があれば教えてください。無人島に1つだけ持って行けるとしたら、何を選びますか？

それは厳しい質問だ。3つは選ばせて欲しい。

わかりました。それでは3つ選んでください。

まずはTR-808とMS-20。それにミキサー。ただし、スペシャルという意味ならミキサーの代わりにAMSのディレイハーモナイザーを選ぶ。これは本当に素晴らしい機材だよ。

あなたはMS-20に出会って音楽制作を始めたのですよね？

そうだね。音楽がやりたいと思っていた私は手始めにギターを買ったが、難しすぎた。それにキーボードやピアノが弾けるわけでもなかった。だからMS-20のホールド機能が凄く魅力的に思えた。鍵盤を押してホールドモードにすれば、サウンドを鳴らしたままノブをいじれた。特に演奏する必要がなくて、ただトリガーすれば良かった。そこが凄く気に入った。

ギターが難しすぎたというのは面白い話ですね。MS-20はパッチケーブルで複雑な結線をする必要がありますし、ノブも数多く配置されていますから、普通の人ならばギターよりもMS-20の方が難しそうだと思いますよ。

確かに複雑ではあるが、オモチャのようなものだ。どう鳴らしても良いわけだから。

ではノブをいじったり、パッチケーブルを繋げたりしながら、音楽制作を学んでいったということですか？

その通り。MS-20にはオシレーター2基にハイパス、ローパスフィルターが備わっていて、ある程度はあらかじめセットされている。しかし、セミモジュラーなのでモジュラーを結線する必要がある。（隣にスタジオを構えるMax Loderbauerを指さして）Maxはモジュラーシンセのマニアだ。Buchlaを持っているしね。でも私にはBuchlaはトゥーマッチだ。楽曲制作という部分から離れすぎてしまう。

モジュラーシンセで制作しようと思ったことはありますか？

（ラック内の少量のモジュール群を指さして）これが私のモジュラーだよ。

どのような時に使用していますか？

私の持っているモジュラーはドラムやビート作成のために組まれたものだ。私はどちらかというとドラマータイプでね。1983年からTR-808を使っている。

このスタジオにあるMS-20とTR-808は当時から使っているものですか？

そうだね。

ということは、MS-20の次に808を手に入れたのでしょうか？

イエス。MS-20には入力端子がついているので、何かを繋げて新しいサウンドを生み出すことができた。

MS-20と808でサウンドを生みだしつつ、MS-20を使ってそのサウンドを更に変化させたりしていたと。

当時はテープレコーダーを2台持っていたので、マルチトラックのレコーディングも行うことができた。テープにあるサウンドを録音して、そのサウンドと他のサウンドをまた別のテープに録音するというような形でね。それを繰り返してサウンドを重ねて行った頃、新しいシンセサイザーの存在を知ることになった。MFBの小さなシーケンサーやエフェクター、それに小さなミキサーも手に入れた。Echoplexのテープディレイも買った。

フランクフルトでサウンドエンジニアとしてキャリアをスタートさせたのは丁度その頃ですよね？　正確には何年のことでしたか？

1983年のことだ。最初は見習いとして1年半働いた。そして1985年にその後ずっと勤めることになるスタジオに入った。

サウンドエンジニアとして修業を積んだことで、他のテクノプロデューサーにはない独自の視点を得ることができたと思います。自分の作品にどのような影響を与えていると思いますか？

言っておきたいのは、私は長年この世界にいるということだ。コンピューターがない頃から音楽制作をしていた。携帯電話は勿論のこと、MIDIすらもなかった。知っていると思うが、808も同期はSYNCで、殆どの機材にMIDIが備わっていなかった。私はそこから色々と学び始めたんだ。スタジオで働いたことでサウンドの生み出し方、そしてサウンド自体、サウンドの持つ感情について学ぶことができた。サウンドを感じて、全体図を描いていく。サウンドを組み合わせて制作する喜び－それを私は学んだ。

サウンドの捉え方を学んだということでしょうか？

そうだね。

サウンドをどう捉えるのかという部分は、ミキシングで大きなウェイトを占めていると思います。音楽制作とはどこが違うのか教えてください。

ミキシングでは既にトラックはアレンジされていて、鳴るサウンドも決まっている。私がミキシングを担当する作品は殆どが友人によるものだから、ただの「仕事」ではない。私は彼らの音楽が好きだし、彼らのことを知っている。だから他人の作品や、自分が嫌いな作品のためにミキシングするよりもずっと楽しい。「こんな曲のミキシングをやらなきゃならないのか！」なんて思うことがないからね。

自分があまり好きではないサウンドのミキシングはどのように取り組むのでしょう？

頭を切り替えて作業しなければならない。とにかく良いサウンドになるように努力する必要がある。自分の名前がクレジットされるわけだから、ベストを尽くさなければならない。

あなたのミキシングにおいて、欠かせない要素とは何でしょうか？

常に変わるものだから難しい。「足りないな」と感じる部分はトラックによって異なるが、何かひとつ挙げるとするならば、トラックの立体感だろう。私が受け取るトラックの大半はAbletonの2ミックスだが、これでは立体感が足りない。ミキシング時にトラックを個別に立ち上げるだけで、音像が広がり、ワイドでディープなサウンドになる。そこに少し手を加えていくことで、違いを生みだしていく。

今手掛けているのは誰の作品ですか？

チリ人の友人、Jorge Gonzálezの作品だ。これはアルバムで、サウンドはエレクトロニック寄りというよりは、ギターミュージックに近い。すべてのサウンドファイルは手元にあるので、あとはミキシングするだけだ。ミキシングが難しいと思える作品に出会うこともあるが、この作品は簡単だし、何より友人を驚かせることができるわけだから、楽しく作業できている。彼は私のことを信用してトラックを送ってくれている。私はそのトラックを更に良くして、送り返す。すると彼は「素晴らしいサウンドになったね！」と驚いてくれるわけだ。人に何かをしてあげられるということは本当に素晴らしいことだ。

Dave（Summer／a.k.a Function）の時も同じような形だった。彼とはLabyrinthで初めて会って以来、友人関係が続いている。私は彼の送ってくれたトラックを聴くたびに、「自分がやりたいような音楽だ！」とか「これは素晴らしいビートだ」と思う。お互いをリスペクトしている関係だ。Daveは素晴らしい人物なので、ミキシングでは彼の作品の良さを引き出したいと思った。彼は古い機材を気に入っていたね。彼の音楽に合っていると思う。

Functionのアルバム『Incubation』は、あなたとのコラボレーションと言ってもおかしくないと思います。Functionはこのスタジオに頻繁にきていたのでしょうか？

そうだね。かなりの頻度で来ていたよ。でも私は基本的には1人で作業するのが好きなタイプでね。通常の場合は初日に全体像を掴んで、家に持ち帰って聴き直す。そして翌日になってから手を加える。

通常の場合、ミキシングは2日間で行うということですか？

1日半というところだね。

可能な限り1日以上時間をかけるようにしているのですか？

必ず一度寝るなりして、時間を空けるようにしている。何か他のことをして、フレッシュな耳で聴き直したいからね。

ミキシングにおいてあなたが得られる自由とはどの程度のものでしょうか？　オリジナルからどの程度変化させますか？

制作した人物と私がどれだけ親密かによって変わってくる。Functionの場合は、色々と手を加えてみたが、彼は自身の作品を熟知しているから、すべての変化に気が付いて、「ここを変えたね！」なんて言ってきた。でもJorge Gonzálezの場合は、変化を加えてくれと彼の方から頼んできた。何か「愛」を加えてくれとね。こういう場合は凄く楽しい作業になる。すべてにおいて自由なわけだからね。勿論ハーモニー強調したり、細かな部分の調整を求められたりする時もあるが、それも込みで引き受けているわけだから問題ない。

あなたの音楽について話をしたいと思います。以前インタビューで、トラックのコンセプトについて質問された時、コンセプトは存在せず、常に実験をしているだけだと言っていました。この部分についてもう少し詳しく教えてもらえますか？

私はクラブトラック、テクノトラックを作りたい。これが唯一のコンセプトだ。あとは機材を色々と使っていくだけだ。この機材とあの機材を組み合わせてみようなどと考えながら、トラックを制作していく。ただ流れに任せているだけだ。勿論制作が行き詰ってしまう時もある。1日中作業して、その日の終わりにダメだと判断する時もある。

あなたは作品のライナーノーツにどの機材を使用したのかを詳細に記していますね。特に印象に残っているのが、数年前にMaxとNSI名義でリリースした『Sync』です。このアルバムでは各トラックのタイトルが連続した記号で表記されていて、各記号は使用されたシンセやドラムマシンを意味していました。このような機材の組み合わせは「実験」なのでしょうか？

あのアルバムは私がKorg Mini Popsを買ったことがきっかけだった。MaxがElectroCompのシンセとシーケンサーを自宅に持っていたので、私はMini Popsとワインを持って遊びに行った。そこでこれらの機材はすべて70年代生まれで同じ時代の製品だから、同期できるか試してみた。すると同期できることが分かったので、コンピューターとエフェクトを繋いで、この2台で約1枚分のトラックを制作したというわけだ。コンセプチュアルな作品と言えなくもないが、むしろその「瞬間」を閉じ込めた作品という方がニュアンスは近い。素晴らしい実験だったし、クリエイティブな作業だった。

バンドの結成秘話のようなエピソードですね。

確かに活動のきっかけにはなった。でも私たちはお互いに音楽でコミュニケーションを取るタイプでね。一緒にライブをする時も一切話はしない。お互いのサウンドを聴くだけだ。

あなたは他にも数多くのアーティストとコラボレーションをしています。他のアーティストとも同じようなコミュニケーションの取り方なのでしょうか？

Uwe Schmidtと一緒に制作する時は似たような感じだ。彼はチリのサンチアゴに住んでいるので、会うのは年に3回程度だが、お互いに機材を持ち寄って演奏を始めるだけだ。お互い何も疑問に思わない。凄くユニークな関係だと思う。あとは会うたびにお互いの成長が分かる。彼が何に影響を受けてきたか、私がどんな機材を買い足したかなどがお互いに理解できるのは楽しいものだ。Labyrinthで2人揃ってプレイした時は最高の経験になった。サウンドシステムが本当に素晴らしかった。Funktion Oneはあの空間のために作られたものだと思う。ブースの中もFunktion Oneのモニターだったので、パワーアップしたスタジオにいるようなサウンドでプレイすることができた。

フェスティバルやクラブでのプレイは、「その場の雰囲気」が大半を占めるため、スタジオ作業とは完全に異なるものだと思います。スタジオで行っていることをそのままフェスティバルやクラブで再現することは難しいですか？

（ライブとスタジオは）別物だと考えているので、ライブでやっていることはスタジオではやらない。ライブセットはライブで完結するようになっている。ライブでは808とRoland MC-202を使用している。この前のライブの後、Uweが「シーケンサーがあまり好きじゃない」と言うので、シーケンサーを外してプレイしたが、基本的に私は同じ機材を使用する。使う機材のことは熟知しているので、ユニークなサウンドを2時間生み出すことができる。ライブはこういう形で行うが、スタジオの場合は他の機材も加える。機材を加えることはクールだが、ライブではスタジオと同じ作業をしたくないし、使う機材を限定したい。

あなたは基本的に機材を制限して制作していると思うのですが、コンピューターだけで制作したことはありますか？

ない。コンピューターはレコーディング用の機材、つまりマルチトラックレコーダーのような扱いだ。勿論オートメーションを書き込んだり、プラグインを使用したりする時もある。だが、すべてをコンピューターで制作することはない。あとドラムマシンを使用する時は、8小節をレコーディングしてそれをエディットするのではなく、トラックの長さだけレコーディングする。この作業がトラックにトラックらしさを加えると思っているからね。

では、常にその場でプログラミングをしながら、ライブレコーディングをしていくのですね。

その通り。レコーディング中はエフェクターもリアルタイムで使用する。バンドみたいなものだ。例えばクラベスをレコーディングする時は、エフェクターを通したクラベスをトラックの長さだけレコーディングする。そして次のサウンドのレコーディングへ移る。各サウンドがバンドメンバーのようなものだ。

あなたのライナーノーツの最後にはLogicが表記されていることが多いですが、Logicを特に気に入っている理由はあるのでしょうか？

最初はCubaseを使っていた。初めてのシーケンサーソフトがCubaseで、当時はMacで使用していた。その後、スタジオで仕事をしていくうちに、Atari用のNotatorに出会った。NotatorはLogicより前に発売されていたシーケンサーソフトだった。とにかく、最終的にはCubaseよりもLogicの方が自分には向いていると思えて、またCubaseはApple上で動作しなかったこともあり、Logicを使うことになった。発売当初から知っていたし、どのような変化を遂げてきたのかも知っていたというのも理由だ。

実は古いAppleをまた使い始めた所でね。新しいシステムにはないプラグインが入っているのがその理由だ。今のメインのコンピューターはOSXで、4年間使用しているけれど、この古いAppleはそれ以前の物で、実は売ろうと思っていた。しかし、買いたいという人がスタジオに来て、色々見せていくうちに「これはいいぞ！」と思えたので、250ユーロで買いたいというオファーを考え直して、キープすることにした。この中には素晴らしいシンセやプラグインが入っているから、エフェクトとして使用することにした。

それは面白い話ですね。プラグインはハードウェアと違って、どんなに古い機材だろうと連携させることが可能ですが、古いOS上でのみ動作するものもありますね。この古いAppleでしか動作しないプラグインについて教えてください。

Native InstrumentsのFM7だ。今はFM8がリリースされているが、このFM7とは全くの別物だ。私はFM7が凄く気に入っていたし、使い込んでプリセットも沢山作ってあったので、古いAppleで立ち上げて使用するようにしている。ちなみにこのAppleにはGRM Toolsも入っている。実はこのAppleはこのプラグインのために購入したものだ。フランス製で、今はOSX版もリリースされているが、非常に高価なので、アップデートできなかった。

古い機材のように古いコンピューターを使用するのはクールなアイディアだと思います。このように使っている人に初めて出会いましたよ。

冷却ファンが凄くうるさいがね。