Mr Tiesは毎月約1000ユーロをレコード代としてつぎ込み、買ったレコードをロータリーミキサーに接続された3台のターンテーブルでミックス（ヘッドフォンは使用しない）することに殆どの時間を費やしているDJだが、私が取材に訪れたある日の午後、彼は自分のアパートに設けられたスタジオスペースでそのミックスを披露してくれた。青いオーバーオールに身を包んだ彼は、昔のダーティーなテクノ、Cagedbabyのシングル、そしてBeethovenの“Moonlight Sonata”（月光）という全く関連性のない3枚をターンテーブルに乗せた。Beethovenの“Moonlight Sonata”は電源が切られているターンテーブルの上で人差し指で押し出されながらプレイされ、残りの2枚もヘッドフォンを使用しないでミックスされるため時折ピッチがずれていったが、本人は3枚のピッチを瞬間的に修正していく。このような荒々しく、そして多少の狂気さえ感じさせるDJプレイはJimi Hendrixの“Star-Spangled Banner”の演奏を彷彿とさせたが、そのことを本人に伝えると大笑いされた。

「いやいや、それは違うよ！Jimi Hendrixとは比べられないね」とイタリア訛りで答えたMr Tiesは、自身のプレイスタイルのモデルとして抽象画家Jackson Pollockの名前を挙げた。「通して聴いて、全体像を掴めば、Pollockの作品が見えてこないかい？　作品ごとに違うし、その作品は滅茶苦茶だ。そこが気に入っているんだ」

現在26歳のMr Tiesは南イタリアの小さな港町Giovinazzoの出身で、10代で故郷を飛び出た。紆余曲折の後、ベルリンのスクワットに落ち着き、それ以来ベルリンに住んでいる彼は、この街こそが自分にとっての本当の故郷だと考えている。ここ数年間は月1回のペースで://about blankで昼夜を通じて開催されているパーティーHomopatikのレジデントとして活動を続けているが、このパーティーは現在ベルリンでカルト的な人気を誇っている。

Homopatikは基本的にはゲイパーティーであるが、Mr Tiesは本人がゲイであるにも関わらず、そのコンセプトに対してはやや躊躇するような態度を見せる。「そこまでシンプルじゃないんだ。このパーティーはみんなのものなのさ」こう語るMr Tiesだが、このようなプロモーションビデオを見る限り、彼のこの言葉を信じられない人もいるだろう。しかし、10年前のOstgut（Berghainの前身）がそうであったように、Homopatikもゲイパーティーとしての評価の高まりがストレートなオーディエンスの集客に繋がったことは確かだ。今のベルリンのベストパーティーは何かという質問に対し、多くの人が自身の性的趣向を問わずHomopatikの名前を挙げている。

ただし、Mr Tiesの存在抜きにこのパーティーがここまで成長することはなかっただろう。Homopatikにおける彼のセットは必聴に値する。大半のDJがレコードをツールとして扱う中、Mr Tiesはすべてのレコードをまるで粘土の塊のように扱い、他のDJが思いつかないような方法で様々なレコードをこねあげ、ひとつの大きな音楽に仕立て上げていく。Mr Tiesはテクノからディスコ、ポップからハウス、そして3台目のターンテーブルで時折アカペラを放り込みながら、休むことなくフィルターやEQをいじり続け、セットを展開していく。どのサウンドがどのトラックのものなのかが徐々に分からなくなっていき、気が緩んだタイミングで太いキックがいきなり飛び込んでくるような彼のセットはどの瞬間でも楽しむことができる。このパーティーの常連の1人はMr Tiesの魅力について、「ある日のMr Tiesは午前3時から午後9時までプレイしたんだ。素晴らしい瞬間が何回もあって、泣きそうになったよ」と振り返った。

「僕は良い作品かどうかという点だけ
で判断する」

そのようなロングセットはMr Tiesにとっては当たり前のことで、通常Homopatikでは水とバナナを随時補給しながら10時間以上のプレイをこなしていく。しかし、一体なぜこのようなロングプレイが可能なのだろうか？　その質問に対しMr Tiesは、「簡単な話さ。エンドルフィンが分泌されるんだ」と答える。またプレイ中にアルコールを摂取しないことも重要だと本人は考えているようだ。「アルコールを体に入れると感覚、つまり聴覚が変化する。アルコールを飲むと耳の中のフィルターがダメになってしまう。聴こえる音のヴォリュームが安定しなくなるんだよね。これはDJにとって良くないことさ。エンドルフィンも聴覚に影響を与えるけど、こちらは良い変化なんだ」

4月のHomopatik（サブタイトルとしてErotikmesseが掲げられていた）のMr Tiesは昼頃にテクノルームでプレイをスタートし、午後4時頃に巨大な廊下であるメインフロアへ移動した（://about blankは廃校のような趣のある元非合法クラブ）。フィルムの張られた窓がフロアを黄色と赤に染め上げる中、全裸の男性が台上で踊りながら時折オナニーをし、その1メートル先ではアフロヘアの若い女性が楽しそうにアイスクリームを食べている。また私の右ではひげ面の男性2人が倒立を繰り返している。そのようなフロアでMr TiesはTalkoの“The Hustle”、Gary Menの“I’m A Man (Who Needs A Man)”、そしてピッチを－8に落とした“French Kiss”などをプレイ。ある男性が携帯のライトを使って、鳥肌が立っている腕を周囲に見せびらかしていた。

パーティーはクラブの外に設けられている大味で巨大な庭でも展開されており、赤い防水シートで作られたテントの中で日本人DJのDSKEとHomopatiｋのレギュラーの1人であるAkirahawksがB2Bを繰り広げる中、芝生の上では疲れ切ったレイバーたちがのんびりと体を休めている。ヒラヒラとしたドレスや露出度の高いヴィンテージのスポーツウェアを身にまとった男性陣（1人は下半身を露出しながら廃棄されているサーフボードの上に座り、泣いている友人を慰めていた）の他にも、酔っ払い、海外から来たオシャレな観光客、無愛想なパンクス、エレガントなパーティーガールなどが混在しており、その雰囲気はPanorama Barに近い。

パーティーの雰囲気は日没と同時に変化を遂げ、クラブ内ではMr Tiesがイタリアの屋外レイブを彷彿とさせるようなタフでコスミックなテクノを展開していた。ストロボに照らされて浮かび上がる彼の短髪にヒゲというルックスは、身にまとったオーバーオールからチラチラと見えるタトゥーと相まって、まるで自動車の整備士のように見える。そのような中で凶悪なテクノがフェードアウトされ、突如として“Goldfinger”のコーラスが突っ込まれてきたが、ターンテーブルの電源が意図的に落とされ、トラックはゆっくりと止まる。そしてまた強烈なテクノへと戻ったが、その直後のトラックはギターソロが入っているものだった。

上記のような幅広い選曲は、音楽そのものに対する彼の考えが投影されている。Mr Tiesは殆どの人たち、特にポップミュージック業界の人たちは、マインドが狭すぎると考えているのだ。「Andrés'の“New 4 U”のようなトラックが何故ラジオでプレイされないんだろうって思うんだ。別に僕はあのトラックが好きではないけれど、ああいうトラックはラジオでかかる可能性があると思う。Rihannaだけがプレイされるのではなくてね。Rihannaが聴きたくないと思っていても、回避することは不可能なんだ。タクシーに乗ればRihanna。どこかの商店に入ればRihanna。選択の自由がないんだ。レイプだよ」そう語る彼が聴く音楽の幅は非常に広く、たった5分間で映画音楽家Ennio Morriconeや1920年代のイタリアのノイズアーティスト、そしてLive At Robert Johnsonから最近リリースされたMassimiliano Pagliaraの12インチにまで話が及ぶ程である。

多種多様な音楽を折衷させる彼のDJは、音楽を聴く際の本人のポリシーの結果だ。「音楽は先入観を持たずに聴かなければならない。僕は良い作品かどうかという点だけで判断する。それだけさ。ジャンルはこの先10年でなくなって、作曲できているかということが重要になってくると思うんだ。4/4拍子なのか、楽曲のキーは何か、音圧はどの程度あるのか。そういう部分が大切になってくる。僕がミックスする時は、それがテクノだろうとディスコだろうとジャンルは関係ないんだよ」

このような音楽の聴き方は、当然のことながら他人とは違っている。「パンクだと、僕の中でベストな存在はThe Sex PistolsよりもEinsturzende Neubautenなんだ」このような非常に独特な感覚を持つ彼を理解しようとしている私に対し、彼は続けて、「リアルなパンクレコードを聴きたいかい？」と尋ねると、レコード棚からMustapha Tettey Addeyの“Master Drummer From Ghana Vol.2”を引っ張り出し、ジャケットを見る限りまったくパンクとは思えないこのレコードをプレイした。Tettey Addeyのドラミングは非常にミニマルかつ直線的なもので、メトロノームのようにさえ感じるものだったが、その生々しさ－Mr Tiesの言うところの「ジュース」－にパンクとの共通点を見出すことができた。

レコードの買い方について話が及ぶと、Mr Tiesはコレクターでもなく、また手当たり次第に買いまくるわけでもないとした。「（レコードを買うことは）ドラッグのようなものなんだ。際限なく買いたくなっちゃうから、そこまでしっかり掘ってないんだよ」そう語る彼のお気に入りは中古レコード店のようで、特定のアーティストやレーベルを探す傍ら、アンテナを出来る限り広く張って、殆ど聴いたことがないようなレコードもチェックするようにしているとした。彼はアパートで、イタリアで適当に買ったというEmmanuel Topの“Sferik”という12インチをプレイしてくれたが、そのレコードのジャケットの角には1996年から店にあったことを示すステッカーが貼ってあった。「うーん、最高にファットだね。素晴らしいテクノだよ」彼は多少リズムに体を揺らしながらコメントした。

Mr Tiesは一部から圧倒的な支持を得ているが、Homopatikのコミュニティ外にその才能はあまり知られていない。そのコミュニティにおいてもラインアップに自らの名前を載せないため、彼の名前、そしてルックスについては知る人ぞ知るというところになっている。Homopatikではビッグネームがプレイした過去もあるが、一貫してアーティスト名は一切表記されない。そしてこのスタイルは彼の音楽とアイデンティティにおける確固たる信念が元となっている。

「DJをアイコン化するのは間違っていると思うんだ。自分が誰かが分かってしまったら、オーディエンスから期待されてしまって、特定のプレイしかできなくなる。でもフライヤーに誰の名前も載っていなかったら、好きなようにプレイできる。偏見も期待もない。何がプレイされるか誰も分からないんだ」

「DJっていうのは1人じゃない。別の日には別人になるのさ」

この考えは彼がMr Ties名義では一切作品をリリースしていないことにも表れている。「Mr Tiesという名前を貶めたくないんだ」そう語る彼は、Homopatikを冠したレーベル（パーティー当日に限定販売された）、そして新レーベルHomophilics（瞬く間にソールドアウトとなった）から何点か作品をリリースしているが、ここまで徹底して目立たずに活動しようとしている彼のことは、本人が成功を収め、一般的な認知も高めたいと考えている事実を考慮すると、やや馬鹿げているように思える。

しかし、本人は最低限のパブリシティを展開することさえも考えていないようで、「自分を露出し過ぎてしまうと、間違った理由でお客さんが来るようになるんだ。何も露出していなければ、正しい人たちに見つけてもらえる」と説明する。この彼の考えはシーン全体を見渡せば簡単に理解できるだろう。ビッグネームのDJたちは大規模なプロモーションを展開することでメディアへの露出やブッキングを得るなど、DJネームがブランドとして扱われる一方、ネームバリューはないが才能のあるアーティストたちは彼らを本当に好きな人たちから愛されていく。これは「アンダーグラウンド」というコンセプトがなぜ神聖に扱われているかを明確に示しており、無名であればある程、ファンから愛されることになるのだ。

Mr Tiesは「成功」についても他のDJとは違った意見を持っているようだ。国外でのブッキングも徐々に増え始めており、フランスのプロモーターConcreteも最近パリとローマでのパーティーに彼を招聘したが、本人はあまり気にしていないようだ。「僕は常にベターなサウンドを求めているだけなんだ。自分がちゃんと表現できるからね。他の都市のビッグなステージで素晴らしいサウンドでプレイできるのは嬉しいよ。でも今の自分に満足しているんだ。自由だからね。先週土曜日の僕のパーティー以上に何を求めるって言うんだい？Homopatikのようなパーティーをベルリンのような都市で開催できる。もう満腹なんだよ。新しいものもウェルカムだけれど、今の時点で既に満足しているんだ」

###