App Storeのミュージックのカテゴリには大量のアプリが用意されており、音楽に対して様々なことが行える多種多様なアプリをチェックすることができる。一流企業の開発したアプリや趣味が高じて個人で開発したようなアプリが並んでおり、音楽制作用アプリに限って言っても五線譜に対応しているような本格的なアプリからオモチャのようなアプリまでが混在している。このように好き勝手に色々と試せる環境は、顧客が簡単に購入することができるため、特に大きな販路を持たない小規模な開発会社にとってはウェルカムだが、iPadで音楽制作をしようとしている人がこの膨大な数の中から自分に合ったアプリを探し出すのはひと苦労だ。

今回はその苦労を解消するため、iPadの能力を十分に引き出しながら音楽制作に必要な機能を盛り込むことに成功しているアプリの中からベスト10を選出した。2013年版音楽制作アプリベスト10を是非チェックしてもらいたい。

Audiobus

A Tasty Pixel
www.audiob.us

$4.99

これはユーティリティアプリだが、iPad上での音楽制作をここまで進化させたアプリは他にはないだろう。Audiobusは複数のアプリのオーディオ系統をひとつにまとめることで、マルチタスクでの音楽制作を可能にしてくれるアプリだ。Audiobusが発表される以前は、たとえばAudioCopyのように、まずひとつのアプリのオーディオを書き出して、それから別のアプリ上にそれをインポートするというなんとも手間のかかる方法しか存在せず、ソリューションという言葉からは程遠いアプリしか存在しなかった。

しかし、Audiobusではアプリの種類別にインプット、エフェクト、アウトプットのオーディオ用スロットが用意してあり、インストゥルメントやサンプラーのような音を生み出すアプリをインプットに、エフェクターをエフェクトに、そしてレコーディング用アプリをアウトプットに接続することが可能になる。またAudiobusに対応しているアプリの数はかなり多く、今もその数は増え続けている点も注目だろう。更に言えば安定性も良く、問題はほとんど発生しない。複数のアプリを同時にコントロール／レコーディングし、それをDAWへ送ることができるこのアプリは、パワフルでプロダクティブな制作環境を生み出してくれるはずだ。

尚、Audiobusはその機能のほとんどが独占状態となっていたが、最近になって対抗馬JACKが登場した（無料）。Audiobusはオーディオのルーティングのみだが、JACKはアプリ間のMIDI信号のルーティングにも対応している。対応しているアプリの数は少ないが、この先注目と言えるアプリだろう。

Lemur

Liine
www.liine.net

$49.99

手頃な価格のiPad版マルチタッチインターフェイスは、Jazzmutantが開発した最新鋭のコントローラーソフトであるLemurをより幅広い顧客へ届けるという意味では、ハードウェア版よりも理想的と言える。今回iPad版を担当したLiineはLemur本来の特徴をあまりいじくりまわさず、コードベースのアップデートとメンテナンス、そしてユーザーライブラリの充実のみに注力した。特に最新バージョンでは利便性が飛躍的に向上しており、エディットと新規テンプレートの作成がiPad上で可能になっている。

Lemurが他のコントローラーアプリと異なっている点は、バックエンドのスクリプトエンジンの存在だ。これによってユーザー側へ十分なCPUパワーを供給することが可能になっており、ユーザーは優秀なテンプレートをプログラムし、単純なMIDIとOSCの送受信以上の操作を行うことができる。尚、スクリプト次第ではテンポシンクのシーケンサーや、Muのような完ぺきなDAW環境と言えるようなテンプレートを組むことも可能だ。今回非常に興味をそそられたテンプレートとしては、ST8が開発したAbleton用コントローラー第2弾のLiveControl 2が挙げられるだろう。

Animoog

Moog
www.moogmusic.com

$29.99

Animoogの特徴は「しない」部分にある。つまり、Moogは得意分野であるはずのヴィンテージのモノシンセを再現するのではなく、iPadの技術を使用して完全に新しいシンセを作り上げたということだ。AnimoogはMoogが開発した「Anisotropic Synth Engine」を使用することでMoogの誇るハードウェアシンセ群から抽出したライブラリから8個までのサウンドを自由に選択して重ねることができるアプリとなっている。

そしてそのサウンドの扱い方が、Animoogが他のiPad用インストゥルメントと異なる部分だ。Animoogには普通のシンセアプリで見られるような大量のノブは存在せず、メインディスプレイ上に大きく表示されるグリッドを使用して音色を変化させる。Animoogではキーボードを弾くとどのようにサウンドが鳴るのかはタッチひとつで設定が可能で、また秀逸なGUIは、サウンドが他の音色へと切り替わっていく様子や、サウンドが設定した流れに沿って出力されていく様子をアニメーションで表示する。サウンドの作り込み方、エフェクトやモジュレーションの設定オプションの多さ、AudioBus対応、ビルトインの4トラックレコーダー、完全MIDI対応など様々な機能が組み込まれたAnimoogは、今回のような特集記事には必ずノミネートされる高い能力を秘めている。

DM1

Fingerlab
www.fingerlab.net

$4.99

Apple Design Awardを受賞している音楽用アプリということならば、少なくとも素晴らしいデザインは期待できるというわけだ。フランスの開発会社FingerlabがJonas Erikssonと共同開発したDM1は昨年同賞を受賞したが、素晴らしいのはデザインの美しさだけではない。実際は機能性も見事であり、今回RAがDM1をピックアップしたのもドラムマシンとしての出来の良さが理由だ。

DM1のシンプルなインターフェイスの下には数多くの機能が備わっている。Roland TRシリーズやLinn、そしてMXRなどのお馴染みのキットから、アコースティックやパーカッションまで86ものキットが内蔵されている。またiTunesやDropbox、またiPadの内蔵マイクなどから自由にサウンドをロードして自分の好みのキットを組むことも可能だ。更にはステップシーケンサーと3 x 3のドラムパッドが備わっており、iPad用アプリとしては驚くほどハイクオリティな出来を誇っている。たとえばステップシーケンサーはマルチタッチやドラッグに対応しており、フィルインの作成やトラックミュートを指一本で簡単に行うことが可能で、実際筆者もDJの際に追加のドラムマシンとして使用した。MIDI同期機能やオートメーションが可能な内蔵エフェクト、AudioBus対応、そして何よりも美しいインターフェイスを備えるDM1はまさにオススメのアプリと言えよう。

Audulus

Subatomic Software
www.audulus.com

$14.99

対象が中級者以上のアプリを探しているという人は、オーディオとMIDIを独特のグラフィックでパッチングするこのAudulusがオススメだ。このアプリはiOSとOSXに対応している。Cycling ’74のMax/MSPやPDに似ているAudulusでは、オシレーターやノイズ・ジェネレーター、シーケンサーやフィルター、そしてメーターやエンベロープなどのオブジェクトをパッチコードで自由に接続してサウンドを生み出していくが、その楽しさは美しいデザインとタッチベースのワークフローによるところが大きい。ややオタク的な印象を与えるため、最初は馴染めない人もいるだろうが、少しばかり時間をかければ、デジタルオーディオとシンセサイザーの機能についてしっかりと学ぶことができ、自分の思い通りのパッチを組むことができるようになるだろう。

しかし、Audulusの最も魅力的な点はOSX上でも起動するという部分で、たとえば移動中にiPad上で組んだパッチをスタジオのMacに持ち込んで使用することが可能だ。またAudulusはスタンドアローンやAUプラグインとしても使用することが可能なため、レコーディングや制作時に非常に便利だ。尚、開発者のTaylor Hollidayはこのアプリの将来性についてもしっかりと考えているようで、今回のバージョンアップでAudiobusに対応した他、次のアップデートではJACKにも対応する予定になっている。

Turnado

Sugar Bytes
www.sugar-bytes.de

$19.99

今回の特集では唯一の単体エフェクトアプリであるTurnadoは、24種類のエフェクトを誇り高い評価を得ていたPC/OSX用プラグインのiPad版ということもあり、その出来に期待がかかっていたが、蓋を開けてみるとiPad版TurnadoはPC/OSX版に便利な機能を追加したような印象で、高い評価を得ていたPC/OSX版の機能性はそのままiPad版に持ち込まれている。尚、PC/OSX版Turnadoについては、過去のレビューを参照してもらいたい。

では今回iPad版に追加された機能とは何だろうか？　まず画面下半分には4個のXYパッドが配置されており、これによって8個のメインエフェクトのノブを同時に動かすことが可能となっている（XYパッド1個につき、2個のエフェクト）。また便利な「オールエフェクトオン／オフ」ボタンが用意されているため、サウンドを変化させすぎてしまった場合はこの機能を使って元に戻すことが可能な他、指を離した瞬間にエフェクトがゼロに戻すようにする設定も可能となっている。またMIDIクロックと同期できるループレコーダー／プレイヤー（印象としてはXYパッドのオートメーション機能に近い）も備わっている。更にはJACKとAudiobusに対応しており、iPad内のルーティングも簡単に行えるため、スタジオレベルのエフェクトをすぐに得ることが可能だ。

Auria

Wavemachine Labs
www.auriaapp.com

$49.99

Auriaが2012年7月に発売された時、ついにiPadでの本格的な音楽制作環境が整い始めたと思ったものだ。昨年はiPad用に本格的なDAWソフトがいくつか発売されたが、Auriaはこのカテゴリを常にリードしており、オーディオの編集機能とミキシング機能を備えているアプリとしては、他のライバルアプリに比べ様々な点で勝っている。まずひとつは24トラックの同時録音が可能であるという点で、オーディオチャンネルは48まで増やすことが可能だ。ただし、この強力なパワーをフル活用したいという人は、オーディオインターフェイスが必要になる（ちなみにAuriaはウェブサイト上に便利な対応製品リストを用意している）。またiPadを2台持っているという場合は、Bluetooth技術を応用したAUriaLinkで同期再生／レコーディングが可能なため、録音トラック数と再生トラック数を倍増させることが可能だ。

また別の特徴としてはプラグインに対応しているという点が挙げられ、内蔵エフェクトの他にも、PSPaudioware、Fabfliter、OverloudなどのVSTプラグインに対応している。尚、デフォルトではPSP ChannelStripとPSP MasterStrip、また数々のリバーブやピッチ補正用プラグインReTuneが内蔵されている。これらのプロ仕様のプラグインと遅延補正機能、サブグループ機能、AUXセンドやオートメーション対応など、まさに多機能を誇るAuriaは明らかに他のライバルアプリと一線を画している存在だ。

Cubasis

Steinberg
www.steinberg.net

$49.99

前述のAuriaには様々な機能が備わっているが、唯一欠けているのがMIDIへの対応だ。そのため、より包括的なiPad用DAWを探しているという人はCubasisをチェックするのが良いだろう。CubasisはTurnadoと同様、デスクトップからの移植版で、音楽制作ソフトであるSteinberg Cubaseが元となっている。尚、Audulusと同様にCubasisのセッションはiPadからデスクトップへとエクスポートすることが可能になっている。これは非常に便利な機能なため、CubaseをメインのDAWとして使用している人ならば、CubasisをiPad用DAWとして選択するのが賢明だろう。

またCubasisはAudiobusにも対応しているため、Cubasis上のMIDIキーボードを使用して他のインストゥルメントアプリを演奏し、それをレコーディングするというルーティングが可能となっている。また各トラック（マスターを含む）には3個のエフェクトをインサートすることが可能になっている他、センドエフェクト用として3個のグローバルエフェクトバスが備わっている。Cubasisにはリバーブ、コーラス、EQ、ディレイ、フィルター、コンプレッサーなど計11個のエフェクトが内蔵されているが、残念なことにレコーディングする前にエフェクトを通したサウンドのモニタリングをすることが不可能なため、エフェクトを通した後のオーディオはレコーディングを終えてからでしか聴くことができない。またオートメーション機能も弱く、現行のバージョンではトラックのボリュームとフェードのみとなっている。しかし、インターフェイスとワークフローは非常に優秀で、Audiobusへの対応も安定感があり、またCPUへの負担も少ないため、上記のようなマイナス要素は特に気にならない。

Traktor DJ

Native Instruments
www.native-instruments.com

$19.99

Native Instrumentsのような大手がiOS用アプリの開発を手掛ける時は、素晴らしい結果が約束されている。iPad用のTraktor DJはまさにその好例というところだろう。洗練されたデザインと良く練られたインターフェイスによって、iPadの比較的小さなスクリーンでも驚くほど満足のいくDJプレイを楽しむことが可能だ。2つのデッキがスクリーンの上下に表示され、Native Instruments特有のマルチカラーの波形表示はタッチ操作に対応している。またボタンをタッチして呼び出すことがEQやFXは、使用中は波形の上に重なるように表示されるが、簡単に閉じることができるようになっている。

ただし、Traktor DJはiPad本体が抱える問題点との相性や、ビートマッチが基本的に組み込まれていないなどという点から多少の批判を受けているのも事実だ。また、テンポコントロールが存在しないため（グローバルテンポ設定は存在する）、基本的にはビートグリッド用にあらかじめアナライズされたトラックを好まれる環境になっているが、Native Instrumentsはアナライズ後に生じるビートグリッドやフェイズのずれを修正するための画面を用意することでその問題点に対応している。尚、現行バージョンでのアナライズはピッチの検出にも対応しており、Dropbox経由でPCまたはMac上のTraktor Proにその情報を送ることも可能なため、準備用アプリとしてだけでもTraktor DJは利用する価値があると言えるだろう。

d(--)b

Zerodebug
www.d--b.zerodebug.com

$0.99

独特の名前が付けられているこのアプリは、今年初頭にかつてAppBCとしてTouchAble. It takes the stance that one size does notを発売した実績を持つZerodebugがTraktor DJの対抗馬として発売したアプリだ。d(--)bはすべての機能があらかじめパッケージされているアプリではなく、ユーザーがインターフェイス全体を自由に組み替えることが可能となっている。当然のことながら、いくつかのレイアウトがプリセットとして用意されており、多くのd(--)bユーザーはそのレイアウトで十分に満足しているはずだ。尚、デッキは6台まで接続することが可能で、各デッキにはEQ、ループ、波形表示などの機能が用意されている。ユーザーはその中から好きな機能を選び、テンプレートごとに用意されている6ページ上の中の任意のページにそれらを配置し、その後でサイズや色などの細かい設定を行う。

d(--)bにはTraktor DJに欠けている機能が備わっており、ピッチフェーダー（10%単位が1本、1%単位が1本の計2本）または波形そのものを操作して各トラックを手動でビートマッチさせることができるようになっている。また各バンドにキルスイッチが備わった3バンドEQによって簡単にミックスが可能な他、ループやキューポイントの設定もかなり簡単に行うことも可能だ。エフェクトとクロスフェーダーは存在しないが、トラックごとにアウトプットをアサインすることが可能なため、対応しているオーディオインターフェイスを持っていれば、外部ミキサーやエフェクトを接続することが可能だ。d(--)bにはTraktor DJほど洗練されている印象はないものの独特の操作性と機能が備わっているため、iPadをDJセットに組み込みたいと思っている人はチェックするのが良いだろう。