もしあなたがプロデューサーならば、クライアントからのフィードバックや友人、そして信頼できる人たちからの意見は、作品を仕上げる際に非常に役立ちます。しかし、そういった彼らの建設的な意見（批判）を実際のアクションに結びつけられるかどうかは難しいところです。たとえばあなたがグラフィックデザイナーだとすると、クライアントに作品を見せた時に彼らから「あの青をもっと暗くして」や「あのフォントを大きくして」などと注文されるでしょう。音楽制作の場合も同じです。クライアントから「もっと空間的に」、「もっとパキッと」などと指示される場合があります。しかし、このような指示は決して具体的とは言えません。プロデューサーは通常経験を積むことでこのような曖昧な指示を制作に反映できるようになっていくものですが、実はミックスの処理で簡単に対応できる場合もあります。

今回はクライアントが「重さ」、「パワー」、もしくは「エネルギー」として表現するような部分、つまり周波数帯域で言うところの「中低域」を見ていきましょう。キックのメイン周波数より高く、またスネアやリード、メロディーの周波数より低いこの帯域は、様々な問題を生み出す可能性があるデリケートな帯域です。ですので、ミックスの中でこの帯域がどう影響しているのか、そしてこの帯域にどう配慮して調整すればトラックが良くなるのかを追っていきたいと思います。

まずはこの周波数帯域の数値を具体的に設定しましょう。音楽制作におけるほとんどの事例がそうですが、絶対的な定義は存在しません。ですので、様々な意見があるかとは思いますが、今回は150Hzから350Hzに設定します。この帯域に注意しなければならない理由は、この帯域に不必要にサウンドを詰めこんでしまうと、その途端にトラックが「トゥーマッチ」になってしまうからです。ベースライン、キックの高域、パッドやスネアの低域、メロディーやギターなど様々なサウンドがこの帯域を使用しますが、これらのサウンドはそれぞれ異なった周波数帯域が強調されてミックスされる場合が多いと思います。たとえば、クリアな音像にしたいということでEQ処理を行い、高域を強調しつつも中低域はそのままいじらずフラットな状態のままにしてしまう人がいます。しかし、このように中低域を未処理のまま放っておけば、トラック全体が簡単に膨張してしまうのです。では各サウンドのこの帯域のEQをカットすればいいのかというと、そこまで単純でもないのです。この帯域は素晴らしいミックスに必要な「エネルギー」を供給する部分ですので、正しいバランスを取るためには細心の注意を払う必要があるのです。

フラットEQ：今回のテーマを簡単に理解するために、まずはこの帯域における様々なバランスを聴き比べてみましょう。今回は意識的に音数を多くしたトラックを用意しました。メインのメロディーやハイハットなど、中低域に関わっていないパートもありますが、ベースラインやパッド、スネアやメインのシーケンス部分など、数多くのサウンドがこの帯域を使用しています。まずはEQ処理を施していないフラットなミックスを聴いてみましょう。

中低域のブースト：直前のクリップは低域に向かってやや膨張しているものの、ミックスのバランスは比較的まともに聴こえます。では中低域をプッシュするとどう聴こえるでしょうか？　2ミックスのアウトプットでFabFilterのPro-Qを使用し、中低域を8dB持ち上げています。

ミックスが膨張してしまったのが分かると思います。この結果、中域、そして高域のエネルギーさえも失われたように聴こえてしまいます。また全体的に非常に窮屈な印象を受けます。

中低域のカット：では逆にこの帯域を削ってみるとどう聴こえるのでしょうか？　ここでは同じ帯域を6dBカットしています。

このミックスもエネルギーが失われており、聴こえてくるサウンドは腰が無く、不安定に聴こえます。またキックは低域に重心が寄り過ぎている他、中低域のハーモニーの要素も消えてしまっているため、酷いミックスに聞こえてしまいます。

これでトラックにおける中低域の重要性が理解できたと思います。この帯域を上手くミックスすることが音楽的なエネルギーやドライブ感、そしてその音楽の持つ方向性に大きく関わってきます。この部分の処理が下手だと、エネルギーの大半が失われてしまったり、トラック全体が膨張してしまったりするのです。

2ミックスにおけるEQ処理も重要ですが、今度は個々のサウンドに対するEQに注目し、この帯域ではどのようなサウンドが映えるのか、そして全体のミックスの精度を高めるにはサウンドをどのように調整すれば良いのかについて見ていきます。まずは中低域を使用しているサウンドを聴いてみましょう。パッドのレコーディング時に両手を使ってできるだけ数多くの鍵盤を押さえようとする人は多いかと思います。しかし、高音の鳴りが好きでパッドを使用している場合は、低音のノートをミュートするか削るべきです。こうすることによってサウンドの中で中低域を使用している部分が取り除かれ、他のサウンドが使えるスペースが生まれます。

高音のみ：今回のミックスにおける2つのメインパッドです。前半は低音のノートがミュートされています。サウンド自体はソフトでドリーミーですが、後半はサウンドが中低域を不必要に使用してしまっている様子が理解できます。

中低域：このミックスにおける第3のパッドです。低域で豊かなハーモニーを創出しているこのサウンドは中低域を主に使用しています。このクリップでは上記の2つのパッドと共に鳴らしています。

しかし、ここから更にベースが加わりますので、このパートは中低域における中心的存在ではありません。全体のハーモニーに貢献しているのはこのパートの高域だけなのです。

調整：このパッドの中低域を不必要に残さないために、DMGのEquilibrium EQを使用して調整していきます。FabFilterのPro-Qと同様、このプラグインは調整したい特定の帯域を表示するアナライザーが備わっています。今回は157Hzを中心とした中低域をカットすると同時に、63Hz以下の帯域を少しカットすることで低域をすっきりとさせています。また750Hz周辺をブーストすることで高域を目立たせ、この帯域をトラックにおける聴かせどころにしています。

ベース（処理前）：上記の処理によってベースが入り込めるスペースが生まれました。ここではパッドとベースのセットをオリジナルバージョンと、EQ処理を施したバージョンとで聴き比べてみましょう。まずはオリジナルです。

ベース（処理後）：同じベースパートですが、今度はパッドにEQ処理が施されています。ベースのスペースに余裕があることが理解できるはずです。

シーケンスの修正：同じアプローチで、EQを使ってメインシーケンスの中低域を削り、スネアをやや強調しました。こうすることでトラック全体にドライブ感とパワーが生まれ、またスネアとキックの間のスペースが埋まりました。

どのような音楽ジャンルでも中低域に対するこのような配慮は必要です。ドラムンベースを例にとってみましょう。このジャンルでビートとベースラインと組み合わせていく場合、ベースサウンドとしてサイン波に近いピュアなサウンドが選ばれる傾向にあります。しかし、ここに落とし穴があるのです。このようなサウンドを使用すると中低域にギャップが生まれてしまい、ベースがミックスの中に上手く入り込んでこないのです。

ピュアなベース：このクリップでは、ピュアなサイン波がベースラインとして使用されており、ビートループ、パッドと合わせて鳴っています。ベースは高いノートの時は上手くミックスされていますが、1オクターブ下がったノートの時には良く聴こえません。サイン波の特性によって、ミックスバランスにハーモニーが生まれず、中低域が欠けているように聴こえてしまうのです。

この問題はピュアなベースラインを倍音が多いベースサウンドに変えることで解決できますが、テクニックを使ってピュアな部分をそのまま残すようにします。まずローパスフィルターを使用すれば、ピュアに聴こえない原因となる倍音を減らせます。更にエンベロープを調整すれば、アタックのある倍音の多いサウンドをサスティンの段階でピュアなサウンドに変化させることが可能です。こうすることで倍音が含まれたアタック部分で中低域をカバーするため、トラックのエネルギーとパワーを保つことができます。

エンベロープの使用：ベースを上記のようにフィルターとエンベロープで調整しました。最初の8小節ではベースだけがプレイされ、その後の8小節ではトラック全体でどう聴こえるかが確認できます。

フィルターのエンベロープの調整は非常に有用です。また、ピュアなサウンドから徐々に中低域に変化していくような、上記とは逆の処理を施したサウンドも効果的と言えるでしょう。ダブステップの揺れるような、いわゆる「ウォブル」ベースがここまで一般的に使われるようになったのはこれが理由です。フィルターが閉じた状態から開き、また閉じていくというサイクルを設定したベースラインは、中低域から中域、そしてまた中低域へとノートの間隔に合わせて徐々に変化します。このため、ベースが中低域を周期的に埋めることになり、ベースがミックスにしっかりと組み込まれるのです。

どのような音楽を制作するにせよ、中低域の調整をしっかりと考えて行うことが重要です。最低でも2ミックスでEQを使用して、この帯域が膨張して窮屈になっていないか、もしくは不足しているかをチェックしてください。そしてその後で今度は個々のサウンドを調整し、不必要なノートを消去したり、EQ処理で中低域を持ち上げたりしてください。このようなサウンドがどのように鳴っているかを把握し、調整していけば、ミックスにふさわしいエネルギーとパワーを得られるようになるため、必ず良い作品を生みだせるようになるでしょう。