多くのグレートなレーベルというものは、入念に選ばれたアーティスト・ロースターや年間を見据えたリリース・スケジュールの策定、一貫性を保ちつつも多様性を志向したサウンドの個性などなど、注意深いプランニングと綿密な熟考によって成り立っている。しかし同時に、それらとはまったく正反対とも言える直感の結果や理屈抜きの嗅覚、自由放任的アプローチによって運営されているレーベルも存在しているのもまた確かで、両者にはそれぞれ長所と短所がある。あたりまえのことだが、前者のタイプのレーベルは生産性が高く、ある程度のビジネス的成功が見込みやすいという利点がある。いっぽう、後者のタイプのレーベルはとりわけ個性的な方向性を持とうとしたとき、そのアウトプットをフレッシュなものに保てるという利点がある。

Acido Recordsは後者のタイプのまさに典型だと言える。Andreas KummことDynamo Dreesenがこのレーベルを立ち上げて以来、まさに彼自身の経験と勘に頼って運営されているが、そのことこそがAcidoにおけるソウルの根源的な部分に成り得ている。「プランとかそういうものはハナっからなかったんだ」と彼は語りだす。「ほんと、すべてが偶然の産物って感じだよ。すべてが自然に発生するんだ。『なあ、ウチからリリースしてみる気はない？』なんて、こっちから他人にコンタクトしたことは一度も無いし、そんなことする意味もないと思ってる」

このレーベルに親しんでいる人なら誰も驚かないはずだ。2004年以来Acidoは断続的にリリースを続けており、1年のうちにせいぜい1枚のレコードがリリースされるかされないかという具合だったが、ここ最近ではそのペースは上がってきているようだ。そのリリースの多くには（とりわけ初期のリリースにおいて顕著だが）明らかなDIY感覚が根ざしており、これまでの彼らのリリースで最も豪華なアートワークはSVN（Krummの友人であり、共にDreesvnという名義で作品を手掛けるプロダクション・パートナーでもある）による鉛筆スケッチぐらいなものだろう。

さらに大事なことは、彼らの音楽そのものが素晴らしくフリーフォーム且つ即興的な感覚を持ち合わせているという事実だ。普段のAcidoからの12インチには、ヒップホップやアンビエント、IDMや驚くほど繊細なハウスやテクノが詰め込まれていて、たいてい5曲から6曲収録されたそれらはちょうどEPとミニアルバムの中間のような体裁だ。彼らのリリースには常に抑制されたサイケデリアが潜み、時折力強さを見せるアナログ的プロダクションがスピーカーの内部から飛び出してくる。シンプルでありながらトリッピー、質素ながらアヴァンギャルドなそのサウンドはノートのイタズラ書きをそのまま音に転化させたかのようだ。

Acidoの個性は、まちがいなくこのレーベルのレイドバックした仕事の進め方による産物だ。あらかじめ策定されたリリース・スケジュールに固執するというプレッシャーも無く、Krummはさまざまな選択肢のなかからAcidoらしい作品が浮かび上がってくるのを出来るだけ長く待つことが出来る。彼はなるべく、セレンディピティ（訳注：別のものを探しているときに、偶然に素晴らしい幸運に巡り合ったり、素晴らしいものを発見したりすること）を優先しようとしている。「これは僕個人という人間に深く関わってることだと思う。僕という人間の人生にね。最初からひとりのアーティストに絞るなんてことはしないし、偶然かつ自然に出会った人にリリースを任せたいと思ってる。その人の音楽やスタイル、パーソナリティを僕が気に入ったら、それがAcidoのレコードになるんだ。そういうやり方なんだよね」

では、『Soundtrack For No Film Vol.1』収録の"Urania (Titoli Di Coda)"を例にとってみよう。「僕がミラノの小さなバーでDJしに行ったとき、ナポリから来たLucaっていうベース・プレイヤーと出会ったんだ。彼はものすごくおもしろいキャラクターでね。『Muppet Show』って憶えてる？そこにいつもせわしなく周りを走ってた、他のパペットに比べても一際小さいねずみがいただろ？Lucaはまさにそんなキャラクターなんだよ。彼は291-Outっていうバンドでプレイしてて、彼らは80年代のB級映画サウンドトラックさながらの音楽をやってたんだ。彼はいくつかのトラックを僕にくれて、それがものすごく気に入ってね。なんというか、ミラノのダークサイドを閉じ込めたようなすごく誠実な音楽だったんだ。ミラノのダークサイドは僕にとってもすごく印象的だったから、目を閉じてミラノのことを思い出すと、彼らの音楽が頭のなかで聴こえてくるんだ。これを聴いたとき、これは僕の手でリリースしなきゃって思ったんだ」

Krummという男は、人生だけでなく音楽においても流れというものに身を任せ続けている。過去20年、彼はベルリンやハンブルグ、ミラノ、そして現在彼が定住しているイタリア西海岸のリグリアにある小さな山村まで、さまざまな土地を転々としてきた。さらに、その道のりのあいだには数多くの冒険があった。

「自分が夢見ていた理想の環境が、突如として
現実のものになったんだ。」

「1992年、ちょうどベルリンに移る前はホンジュラスの小さな島にひとりで暮らしてたんだ。ロサンジェルスからヒッチハイクをはじめて、半年後に辿り着いたのがカリブ海に浮かぶ小さな島だった。そこでは僕の大好きなダイビングを目一杯楽しんで、一日中シュノーケル越しに珊瑚礁を眺めてたもんさ。これ以上無いってくらい最高だったね。そこで出会ったスウェーデン人やドイツ人のダイバーたちから今度はハワイへ一緒に行かないかって誘われたんだ。ヒッチハイクは若い頃からやってたけど、ボートでヒッチハイクするなんていうのは僕にとってまったく新しい経験だったね」

彼がDJもしくはレイヴァーとなったのは1992年のベルリンでのことだ。今では伝説的なものとして語られているベルリンのテクノ・シーン黎明期であるこの年、彼は一年中パーティの中で過ごした（とはいえ、彼がいたのはテクノではなくトリップホップやジャングルのパーティだったようだが）。だが皮肉なことに、彼にとっての本格的な音楽体験の始まりはベルリンではなく、ノース・カロライナというおよそそれには似つかわしくない場所であった。「ハンブルグのDJの友だちが、ある女の子と結婚するためにノース・カロライナに移住してね。それから1年経って、僕も遊びに行ったんだ。最初は2週間ぐらいのステイのつもりだったんだけど、いざ行ってみると仕事や住むためのキャラバンまで用意されててね。まあ、山に囲まれて暮らすのは大好きだから別にいいか、と思ってさ」

「ここの暮らしに飽きたらまたボートでヒッチハイクして世界中を旅しようかなと計画してたんだけど、結局そうはしなかった。そのかわり、レストランでの皿洗いの仕事にありついてね。そこのシェフが$tinkworksの姉貴と仲が良くて、その繋がりで$tinkworksとはいまでも良い友人であり続けてるってわけ。彼に出会うまで、僕はRobert HoodやModel 500のことさえも『誰それ？』って感じだったんだけど、彼が僕にデトロイト・テクノを教えてくれたんだ。結局、僕はノース・カロライナに半年ぐらいいて、その山々に囲まれて美しい音楽を創ってみたいと思ったんだ。僕とDJ仲間でレゲエやジャングルを聴きながら曲を作って、$tinkworksがそのデモテープをマスタリングする、って感じだったね」

Krummはアパラチア山脈の周辺で行われていたハウス・パーティで数多くDJをこなし、数人の興味深いアーティストたちと交遊を深めていった。「FreqeNC Recordsはすごい音楽をやってた。Charlieってやつはチャペル・ヒルで教師をやってた男で、子供たちと一緒に音楽プロジェクトもやってたんだ。10歳以下の子供を4人集めて、ライブの場になってからはじめてシンセのボタンに触れさせて、さらにマイクも持たせる。まさに即興そのものさ。彼が聴かせてくれたその1時間ほどのジャムからトラックを抜き出したのがAcidoのカタログ2番になったってわけさ」

KrummがAcido Recordsを立ち上げたのはそれからすぐのことで、最初はふざけ半分のようなものだったという。ちょうど2000年を過ぎたころの話で、彼はミラノに住みスクウォート（不法占拠）パーティでDJしたりレコードを集めたりしながら暮らしていた。「当時の僕はほんとにレコード・ナードって感じでさ。レコードをディストリビューターに納品して、それらがどんなふうに届けられるかというプロセスを単純に見てみたかったっていうのもあってね。元手となる資金はスズメの涙程度のものだったけど、リリースしようと心に決めてた作品を世に出すには充分だったよ。もともと、1タイトルのレコードの売り上げはすべて次のリリースのために注ぎ込もうって決めてたし、運営資金を溜め込むつもりもさらさらなかった。幸いにも最初にリリースした1枚があっという間に完売して、僕らのことを気に入ってくれるディストリビューターも見つけた。そこからすぐに2枚目のリリースへ向けた準備に取りかかったよ」

もちろん、すべてが順風満帆であったというわけでもない。「3枚目のリリースを終えた頃、レーベルを畳もうかと考えたこともあるよ。理由は単純で、もう楽しいと思えなくなってたから。レコードの売り上げも落ちて、ディストリビューターからの反応も厳しくなっていった。アート気取りのくせに内容はつまらない、なんて思われてたんだろうね。それから1年もしないうちにそのディストリビューターが潰れたのは可笑しかったけど。まあとにかく、ディストリビューターの倒産後に僕はHard Waxに行って、Torstenに相談したんだ。彼は『悪くないね。まあ、やってみようか』と言って、取扱いを始めてくれたんだ。まあ、最初のころは彼もさほど良い反応ではなかったけど、ともかくレコードは売ってくれることになった。1年後になると、彼らはコンスタントに僕らをヘルプしてくれるようになったし、より密接な関係が出来ていったと思う」

それからさらにいくつかのリリースを重ねると、やがて再び苦境がKrummを襲う。その理由のひとつには、レーベル運営のすべてを彼１人でこなさなければならないというストレスがあった。そこで出会ったのがSUEDというレーベルを運営するベルリンのアーティスト、SVNだ。彼はほどなくしてスタジオでのKrummの右腕となった。「彼は最初すべてのことに対して後ろ向きな様子だったんだけど、とにかく一緒にジャムを始めてみたんだ。彼のオフィスに僕の機材をいくつか持ち込んで始めたそのジャムは、次第に楽しいものになっていった」

SVNはこう語る。「あの頃、僕は音楽に対してインスピレーションを感じられなくなってた。でも、Andreasと彼の優れた耳が僕にインスピレーションを取り戻させてくれた。彼が持ち込んだ正しいアイデアは、僕にとってまったく新しいものだったってわけさ」

それから間もなく、Krummはもう一人の新たな盟友と出会う。それがDJ Sotofettだ。「たしか、彼と最初に会ったのはClub der Visionäreの裏手にある、水辺に面したデカい煉瓦の建物だったかな。そこの3階にAtelierっていうすごく良いクラブがあったんだ。エントランス料金はフリーで、Mika Vainioなんかはそこで遊んでるのをしょっちゅう見かけたもんだよ。そのとき既に彼がDJ Sotofettと名乗っていたかどうか、記憶が定かじゃないんだけど、ある夜僕と彼がゲストとしてそのクラブにブックされて、それがきっかけで話しはじめたんだ。たしか、SVNと出会ったのと同じ週だったと思う。僕らはすぐにジャムを始めて、お互いのレコーディングも手伝うようになったんだ。自分が夢見ていた理想の環境が、突如として現実のものになったんだ」

それは、Acido Recordsの本当の快進撃が始まった瞬間だった。SotofettはMC Sensationalをフィーチャーした奇妙なヒップホップ・インスパイアの12インチで頭角を現し、ノルウェーのプロデューサーSkatebårdはTransylvanian Galaxi名義で美しいアンビエント・ハウスEPをリリースした。2013年には『Soundtracks For No Film Vol.1』と題されたミニ・コンピレーションがリリースされ、ニューヨークのMadteoをはじめとしたさらに数名のプロデューサーをフックアップした。

いっぽう、SotofettやSVNとのジャムセッションの成果もあってKrumm自身もまたプロデューサーとしてのブレイクスルーを果たし、いまや彼自身のトラックはAcidoの根幹を支えるものにまでなっている。彼のフル・アナログなセットアップから繰り出される、繊細でカラフルかつアブストラクトなキャラクターがAcidoレーベルらしさを如実に反映していることはまったく驚きではない。SVNとの共作のもと制作された「Tall Stories」「Woodlandscene」、そして2012年暮れにリリースされた彼のソロ・デビュー作「Back In The Mists Of Time」など、Acidoのベスト・リリース群は彼自身が関わったものだ。

彼らの地道なレーベル運営は、いまようやく実を結びつつある。Acidoは旧友$tinkworksによるEPをはじめとして、今年これまでにないほどのリリースを予定しており（これまでは最大で年3枚だった）、Krummはこの現状に対し非常に満足している。「$tinkworksのレコードをリリースすることは、僕にとってすごくエモーショナルなことなんだ。めちゃくちゃ古いギアで作られた、ファンキーなハウストラックだよ。これからも毎日音楽と一緒に生活していけると思うと、すごくポジティブな気分になるよね」これまで行き当たりばったりな運営を続けてきたこのレーベルの未来は、これまでよりも的を絞ったものになりそうだ。「いくつかのプランがあるんだ」とKrummは認める。「次にリリースする3枚のレコードがもう決まってるなんて、これまでのAcidoでは前例がなかったことなんだよね。これから自分自身のプロダクションもさらに進めていきたいと思ってるし」だが、そのポリシーはずっと変わらないようだ。「楽しくなくなるまでやり続ける。ただそれだけさ」