2009年。sauce81、Kez YM、RLPという3人の日本人プロデューサーが、cosmopolyphonic radioと題したポッドキャスト番組を配信し始めた。その内容は、当時どんどんと勢いを増していた、いわゆる“ビート・ミュージック”と呼ばれる未来的なサウンドを始め、ディープなダンス・ミュージックからエレクトロニック・ミュージックまでをDJミックスでプレイしながら、幼少期をアメリカで過ごしたバイリンガルのsauce81が日本語と英語で曲紹介をする、といったものであった。日本の極地で鳴っているサウンドを世界に、そして地球の裏側から発信されている音を日本に紹介することがコンセプトだ。当時の日本に類を見なかった同番組は、好事家達のアンテナに引っかかり、瞬く間に世界中にリスナーを持つ人気インターネット・ラジオへと成長した。mfp、Fujimoto Tetsuro、Daisuke Tanabe、Monkey_sequence.19、fitz ambro$e、Pepinといった日本の新進気鋭のビートメイカー達を世に知らしめるきっかけとなり、ひとつの重要なプラットフォームとなった。また、まだまだ日本では不明瞭であったベッドルーム・プロデューサー達の可視化を促進し、革新的な音楽を好む同志達のコミュニティを形成した。

しかし、cosmopolyphonicクルーの中心人物としてアーティスト達の活動をサポートし、国内外の架け橋となるずっと前、sauce81の音楽の旅は、小学生の頃にアメリカで自然と耳にしたロックやヒップホップから始まっている。帰国後、中学の頃に手に取ったギターで当初はロックをやっていたが、高校、大学へと進んで行く中で様々な音楽に出会い、そのうちブラック・ミュージックやワールド・ミュージックへと傾倒していった。巡り巡ってヒップホップに感銘を受け、サンプリングを駆使した曲作りを始めるが、ディグやサンプリングという手法に対するリスペクトと、オリジナルへのこだわりから、サンプリングを封印することを決意し、独学で鍵盤を学び、プロデューサーとして腕を磨いていった。同じ頃、James BrownやMarvin Gaye、その他多くのソウル・ミュージックのルーツを探求すべくゴスペル・グループに所属し、発声のみならずアフロ・アメリカン・ミュージック特有のリズム感を培った。2008年には、バルセロナで開催されたRed Bull Music Academyへ招待され、Onra、Dorian Concept、Teebs、Ta-ku、Pursuit Grooves、Nino Moschella、Fatima、San Sodaといったアーティストたちと親交を深めた。そして、2009年に前述のcosmopolyphonic radioを立ち上げ、ラジオだけでなくイベントやコンピレーションなどを企画し、シーンの活性化に一役買った。

そんなsauce81が今年、2013年の上旬に待望の初12インチEP「Fade Away」をWonderful Noiseからリリースし、夏にはCatuneより2枚目のEP「All In Line / I See It」をリリースした。どちらの12インチにもsauce81らしい、漆黒のグルーヴがゆらめくファンキーでダンサブルなナンバーが刻み込まれていた。10月には、grooveman Spotとの新ユニット、77 Karat Gold名義で7インチをJazzy Sportからリリースし、美麗なソウル・ミュージックを披露。それまで数々のコンピレーションへの楽曲提供やリミックスの発表を行ってきたものの、sauce81自身の作品のリリースは今年が初めてとなった。それはなぜだったのか。何を思ってcosmopolyphonic radioをスタートしたのか。陰のヒーロー、sauce81に迫る。

2008年のRed Bull Music Academy（以下RBMA）に参加した頃は、どういった音楽を作っていたのですか？

当時はいわゆるジャジーな感じのヒップホップとか、ブロークン・ビーツみたいなものを作ってました。

RBMAに参加して、音楽作りにどういう変化がありましたか？

RBMAに参加してから、ビートとかディープハウスを前よりも聴くようになりましたね。出身もジャンルも違う色々なプロデューサー達と出会って、「あ、そんな考え方があるのか」っていう発見もいっぱいあって。レコーディングの仕方とか制作の仕方の発見は多かったですね。サンプリングとかシンセだけで制作するんじゃなくて、マイクで音をレコーディングして制作するのは面白いなぁって感じたんです。昔の人はそれが当たり前だったし、昔の音源をサンプリングするともれなくマイクの音が入ってるんですけどね。

それまでは打ち込みだけで制作していたのですか？

良いコンデンサーマイクとかを持ってなかったし、サンプリングをやめてから引越しとかもあって、それまで持ってたハードウェアの機材を売って一時期プラグインだけで作ろうとしてたんです。MIDIだけで。でも、あまり方法とか機材のクォリティに捉われないで、自由にやっていいのかなって思うようになりましたね。

マイクで録音した音を使うことにどのようなメリットがありますか？

パソコンの中の音源だけで曲を作ってると音に特徴が無いというか。皆が同じ物を使っていたら、ミックスでけっこう音をいじらない限り同じ様な音になっちゃいますからね。他の人と同じ様な音が欲しい場合はプラグインは優れてると思うし、好きな様に音を加工できる人にとってはとても良いと思いますが。今は楽器の音とか声をマイクで録音するときは、環境音とか周りで鳴ってる音もそのまま取り込んで使うようにしてます。空気感とか、自分の制作環境の音をリアルに取り入れたくて。マイクはどこにでもあるようなものを使ってますよ。それが僕の現実なので。

RBMAに参加することで、音楽に対する姿勢やアーティスト活動に対する考え方に変化はありましたか？

国内だけにいると、外国に対するコンプレックスって音楽だけじゃなくてあると思うんですけど、実際にいろんな国の人たちと触合うと、みんな音楽好きの若者で自分となんら変わらないなぁって感じました。積極的な人も居れば、シャイな人もいて、自分らしくやればいいのかなって。Teebsの言動には何気に影響受けてるんですけど「Britney Spears からリミックスのオファーもらったらやる？」ってきかれて、オレはやらないかなぁって言ったんですけど、彼はやるって言ってたんですよ。カッコイイもん作ればいいじゃんって。そりゃそうだなって思いましたね。他にもいろいろありますけど、Teebsみたいなチルで独創的な音楽を作ってる謙虚で控えめなヤツにこんなこと言われたんで凄く印象に残ってます。さっきのマイクの話にも通じるんですけど、クオリティとかセオリーとか、トレンドみたいなものに捉われる必要はないのかなって。

2009年にcosmopolyphonic radioをスタートした訳ですが、どういう経緯があったのですか？

2006年に、Aroop RoyっていうプロデューサーとMyspaceで知り合ったんです。自作曲をCD-Rに焼いて持って行くとその場でかけてくれる、CDRってイベントがロンドンにあるんですけど、当時日本に住んでいたAroopや、今BLOCK.FMをやってるTakeru John Otoguroがabsolute!!ってイベントを青山Loopでやっていて、イベントの最初の1時間でCDRコーナーをやっていたんです。それで、Aroopに「Myspaceのあの曲良いから持って遊びに来なよ」って言われて。自分の曲をCD-Rに焼いて持って行ってプレイしてもらったんです。それまで僕は、特に発表の場もなく1人で音楽をやっていたので、たまにしかクラブに行くことは無かったんですけど、このイベントに通うようになったんです。そのうちイベントを手伝うようになって、イベントに来てくれるプロデューサー達と仲良くなって。それから程無くして、Kezくんが2007年のRBMAに行って、僕は2008年のに行って。僕が戻って来たときに、KezくんとRLPとでポッドキャストをやろうという話になったんです。言いだしたのは僕だったと思います。

なぜポッドキャストというフォーマットを選んだのですか？

当時、Myspaceで自分の曲をアップすることはできたけど、ミックスを配信するフォーマットはまだ一般的では無かったんです。そして、日本にはこういうサウンドを国境を越えて発信してるメディアもほとんど無かった。あと、海外のDJが日本のプロデューサーに連絡をしてきても、英語ができない人はちゃんとコミュニケーションがとれてないことも知っていたし、Myspaceページが日本語だけだと海外の人がリーチするのが難しいという現実もあったから、何かしたいと感じたんです。せっかく周りに格好良い音楽を作ってる人達がいっぱいいるから、そういう人達の音源をまとめて、英語で紹介して海外に向けて発信したいなと思って。同時に、日本で鳴ってない外国の音を日本にも紹介したいと思ったんです。

cosmopolyphonic radioをやることで、様々なアーティストにチャンスを与えることができたと思いますか？

僕らが紹介したから知られる様になったと言うよりは、音そのものに魅力があったからこそ人が反応してくれたんだと思いますが、そういうことが何かのきっかけになったら良いなぁとか、紹介させてもらった本人だけじゃなく、都市部以外の同じ様な境遇の人達や、みんなのモチベーションにもなったら良いなぁ、と思ってた部分はあります。作り手はシャイな人が多いと思うので、一歩外に踏み出すきっかけになったら良いなと。

Onra、Teebs、Pursuit Groovesなど様々な海外アーティストのジャパンツアーをサポートしてきたのも、同じような想いがあったからですか？

みんな、日本に来たがっていたし、当時日本であまり知られていなかったから彼らを紹介したいなぁ、と思いましたね。それで実際にツアーをするってなったら、cosmopolyphonic radioを聴いて彼らの音楽を知ってくれた人達から、「うちのイベントにも」って話が来たり。基本的にRBMAを通して知り合った人達を呼んだんですよ。

来日ツアーを実現させるのは大変でしたか？

僕はそもそもプロモーターでは無いし、最初はツアーを企画するってどういう事なのか全然解ってなかったんです。当時、Myspaceでモチベーションが上がってて、RBMAにも行ったばかりで、超ポジティブだったんですよ。「なんとかなるっしょ」みたいな（笑）。でも、終わってみると、お金のこととか、色々と現実もあって。何回かやってみて大変さを知りましたね。ジャンルにもよると思うんですけど、海外からアーティストを呼んでツアーを組むとしたら、アルバムを日本盤のCDでリリースしている人が理想ですよね。輸入盤と日本盤ではどうしても扱いが違うし、輸入盤やデジタルのみのリリースになると中々日本では広まらないから、そういうアーティストでツアーを組むのはちょっと難しい現状はありますよね。国内のメディアだとデジタルのリリースは記事であまり扱われないので、CDアルバムがまだひとつの基準になってると思うんです。

Onraとsauce81さんのHennessy artistryのインタビューで、日本のシーンについて訊かれたOnraが、「日本のクラブでは良い音楽がかかっているけど、来る人が少ない」といったことを話していましたね。

東京ってクラブや会場の数が多いから必然的にイベントも多くて、同じような音楽をやってるのに細分化が進んでいて、コミュニティが別れてしまっていると思うんです。細かい違いにこだわって、それぞれがやりたいことをやれる環境があるってこと自体は素晴らしいと思うんですけどね。例えばクラブが数軒しかない街だったら皆が同じクラブを共有するじゃないですか。違うジャンルのイベントにも行き来するみたいな。それが東京だと、クラブに来る人口に対して会場の数、イベントの数が多すぎるのかなって思うんです。

東京のそういった現状の中で、どういったイベントなら成功すると考えますか？

まずは、できるだけ他のイベントと被らないようにすることですかね（苦笑）。もちろん、そういうことばっかり意識すると結局なにもできなくなったりするんですけど、イベントをただやれば良いって訳ではないんじゃないかなぁって感じてます。もちろん、みんな考えてやってると思うんですが、イベントを作るって、自分の好きな音楽に対する気持ちだけじゃなくて、人と人だと思うんで、それをどう伝えるかとか、常日頃の活動の中で築いて行くものなんじゃないかなぁって思うんです。それに、アーティストが良い作品をリリースして、それを聴いてお客さんが来てくれるような状態ができたら良いですよね。

「カテゴライズできないものが好きなんです」

リリースと言えば、今年sauce81さんも念願のリリースをすることができた訳ですが、現在どういうお気持ちですか？

僕のことを前から"ラジオの人"として知ってくれてた人も、最近まで僕が曲を作ってるって知らなかった人もいるし、単純にリリースした音源を聴いてくれて僕のことを知ってくれた人もたくさんいるので嬉しいです。リリースするって大事なことだなぁ、って感じてます。それに、僕はまだアルバムのリリースがないので、早くリリースしたいですね。

cosmopolyphonicの活動を通し、様々なアーティストをプッシュしてきましたが、sauce81さん本人の作品のリリースは今年が初でした。意図的に、自身の活動より他のアーティストのサポートを優先していたのですか？

もちろん自分達の音楽も広めたいという思いもあってcosmopolyphonic radioを始めたんですけど、自分達が良いなぁ、と思える音を作ってる人達をプッシュすることに一生懸命になっていて、気付いたら自分のことは後回しになっていたというのは正直あります。

何故、最近になってリリースする流れになったのですか？

少しずつ作っていた曲があったし、そろそろ自分自身の活動をもっとしていかないといけないと思ったんです。それと、以前は海外のレーベルからフィジカルでリリースすることにこだわっていたんですが、契約書まで交わしておいて結局リリースされなかったり、連絡が途絶えることが多くて…下手に海外にこだわるより、国内から良いフィジカル・プロダクトを海外にも流通しているレーベルの人たちと知り合うようになっていたので、自然な流れでいくつかのレーベルの人たちに音源を聴いてもらったんです。

sauce81さんが作っているサウンドは、ビート・ミュージックという訳でもないですし、ヒップホップ、ハウスとも違うように思います。ご自身ではどう自分の音楽を表現しますか？

うーん、特定のジャンルとかシーンに属しているとは思ってないですけど、エレクトロニックなソウル／ファンク・ミュージックですかね。マシーン・ソウルとか、色々な言い方があると思います。DJを始めてから、より踊ることを意識して作るようにはなりましたね。

sauce81さんの音楽に一貫してあるのは、間違い無く“グルーヴ感”ですよね。

昔から“グルーヴ”は意識していて、ステップを踏んだり腰を動かす様な音楽が好きですね。あと最近は、“ヒップホップなテクノ”っぽいものを作りたいなぁと思ってます。ある種のエレクトロ・ファンクも今改めてかっこいいなぁと思ってるんですけど、それとも違う、J Dilla “B.B.E. (Big Booty Express)”とか、Waajeed “Tron”とか、なんかそういう、アルバムに一曲だけ入ってる感じの。ヒップホップでもテクノでもないと思うんですけど、そういうカテゴライズできないものが好きなんですよね。それこそ、フリースタイルな意味でのビートだと思うんですけどね。かつ、どっかで聴いた事があるような最低限のポップさもあって。それとはまた全然違うサウンドで、歌ものをもっとやっていきたいとも思ってます。

今後、cosmopolyphonicや個人の活動でどんなことを目指していますか？

cosmopolyphonicに関しては、今はRLPとTidalが中心になってやっていて、僕は自分の活動を優先させてもらってます。数年cosmopolyphonicをやってきて感じたのは、同じような番組を自分より有名な人がやっていたら、結局多くの人は有名な人のほうに惹かれますよね。だから、他の人の音楽をプッシュするにしても、もっと自分自身が存在としてステップアップしていかないといけないなって感じてます。もちろん、僕らみたいな無名な連中がやってたからこそ、「自分にもできるかも」って思ってくれた人も実際にいるし、自分等なりにできることをやって来たと思うんで、それはそれで良かったと思っていますけどね。来年からはDJではなく、ライブを中心にやっていけるようにしたいと思っていて、機材を揃えたり、どんなふうに形にするか考えているところです。