長期に渡って期待されていたLogic Proの改良版が発表されて2ヵ月が経過しました。今回のアップデートではクリエイティブな機能面で大幅な変更が加えられており、そのスケールの大きさから、ここで紹介する価値があると判断しました。今回はその中から特に重要な3つの変更点を取り上げ、音楽制作においてどのようなメリットが生まれたのかを見ていきます。

Drummer

今回のアップデートで最も大きな変更点と言えるのは、Drummerでしょう。これは通常のインストゥルメント／オーディオトラックとは異なる新しいタイプのトラックとなっています。Logic Pro Xでは各トラックにつき1つのDrummerエンジンを組み込めますが、多くのプロデューサー、特にエレクトロニック・ミュージックを得意とするプロデューサーは、この機能は特に必要ないと感じるかもしれません。というのは、「バーチャルセッションドラマー」という機能は、生ドラムをトラックに組み込む必要がない人たちにとっては使い道を見いだせないものだからです。確かにDrummerは新しくなったDrum Kit Designerをデフォルトのプレイバックエンジンとして使用していますが、その関係性は完全にフィックスされている訳ではありません。よって、Drummerを使ってサードパーティーのドラムマシーンを含む他のインストゥルメントを動作させることが可能になっており、このような使用方法を用いることで、面白い結果を生み出すことが可能です。つまり、生ドラムのニュアンスを808や909、MaschineやSparkなどのドラムマシーンのサウンドで表現できるため、独特のフレーズが簡単に生まれるのです。

Drummerの真価は、ドラムトラックがどう演奏されるのかが把握できるArrangeページ上で他のインストゥルメントに簡単にドラッグしてプレイバックできるという部分で発揮されます。ドラッグするとDrummerのトラックは通常のMIDIトラックに変換されてMIDIパラメーターの変更が可能になり、ユニークなサウンドを生み出せるようになります。

ビートなし：パッド、ベース、アルペジオのみのバッキングトラックです。

これにDrummerのトラックを加えます。

ここではAlternativeのカテゴリの「Nikki」というDrummerを選択しています。Fillsの量を増やしているので、バラエティ豊かな演奏が可能になっています。

このサウンドでも音楽的には特に問題がありませんが、今回は生ドラム以外のサウンドを使用したいと思います。よって、次はプレイバックに使用しているDrum Kit Designerをエレクトロニックなサウンドに変更してみましょう。

ここではDrum Kit DesignerをBattery 4に変更し、Swedish Kitを選択しています。演奏のニュアンスは以前と変わりませんが、ドラムサウンドは全体のアレンジによりフィットしています。

更にフィットさせるため、よりデジタルなドラムサウンドを使ってみましょう。また個々のサウンドをコントロールできるようにするため、新しいインストゥルメントを立ち上げて、Drummerをそこへドラッグし、MIDIトラックに変換します。

ここではSoniccoutureのKonkreteのRig Kitを立ち上げています。MIDIが変更できるようになったので、ハイハットのベロシティを下げ、最後のスネアのフィルの部分に複数のサンプルをアサインして、サウンドにバリエーションを持たせています。

最後にこのチャンネル全体をAUXバスへ送り、フィルターとディレイをかけています。このドラムパターンは、Drummerの生ドラムのグルーヴを使い、それからMIDIに変換して制作されたものです。Drummerを使えば生ドラムのニュアンスを自由に扱えるということを憶えておきましょう。

Smart Controls

次に紹介する新機能はSmart Controlです。複数のオートメーションの作成に苛立ちを憶えていた人には大きな助けになるでしょう。これはNative InstrumentのMassiveにおけるマクロのような機能で、リアルタイムに複数のダイアルやパラメーターを操作することが可能となります。Logic Pro Xでは、Smart ControlボタンをクリックすればLogicにデフォルトで付属しているプラグイン（インストゥルメント、エフェクト）の主要なパラメーターのダイアルが表示されます。よって、各プラグインのGUIではなく、ダイアルを使ってプラグインを操作することが可能になっています。しかし、Smart Controlの本当の実力は、複数のパラメーターをひとつのダイアルにアサインできる点にあります。以下にその方法を説明します。

まず空のプロジェクトにES1を立ち上げ、Saw Sequenceという名前のシーケンスを選択します。尚、カットオフ周波数を下げて、サウンドの低音を強調しています。次にSmart Controlボタンをクリックすると、Arrangeページの下部に主要なパラメーターのダイアルが表示されます。

このサウンドに2つのエフェクト用プラグイン、Tape DelayとPlatinumVerbを加え、ディレイと空間処理を行っています。Smart ControlのパネルはES1、Tape Delay、そしてPlatinumVerbと3つのプラグインのすべての主要なパラメーターにアクセスできるように変化します。

個々のパラメーターにアクセスしてサウンドを変化させるのは制作における醍醐味とも言えますが、今回はひとつのダイアルで複数のパラメーターを変化できるようにアサインしていきます。ここではES1のフィルター周波数をコントロールしているカットオフダイアルを使ってみましょう。Smart Controlsの左上に位置する“I”を押すと、Inspectorが開き、カットオフダイアルにアサインできるようになります。

この画面では、現在のアサイン「ES1 > Cutoff」が表示されていますが、右横に上下の三角形（矢印）が表示されています。これをクリックしてAdd Mappingを選択すると、このダイアルが操作するパラメーターを追加できるようになります。

最初にTape Delayのフィードバックの量をコントロールするパラメーターを追加しましょう。追加するとカットオフ周波数の変化と共にディレイのフィードバックの量も変化するようになります。方法は次の通りです。まずAdd Mappingを選択すると、カットオフの下に新たな枠が表示されます。デフォルトでは空の枠となっていますが、ここをクリックするとこのトラックに関連するプラグインが表示され、Tape Delayで使用できるパラメーターに簡単にアクセスできます。今回はその中からフィードバックを選択します。これでSmart Controlのカットオフダイアルで2つのパラメーターを同時にコントロールできるようになりました。

更にもうひとつパラメーターを追加しましょう。今回はリバーブのウェットコントロールを加えてみます。追加するとカットオフ周波数とディレイのフィードバックの変化と共にリバーブが深くかかるようになります。追加の手順はTap Delayと同じです。

これで3つのパラメーターをカットオフダイアルだけで操作できるようになりました。しかし、「カットオフ」という名前はアサインした操作の1/3に過ぎませんので、今度は名前を変更します。ウィンドウの上部にあるCutoffをクリックし、よりふさわしい名前を選択します。ここでは「Cutoff, Delay, and Space」を選択します。尚、ダイアル上ではこの名前は自動的に短縮されて表示されます。

これで3つのパラメーターを同時に操作できるようになりましたが、今回のトラックではすべてのパラメーターをフルレンジで変化させるつもりはありません。たとえばフィードバックですが、値が55%以上になるとリジェネレートされてしまいますので、それ以上の値にならないように設定します。またリバーブも40%を越えないように設定します。このような場合のために、Smart Controlのエディタは各パラメーターの動作範囲を設定できるようになっています。これはアサインリストとレンジ設定の下にあるOpenボタンをクリックすることで簡単に行えます。このボタンをクリックするとポップアップウィンドウが開き、各パラメーターの最小値と最大値が表示されます。各アサインリストをクリックすると、ダイアルで変化させるレンジが個別に設定できるようになります。

これでLatchを選択すれば、Smart Controlを操作してシーケンスに変化を加えることが可能となりましたので、トラックに動きが出せるようになりました。

Smart Controlにはもうひとつ便利なテクニックがあります。アサインリストの下部を見ると、エクスターナルアサインのオプションがLearnボタンと共に設置してあります。このボタンを押して、MIDIコントローラーを操作すれば、その動きをSmart Controlのダイアルにアサインすることが可能です。たとえば、MIDIキーボードのモジュレーションホイールを操作すれば、アサインされた3つの動作をMIDIキーボードから直接操作できるようになります。

この方法を用いれば、後からオートメーションを書き込むのではなく、パラメーターの変化をレコーディング時に直接書き込めるようになります。

Flex Pitch

Logic Pro Xの3つ目の新機能は、Flex Pitchです。これはLogic 9で導入されたFlex Editingの進化版で、オーディオファイルのピッチを操作することが可能です。Melodyneを使用したことがある人ならば、Flex Pitchの操作は簡単に理解できるはずですが、Logicに直接組み込まれたことによって、Melodyneを使用する際のオーディオファイルのバウンスのような、ポストエディットをする手間が解消されています。

Flex Pitchの機能を試すために、今回はシンプルな4パートのトラックを用意しました。一番上のトラックはLogicのループライブラリからインポートしたヴォーカルループですが、音程に多少問題があることが理解できると思います。このヴォーカルはビブラートで多少の揺れがある他に、「Music」の「sic」の部分のキーが毎回GからFへ下がっています。トラックのキーはCマイナーですので、これでは上手くハーモニーが生み出せません。

この問題を解消するためにFlex Pitchを使用します。まずFlex Editorをオンにし、ドロップダウンメニューからFlex Pitchを選択します。また選択したトラックのFlexボタンがオンになっていることも確認してください。Arrangeページ上の波形表示が変化し、Logicが検出した各ノートのピッチがブロック状で表示されます。これをより詳細に表示し調整を加えるには、Track Editorボタンをクリックし、画面下部にオーディオファイルとピッチを表示させます。

エディタ内の最初のブロックをクリック＆ホールドすると、Melodyneと同様にLogicはそのノートのピッチのサウンドを発します。また各ブロックの上下にはドットが表示されており、このドットを使って個々のノートに対するパラメーターを変化させることが可能です。このドットの上にポインタを動かすと、その機能へアクセスすることが可能となり、そのままクリックして上下にドラッグすればパラメーターが変化します。たとえばビブラートが大きすぎるという場合は、中央下のドットの上にポインタを動かし、値を変更します。

Flex Pitchでは複数のノートを同時に選択したり、コマンド+Aですべてを選択してすべてのノートの値を同時に変更させたりすることも可能です。すべてのノートを選択すれば、すべてのノートを一番近いセミトーンに一気に移動させることが可能ですので、全体のピッチが一度に調整できます。尚、各ピッチの調整はコントロールを押しながらクリックするか、シンプルにノートを上下にドラッグさせることで行えます。また、ハサミツールを使ってノートを細かくチョップすれば、メロディーを大胆に変化させることも可能です。

また最も便利な機能のひとつに、個別のゲインコントロールがあります。この機能を使えばノートごとのヴォリュームの変更が可能です。先ほど紹介したオーディオクリップを聴くと、最初のフレーズの最後に当たる「Come on and」の部分の音量が他と比べると小さいことが理解できると思います。この部分がやや埋もれてしまっているので、今回はGainを使用してブーストし、他の部分と上手くバランスが取れるように調整します。

今回は「Music」の部分をすべてEフラットに下げて、ハーモニーが成立するようにしました。またビブラートも調整した他、スペシャルエフェクトとして最後のノートをチョップして、ピッチを他のメロディーよりも1オクターブ低い位置まで下げました。変更を加えたヴォーカル部分がこのクリップです。

他のパートと組み合わせるとこのクリップのように聴こえます。