先月はDJブースの必需品であり、数10年に渡りそのスタイルが変わらなかったTechnics SL-1200を紹介した。この機材はDJ用機材であることはもちろん、私たちの知っている「DJミックス」を定義した製品で、キュー出し、スクラッチ、ピッチの上げ下げなどDJたちが音楽と触れ合うために行う仕草や操作は、この機材があってこそ生まれたものだ。そして1983年に買った製品だろうと、2013年に買った製品であろうとが、扱い方は同じである。

しかし、Technicsが世界各地のクラブに導入されてスタンダードな機材になり始めた頃、現場の情勢が変わり始める。DJという職業が台頭した頃、ヴァイナルは「推奨」フォーマットだったわけではなく、大量生産される音楽が聴ける「唯一の」フォーマットだったわけだが、ここ30年間でその部分にシフトチェンジが起こり、まずはCD、そしてインターネットとMP3が次々と登場。またコンピューターと共に音楽制作にも大規模な民主化が行われ、音楽がどこで、いかに、そしてどれだけのスピードで制作されるかという点が大幅に変化した。このような変化によってDJにとって重要な機材であったSL-1200シリーズが現場から排除されたというわけではなかったが、SL-1200シリーズだけではDJが対応できないという状況が生まれることになり、1994年に発売されたPioneer CDJがDJブースに一種の新たな信頼性をもたらすことになった。SL-1200シリーズがDJという作業が以前と変わらないことを保証する存在であり続けた一方、CDJは時代の流れに合わせて進化していった。

ダイレクトドライブ方式のターンテーブルのデザインが70年代後半にピークを迎えていた頃にテクノロジーが様々な方向へ進化していったという事実は非常に興味深い運命のいたずらと言えよう。まず1960年代から光学式記憶装置の開発を進めていたPhilipsがその技術を公開した1972年、松下電器産業（現Panasonic）がTechnics SL-1200を発表。そしてSL-1200 MK2が市販された1979年、Philipsは光学式記憶装置を正確で信頼できるものに変える「誤り訂正」技術を開発していたSonyと手を組んだ。

当時松下やPioneerなどの日本の電機メーカー数社も光学ディスク及びプレイヤーのプロトタイプの開発を進めていたが、CDの規格、そこに収録されるデジタル情報、そしてデコードにおける「誤り訂正」の標準スペック（業界での通称レッドブック）を打ち出したのはPhilipsとSonyだった。ブロンクスでターンテーブルを使用したヒップホップが生まれ、SL-1200を中心としたポップカルチャーが生まれた頃にあたる1982年から1983年にかけて（ヨーロッパと日本は1982年10月、アメリカは1983年3月）、最初のCDとCDプレイヤーが店頭に並ぶことになった。

針がサウンドの波形が刻み込まれたレコードの溝をなぞっていくというレコードの再生のメカニズムは簡単に理解できる。グルーヴがどうなっているか、そしてどう再生されるのかが視認できるため、謎めいた部分はない。一方、CDをプレイヤーに入れた時に何がどうなっているのかは謎めいて理解しにくい。CDのサウンドはCDのレーベル面の裏側の金属的な輝きを持つ表面に刻まれた数十億のくぼみ（ピット）が生み出しており、CDプレイヤー内のレーザーがそのくぼみを読み取り、そのくぼみとくぼみではない部分（ランド）に当てたレーザーの反射の強弱を読み取る。そしてこの差がデジタル情報として0か1に変換され（CDの情報ブロックである「フレーム」に格納される）、それをCDプレイヤーがデコードしてサウンドに変換し、スピーカーから出力する。また誤り訂正は堅牢で、ある専門家はCDに穴を開けてもプレイバックには問題ないと冗談半分に語っている。しかし、レーザーとナノメーターを使用するCDのピックアップシステムは、ピックアップとCDの読み取り面が物理的に接触しないため、かなりの精度が求められる。つまりリビングルームのハイファイとしては使用できるが、サブベースで溢れ返り、振動がつきまとうようなクラブではかなり異なった仕様が求められるという訳だ。

90年代中盤に搭乗したCDJのこれまでの歴史における大きなポイント及び変更点をPioneerのSimon Hartに挙げてもらった。

ヴァイナルエミュレーション
CDJが正式なDJ用ターンテーブルとして、そしてアナログのターンテーブルの代替製品として導入されるきっかけとなった大きな変更点でした。

クオンタイズ
Rekordboxでトラックの波形を読み込み、ミリ秒単位でビートをグリッドに沿わせることが可能となり、瞬間的に正確なループを組めるようになりました。

シンク
表面的にはDJという行為と矛盾している機能のように思えますが、いくつかのDJ用ソフトウェアで実現されているマルチレイヤーを行うには非常にパワフルでクリエイティブな機能です。

SD/USBメディア
長時間が必要だったCD作成がこれで必要なくなりました。rekordboxから簡単に波形やトラック情報、BPMなどを持ちだすことが可能になりました。

rekordbox
この管理ソフトによって、CDJ-2000がユニークな存在になりました。ワイヤレスネットワークを使ってCDJにデータを送ることができるようになりました。

Pro DJ Link
CDJ900、CDJ-2000、CDJ-2000nexusをネットワークリンクすることで、ひとつのデータを4つのCDJでプレイできるようになりました。

よってCDJ開発のルーツは同様にシビアな環境である車内用CDプレイヤーにあるというのも納得がいく話だ。Pioneer EuropeのシニアマーケティングコミュニケーションエグゼクティブのSimon Hartは「90年代初頭にカーオーディオにおける対振動技術で1位を獲得した後、弊社はデジタル技術を応用できる新しい分野を探していました」と開発に至る経緯を説明する。しかし、シビアな環境下でプレイバックできるCDプレイヤーの開発は数ある開発の中のひとつに過ぎず、当時から備わっていた再生、一時停止、早送り／巻き戻し、トラックのスキップなどの機能は、Technicsを使ってヴァイナルをプレイするようなDJたちを満足させるクオリティには至っていなかった。

そしてPioneerが市場に不足しているDJ用CDプレイヤーとして改めて開発したのが、1994年に発売されたCDJ-500だった（1992年に発表されたCDJ-300が初の製品だという説が随所で見られるが、Pioneer側は500が最初の製品だとしている）。その本体のデザインは初期の携帯電話のような魅力に欠けるもので、当時のCDラジカセのようにフロントパネルのボタンを押してパカンと開く蓋の中にCDを入れるというものだった。しかしながら、再生／停止は非常に素早く行うことが可能で、また蓋に組み込まれたジョグダイヤルを使ったキュー設定やピッチコントロールも可能となっていた。言い換えれば、CDJの基本性能はこの時に既に出揃っていたのである。

またCDJ-500はデジタルならではの機能を数多く搭載しており、簡単にループが作成できた他、マスターテンポ機能では楽曲のキーを変更せずにスピードを変化させることができた。CDJ-500によってPioneerはクラブへの進出を始めたが、特にSL-1200の代替品にしようとは思っていなかった。実際当時のCDJのパンフレットにはDJブース内のSL-1200の上部にCDJが設置されている写真が使われている。

その後、90年代を通じてCDJのラインアップは進化を遂げていく。96年に発表されたCDJ-500IIはループの時間が長くなり、マスターテンポにも改良が加えられた。そして翌97年に発売されたCDJ-500s（またはCDJ-700）はサイズが大幅に縮小され、オイルダンパー式の衝撃吸収システムが採用されたことで安定性が増し、この機種から本格的にクラブへの導入が開始されることになった。そしてエントリーモデルであるCDJ-100sが発売された1998年頃には、今となってはやや時代遅れのオンボードエフェクトの搭載があったにせよ、製品は現在の形に近づいたものとなる。

そして2001年にCDJ-1000が登場し、CDJは本格的にTechnicsのSL-1200シリーズの影から脱していく。面白いのは、これはCDJが影響を受けたターンテーブルのような機能性を追い求めた結果であるということだろう（CDレコーダーの価格の急落とダウンロードカルチャーの台頭はこの流れに影響を与えなかった）。CDJ-1000sにはヴァイナルモードが搭載されており、これによってCDJでのスクラッチが可能になった他、タッチセンサーを搭載したジョグホイールとユニークで視認性の高いディスプレイが搭載された。現在のCDJはSL-1200シリーズと大差なくインタラクティブな操作が可能になっているが、その操作感はSL-1200シリーズとは異なるものであり、超高速で行えるキューや再生（またメモリーカードへのキューポイントのセーブ機能）はアナログのターンテーブルでは対応できない機能だった。

また2012年のBoiler RoomでのDJ EZのセットのような、ワイルドなパフォーマンスもCDJによって成熟していく。キューボタンはサンプルのトリガーボタンとなり、ループボタンの組み合わせによる突っかかるようなサウンドエフェクトや（SL-1200シリーズのテンポの揺れやホコリによる針飛びに邪魔されない）スムースなプレイは、DJ側の想像力次第で無限に広げることが可能だ。またEZのようなスタイルではないDJにとってもクリエイティブな使用が可能になり、たとえばRobert JohnsonのレジデントでPanorama BarでもプレイするGerd Jansonはループ機能を使って楽曲を長尺に出来る点、そしてリンクさせた2台でのロングプレイが可能になっている点が気に入っているとしている。レコードをシンプルにミックスするだけの人でも、スムースなミックスが簡単に実行できるという点は否定できないCDJの魅力だろう。

ちなみにここ数年に渡ってCDJをメインデッキとして使用しているマンハイムのNick Curlyも、「ヴァイナルのプレイは、CDJよりもテクニックが必要になる。CDJを使えばもっとミックス自体に集中できて、観客とコミュニケーションが取りやすくなるんだ」とコメントを寄せている。

そしてヴァイナルピュリストにとっては残念ではあるが、テンポシンクやループのクオンタイズ、バックグラウンドで再生状態をキープしながらスクラッチできるスリップモード、そして次のトラックのキーを維持するソフトウェアなどの各機能は、CDJでのミックスをより簡単にしている。

論じるのが難しいのは、市販のCDというメディアの必要性自体を失くしてしまったという大きな変更点だろう。CD以外のメディアの読み込み機能が最初に導入されたのは、2002年に発売され短命に終わったCDJ DMP 555（日本未発売）だが、本格的に導入されたのは2007年に発売されたより一般向けのモデルCDJ-400だった。そして2009年にイーサネットケーブルで複数台をリンクさせることができるCDJ-2000が発売され、この変更は最終形を迎えることになった。物理的なメディアであるCD抜きでDJをすることは、2000年初頭にラップトップが台頭して以降ブース内では日常風景となっており、CDJの機能の殆どをカバーするより安価なコントローラーも数多く存在している。しかし、レコードボックスをUSBに置き換えるだけで、いちいちDJブースの設定を変える必要がないという簡易性は非常に大きい。そしてフラッグシップモデルであるNexusでは、もはや何かを差し込む必要さえなく、iPhoneから直接転送させることができるようになった。

物理的なメディアの排除のメリットは場所を取らないという点だけではない。というのも、オーディオCDは最長80分しか収録できず、音質にも限界がある（24ビットではなく16ビット）他、CD作成の時間やCD自体への物理的なダメージも考慮しなければならないというデメリットを抱えているからだ。この時点で、CDは殆どのDJにとってヴァイナルよりも低い位置づけにあると言えるだろう。しかし、現在のシステムではブースの下にしゃがみ込み、最新のトラックをDAW内と同じハイクオリティな音質で書き出し、ミックスに持ち込むことが1分以内で可能となった。CDJはフォーマットを問わず、また未契約なトラックもプレイ可能になっており、目まぐるしく変化しながら永遠に増え続けていくという「今」の音楽をターンテーブルスタイルでコントロールできるようにした存在なのだ。かつてTechnics SL-1200シリーズのサポート役でしかなかったCDJは、その急速な進歩によりついにトップの座を奪ったと言えよう。しかし、Gerd JansonはCDJが特定のDJには不十分な存在であることを次のように指摘している。「CDJじゃヴァイナルがプレイできないからね」