今時、エレクトロニック・ミュージック界でブレイクするとしたら、必要な条件は作品がネットにアップされている、良いアイディアを持っている、そして丁度良いタイミングで話題になる、これぐらいのことかもしれない。Joseph Longoが音楽活動を始めた時代と比べたら、随分と環境は変わったものだ。彼が音楽界に足を踏み入れた当時、音楽で名を売るとしたら時間をかけて少しずつ貯金し、機材を買い揃え、レコードを集め、スキルを磨いていかなくてはいけなかった。それ故に、現在の混雑したハウス市場での若手の横柄さや、恥知らずな自己アピールに対して彼が疑問を抱いているのは仕方の無いことだろう。

「自分のことをああだこうだ自慢してる奴らが多すぎる気がするんだ」と、目立ちたがり屋が大嫌いなLongoは言い放った。「俺は未だに自分のことを“アーティスト”だなんて言わない。俺にとってアーティストとは、表舞台に立って最前線で活躍している人達のことだ。自分のことをプロデューサーと言うようになるまで10年、12年ぐらいかかったよ」

Longoの名を聞いてあまりピンとこないとしたら、それが理由なのかもしれない。他のプロデューサーとは違い、25年のキャリアを通してこのニューヨークのプロデューサーは、注目されることを意図的に避けて活動してきた。だが、同時に彼は声を大にして誇るべき数々の偉業を成し遂げてきた人物でもある。彼が世界有数のレコーディングスタジオでエンジニアをして経験を積んだことや、伝説のレコード店で働いていたこと、そしてSadeの曲をリミックスしたこと、Eric B & RakimやDeee-Liteといったアーティストと仕事をしたことなどを考えると、何故彼がMasters At WorkやTodd Terryほど評価されていないのかが不思議になってくる。多くの音楽ファンが一度は耳にしていながらもアーティスト名は挙げられないようなクラシックスを幾つも発表した彼は、結果的にハウスミュージック史の隠れたカルト・ヒーローとなったのだ。

「ニューヨークはどれくらい暑いかって？」と、Longoはこんな例え話で会話を始めた。「悪魔が自転車に乗りながらアイスキャンディーを舐めるぐらい暑いよ」。7月半ば現在、BBEからリリースされる2枚組の『Hot Music』のリマスタリングがもうすぐ終わろうとしている。Longoは嬉しそうだ。同作は1989年まで遡る彼の代表作を集めたコンピレーションだ。この作品の登場で、彼のオフビートなハウスやヒップホップ・サウンドが若い世代の耳へと届き、新しいファン層を獲得するに違いない。　

プレスリリースに「Bボーイイング、ブームボックス（ラジカセ）、ビート・メイキング—切り貼りしてミックス」という一文があるが、これはLongoの歩んで来た音楽的な旅路を簡潔に言い表している。ロング・アイランド出身の自称“田舎モノ”の彼は、ニューヨーク州立大学に通っていた頃にDJを始めたが、当時芽が出はじめていたヒップホップ・サウンドに魅了されていた。

「ニューヨーク・シティで育った俺は、ヒップホップに囲まれていた。その文化の中で産まれて、その文化の中で成長した」と、Longoは語る。「音楽好きだったら、皆“Rapper’s Delight”が出た時すごく興奮したはずだ。あの頃からラジカセで、ラジオで流れているクールな曲を録音するようになった。ストリートでは常にバトル状態だった」

Longoは大学を卒業し、4トラックのオープンリール・テープレコーダーとドラムマシンを手に入れるまで、音楽活動をしているという認識はもっていなかったと言う。マンハッタンの27丁目にてカミソリを使ってテープを切り貼りし、色々な曲を繋げてメドレーを作っている人を見かけて、インスピレーションを受けたと彼は話す。「テープに直接白い編集テープが貼られているのが見えた」と、彼は思い出す。「だからどこで切ったのかが解るんだ。すべてタイミングが完璧だった」

Longoは機材を買い揃えながら、レコーディングスタジオの世界に身を置いた。Run DMC、LL Cool J、EPMDといったアーティストたちが名曲を次々に産んだ場所として有名な、クイーンズにある伝説のPower Play Studiosにて、彼はまずインターンとして働き始めた。ヘッドフォンの修理、機材の発注、テープマシンの調整、マニュアルのコピーなど、Longoは雑務をこなしながらノウハウを少しでも吸収しようと頑張った。

「メンテナンスをしばらくやったあと、セカンドエンジニアの座についたんだ」と、彼は言う。「ファーストではなくてセカンドを選んだ理由は、毎日スタジオにいたかったからだ。ファーストエンジニアはクライアントの専属になってしまう。パッチベイの隣に座ってSSLのミキサー卓でトータルリコールなんかをやっていて、クライアントのテープの場所も解ってたから、俺はこのスタジオにとってかなり重要な人材だったんだ」

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Power Playの出勤日じゃない日、 Longoはニューヨークの有名レコードショップの１つ、Vinylmaniaで働いた。1978年にCharlie Grapponeがオープンしたこの店は、ニューヨーク市のハウス／ディスコ・シーンの中心地であった。Longoは1986年から1990年ぐらいまでの間当店で働き、ダンスミュージックが激変していくのを目の当たりにした。「学校みたいだったよ」と、彼は言う。「色々な音楽に触れることができたし、人はどういう曲にどういう反応をするのか見る事ができて、DJとしてとても貴重な体験だった」

「俺は優れたセールスマンでもあるんだ」と、彼は付け加える。「客にまずこう訊くんだ。“今日の予算はおいくらで？”とね。向こうが、“良いモノが入ってるなら・・・”と、言い出すと俺は間髪入れず、“ならコレ、コレ、コレ、そしてコレを買うべきです”と、レコードを差し出すんだ。そのうち客は店に入ってくるなり、“Joey、何買えばいい？”って訊いてくるようになったぐらいだ。視聴すらしないで買って行くんだ。客が戻って来て“Joey、ちょっと好みじゃなかったよ”って言われたときも何回かあったね」

Vinylmaniaの常連客の中には、パジャマ姿でレコードを買い漁りに来るLarry Levanの姿もあった。ハウスミュージックの転機となったこの重要な時期にニューヨークのレコード好きから信頼を集めていたLongoは、街の最高峰のナイトクラブとも繋がりを持っていたと言う。

「Paradise Garageは行っていたが、常連ではなかった」と、Longoは言う。「仕事のあと、小さなロフト・パーティーに良く行っていた。音楽が良いんだ。汗臭い、暗い部屋にDJが勝手に機材を持ち込んでパーティーをやっているだけで、口コミで情報が広がって、現実逃避したい人々が集まるんだ」

スタジオ・エンジニアとレコード店の店員という立場であったため、Longoの元に若手ハウス・ミュージシャンがアドバイスを求めてくることが良くあり、彼はこの街のハウス・シーンのアイデンティティの形成に貢献した。プロデューサー達はPower Playまで来て彼に音源を聴いてもらい、Vinylmaniaで売れるかどうか訊くのであった。Longoはこう説明する。「曲を作ってる人にダメ出しをして意気消沈させるようなことはしたく無かった。大抵の場合、何曲か持って来てもらって、その中からベストだと思うのを選んでいたよ」

1989年になる頃、それまでたまにプロデュースに手を出していただけのLongoは、本格的にトラックを制作するようになった。そして2つの名義を使い分け、「Underground Classic」という怪しいタイトルを名付けたスプリットシングルをKool Groove Recordsからリリースした。この大胆なネーミングは、結果的に未来を予言していたと言える。同作にはEarth People名義の"Dance"という曲と、Soho名義の"Hot Music"が収録されていた。前者はChicとCarl Beanの曲を効果的にサンプリングした、ポジティブなパワーに溢れたダンスフロア・ナンバーであり、ディスコをループしたプロダクションスタイルが流行る何年も前に出たこの曲は、現在でもフレッシュさを失っていない。後者はWynton Marsalisの曲の奇跡の3秒を切り取ってループさせ、凄まじいドラムブレイクと組み合わせて影響力の強いグルーヴを産み出した名曲であり、後にEPMDやK-OS、Missy Elliot、Ghostface Killahまでもがサンプリングした。

これほどまでに歴史的な作品でデビューを飾った彼は、その後1990年と1991年にPal Joey、あるいはその他数多の名義を使って次々とレコードをリリースしていった。中でも代表的なのはDreamhouse名義の、切り刻まれたネタが絶妙なパーティー・チューン、 "I Can Feel It"や、Espresso名義のブリープ・テクノ作品、"Lets Get Down"など。そしてこの時期にHouse Conductor、Beautiful People、Roots Foundationといった名義で発表した楽曲も忘れてはならない。

「色んな名義を使ったのは、その名義のサウンドが人気になったら、そのサウンドを追求すればいいと思ったからだ」と、Longoは説明する。「全ての作品にPal Joeyと表記していたら、“この人、前はハウス・レコードを出していたのに、今回のはヒップホップ・レコードかよ”って反応になるからな。だから別名儀を使い分けることで変に目立つことなく、好きにサウンドを変えることができたんだ」。当時の彼の様々な名義の作品を聴き比べると、ありとあらゆるアイディアを試し、どんな曲が良い反応を受けるか試行錯誤を繰り返していたのが伺える。2作目をリリースしなかった名義もあるが、その能動的なアプローチはどの作品にも現れる彼特有のオフビートさに繋がっていた。

そのアプローチが最も如実に現れているのが、Pal Joey名義で作品をリリースするために立ち上げたレーベル、Loop D' Loopの作品群だ。1990年リリースの#1に始まり、24番目まで続いたこのシリーズは、サンプリングの多用、巧妙なビートエディット、そしてしっかりと効いた低音が印象的なダンスフロア・ナンバー揃いだ。「Loop D' Loopの曲は癖のあるものばかりだった」と、Longoは認める。「大抵はインストものだった。“ロスト”トラックと呼んでもいい」。変わった楽曲であったとしても、#2の"Partytime"などはヒット曲以外の何物でもない。このレーベルからリリースされたレコードの大半に、同じ事が言える。

「俺は自己中心的なDJ、プロデューサーさ」と、Longoは言う。「まず何より、自分のためにやる。良いと思ってくれる人がいたら嬉しい、ぐらいに考えている。何でもそうだが、多くの人に好かれる曲もあれば、そんなに支持されない曲もある。中にはまったく好まれない曲もある。しかし俺はどの曲も大好きだ。医者になった子もいれば、弁護士になった子もいて、はたまたガソリンスタンドでバイトしてる子もいるが、皆俺の大事な子供なのさ」

ニューヨークのハウス・シーンの最前線で活躍していた同時期、LongoはスタジオのエンジニアとしてBoogie Down Productionsなどと深い関わりを持つようになった。BDPの最後のアルバム、『Sex and Violence』にトラックを提供しただけでなく、"Love's Gonna Getcha (Material Love)"のPVでは、ずる賢いドラッグディーラーRob役を演じていた。

それ後もLongoは新しいプロジェクトをいくつもキックオフし、歌モノ重視の作品をリリースするCabaret Recordsなどを立ち上げながらも、彼のルーツであるヒップホップとハウスを探究し続けた。色々なプロジェクトを立ち上げるたびに新しいサウンドを繰り広げる彼だが、彼の音楽やダンスミュージックを細かくカテゴライズする動きに対しては異を唱える。「3/4拍子のハウスミュージックが出て来て、それで皆が踊ってるなら話は別だが、同じ4つ打ちのリズムだったら、細かく別けて考える必要は無いさ」

ベルリンで最近DJする機会があり、この考えはより確固たるものになったと彼は言う。近年のクラシック・ハウスの再評価に伴い、彼は最近ギグのオファーを受ける頻度が上がっている。「巷じゃ“ハウスミュージックの再燃”だってよ！」と、彼は語る。「“今まで忘れていたお前らがアホなだけだ”と、俺は思ったよ。人は流行に惑わされ過ぎだと思うね。本当に好きなものだったらそんなコロコロ気持ちが変わるようなことは・・・まぁ、結婚相手だったら大好きな時もあれば大嫌いな時もあるかもしれないが、音楽だぜ？」

この信念は、彼が最初にテープエディットに魅了された時から抱いてきたものであり、流行に左右され、金に目がくらんで落ちぶれて行った者達とは違う道を辿って来ることができた理由だ。最初に手に入れた機材を未だに愛用していることを誇りに思っている彼にとって、自身の音楽を世に出すことが何より重要であり、売り上げは二の次なのだ。

彼が説明する。「このような音楽が大衆に受け入れられるようになるまで時間がかかることは解っていたから、とりあえず曲を出して、放っておいたんだ。過剰に悲しむことも、嬉しがることもしないで、ただ音楽を楽しむことに専念していた。もし人気だったら売り上げに反映されるだろうし、あるいはどこかで誰かに肩を叩かれて、“最高だぜ”って言われるようなことはあるだろうと思ってた」

誰にとってもそのように上手くいくとは言えないだろうが、少なくともPal Joeyの場合においては、頑固なまでに自分のペースを貫いていたことがやっと実を結んでいるようだ。20年以上ものキャリアを誇る状態で、カルト人気のステータスから上昇することができたなら、もうすでに“時代の流れ”などを意識する必要などないほどしっかりとした基盤が出来上がっている。彼は明敏なビジネスマンとも言えるし、間違い無く経験豊富なプロデューサーという肩書きも当て嵌まる。だが、本人は認めないかもしれないが、何よりもLongoはクリエイティブなアーティストの魂を持っている。そして、時代を超越する曲群を産み落とした彼は、間違い無くハウスミュージック史屈指の陰の英雄なのだ。