新しくスタートするレーベルの多くはリリースを重ねることで認知度を上げていかなければならない。レーベルを経営する人間が無名の場合は特にそうだろう。レーベルのサウンドやビジュアル、そしてビジョンが確立されて初めて私たちはそのレコードを買い始めるという訳だ。しかし、White Materialの場合は通常とは異なり、急速にシーンの中で認知されていった。これまでリリースした4枚のEPは瞬く間にソールドアウトとなったことでDiscogsでの価格も高騰。入手できないファンたちは狼狽している。

White Materialは、独特のスタイルを持った風変りなアーティストたち、枚数限定のリリース群、そして緻密に練られたアートとしての方向性を売りとしているが、これらは特に目新しいものではない。ただし、スタートからここまでしっかりとこれらの要素を「まとまった形」で提示できるレーベルは少ない。これまでの4枚において、White Materialの中心アーティストである3人はモノクロなテクノ、エクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージック、そしてDance Maniaから影響を受けたようなトラックから柔らかなディープハウスまでの様々なハウスの展開に成功している。

レーベルを運営するYoung MaleことQuinn TaylorとDJ Richard（本人の希望により本名は伏せておく）は、元々ロードアイランドのプロヴィデンスにあるエクスペリメンタルなノイズミュージックシーンで活動しており、お互い様々なバンドでのプレイなどを通じて定期的に顔を合わせる仲だった。尚TaylorとRichardは共に名門ロードアイランドスクールオブデザインに通っていた学生でもあり、RichardはレーベルメイトであるGalcher Lustwerk（Richard同様本名の公開を望まなかった）と共に同大学を卒業している。

彼らが卒業した2010年、3人はプロヴィデンスからニューヨークへ移住した。以前からエレクトロニック・ミュージックに対する模索を続けていた彼らは、ニューヨークへ移ると同時にお互いのトラックを交換し合うようになる。「（交換したことで）全員が実は偶然にも同じようなことをやっていたことに気が付いたんだ」DJ Richardは当時を振り返る。

「（3人で）一緒にレコードを買って聴いたり、どこかへ出掛けたりしていたね」と付け加えるTaylorは、やがて3人のトラックをリリースする必要性を感じるようになったと言う。「シンプルでナイスなデザインだけがされているレコードが他のレーベルからリリースされているのを見て、僕たちにだって出来るじゃないかって思ったんだよ」

Young Maleによるヒプノティックでグルーヴィーなテクノが3曲収録されている記念すべき1枚目のリリース“All R”EPは、セルフディストリビューション、300枚限定でリリースされた。Taylorのサウンドは非常にダイレクトで、余計なものを取り除いたシンプルな音像だが、低いテーブルに置かれたTR-909を観客が取り囲む中で展開される彼のライブセットでは、プロヴィデンスで培われたアート／ノイズ的なルーツが垣間見える。

こうして完成した“All R”を手に、Teylorはニューヨークの2大レコード店、A1-RecordsとHalcyonを訪れることになった。「Halcyonは2枚買ってくれた。というか、正確に言うと3枚を2枚分の金額で買ってもらった。1枚はまぁ、お店へのプレゼントみたいなものだったんだ」次にA1-Recordsへ行くと、L.I.E.SのRon Morelliが店に立っていたとTalyorは振り返る。「彼は店の奥の方へ持って行って聴いてくれた。そして『普段はこんなことやらないけど』って言って、3枚買ってくれたんだ」またA1-Recordsの客からはWhite MaterialがL.I.E.Sと関係があるのかと訊ねられることもあったようだ。「お客には『L.I.E.Sのサブレーベルなのかい？　というのは普通ならRonのレコード以外あの店は新しいレコードを扱わないからさ』なんて言われたよ」とDJ Richardが続ける。

こうして取り扱ってもらったことでとりあえずレーベルとしての活動は形になったが、その後ベルリンのHard Waxが取り扱ったことにより、その認知度は急速に高まっていく。Taylorは夏の間に工場で働き資金を貯めるとベルリンへ渡った。「20枚を持ってHard Waxへ向かったんだ。「DJ Peteが働いていて、『気に入ったら連絡するけれど、そうでない場合は何も連絡をしないから』と言われた。でも翌日の朝8時に『持っているレコードを全て買うよ』と言ってもらったんだ。それでもう1箱レコードを運んで、その場で支払ってもらった」

Taylorは自分たちがブレイクしたことについて喜びを隠さない。「買い取ってもらった日にHard Waxのサイトを見たら、自分のレコードが一番上に掲載されていた。だからその数日後に友人にそれを見せようと思ったんだけど、見つからなかった。それで初めて売り切れたってことに気が付いたんだ」自分たちの音楽のクオリティに対する信念はこうして証明されたことになったが、同時に彼らが考えていなかった「成功」も手に入れることになった。「レーベルをスタートさせた時は、ディストリビューションが何なのかも知らなかった。レコード屋の店頭価格よりも安い価格で卸すというシンプルなコンセプトさえ理解していなかったんだ。実際300枚だって多すぎるって思っていたし、自分の分の殆どは譲っちゃったしね」

DJ Richardが続ける。「50枚売れればOKと思っていた。作品を売るということについて俺が知っていたのは、ノイズのライブでカセットを売ることだけだったからさ」

White Materialは前述の通り名門アートカレッジにそのルーツを持っているが、その点を考慮するとYoung Maleのレーベル面に押されている「Working Man’s Techno」というスタンプは、陳腐で偽善的なイメージを与えるかも知れない。しかし、このレーベルをスタートさせるための資金は本人がハンマーやノコギリなどを作る工場で働くことによって捻出された。「一日中メッキや研磨をやって、家に帰って来てから音楽を制作していた。だから『これは労働者の音楽だ』って思ったんだ。素晴らしいアイディアだと思ったよ。僕は酷い仕事をしている人たちのための音楽を作りたいと思ったのさ。それが僕の現実だったからね」Taylorは説明する。

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White Materialの2枚目のリリース、DJ Richardの“Leech 2”は、クラシックなゲットーハウスのスピリットを想起させるタイトルトラックが含まれており、Young MaleのEPよりもやや軽い雰囲気を携えているが、残りの3曲は奇妙でエクスペリメンタルな方向性を提示している。そしてこのEPもリリース後すぐに話題となり、残っていた“All R”の販売にも貢献することになった。「（レーベルは）雪だるま式に大きくなっていったんだ。昨年の冬は郵便局にDJ Richardのレコードを60枚持って行ったよ。仕事場に持って行って、昼休みに郵便局に行って世界各地のレコード屋に向けて送ったんだ」Taylorが当時を振り返る。

1枚目と同様、“Leech 2”も自己資金、そしてセルフディストリビューションでリリースされた。DJ Richardは「自分の貯金すべて」を投資してEPをリリースしたと言い、「半年間貯金したよ。車や色んなものを売ったね」と振り返る。そして“Leech 2”がリリースされる頃にTaylorと同様ベルリンへ向かったが、DJ RichardはTaylorとは異なりそのままベルリンへ住むことになった。今はソロ名義、そしてDialの設立者の1人であるCarsten Jostとのコラボレーションの制作に励みつつ、Berlin Community RadioでレギュラーDJとして活動している。

そして続く3枚目はGalcher LustwerkによるEPで、そのシンプルなスタイルはWhite Materialのファンに最も人気があると言って良いだろう。ディープハウス的なパッドとコードの上にスポークンワード的なヴォーカルが配置された独自のスタイルはLustwerkのトレードマークとなっている。2013年にリリースされた数々のデビューEPの中で、この“Tape 22”EPはベストEPのひとつとして認識されているが、彼の作品だけで構成されたBlowing Up The Workshopの"100% Galcher"を聴く限り、この先も期待できそうだ。本人は自身の音楽的な特徴について、「ヴォーカルについては元々ラップのレコードを作ろうとしたことから始まったんだ。それから言葉を使ってコミュニケーションを取るというアイディアにのめり込んでいった。でもあくまで暗示的に用いるだけで、明確な意味を持たせることはしていないね」と説明している。

White Materialのリリース群はオンライン上で一時70ユーロ程度の高値がついた。Discogsを頻繁に使う人たちはこのサイトが他のマーケットプレイスと同様のシステムであることを知っているが、各リリースが限定300枚だったことで、需要が供給を上回っていた。3人は自分たちの音楽を求める大きな声に驚き、やや辟易しつつも、多少は誇りに感じているようだ。DJ Richardは頭を横に振りながら次のように言う。「Discogsで売りに出されている俺たちのレコードが『Mint、New、Unplayed』（新品・未使用）と書かれているのを見ると、俺たちはプレイするために、そして聴いてもらうためにレコードを作ったのにって思うよね」尚、音楽ジャーナリストとして評価の高いPhil Sherburneは最近のSpin誌のコラム上でWhite Materialを称賛すると共に、「リプレスかデジタル化をするべきだ」と軽く苦言を呈している。

ちなみにWhite Materialは過去4枚の作品すべてのリプレスを予定しており、（デジタル化は当分されない）これはPhil Sherburneやファンにとっては嬉しい話だろう。またワールドワイドのディストリビューションをロンドンのHonest Jon’sが担当することになった。Taylorは状況の変化について次のように説明する。「僕たちのレコードに対する需要があるのはラッキーなことだし、もっと沢山の人に手に入れてもらいたいと思う。というのは、僕たちはクラブでプレイするための音楽を作っているわけで、クラブで聴いてもらって、自由に踊ってもらいたい。この先もディストリビューターがちゃんとその分を支払ってくれるのであれば、リプレスをするよ」

また今年のUnsound festivalでのショーケース開催を持ちかけられたこともWhite Materialを勢いづかせた。ポーランド・クラクフで毎年開催されるこのフェスティバルはラインアップの先見性において高い評価を得ているが、実際White Materialに出演の話が来た時も、彼らはまだ2枚しかリリースしていない状況だった。「メールを受け取った時は、『何だ？　本当に俺たち宛てのメールかな？』って思ったよね。レーベルパーティーをしたことすらない無名の僕たちを呼ぼうと決めてくれたオーガナイザーの度胸は本当に凄いと思う」DJ Richardは振り返る。

彼らはUnsoundのレーベルショーケースの他にもロンドンとグラスゴーでレーベルの名を冠したパーティーを開催したが、3人が順々にプレイするこれらのパーティーは、彼ら3人が異なった魅力を持っていること、そして彼らがひとつのユニットとしていかに機能しているかが確認できる。「（ショーケースでは）お互い違ったビジョンを持っているのに、どういう訳かひとつのグループとして機能していることが良く分かってもらえると思う。それが何故なのかはよく分からないし、別に分析しようとも思わないね。単純に長年一緒に過ごしている友人だからなのかも知れないな」Taylorは説明する。

そしてこのチームワークは4枚目のリリースに共同名義White Materialとしてリリースされたことでより強固なものになった。注意深く聴けば誰がどのトラックを制作したかが理解できるが、匿名性がこのリリースの目的ではなく、「僕たちのチームとしてのまとまりとビジョンを示したかった」とTaylorは説明する。また次のリリースはこれまでの彼らにとっての案内役的な存在だったMorgan Lewisによる作品が予定されている。Lewisによってダンスミュージックに開眼したと3人が口を揃えて称賛するこのロードアイランドを拠点に活動するアーティストについて、Galcher Lustwerkは「熟練のDJ」と説明してする。そしてこのリリースの後は、彼らと同じ大学に通っていたAlvin Aronsen、そして更にはYoung Maleの2枚目が予定されている。

3回のショーケースは明らかに彼らに刺激を与えたようだ。Taylorは今月ロンドンで開催されたパーティーについて「レーベルを良く知っているお客さんと友人」が大半だったと振り返り、次のように続けた。「友人と一緒に、そして友人のためにプレイする時が一番楽しい。地元プロヴィデンスではそうだったからね。僕を好きな人、そして僕が好きな人たちがいる場所で自分が取り組んでいる何かを披露することで彼らがパーティーを楽しんでくれる－これに一番興奮するね。こうやって続けていくことで他の都市でも面白い人たちに出会えればと思うよ。パーティーを楽しむこともクールだけれど、仲間を増やせることの方が嬉しいんだ」