先月グライムシーンは混戦状態となった。“Wearing My Rolex”で知られるプロデューサーBless BeatsがTwitter上で仲間に向けたトラック“Wardub”を発表したことが発端となり、その仲間が次々と反応。やがてあらゆる世代と種類のプロデューサーたちがオンライン上でそれぞれのバージョンの“Wardub”を発表しあう事態となった。

シーンで活躍しているレジェンドWileyや最近急成長しているPreditahやFaze Miyakeが早々にこのムーブメントに参加した数日後、今度は第2戦とも言える動きが起こる。ブリストルのKahn & Neekがラガ的要素を盛り込んだ“Soundboy Obliterator”を発表すると、KeysoundのWenが凶悪な“Bombardedを発表。そして急速に人気を高めつつあるSamenameとBloomがスキルを競い合うと、今度はSub.fmのDJ Threnodyがその一歩先を行く形で本流とは別のコンペティションをオーガナイズ。Dark0やArctic、BreenやStrict Faceが参加した。

グラスゴーの若手Inkkeもこの一連の流れに参加したアーティストだが、彼の“War Dub”ではBoy Better KnowのJammerがアトランタのラッパーWacka Flocka Flameに音楽を教えるという、Grime Dailyのインタビューがサンプリングされている。このインタビューは、イーストロンドンのプロデューサーFootsieによるトラックがUSのトラップラップとの区別がつかないと困惑しているFlockaに対し、Jammerが「This is grime… grime music」（これがグライムだ）と説明するという内容だが、Inkkeはそのフレーズから“Nah nah,... No way”（そんな訳ないだろ）というサンプルに繋ぎ、その後PreditahとDarg E Freakerの作品をサンプリングした凶悪なマッシュへと展開している。

このInkkeの手法は、グライムの新世代の典型とも言えるものだ。彼らの多くはまだ若く、また地理的に分散しており、ロンドンを中心としたグライムシーンとはほとんど関わりを持っていない。しかし、10年以上を経た今、彼らはその彷徨える精神を拾い上げ、ロンドンの外へグライムを持ち出している。

上記のアーティストたちはほんの一部に過ぎず、彼らの他にもここ数年で登場したGlacial Sound、Mr. MitchのGobstopper、EpochのEgyptian Avenue、そしてLiminal Sounds（ブログclued-inのレーベル）などが存在する。また、メディアではSlew Dem DJ SpookyのDaja Vu FMの番組が今のグライムをプッシュしているパイレーツラジオ局のひとつと見なされており、Rinse FMのDuskとBlackdownがホストを務める番組も重要と見られている。更に、上記のアーティストの中にはKeysoundのコンピレーション『This Is How We Roll』に参加している者もいる。彼らに共通しているのは、スタイルのテンプレートが決まっておらず、テンポも様々であるということで、これはシーン自体が非常に良い状況にあるという証しと言っても良いだろう。簡単に言ってしまえば、グライムは数年前と比べて活気のあるシーンになっているのだ。

このルネッサンスとも言える動きは、急に始まった訳ではない。グライムは存在し続けており、数年ごとに新しい層がその魅力に気づくというループが展開される。例えばUntoldの2009年のスマッシュヒット“Anaconda”や最近のBok Bokの矩形波がうなる“Silo Pass”などがその一例と言えるだろう。ちなみにBok BokのレーベルNight Slugsは新世代の中で最も大きな影響力を持っている存在と言え、存在そのものがMumdance & LogosのJam Cityスタイルの幾何学的作品“Drum Boss”や、Inkkeの“L-O-K”、そしてNeanaのジャージーハウス／ボールルーム的な作品などの新しい作品の創出に繋がっている。

またハウスとテクノの偏在性もこのムーブメントの大きなパートを担っている。4/4のキックがロンドンなどで飽和状態を迎えており、その地位を崩そうという何かが登場するのは必然だったという訳だ。Visionistとして活動するLouis Carnellはまだピークを迎えていないとする。「オリジナルのグライムシーンのプロデューサーたちの多くはもうグライムを作っていない。だから新しい奴らが入り込めるスペースはまだまだあるんだ」そう説明するCarnellはグライムシーンに長く関わっている人物だが、今はかつての自分のヒーローだったアーティストたちに失望していくばかりだとし、DJ cameoのニュープロジェクトFGM（Future Grime Music）を引合いに出して、最悪な作品だと吠える。このプロジェクトの作品 “Win”では「The Sun is Shining bright / Money on my mind」というコーラスがライトなトランスラップ調で歌われており、またかつてシーンの中心的MCだったScrufizzerやDot Rottenがヴァースを担っている。「奴らはグライムの精神を完全に殺してるね。でも彼らにとってはこれがグライムの未来ってわけさ。グライムを生みだしてメジャーレーベルに進出することが自分たちの未来だって思っているのさ」Carnellは続ける。

Visionist

そのCarnellは彼らとは別のグライムの未来を示している。彼が最近ニューヨークのLit City Traxからリリースした“I'm Fine”EPは、ネット世代独特の非現実的なサウンドパレットが8小節ループの上で泳ぐような作品となっているが、このサウンドに大きな影響を与えたのは、ロンドンで開催されたTri Angleのレーベルショーケース（本人は『目を閉じて抱き合っている人たちがいて、最高だった』と振り返っている）だったようだ。Carnell自身のように（Carnellはブリクストンとノッティンガムで幼少期を過ごしている）、Visionistの音楽も様々なルーツを感じさせ、そのアイデンティティは流動的と言える。これはホワイト盤と00年代中頃のパイレーツラジオを中心としたシステムが崩れ、またMCを中心としたミックステープカルチャーがインターネットに取って代わられた「特定の土地を持たない」今のグライムシーンにはピッタリと言えるだろう。

シーン全体のネットへの移行は、これまでグライムシーンで重要な意味を担っていたMCたちにとっては喜べない状況だった。Slackkとして知られるPaul Lynchは、「MCにとってはYouTubeの世界になっていってしまったということなんだ。最後に優れたMCのミックステープを5、6本見かけたのはいつだったかももう思い出せないね。多分2009年か2010年だったと思うけど」と振り返る。しかし数年に渡ってラジオのアーカイブをアップし続けたGrimetapesを運営し、ロンドンを拠点にグライムシーンのすべてを見てきたLynchは具体的な年を知っているはずだ。「俺に言わせれば、MCは全部終わっちまったね」－彼が言いたいのは要するにこれなのだろう。Lynchはその理由を次のように説明する。「MCたちはMCを辞めてラッパーになっていったんだ。グライムのMCたちがやろうとしていることと、プロデューサーとDJが目指していることの間にギャップが生まれて、そのギャップは徐々に大きくなっていった。グライムのプロデューサーたちはMCたちのためじゃなく、自分たちやDJのために曲を作るようになっていったのさ」

Lynchは最近の作品の多くで、MCが使用していたスペースをリッチで流動的なサウンドのアレンジやメロディー的な要素、そして今までとは違う楽曲構成（Local Actionからリリースされた“Failed Gods”EPなど）で埋めている。このような作品の他に、毎月のDJミックスの提供や、NTS Radioのレギュラー番組、そしてLogos、Mr. Mitch、Oil Gangと共催するパーティBoxedなどの活動を積極的に行っている彼は、インストゥルメンタルにフォーカスした新世代グライムシーンの中心的存在として見られている。BoxedはLynchが言うところの「変わったグライムを大きなサウンドシステムで6時間プレイする」というシンプルなコンセプトでスタートしたパーティだが、ロンドン市内の複数のヴェニューでの開催を経て、状況は徐々に好転してきており、今年の10月4日にはfabricデビューも果たしている。しかし、Lynchは控えめな態度を崩さない。「俺は小さくて汚い場所の方が良いと思う」そう語る彼は、自らが良く通っていたダブステップを生んだパーティFWD>>を引合いに出す。「グライム版FWD>>を目指しているなんて言いたくないけど、同時に薄暗い小部屋に音楽好きがギッシリ詰まっていたあの雰囲気が理想だという自分の気持ちも否定できないね」

確かに彼らのパーティのバイブ自体はFWD>>に影響を受けているかもしれないが、インストゥルメンタル・グライムのパーティという意味では他から影響を受けている。その「他」がButterzだ。ここを率いるElijahは2010年代に入る直前のシーンについて、「マジで何もなかったよ。パーティに誰も来ないんじゃないか、そういう（金銭的な）余裕もないだろうなってみんな思ってたよ。ヴァイナルがリリースされないのも同じ理由だと思うよ。まぁ、最高の作品を上手にプロモーションできれば違うけどね」と語る。しかしElijahは大学の友人Skilliamとグライムが沈静化していた頃にもパーティを開催し、ヴァイナルのリリースを続けてきた。

Lynchも指摘しているが、Butterzの音楽的「美学」は独自のもので、それはRoyal-Tの生々しいトラック“Orangeade”やベテランTerror Danjahの凶暴なトラックを聴けばオリジナルであることは理解できるだろう。しかし、MCを外してインストゥルメントにフォーカスするという音楽的「手法」は数多くのレーベルやアーティストに影響を与えている。「Butterzの台頭、そしてP JamやTerror Danjahの復活は大きな影響を与えている。彼らはグライムがMCを中心にしなくても良いというアイディアを押し出したからね。それでも成り立つということを彼らは示したんだ」Lynchは説明する。

Slackk

Butterzはグライムが急激に変化を遂げる2010年にスタートした。「カタログの3番をリリースする前の段階でグライムを中心に扱っていたレコード屋、Uptown RecordsとRhythm Divisionが閉店したよ」Elijahは当時の厳しい状況を振り返る。しかし、2人はインターネットのバズを活用したり（Terror Danjahの初期シングル“Air Bublle”の素材をオンライン上にアップし、大量のリミックスを受け取った）、グライム以外のファン（RamadanmanのS-X ブートレッグ“Woooo Glut”を2011年にリリース）を獲得したりしながら、その時期を上手く乗り越えていった。「Butterzの基本的なアイディアはシーンそのものを生み出すことにある。シーンの中に入ることではないんだ。これがあるべき姿だと思う。何かの一部になる必要はない。そこに既にいる誰かに認められることはそこまで重要じゃないんだ。良ければ、周囲が勝手に気付くものさ。Boxedの奴らがやっていることもそうだ」Elijahは説明する。

このアティテュードはグライムの新世代の間では重要視されており、フィンランドのGreminoからLAのSublo、そして勢いのあるオーストラリアのシーンなど、世界に散在するプロデューサーやシーンは、従来のグライムシーンの構造を良い意味で無視している。Rabitとして活躍するEcir Burtonも「僻地」で活動しているプロデューサーの１人で、現在はテキサス州ヒューストンに拠点を置いている。本人はヒューストンについて、「シーンなんて全くない。このまま変わらないで欲しい」とさえ言う。BurtonはUSのヒップホップを聴いて育ち、その後Time誌でUKから発信されているラップに出会った。Bloomのようなニュースクールのプロデューサーたちがグライムを崩してシンコペーションを前面に押し出した細かな構造の楽曲を生みだしている一方、Rabitはその逆を行き、テクニックな部分でこそフォーマットに沿っているが、Dikotopiaからリリースされた最新作“Sun Showers”EPのような、サウンドが点在しているような独特の音像には殺伐とした美しさが備わっている。

他の多くのグライムのアーティストと同様、Burtonも00年代中盤にはダブステップを聴いており、その陰鬱で隙間が多いスタイルは、彼の作品に影響を与えている。しかし、彼の作品にそれよりも大きな影響として見られるのが、WileyのEskibeatだ。「Wiley Katからは大きな影響を受けたね。彼は新しい何かをもたらした。そして彼の功績は今でも新鮮だ」Burtonは語る。Wileyの独特のサウンドを取り入れようとする動きはZombyの初期作品の頃に始まったものだが、Burtonのサウンドはその影響力がまだまだ大きいことを証明している。

Musical Mobの“Pulse X”のガバのようなベースや、すぐに消えてしまったSinogrimeの人工的なオリエンタリズムなど、グライムのサブジャンルの数々も新世代のプロデューサーたちに繰り返し用いられているが、他のシーンと同じく、適当量の「物まね」作品が存在する一方で、このような知り尽くされた手法や要素を取り除き、新しい要素を取り入れる動きがシーンを活発にしている。Burtonが2012年にTumblrに寄せた活動をしているレーベル#FEELINGSからリリースしたデビューEP“Terminator”は、グライムと同様にフットワークも取り入れており、またMurloはソカとバッシュメントを取り入れている。そしてInkkeはAstral Blackからざらついたヒップホップのアルバムをリリースする予定だ。「俺はシーンに加わっているけれど、土地にしばられているわけじゃない。みんなオンラインで繋がっている。だから色々な障壁が取り除かれたのさ」とBurtonは説明する。

この「シーンの再構築」は、「グライムを作っている完全に新しい世代」（Carnell）へ扉を開いたことになった。しかし、その完全に新しい世代とはどういう世代なのだろうか？「Sidewinderで見かけないような奴らさ。Sidewinderに行きたくないって思ってる奴らのことだね」Carnellは笑って説明する。

Burtonはより直接的な言葉で新しい世代について語る。「今のグライムは白人寄りになって、以前より中産階級、いや、中上流階級の音楽になった。だから昔の作品にあった毒気がなくなったのさ。ビートはヤワいし、洗練され過ぎている。その理由は単純に情熱が欠けているからだね」しかし、シーンがオープンになったことで、音楽の多様性に対する許容度が増したという点は良い変化と言えるだろう。Filter DreadことLeo Johnson-DaviesはEgyptian AvenueやVisionistのLost Codesといったグライムの新世代の主要レーベルのほとんどからリリースを重ねているアーティストだが、彼の作品の中で最も強烈な輝きを放つのが、ブリストルを拠点に活動するレーベルNo Cornerからカセットでリリースされた『Space Loops』だ。ゾンビのようなビートが悪夢のようなミックステープ的コラージュの中に落とし込まれているこのEPは奇妙な作品だが、同時にグライムでもある。

Filter Dread

バーミンガムを拠点とするJohnson-Daviesは、ケンブリッジで開催されていたフリーパーティのジャングル、そしてMary Anne Hobbsが2006年に放送した伝説のラジオ番組「Dubstep Warz」（本人は当時Skreamを崇拝していたと振り返っている）から音楽的な影響を受けたとしており、実際にグライムに出会ったのはつい最近のことで、Blackdownのブログに掲載されていたSlimzeeのセットを聴いてからだと言う。彼にとってグライムというスタイルは他の音楽を色々と試すのに向いているように思えたようだ。彼の過去の作品はジャングルのレイブ的なトラックとディープハウスのサンプルを咀嚼したおどろおどろしいリズムが特徴だが、Johnson-Daviesはしばらくの間、夢うつつのように透き通った今のサウンドを生み出すために朝5時に起きて制作をしていたと過去のインタビューで語っている。「典型的なレイブサウンドを分解しようとしていたんだ。初期ダブステップやウェアハウスレイブのようなサウンドに戻ろうとしていたのさ」と説明する。

そのコンセプトを基に制作された『Space Loops』は、Lee Gambleの『Diversions 1994-1996』やV/Vmのプロジェクト『The Death Of Rave』と比較され、高い評価を得ることになった（Johnson-Daviesはどちらも意識していないと言う）。そしてこのような「アーカイブを掘る」動きは他のアーティストにも見受けることができる。Wenは2007年から2008 年頃のグライムのヴォーカルを切り取ってダブステップ最盛期を思わせる陰鬱なビートの上にかぶせる作品を発表しており、またYoung EchoのKahnとNeekが昨年共作でリリースしたカセット『Gorgon Grime』はミックステープやパイレーツラジオからサンプリングされたクラシックなループがふんだんに使われたコラージュ作品となっており、Wenよりも明確にその方向性を提示していると言えるだろう。このリリースはグライムの黄金時代を称える作品だったが、逆にその日々が終わったこと、このジャンルが停滞していること、つまり「死体」であることを示すことにもなった。ヴィンテージな8小節のグライムのループを用いる彼らの作品からはこういう印象をどうしても受けてしまう。彼らの音楽はフロアでのパワーはあるが、アティテュードにおいては逆行していると言えるだろう。

KahnとNeekのスタイルは新世代に大きな影響を与えてきたが、Carnellはこの動きをあまり前向きに捉えてはいないようだ。「後ろを振り返るのは悪くない。だが、ただ逆行しているに過ぎない。最初にKahnの“Percy”を聴いた時はぶっ飛んだ。奴は出来るってね。でも残りはまぁ…どうでもいいよ」Carnellは言う。このような逆行の傾向は美学としては非常に魅力的ではあるが、同時に新世代のグライムが常に先駆者たちの影になってしまうことを意味している。

このような若手プロデューサーたちがグライムの全盛期を越えることはできるのだろうか？ Lynchはそこについては前向きに考えているようだ。「どんな音楽でも、過去と関わらないでやっていくのは難しい。なぜなら音楽と言うのはそもそもそういうものだからさ。8小節の奇妙なループだったり、Fruityloopsで作った脆弱な作品だったりと、いまひとつに思うかも知れないが、今活動しているプロデューサーたちの多くは、何か違うことをやろうとしている。こういう言い方は嫌だが、クラシックなグライムのアイディアを使いながらも、モダンな感じを入れ込もうとしているのさ。『オールドスクールなトラックを作るんだ』って言う代わりに、『どんな新しい音楽が生み出せるだろう』ってちゃんと考えている奴は多いと思うね」