ベルリンのグレーの空の下、Reconditeとして活動するドイツ人プロデューサーLorenz BrunnerはS-Bahnに乗り、森へと向かった。本人はその理由をサンプル録音のためとしていたが（ニューアルバム『Hinterland』に代表される彼の音楽はフィールドレコーディングに重きが置かれたものだ）、精神的な理由も大きかった。

電車の窓外に広がる秋の朝を眺めながらLorenzは言う。「いわゆる都会のヴァイブに自分がシンクロすることはないね。3週間以上森に行けなかったら自分には耐えられないだろうな。森の空気やそこにいる鳥－すべてが僕にとっては大切なんだ」

降り立ったHirschgarten Stationは金属とセメントがごつごつとした形で組まれた建物で、森の中では逆の意味のオアシスのように目立つ。パーソナルトレーナーとしての穏やかな側面も持っているBrunnerはコンクリートの階段を早足で駆け登り、門をくぐって小道を抜けると、この僻地（ベルリンから見た）に降り立った。様々な濃淡のグレーに身を包み、黒いスカーフとキャップがウィンドブレーカーから見え隠れする服装の彼は、霧深い小道を進みながら辺りを見渡すと、その風景に溶け込みながら時折iPhoneを使ってサンプルをレコーディングしていく。そして小道から外れると、今度は木の幹を枝で叩いた。「聴こえるかい？　この音から何でも生み出すことができる。リバーブを上手く使えば、アトモスフェリックなパッドやメロディアスなパッドを作れるよ」また弱々しく立っている細い木に向かうと、それを掴んで弓のように引いて離し、低いスナップ音を生みだした。「いい音だ。キックに使えるかもね」

ベルリン郊外のこの森はこのような音楽的な目的は果たしてくれる存在だが、Brunnerに真のインスピレーションを与えてくれる存在という意味では代役でしかない。Brunnerはニーダーバイエルンにある4、5軒しか家の無いベルク（ドイツ語で山の意味）と呼ばれる小さな村で生まれ育ったが、この村こそが彼のアルバムで意味された「Hinterland（僻地）」であり、彼のガールフレンドが担当したアルバムカバーもそこで撮影されている。Brunnerにとってこのドイツ南部の僻地は自分の存在をピュアに反映させる場所であり、自分が音楽を通じて探求している感情が秘められた場所だ。アルバム『Hinterland』はそこへ向けられたラブレターであり、またそこから受ける感覚を再現した作品なのだ。

「自宅から外に出て、すべてが自分のもののように感じる瞬間が好きなんだ。周りにあるのは風景だけで、ビルや人は無い。その風景は自分のもののように感じるし、それが自信のようなものを生み出していく。子供の頃、僕の家族は農業を営んでいたわけではなかったけれど、凄く古い農家に住んでいた。敷地内には小さな森があって、僕はそこを自分のものだと感じていたし、そこで多くの時間を1人で過ごした。それで自然に対する感謝の気持ちを持つことができた。だから今もこうして森にやってきては、その感覚を取り戻そうとしているんだよ」

Brunnerはその土地だけではなく、その土地に住む人たちからもインスピレーションを得ている。保守的なカソリックが多く、緑の党の重要な地盤となっているこのバイエルン地方の田舎で、無神論者であるBrunnerと家族は異端の存在だった。Brunnerはバイエルン地方の田舎についての彼の考えを次のように説明する。

「バイエルンの人たちはドイツの中で特別な存在なんだ。自分たちの価値観の中だけで生活しているから保守的だし、感情を露わにしない。彼らの人生で最も大事なのは仕事、つまり昔ながらの農業で、牛に餌を与えたり、畑の面倒を見たりすることなのさ。他はすべて二の次なんだよ。彼らと話すと閉鎖的な印象を受けるけれど、実は彼らの表情には強い感情が現れている。僕が思うにそういう感情は自然や季節の変化との関わり方から来ると思うんだ。冬は厳しいけれど、夏は本当に綺麗だし、秋は色鮮やかで、春は凄く陽気だ。季節の移り変わりがはっきりしているんだよ。そして彼らは自然と共に過ごす時間が長い。買い物に出掛ける時も素晴らしい風景を見ながら車を運転することになる。彼らは日の出や日没、谷に満ちた霧のような素晴らしい風景に沢山のインスピレーションを受けているはずだけれど、それを見せないんだよね」

「そういう風景を見て生まれるメランコリーな感情をアルバムで表現したかった。“Clouded”と“Stems”にはそれを上手く閉じ込めることができたと思う。でも表に出さないようにしたし、耳で直接感じるようなものではないね。自然の風景だけではなくて、社会的な環境も影響しているんだと思う」

Brunnerがテクノアーティストになったこともこの環境が影響している。00年代中盤、彼はアルプスにある5つ星のホテルで理学療法士として働いていたが、その頃にSuperpitcherのミックスCD『Today』を聴き、衝撃を受けたと言う。「インスピレーションを受けたよ。衝撃的だった」という彼はヒップホップの代わりにハウスやテクノを聴くようになり、結果的にシーンに関わりたいと思うようになっていった。「この仕事が終わったら、地元に帰ろうって思ったんだ。そしてその後は音楽を優先して判断していった」そしてBrunnerは母親の家にキーボードと人から借りたCubaseと共に籠り、音楽制作について独学で学んでいった。

「当時は丘の上にある家の地下室が自分のスタジオで、夏の間はドアを開けて制作をしていた。そしてある日制作をしていると、15メートル位先で鹿が草を食んでいたのが見えた。素晴らしい瞬間だった。当時は理学療法士としてアルバイトをしていたから、とりあえず制作するお金は持っていたし、その生活を3年間続けたよ。とは言っても稼ぎは決して多くなかったし、使い方に気を付けなければならなかった。でもあのスタジオでは素晴らしい時間を過ごしたね」

またこの孤独の時間が音楽制作の習得には不可欠だったようだ。「学ぶには最高の時間だったよ。誰かにリリースの予定を訊かれるようなプレッシャーもなかった。だからアーティストとして健康的に成長することができたし、その点では凄くラッキーだったと思う」また、この期間に他人の音楽を聴かなくなっていったようだ。「無礼なことを言うつもりはないよ。本当に数多くの人たちが音楽を作っているのは知っている。でも僕は自分の好みがはっきりしているんだ」Brunnerが言う通り、スムースで豊かな音像に不明瞭なメロディーが絡むという彼の音楽の特徴は一貫している。

こうして田舎での生活は彼のクリエイティブな部分に良い影響を与えていったが、同時にBrunnerは都市での生活が必要なことも理解していった。「理学療法士としてアルバイトをするのではなくて、もっと定期的に患者さんやクライアントを抱えるパーソナルトレーナーとして働きたかったんだ。もちろん音楽の道も進めて行きたかった。だからとにかくベルリンに言って試してみようと思ったんだ」結果的に彼のその2つの目標は当初の予想よりも良い形で同時進行していくことになる。ベルリンで評価の高いジム、Holmes Placeでパーソナルトレーナーとしての仕事を得たBrunnerは、Paul Roseをクライアントとして迎えることになったのだ。

「名前を聞いても最初は誰だか分からなかった。だからグーグルで調べてみるとScubaだってことが分かった。それが4年前のことで、彼がダブステップから4つ打ちへシフトしている頃だったね。僕は彼のパーソナルトレーナーだった訳だけれど、その頃に僕のレーベルPlangentについて、例えば良いディストリビューターの見つけ方や、マスタリングは誰が良いかなど、沢山のアドバイスをもらったんだ。あと僕の音楽を聴いて、まだリリースには早いとか、自分ならクラブでプレイしてくれるとかフィードバックもくれた。こんな完ぺきな形でコネクションが出来るなんてベルリンに移る前には思いもしなかったよ。Paulは2011年のSub:stanceにもブッキングしてくれたんだ。これがその年の僕の唯一のギグで、ベルリンでは初めてのギグだったけれど、Panorama Barでベルリンデビューできたのは本当に有難かったよ」

Brunnerはその後貪欲に活動を展開。この2年間でPlangentからの5枚を含む10枚のレコードをリリースしているが、この生産性の高さは彼の健康的で実用的なライフスタイルに拠る所が大きい。Brunnerは酒類をほぼ飲まず、またドラッグも摂取しない人物で、1日を大切に生きることを目標にしている。

「満足の行くライフスタイルを維持するための重要なポイントのひとつは、自分のやっていることにある程度の自信を持つことだね。自信がなかったら不安に思ってしまう。だから自分のやっていることについて良く考えるように努力しているし、これをこの順番でやったら上手く行くぞと思えるようになるまで調整を続けていくようにしている。その調整が終われば、それを変える必要が生まれるまでそのやり方に従っていくんだ。僕は生活のほとんどすべての側面でこのやり方を続けているよ」

非常に上手く生活をまとめているように見える彼の典型的な1日は大きく2つに分けることができる。朝8時か9時に起きて「長めの朝食」を済ませると、4時間から5時間制作を行い、その後夕方5時から9時過ぎまでジムでクライアントと過ごす。クリエイティブとプロフェッショナル、メンタルとフィジカル。この組み合わせが完ぺきな「陰陽」を形成している。

「基本的に僕はフィジカルな人間だと思う。でもスタジオで制作している時はメンタルな部分にフォーカスしている。少しベタに聴こえるかもしれないけれど、良いトラックが作れている時は気持ちが落ち着くし、僕の中にある感情と上手く結びついている感じがする。上手くトラックが作れれば、その時の感情が自分の中に残るけれど、なにはともあれ安心できるんだ。ガールフレンドと何かトラブルが起きた時に、それをきちんと話せたような感覚に似ているね」

Brunnerはその共生感覚をスタジオとライブの関係にも見出している。彼はライブを専門としているが、そのパフォーマンスはDJのそれに近く、100以上用意してあるトラックからその場に適したトラックを選んでプレイするというスタイルを採っている。そしてライブ中にその場に適したトラックを見つけられなかった時は、その役目を果たすトラックの制作がスタジオでの最優先事項となる。トラックがパフォーマンスに力を与え、パフォーマンスが制作に影響を与えるという訳だ。

「自宅から外に出て、すべてが自分のもののように感じる瞬間が好きなんだ」

Brunnerはこのバランスの維持を重要視しており、その考えがDJをしないという彼のスタイルに繋がっている。「DJとして数多くの場所を回っている人たちは、忙しくなり過ぎて制作が出来なくなってしまうタイミングが来るよね。というのは、DJは常に他人のトラックをプレイして、その場で効果を発揮するトラックを常に探している。そしてそのトラックを見つけられれば、彼らは自分で制作をする必要がなくなるんだ。これは納得のいく話だよ。そしてツアーが続く生活は凄く忙しいわけで、アーティストとして必要な、ゆったりとした精神状態を保つのは不可能になる。そこを維持出来ているアーティストはほんの一握りだよ。僕に言わせればこれは正しいライフスタイルとは言えない。だから僕はDJをしないんだ。DJをすれば僕がトラックを作るモチベーションが保てなくなる。僕にとって音楽制作はセラピーという意味で凄く大事だから止めたくない。詩人みたいな言い方かも知れないけれど、僕の人生を豊かにするために音楽制作は凄く重要なんだ。僕は何かを吐きだせる場所、自分が戻れる場所が欲しいし、ある種の一貫性を保ちたいんだよ」

Brunnerの生活においてもうひとつ重要なバランスは、彼が今悩んでいる問題－都市部と田舎のバランスだ。自然は彼にインスピレーションを与えるが、ベルリンという都市が彼の音楽を評価している。また彼がフルタイムで音楽に従事した場合、音楽のクオリティが今と同じになるのかも分からない。本人は彼の作品に深みを与えている陰陽が保たれた今の生活とは別の生活を望んでいるのだろうか？いずれにせよ、Reconditeとしての今のBrunnerは子供の頃からの夢を実現させていると言えるだろう。彼の音楽には「僻地」が存在するのだから。

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