皆さんが尊敬するプロデューサーやアーティストの作品を聴くことは良いとも悪いとも言えます。なぜなら、彼らによる優れた作品を聴くことで自分自身の作品に良い影響が生まれる一方、彼らの作品のミックスやクオリティの高さに至るのは簡単ではないことを思い知らされるからです。深く考えずに新しいトラックのミックスを行ってしまえば、このような作品のミックスに匹敵するようなパワーやドライブ感、そしてパンチ力が生まれないことに不満を感じてしまうでしょう。何かキャッチーなフレーズを生みだしたいという理由でエフェクトの数を無駄に増やしてしまったり、パワフルな作品にしようとしてリミッターを過剰にかけすぎたりしてしまう人の数は少なくありません。

今回のチュートリアルではより良いミックスを仕上げるため、上記とは逆とも言える「削る」方法を紹介したいと思います。自分の作品を最大限活かすために各サウンドに空間を与え、そのサウンドが伸び伸びと響くようにすれば、ミックス自体にパワーが生まれ、同時にクリアなサウンドも手にすることになります。また、この他にミックス内の各トラックを上手に組み合わせ、聴かせどころを際立たせる方法も紹介します。トラックの肝となるアイディアをひとつにまとめて強調させるのはそれだけで大変な作業ですので、まずはミックスの段階でスペースを与え、そのサウンド自体が埋もれないようにしましょう。

特定のサウンドのレベルをブーストするよりもそのサウンドが担う役割を小さくする方が良いミックスになる場合があります。まずはパッドのサウンドを使ってこの部分を見ていきましょう。パッドなど和音系のサウンドはコード進行やトラック全体のハーモニーを担当しますが、シンプルにそして静かに鳴らし、トラックにおける役割を小さくすれば、他のパートを際立たせることが可能です。

過剰なパッド：最初のサンプルクリップを聴いてみましょう。このミックスでは冒頭からパッドが過剰に鳴っています。冒頭部分の全体の音数は少ないですが、パッドのヴォリュームが大き過ぎるため、他のサウンドが埋もれてしまっています。トラックの後半には別のパッドが入ってくるため、状況は更に悪化しています。

とりあえずここでは2番目に入ってくるパッドをミュートしておきましょう。最初のパッドをより効果的に鳴らし、ミックスにスペースを与える方法を見ていきます。

サイドチェイン：まずはコンプレッサーを活用しましょう。ここでは他のサウンドをコントロールソースと使用したサイドチェインをパッドにアサインします。サイドチェインすることで、パッドのダイナミクスがコントロールソースのサウンドの強弱に合わせて上下するようになります。コントロールソースの音量が大きければパッドの音量は小さくなり、コントロールソースの音量が小さければ、パッドはよりはっきりと聴こえるようになります。このサンプルではリズムループをコントロールソースとして使用しています。その効果はこのサンプルクリップの前半4小節で確認することが可能です。

フィルターを使ったサイドチェイン：コンプレッサーの代わりにフィルターを用い、その開閉をコントロールソースとして使用してもパッドに動きを生み出すことが可能です。サイドチェインの入力信号の大小をフィルターの開閉にアサインできるフィルタープラグインを持っている場合は、前述のコンプレッサーと同様の効果を得ることが可能です。

以上ふたつの例は、リズムループがパッドに影響を与えることで、このふたつのサウンドのグルーヴをひとつにまとめています。この点については後でもう一度学びますが、実はサイドチェインを使用せずにパッドに動きを与え、スペースを生み出す方法もあります。

LFOフィルター：UADのMoog Filterを使用して4分音符ごとにフィルターが開くように設定し、ワウっぽい4分音符のうねりを加えます。このような設定にするとパッドの存在感が増すことになりますが、同時に他のサウンドに対してスペースを与えることにもなります。パッドは拍の頭でヴォリュームが小さくなり、そこから徐々に大きくなるような効果になっているので、各拍の頭にはビートとベースが使えるスペースが生まれるため、これらの存在感が大きくなります。

ここまでで紹介したサンプルクリップは、作業の効果を理解してもらうためにパッドのヴォリュームを意図的に上げていましたが、ここから先はパッドの存在感を損なうことなく、そのヴォリュームを少し下げて、ヴォイスサンプルを少し前に出す方法を見ていきましょう。またミュートしていた2番目のパッドも戻し、どのパラメータを変化させてスペースを生みだせば良いかも見ていきましょう。まずは他のサウンドをパンニングして、リスナーの意識をセンターに配置しているサウンドに向けさせるという方法を紹介します。言い換えれば、サポート的な位置づけのサウンドをセンターに配置したままだと、それよりも重要なサウンドに対するスペースが少なくなってしまうのです。

パッドのオートパンニング：2番目のパッドにSoundToyのPanManを使用して、左右にパンニングします。

この作業を行えば、パッド自体のヴォリュームは小さくなりますが、ステレオ感が増すので、トラック全体のミックスクオリティは向上します。

バランスの取れた2種類のパッド：適正な処理を加えた2種類のパッドの状態で改めてトラック全体を聴いてみましょう。

このファイナルミックスはミックスのスペースを最大化するためのもうひとつの重要な機能を紹介しています。それはヴォリュームのオートメーションです。2番目のパッドはヴォリュームのオートメーションを使用しており、後半の8小節で徐々にヴォリュームが大きくなるように設定されています。ヴォリュームのオートメーションはこのようにフレーズ全体に使用したり、トラックに劇的な変化を加えたりする際に使用することが可能です。ヴォーカルトラックを使用する場合は、ヴォリュームのオフセット値を各ノートに設定する必要があります。

コンプレッサーを使用し、他のリズムセクションのサウンドでパッドをコントロールするようにサイドチェインすると、バランスの取れたミックスで聴ける大きな特徴に気が付くはずです。それはリズムの連携です。簡単な例を挙げますと、ロックバンドの「リズム」はドラムだけでは生まれないということです。その「リズム」はドラム、ベース、キーボード、リズムギターなどの組み合わせによって生まれます。ロックではないエレクトロニック・ミュージックでもこれは役立ちます。複数のパートを上手く組み合わせることで、ミックスにパワーとスペースを生み出せるのです。

バラバラのリズムパート：では、エレクトロニック・ミュージックにおけるリズムパートの組み合わせ方を見ていきましょう。このサンプルではビートループと3つのシーケンスパートが使われており、これらのトラックで周波数帯をほとんどすべて埋めてしまっています。

サンプルライブラリからビートループを引っ張って来たり、ソフトシンセにアルペジエーターパターンを読み込ませたりするのは割と良く知られている一般的な制作方法ですが、聴き込んでみると、上記のサンプルはお互いが全く組み合わさっていないことが理解できます。ビートループのリズム感とスタブシンセのリズム感が異なるため、ふたつが組み合わさってひとつのリズム感が強調されているというよりは、お互いのリズム感を消してしまっています。

ビートループの把握：まずはビートループをソロで聴いてみましょう。他のパートと一緒だと中々聴こえませんが、2小節目がスキップするようになっています。今回はこの部分を活かしていきましょう。

ベースのリズム：次にベースラインを見ていきます。これはSpectrasonics Trilianのアルペジエーターを使用した1小節のループです。ビートループの1小節目とは上手く組み合わさっていますが、スキップが入ってくる2小節目とは上手く組み合わさっていません。

ベースループに変化を加える：Trilianのアルペジエーターをエディットし、ベースラインがビートループ全体と上手く組み合わさるようにしていきます。ビートループの2小節目に対応するためにアルペジエーターのステップ数を32に変更し、2小節のループにします。このように変化させることでベースラインとビートループがより効果的に組み合わさるようになります。

フィルターシーケンスの変化：次にフィルターシーケンスを見ていきます。このフレーズは2つの問題を抱えています。ひとつは2小節目のスキップは上手く組み合わさっていますが、Trilianのディレイでその効果が薄れてしまっているという点です。そしてもうひとつはサウンドのエンベロープが長いため、サウンドが長く鳴り過ぎてスタッカート的な効果が生まれておらず、ミックス全体が膨張してしまっているという点です。

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フィルターシーケンスに変化を加える：ディレイをバイパスさせて、エンベロープのサスティンをゼロにし、ディケイを削ることでフレーズのリズム感が強調されています。

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スタブのリズム：次にスタブシンセを見ていきます。これはOmnisphereのアルペジエーターを使用したオフビート的なフレーズですが、ミックス全体のグルーヴはオフビートではなくダウンビートなため、効果がありません。

これを解消するため、先ほどと同様にアルペジエーターを調整しても良いですが、今回はこのパターンをオーディオファイルとして書き出し、それをチョップするという方法で対応していきましょう。

チョップしたスタブ：オーディオファイルとしてフレーズを書き出した後、そのファイルを8分音符だけ前にずらして、16分のシーケンスの最初の2つで鳴るようにしつつ、2小節目後半のビートループがスキップする部分はフレーズを更にチョップして、上手く組み合わさるように配置しています。

これらのパートをすべてまとめて、ミックスにスペースを与えるため、また別の方法でコンプレッサーを使用してみましょう。

シーケンスのグループ化：まずAUXバスを用意し、フィルターシーケンスとスタブをそこへ送ります。AUXバスにはコンプレッサーを立ち上げ、ビートループをサイドチェインのコントロールソースとしてアサインします。こうすることでフィルターシーケンスとスタブのヴォリュームはビートループに合わせて上下するようになり、ミックス内のスペースに余裕が生まれます。

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まだまだ完全ではありませんが、すべてのパートが同じリズム感を保つようになったため、ミックス全体にパワーが生まれてきました。プログラミングをする際にはパートごとにバラバラのリズムを組むのではなく、3つ、もしくは4つのパートが同じタイミングで鳴るように組み、リズム感を際立たせるようにしてみましょう。隙間をすべて埋めるよりも、このような隙間を活かすアプローチの方がトラック全体のドライブ感が上昇します。

フィルターシーケンスのディレイのように、エフェクトがサウンドの粒立ちを弱め、ミックスのスペースを無駄に埋めてしまう時があります。ディレイが強調したいリズムを弱めたり、リバーブが不必要にミックススペースを埋めてしまったりするのです。シンセ、パーカッション、またはヴォーカルであろうと、不必要に長くて大きなリバーブを用いると、ミックスを台無しにしてしまう可能性があります。しかし、これを避ける様々な方法があります。

リバーブの共有：このトラックではヴォーカルに長いプレートリバーブがかかっており、ヴォーカルのフレーズ自体をぼんやりとした音像にしています。そしてこのリバーブは最下部のトラック（Geistのパーカッションループ）にもかかっています。このようにリバーブを共有させるとミックス全体にまとまりが出ますが、このディレイのディケイは4秒間続くので、ヴォーカルには上手く作用しているものの、パーカッションループの良さを消してしまっています。

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尚、ヴォーカルのリバーブについては、フレーズが終わった後のディケイを保ちつつも、フレーズ自体がプレイバックされている間はリバーブを弱めて、オリジナルのフレーズを前に出す必要があります。これには2種類の解決方法があります。ひとつはヴォーカルのプレイバック時にリバーブのレベルが下がるようにオートメーションを設定するという方法ですが、今回はコンプレッサーを使用して、よりダイナミックに変化させてみましょう。

リバーブのダッキング：AUX1でリバーブの後ろにコンプレッサーをインサートすると、オリジナルのヴォーカルトラックをサイドチェインのトリガーとして機能させることが可能になります。こうするとコンプレッサーのヴォリュームはヴォーカルのフレーズがプレイバックされる度に下がります。またコンプレッサーがリバーブの後ろにインサートされているため、リバーブのレベルも同様に下がります。そしてコンプレッサーのリリースタイムを適正値に設定すれば、ヴォーカルのフレーズの後に不自然にかかるのではなく、リバーブと上手く混ざるようにゆっくりとフェードインするようになります。

ヴォーカルトラックのもうひとつの問題は、中域のリバーブが強すぎるという点です。フレーズとフレーズの間のこの帯域のリバーブを明るく、しっかりとしたものにしたいのですが、現時点では単純に強すぎます。ですので、AUXバスのリバーブとコンプレッサーの後ろにEQを追加して、オリジナルのヴォーカルはそのままいじらず、リバーブのEQだけを調整するようにします。

リバーブのEQ：DMGのEquilibriumを使用して、低域をカットしつつ、このトラックで一番使われている帯域の241Hz周辺を削ります。そして5kHz以上の高域を持ち上げつつ、2.3kHz付近も少し持ち上げて、中高域全体を強調します。これによってリバーブ全体がきらびやかになります。

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このように処理すると、同じリバーブを使用しているパーカッショントラックにも影響が出てしまいますが、元々このリバーブはパーカッションにはディケイが長過ぎるので、いずれにせよ何らかの形で対応する必要があります。ただし、ミックス全体の統一感を崩したくはないので、リバーブ自体は変えずに同じものを使用する必要があります。これは以下のような対応で解決できます。

パーカッションのリバーブ：AUX2を作成し、AUX1と同じリバーブをインサートします。この際AUX1に使用していたコンプレッサーとEQは外します。そしてリバーブの長さを短くします。こうすることで、全体のリバーブ感は統一されたまま、リバーブに埋もれないパーカッションを生み出せるようになります。

このような調整を行えば全体のミックスがかなりクリアになり、AUXを複数設け、それぞれに異なった長さのリバーブを設定することで、複数のパートが独自のキャラクターを活かしつつ、同じリバーブ感を保てるようになります。

ミックスにスペースを与えるには、上記のように様々な方法がありますが、他にも数々の方法があります。もし複数のサウンドがぶつかり合っていると感じた場合は、個々のサウンドにEQをアサインして色々と変化させ、更にアナライザを使用してどの帯域がぶつかっているのかを確認しましょう。大抵の場合、膨張して聴こえるミックスはサウンドの帯域がぶつかりあっていることが原因です。そのあとでどちらのサウンドがその帯域で重要なのかを判断し、重要でない方のサウンドの帯域をEQで削りましょう。また、重要なサウンドの邪魔にならないようなプログラミングを心掛けることも重要です。映画音楽では、セリフにかぶさる場合はバイオリンやフルートなどのソロ、またはそれらが強調されるようなスコアを使用しないのが常識です。なぜならセリフと帯域がぶつかってしまうからです。これはダンスミュージックにも応用できますので、リードヴォーカルとぶつかるようなサウンドはオートメーションやサイドチェインを活用して、ヴォーカルとぶつからないようにしましょう。ヴォリュームレベルやパンニング、トーン、リバーブ、そしてその他のエフェクトやDAWツールを活用すれば、効果的なミックスが可能ですが、自分の想像力も働かせるようにして、クリエイティブな解決方法を探っていくようにしましょう。そうすれば、ミックスがクリアに聴こえるようになるでしょう。