Simon Greenのレアなレコードへの偏愛から生まれた友情の数には、驚かされる。Amon Tobinとドラムブレイクを交換したり、Four Tetとアフロビートを掘りに行ったり、Erykah Baduとモダン・ジャズの話で盛り上がったりしながら、彼は人との繋がりを深めて来た。しかし、彼が駆け出しのプロデューサーだった頃、彼はヒップホップ文化に浸り、パーフェクトなビートを日夜探し、MPCに夢中になっていたことを踏まえると、それも納得がいく。

GreenがNinja TuneやTru Thoughtsから出した初期のリリース作は、ストレートなトリップ・ホップであったが、2010年に出した『Black Sands』はジャズ、ハウス、奇抜なエレクトロニック・サウンドといった要素を取り入れた視野の広い作品であり、高い評価と新しいファン層を獲得した。2013年の『North Borders』など、最近の作品では積極的に作曲を行っている彼だが、サンプリングの埃っぽい質感や奇妙なトラックへの愛情は健在のようだ。最近Late Night Talesシリーズのミックスも手がけたGreenとロンドンで話をする機会を手に入れたStephen Titmusが、彼のお気に入りの曲について尋ねた。

DJ Shadow
Midnight In A Perfect World
1996

『Endtroducing』は誰もが1度は手にする名作ですね。なぜこの曲がお気に入りなんですか？

影響力のある音楽をリストアップするとしたら、『Endtroducing』を外す訳にはいかない。個人的には、"Midnight In A Perfect World"がこのアルバムの雰囲気を象徴する曲だと思う。私は、この時音楽を構築するという発想を徐々に理解していった。ヒップホップを聴いていた時も、私はリリックじゃなくてビートを重視で聴いていた。DJ Shadowはサンプリングのカット＆ペースト技術を活用して、誰もやっていなかったことを成し遂げた人物だ。

Shadowはあなたの1番好きなヒップホップ・プロデューサーだと言えますか？

Shadowは安定感があまり無いからね。この時代のShadowはとてつもなく影響力があった。しかしお気に入りのプロデューサーならたくさん居るよ。Dillaも１人だ。Madlibは、いつまでもブレないね。

Madlibはカット＆ペーストのキングですね。

そういう手法の中では、確実に上位に居るね。

あなたはご自分のことをディガーだと思っていますか？

昔はね。最初に音楽を作り始めたころは、サンプリングしていた。使えるドラムブレイクだとか、2小節のループをひたすら探した。それが、ヒップホップをプロデュースする伝統的なスタイルだった。最初の数枚のアルバム以来、もうそのような手法では作っていない。昔はブレイクに関してとてもスノッブで、聞き覚えのあるスネアドラムを使ってるトラックは、すぐに興味を無くしたぐらいだ。

Amon Tobin
4 Ton Mantis
2000

彼がこのアルバムを制作していた時、私はよく遊びに行っていた。いくつか私が考えた曲のタイトルもある。私たちは以前ブライトンに住んでいて、お互いの家によく行っていた。私よりも彼のほうが上手く使えるんじゃないかと思って、よくブレイクをあげていた。代わりに彼にも何かもらって、交換していたよ。

彼は良き先輩で、色々なことを学んだよ。彼がサンプラーでやっていたことには、よく驚かされていた。彼はAkaiのサンプラーでサウンドデザインをして、信じられないようなことを平然とこなしていたね。Dopplerに通してオーディオを書き出して、細かい部分をリサンプルしたり。それを10回行って、まったく新しいものを作り出していた。サンプルのポテンシャルを引き出すという意味で、彼には相当影響を受けたね。

その考え方に似たアートがありますよね？

「Infinite regression」（訳：無限後退）だね。美術学校で学んだ。絵をもとにした絵、をもとにした絵を描いていくんだ。最終的にオリジナルを部分的に反映した抽象画ができあがる。当時のヒップホップのプロデューサーはレアグルーヴやジャズを好んでサンプリングしていたけど、Amonはブラジリアンだとか、プログ・ロックをサンプリングしていたね。

Bill Evans
Peace Piece
1975

これは、「もし無人島にもっていくレコードを挙げるとしたら」系の質問に挙げるレコードですか？Late Night Talesのコンピレーションの最後に収録していますね。

まさにそうだね。人生において何回か、この曲が特別な演出をしてくれた瞬間があって、とても思い入れがあるんだ。この曲を聴くパーフェクトな瞬間というものが時としてある。一度、ポーランドを車で横断していたことがあって、その時なんかもそうだった。真冬で物凄く寒い、凍土帯だった。太陽が沈んでいく中、私はヘッドフォンをしながら、クラクフからカトヴィツェまで運転していたんだ。

物凄く美しい作品ですが、どこか悲しげでもありますね。

ピアノニストとして彼がとったアプローチは、例えばガーシュウィンみたいな伝統的なミュージシャンと違って、緩くて、自由度が高かった。どこまでが楽譜に記されていて、どこから即興なのかが解らないピアニストだ。

複雑な曲ですよね。モード・ジャズですし、面白いコードもありますが、アヴァンギャルドな曲には聞こえない。純粋に素敵な曲ですね。それは、あなたも自身の音楽で目指していることですか？

無意識的な流動性という意味では、そうだね。１つのアイディアを出発点として、その後音楽がどういった方向に進んでいくかを見守る、というか。こういう曲にしよう、と事前に決めすぎないで、流れに身を任せるんだ。

Dorothy Ashby
Essence Of Sapphire
1965

もしジャズのハープ奏者の名前を挙げようとすると、大抵の人は——まずハープ奏者を思いつくかどうかは別として——Alice Coltraneを思い浮かべると思いますが、Dorothyも素晴らしいですよね。彼女の音楽にはどうやって出会ったのですか？

私は以前からDorothy Ashbyのことを、ファンキーなAlice Coltraneだと思っていた。最初に彼女の音楽を聴いたのは、『Afro-Harping』というアルバムだね。彼女がたまたまハープを楽器として選んだだけで、あれはファンキーなレコードだ。Alice Coltraneはジャズ寄りだが、Dorothyはアフロビートだとか、そういったサウンド寄りだ。"Essence Of Sapphire"を教えてくれたのは、Kieran Hebdenだった。10年ほど前に一緒にツアーをやった時、移動中か、サウンドチェック以外の空いてる時間、彼と一緒にずっと掘っていた。お互いにレコードをすすめあった。このレコードも彼が見つけたものだ。これは彼女のあまり有名ではないアルバムに収録されている。リズムが5拍子と7拍子なのが良いね。

それは気づきませんでした。ファンキーな作品ですね。

ハープをギターみたいな奏法で演奏する瞬間もあるんだ。ハープをそんなふうに演奏する人は中々居ないよ。

ハープはとても感情を喚起させる楽器ですが、現代の音楽ではあまり使われないですよね。あなたは『Black Sands』で使用していますね。.

私は良くハープを使うんだ。というか弦楽器にとても興味がある。音色が面白いからね。特にデチューンをしたり、音をいじってみたりするのが好きだ。『Black Sands』ではハープ奏者を呼んだ。Kirsten Agnestaという女の子なのだが、クラシックのハープ奏者で、雰囲気に合わせて即興演奏をする、ということに慣れていなかった。そういう訓練をして来なかったからね。目の前に弾く物がないと、どうしていいかわらかなくなるんだ。最終的には良いテイクを引き出すことができて、それを刻んでサンプリングした。最近の録音音楽の技術に彼女は驚いていたようだよ（笑）。彼女は、Erykah Baduをフィーチャーリングした私の曲に参加しているが、Erykah Baduの"Incense"という、Madlibプロデュースの曲にも参加しているんだ。

Bill Conti
Reflections
1976

これは『Rocky』のサウンドトラック収録の1曲です。あなたはスタローンのファンですか？

まぁ、キッチュな意味で嫌いではないかな。映画は15年ぐらい見てないけど。昔、ブライトンでこの曲をRek 1がプレイしていたのを覚えているよ。彼は良くこういうのをかけていた。Vangelisの"Chariots Of Fire"をヒップホップと一緒にかけたりするんだ。彼はそうやって、灯台下暗しで眠っている素晴らしい曲を見つけるのが上手かった。『Chariots Of Fire』のサントラに"Abraham's Theme"という美しい曲がある。シンセ・パッドにMoogのリードを乗せているだけの、シンプルな曲だ。しかしこのBill Contiの曲同様、とてもメジャーなサントラに隠れされた名曲なんだ。

それがある意味、ディガーの真髄かもしれないですね。1000ドルのレコードばかりでなく、2ドルのレコードからも名曲を掘る、という。

間違いないね。これは、USツアーを行ったとき私がKieran Hebdenに教えたレコードでもある。数週間後、彼はリミックスを作ったんだ。BBC Londonで昔Coldcutがやっていたラジオ番組、Solid Steelでちょっとしたリユニオン特集をしたことがあって、このツアーのときに買ったレコードをプレイしたんだ。

Bill Contiは映画音楽をたくさん手がけた人です。Matthew Bourneなどのファンでもあるあなたですが、映画音楽はいつか手を出してみたい分野ですか？

やってみたいね。映画にはすでにストーリー性があるから、サウンドトラックには普通の音楽と違った楽しみがある。普通の曲よりもまばらでミニマルなプロダクションでも大丈夫だ。あるいは5分間ずっと2つのコードを弾いていても十分だったりする。同じ主旋律がある楽曲を作るのも楽しそうだね。同じテーマを速いテンポだったり遅いテンポだったり、メジャーだったりマイナーだったりと、楽曲ごとに変えながら。全ての楽曲に統一感を持たせることができるからね。ロッキーのテーマもサントラの曲の中で幾度となく現れるモチーフだ。そういったものをやってみたいね。

Lapalux
Gutter Glitter
2012

近年盛り上がりを見せている声ネタの使用の仕方ですね。あなたも”Emkay”で近い事をしていましたね。

声ネタを加工して使うことは昔からずっとやってきたことさ。ヴォーカルのピッチを上げたり、反転させたり。歌詞の内容はあまり気にしないで、人間らしさを加えるためにヴォーカル・サンプルを使うのが好きだ。声をテクスチャーの１つとして扱うんだ。歌詞が支離滅裂でも、ヴォーカルには感情に訴えかける何かがある。「”Emkay”の歌詞はどういう意味ですか？」とか良く訊かれるんだが（笑）それはどうでもいいことなんだ。

Lapaluxの音の作り上げ方、使い方が凄い好きだ。まるで、意識の流れのように構築されている。Schlohmoにも近いものを感じる。一見、抽象的に見える所にリズムを見出す。丁度良い緩さで全てが繋がっているんだ。これ以上緩かったら形が崩れる、という絶妙なバランスを保っている。ちぐはぐでありながらなめらかで、全てが丁度良い具合に纏まっている。

LapaluxもShlohmoも活動の軌跡にあなたと近いものがありますね。背景にヒップホップがありつつ、エレクトロニックな音楽を作っているという意味で。

私がヒップホップを始めたのは、プロデュースの仕方がとても素直で、単純明快な方法だと思ったからだ。昔はシンセだとかドラムマシンを使わないで、ただ見つけた音を重ねていただけだった。

それはなぜですか？

機材をあまり持っていなかったのが大きいね。シンセ・エンジンだとかLFOやエンベロープのこととか、良く解ってなかった。サブベースに対するキックドラムの置き方だとか、ハウスの制作の仕方など理解の範疇を超えていた。ただひたすら、良い音になるまで音を組み合わせる、という手法に惹かれるものがあった。それがヒップホップらしさなんだ。Public Enemyなんかを例にあげると、彼らはただひたすら一緒に音を鳴らして騒音を作っていたんだ。それを録音した、2時間分の騒音の中に、2小節ぐらい丁度良い組み合わせの音ができていて、それが例えば"Fight The Power"になる。よく解ってなくても、できることはある。テクニックよりも自分の耳を頼りにしないといけない、とてもローファイな制作法だ。

私が音楽を始めた頃は、ノートパソコンも、AbletonもLogicも無かった。MIDIとフロッピーディスクがあって、機材はとても高級だった。私は学生ローンを使ってAtariとサンプラーを購入した。テープデッキとフロッピーディスクを活用してファースト・アルバムを作ったんだ。当時は、本気じゃないとなかなか音楽制作に手が出せなかった。

Herbert
The Audience
2001

これは、とにかく名曲だね。Herbertが最も生産的だった時期だ。私は昔から2部構成というか、なんらかの展開が待ち構えてる曲がすきだ。私自身の曲でもそういった展開を作るようにしているんだ。この曲はそういった展開作りの代表的な例だね。後半を過ぎるまでメインのピアノの音を我慢して、後半でアンセム的な盛り上がりになるよう作られているんだ。

彼の音楽は、全てどこからか引っ張って来た音で構築されているから、とても興味深い。Matthew Herbertが遊び心のあることをしている時が一番好きだね。その後リリースした、『Plat Du Jour』などといったアルバムも凄いんだ。スネアドラムが気球の中で録音されていたり、時速200マイルで何かが録音されていたり。

あなたはDJをする時ハウスもかけますが、Herbertのようにどこか捻りのあるサウンドを好むように思います。どこか一風変わったサウンドというか。それは、意図していることですか？

ああ、そうだね。ド直球ハウスはそんなに興味ないんだ。4つ打ちのリズムだったら全てがハウスな訳ではない。最近やっと4つ打ちのダンスミュージックを受け入れるようになった。最近ツアーから帰って来て以来、私が作った音楽は全て120 BPMの4つ打ちだ。ハウスを通して今までにやったことのないものが表現できるような気がしていて、だから今になってやり始めてるんだろう。ハウスミュージックらしいサウンドのハウスではなくて、ちょっと変わった方向性のハウスミュージックが作りたいんだ。

Erykahをフィーチャーしたトラックを作った時、あなたは人間味のあるループを作ろうとしていたらしいですが、ナチュラルなフィーリングのあるエレクトロニック・ミュージックを作ることは普段から意識していることですか？

それはHerbertにも通じる美学だと思うね。人工的な音を使わない、という。私はパソコン内だけで制作しないんだ。ソフトウェア・インストゥルメントを使ったことがない。私が使うものは全てアコースティックな音源であって欲しい。空気を伝ってマイクへと伝播したものをプログラミングしたい。今までそうやってきた。それが、人間味だと思うんだ。

Erykah Badu
The Healer
2007

Madlibがどうやってこの曲を作ったのか、検討もつかないよ。ヘヴィーなビートなのに、同時に全てが羽のように軽い。クリック音から鐘の音まで。ディープな曲だ。

元ネタがクレイジーですね。これは偽日本人バンドなんですよね？

ああ、背景で変な声ネタが浮遊してるね。"The Healer"はなかなか到達できない領域だよ。これほど良いビートを作ることができたら、私はもう他に何も望みはないね。

Erykahのファンであるあなたにとって、彼女と曲を作ることはいかがでしたか？

トラックを作った時、"The Healer"を多少意識していたんだ。最初に彼女に会った時、私は彼女のことを一方的に知っていたが、彼女は私のことを知らなかった。不思議なことに、Mark Ronsonを通じて知り合ったんだ。Mark RonsonがErykah、Trombone Shorty、 Mos Def、そして私が最近サンフランシスコで共演したThe MetersのZigaboo Modeliste達と、ニューオーリンズでプロジェクトをやっていて、そのリミックスを手がけたことがきっかけだ。私がリミックスをやったのは、実はBaduの気を引きたかったからなんだ。原曲が良い曲だったのもあるけどね。

私はニューヨークで彼らに会って、MarkにErykahを紹介してもらった。私は半ば強引にコラボの話を持ち出した。同じ年、シアトルでまた彼女に会った。私の音楽を聴いて、すごく良いと言ってくれたよ。彼女に「コラボレーションしたいけど、まず先にビートを聴かせて」と言われた。私は彼女にいくつかループを送った。彼女は誰とでもコラボレートするわけではないからね。彼女のマネージャーが"Heaven For The Sinner"のベーシックなトラックを運転中、車の中でかけてくれたんだ。すると彼女は、彼女の子供やマネージャーの居る車の中から直接私に電話をくれて、「これいいわ。やりましょう」と言ってくれたんだ。

共通の音楽の好みで彼女と盛り上がったという話も読んだことがあります。それはどの曲だったか覚えてますか？

まず、Robert Glasperの話はしたね。彼女は彼と"Afro Blue"を一緒にやってる。あと、Gilles Petersonだ。彼女は Petersonが大好きらしい。音楽に対する美学だとか、アプローチでお互い共通するものは色々とあったんだ。

彼女とライブを行うのも、相当興奮したのではないですか？

ああ、したね。サンフランシスコのショーで、彼女がDJ Low Down Loretta BrownとしてオープンDJをしてくれたんだ。すごくランダムなパーティーセットだったね。3曲トラップをかけたと思ったら、突然Sun Raをかけて、その後"California Soul"だ。クレイジーなハットと服装に身を纏ったErykah Baduだからこそ、許されることだろう。その後私たちの曲をやって、最高のパフォーマンスをしてくれた。ドラマチックな演出が上手いんだ。最初に曲をプレイし始めた時、彼女はステージにいなかった。2分ぐらいずっと曲を流しているのに彼女は現れなくて、ステージマネージャーが私に「気にしないでそのまま続けてくれ」と言っているのが見えた。すると彼女のマネージャーがステージに現れ、赤いヒールをステージに置いたんだ。そしてErykahはそのヒールに足を入れ、歌い始めた。最高だったね。そして"Bag Lady"もやったが、これも相当盛り上がった。10分ぐらいセッションしていたよ。純粋に楽しんでいたね。2500人の観客があの曲のサビを熱唱していて、完全に彼女の手中に収まっていた。

それは相当な思い出ですね。

私は馬鹿みたいに終始笑顔だったよ。