午前5時、リスボンのMusicboxにて。この街のアフロ・ポルトギース（アフリカ系ポルトガル人）ダンスミュージック・シーンのスターである、DJ Marfoxがステージに立ち、ラップトップからトラックを選別している。この夜彼は、彼の尊敬する先輩であるDJ Nervosoとバック・トゥ—・バックでプレイしていた。その1週間前にも、私はロンドンのDance TunnelにてMarfoxのプレイを見ているが、その時彼は、男性の叫び声がサビの役割を果たすトラックをかけていた。後に解った事だが、これはMarfoxとNervosoのコラボ曲、"A Propria"であった。Dance Tunnelでは、この曲がその晩の最高の盛り上がりを巻き起こし、その絶大な効果はMusicboxでも同様であった。“サンバのサブスタイルのバトゥカーダの要素を取り入れたクドゥーロ”と形容することができる"A Propria"は、リスボン拠点のレーベルPríncipeから世界へと紹介された、独特であり多様なアフロ・ポルトギース・サウンドの1つだ。この晩のMusicboxでのパーティーは、このレーベルPríncipeのセカンド・アニバーサリーを祝福するものであり、所属アーティストが一同集結していた。

Príncipeがリリースする音楽を一言で説明することは難しい。1990年代前半のアンゴラに起源を持ち、のちにポルトガルで人気を博した音楽とダンス・スタイルであるクドゥーロ（Kuduro）が重要な要素となっているが、その他にもバティーダ（batida）、キゾンバ（kizomba）、フナナ（funaná）、ハウス、アフロ・ハウス、そしてタラシンハ（tarraxinha）など、主にアンゴラ共和国、カーボベルデ共和国、サントメ・プリンシペ民主共和国といったアフリカ諸国で盛んな音楽ジャンルもPríncipeの作品スタイルに多大な影響を与えている。Príncipeが現在までにリリースした5枚のレコードは、国内のみならずポルトガル外のメディアやプロモーターからも注目を集めるきっかけとなった。DJ Marfoxと、同じくPríncipe所属のDJ Nigga FoxはベルリンのCTMフェスティバルや、ポーランドのUnsoundなど、ヨーロッパ各地のエレクトロニック・ミュージック・イベントでも出演経験がある。彼らがUnsoundに出演した際、同じフェスの出演者であるRP Booが彼らにこう話しかけたらしい。「君たちがどこから来たのか、これが何と言う音楽なのか知らないが……人生で聴いた音楽の中で、上位に入る最高な音楽だった」

Príncipeの公式Facebookアカウントでは、このレーベルは「この街、そしてその郊外、プロジェクト（低所得者用公営団地）、スラム街から発信される100%リアルなコンテンポラリー・ダンスミュージックをリリースする」ことが目的と、説明している。的確な要約の仕方だと思うが、視野を広げると、このレーベルが果たしている重要な役割はレコードのリリースだけに留まらないことが解る。「以前、ポルトガルの大物ジャーナリストが国の主要アート／カルチャー誌で俺たちに関する記事を書いたんだ」と、Príncipeの主宰者の1人、Pedro Gomesが言う。「記事の中で彼は、Príncipeは1000のデモ運動よりも影響力がある、と書いていた」。Príncipeを立ち上げた彼らは、レーベル、そしてパーティー・シリーズを運営していく中で、都会出身の自分たちと、都会から隔離されたリスボンのゲットー育ちのアーティスト達の間にしっかりとしたコミュニケーションが存在する、異文化プラットフォームを造り上げる必要があった。

アニバーサリー・パーティーの数日前、私はPríncipeを立ち上げた4人のうち3人と、リスボンのバイロ・アルト地区の老舗バーで対面した。Marlboro RedをふかすPedro Gomesは流暢に英語を操るため、3人の代表となり私の質問に答えてくれた。残りの2人、Nelson GomesとMárcio Matosは、終始bagaçoを飲んでいた。これはグラッパ（註：イタリア特産の蒸留酒で、ブランデーの一種）のポルトガル版のようなお酒で、地元の人から「火の水」と呼ばれているらしい。Pedroの説明によると、10年ほど前、彼はリスボンでのAnimal Collectiveのイベントに関わったとき、Nelsonと知り合った。2007年に2人は文化協会Filho Únicoを立ち上げ、Hype Williams、Ariel Pink、R Stevie Moorerといったアクトを同市に招聘した。一方、MárcioはPríncipe運営陣の4人目であるJosé Mouraが経営しているレコード店、Flurで働いていた。

主宰者4人の中で一番クラブ・ミュージックに深く関わっていた人物であるNelsonは、当時クラブ・ミュージックというものに嫌気が差していた。そして、アンゴラ系、カーボベルデ系の人が多く住むヴィーラ・シャンという場所で育ったのもあり、彼は積極的にアフリカ系の音楽を聴くようになっていた。2007年に、Nelsonはボランティア活動家の彼女、Marta Pinaに教えてもらい、Nove Bairros Novos Sons（訳：9つの地区、新しいサウンド）という、様々な地区を代表するバンドが１つのステージに立つイベントで、Kotalumeというヴォーカリストのパフォーマンスを見た。カーボベルデの式典の音楽である、アップテンポなフナナのビートに歌を乗せるパフォーマンスに衝撃を受けたNelsonは、次の日のショーを見に行くべきだとPedroを説得した。この時彼らが聴いたトラックを作ったのが、実はDJ Marfoxであった。Kotalumeのライブ中、Marfoxはターンテーブルを操作するフリをしながらステージに立っていたが、トラックを作ったのが自分だと人に解ってもらうために、彼はどうしてもステージに立ちたかったらしい。（この話をしながら3人は笑わずにはいられなかった）

「こいつらは俺から何を求めてるんだ？」ライブ後、NelsonとPedroに話しかけられたMarfoxは、そう思ったらしい。「俺を利用するつもりか？俺から何か欲しいのか？こういう人達に話しかけられたのは初めてだった。丸一日ずっと考えてたよ。彼らは俺と活動をしたいのか？ってね」

Left to right: Márcio Matos, Pedro Gomes, Nelson Gomes, José Moura, André Ferreira

その後数ヶ月、彼らはお互いとの仲を深め、信頼関係を徐々に築いた。PedroとNelsonは、クドゥーロやフナナをベースにしたクラブ仕様のエレクトロニック・ミュージックを作っている人々がリスボンにもっと居るのではないかと予想しており、それは見事に的中していた。そのうちPedroは、リスボンの都心部の人々の車からMarfoxの音楽が流れているのを気づくようになった。直に、NelsonとPedroは、MárcioとJoséと話をまとめ、Marfoxを始め、PhotonzやNiagaraなど他のローカルアクトも引き入れて、リスボンのクラブ・ミュージックを世界に紹介するレーベルを立ち上げることを決心した。「一緒に、変化を起こさないか？」とNelson達はMarfoxに言ったという。「君の音楽をもっと広めて、多くの人に知ってもらおうじゃないか」

PedroとNelsonと知り合ったとき、Marfoxはまだ19歳であったが、ポルトガルやヨーロッパのアフリカ系の人々の間では、ある程度知名度のあるDJであった。彼は大陸を横断しDJギグをこなしたが、自作のタフでフレッシュなクドゥーロやフナナのトラックは、ギグでプレイすることができず、彼の作る音楽はあまり知られていなかった。アフリカン・クラブ（ポルトガル人はアフリカ系の移民が集まるクラブをこう呼ぶ）の客層は、解り易い、希望に溢れた音楽を求めており、Marfoxが作るような生々しい、“ゲットー”な音楽は好まれなかった。

とある霧雨が降る午後、私はリスボンの都心部から車で30分ほど離れた場所に位置するプロジェクト、Quinta do MochoにてMarfoxと会った。格子状にベージュと黄色の建物が立ち並び、道に沿ってヤシの木（Pedroが言うには、ポルトガル人はヤシの木に対して執着があるのだとか）が植えられているこの団地に私が到着した頃、Marfoxのアパートでは色々な人が集まっており、わいわいと盛り上がっていた。Marfoxが普段音楽を制作しているベッドルームには、Príncipe 所属のDJ Nervoso、DJ Firmeza、DJ Liofoxらや彼らの友達、そしてNervosoの息子、Édiが集まっていた。彼らは全員近所に住んでいるらしい。

DJ Marfox

MarfoxことMarlon Silvaは、Quinta do Mochoから10分ほど離れたQuinta da Vitóriaで育った。彼の家族はもともと、ギニア湾に浮かぶポルトガルの植民地であった島、サントメ・プリンシペの出身だ。彼は幼い頃からキゾンバ、サンバやクドゥーロといった音楽に触れ、父親からジャズやブラジリアン・ポップを教えてもらったと言う。DJをやっていた従兄弟に触発され、Marfoxは7歳の頃古いテープデッキを使用してミックスを練習し始めた。2004年、近所のパーティーに遊びに行ったとき、彼はDJ Nervosoが様々なスタイルの音楽と共に、自身が制作したトラックをかけているのを見た。10年以上前にZnobiaというプロデューサーが確立した、スローなテンポのアンゴラのダンス・ミュージックであるタラシンハを、自分なりに制作したトラックをNervosoはかけていた。「俺は彼みたいになりたかったね」と、Pedroの通訳を介して、Marfoxが言った。「彼を参考にしていたんだ」

同じくサントメ・プリンシペの出身であるNervosoは、このシーンの産みの親として尊敬されている。シャイな（彼の名前の由来でもある）30歳の彼は、モロッコで工事現場の仕事をしており、Marfoxの部屋のソファで、息子のÉdiを膝にのせながら、私と話をしてくれた。Nervosoは10代のころ音楽制作を始め、そのうち、近所のアフリカン・ナイトクラブでDJをするときに自身の楽曲もプレイするようになった。その頃の彼のトラックの「ループ」は人々を「狂わせ」、フロアは「カオスと化した」らしい。Pedroはこの頃が、リスボンのシーンの発祥だとのちに語っていた。

「DJ Nervosoのスタイルに皆影響された」と、Príncipe所属のDJ Lilocoxが言う。「皆彼をじっくり聴いていた。彼みたいな人がいなかったら、俺は自分の音楽をプレイしようとも思ってなかっただろうね。自分で音楽を作ることすら考えてなかったと思う」

DJ Nervoso and Édi

このシーンにとって重要な転機となったのが、2006年にネット上で公開され、のちにPríncipeが再リリースしたコンピレーション、『DJ's Do Guetto Vol.1』の登場だと、私が話をきいたリスボンの人は例外無く語っていた。この頃、MarfoxはNervosoの元で学んでおり、プロデューサーとして徐々に名前が知られるようになっていた。このコンピレーションは、いくつかの地区のクルーが集まり、一時的なユニットを結成した結果生まれたものであり、Máquinas do KuduroのメンバーDJ PausasとDJ Fofuxo、DJ N.K、DJ Jesse、DJ Nervoso、そしてDJ Marfoxが参加していた。配信は学校の新学期のスタートに合わせて公開された。「若者は皆聴いていたよ」と、Marfoxは言った。

「彼らは、独自のスタイルの音楽をやって名前が広まった最初のクルーだ」と、DJ Koltは言う。「彼らの音楽は色々な地区へと浸透した」。このグループは短命であったが（Marfoxはメンバーの我の強さや価値観の相違を理由に挙げた）、この作品が与えた影響は今でも顕著だ。「今でも、“DJ's Do Guettoはもうやらないのか?"って訊かれるよ」と、Marfoxは言う。同じくMarfoxのアパートにいたDJ FirmezaとDJ Liofoxは、敬意を表するために自身のクルーをPiquenos (訳：小さな) DJs Do Guettoと名付けた。

Marfoxとの出会いから、PríncipeがMarfoxの「Eu Sei Quem Sou」を出すまでに3年の月日がかかったことに対して質問すると、Pedroはロンドンのグライムのシーンを例に挙げた。「Dizzee Rascalがレコード会社と契約した」と、彼は話す。「Wileyもレコード会社と契約した。どちらも良い作品を出した。そして、今度はKanoが契約した。Kanoがレコード会社と契約したことで、彼よりもシーンからリスペクトを受けていた500人のMCが憤慨した。この音楽は貧困に苦しむ人々が産み出したものだ。だが中途半端で意識の低いレーベルの勝手な判断によって酷い扱いを受けて、侵害された。このコミュニティー・ミュージックには共同社会的なヒエラルキーや年功序列があるのに、そういったものは完全に無視されたんだ。それを俺は見ていたから……そういった過ちは犯したく無かった。だから長い時間をかけて、誰が先に何をやってたか、何故それが重要なのか、何故それがこれよりも重要なのか、といったことをまずは理解しようとしていたんだ」

Pedro、NelsonとMárcioは、プロデューサーたちとの交渉を繰り返し、時間をかけて彼らの信頼を得た。このプロセスを、Pedroは「異文化平均化」と呼んだ。Príncipeの5枚目のリリースであるコンピレーションには、Blacksea Não MayaとPiquenos DJs Do Guettoのメンバー達のトラックを収録しているが、これは発売までに1年以上かかった。「彼らに信頼してもらえるまでに、すごく時間がかかったんだ」と、Pedroは言う。「俺たちは彼らの承諾無しで勝手なことは絶対にしない。そして、彼らのやっていることをそのままの形で売り出したい。西洋の市場のために薄めたものなんて、求めていないんだ」

「彼らはとても変な人達だなと、俺らは思っていたよ」と、Blacksea Não MayaのDJ Koltは言った。

都心部から30分南下するとたどり着く団地、Cucenaにて私は、彼とDJ Perigoso、そしてDJ Noronhaから成るクルー、Blacksea Não Mayaに会った。小さなベッドルームに集まったBlacksea Não Mayaは、このクルーの創始者だが現在はポルトガルに住んでいないDJ Jokerという人物が、当初Príncipeを疑っており、メンバーにこのレーベルと契約するのを辞めさせようとしていたことを話してくれた。だが、PríncipeのパーティーでPiquenos DJs Do Ghettoのプレイの動画を見ていたDJ Koltは、Príncipeに参加したいと考えていたらしい。そしてMusicboxのPríncipeのパーティーにてMárcioと会い、彼は直接交渉を行った。NelsonとMárcioは彼らの親も、Príncipeの活動に対して懐疑的だったと話していた（PerigosoとNoronhaは兄弟であり、Koltは遠い親戚の仲なのだ）。

Blacksea Não Maya

リスボンの文化的な分離を理解するには、地誌学的な観点から考えると解り易い。ポルトガルの首都であるリスボンは、84km2を占める市域面積に50万人強の市域人口を擁しており、面積が2,957km2ある都市圏の人口は300万人を超える。1974年の革命後、再度民主化したポルトガルでは、アンゴラなど元植民地であった国からの移民が急増し、住宅の欠如が問題となった。都市計画家達はリスボンの端の土地に次々に住宅を建設したが、これらの新しいコミュニティーと、都市を繋ぐ交通に関しては疎かにされた。「信じられないほどの隔離の仕方だった」と、Pedroは言う。「ニューヨークのゲットーの扱い方とか、ロンドンの公営住宅とかより酷かった。国は人々を社会の端へと追いやって、場所によっては街へと続く道すら無い辺ぴな所に放置したんだ。街からクソ遠い所にだ。革命から40年経った今も、こういった人々は未だに隔離されている。だから彼らが、俺たち街の人々を信用していないのも理解できるんだ」

「リスボンの周辺にはたくさんのプロジェクトがある」と、DJ Lilocoxは言う。「リスボンにはたくさんの観光客が訪れるし、人がいっぱいいて、色んなことが起きてるけど、人はこっちには足を運ばない。こっちに来て、強盗に遭うのが怖いからだ。そういうことは確かに起きるかもしれないが、それはリスボンでだって同じだ。しかしここはプロジェクトだからこういう扱いを受けるんだ」

「あなたの年齢、人種、性的指向、収入、服装など関係無く、Noite Príncipeではどんな人でも歓迎。外の世界を忘れて踊り明かすことができます」

Príncipeが主催するパーティーは、彼らにとって重要な外交手段として機能してきた。初めてイベントを開催したのは2012年の2月、Musicboxにてであり、DJ MarfoxとPhotonzが出演した（Marco RodriguesとMiguel EvaristoのユニットPhotonzは、Príncipeの発足時から所属していたアクト。レーベルのセカンド・リリース、「WEO / Chunk Hiss」は彼らの作品であったが、その後脱退し、One Eyed Jacksというレーベルを立ち上げた）。Márcioは、Marfoxの団地の友人達が20人ほど来たのみだったと覚えているが、全体的にイベントとしては忙しい雰囲気だったと言う。開催6回目、7回目ぐらいになると、Noite Príncipeに関する噂は都心部のほうへと広まって行った。「他の団地の奴らも誘うようになって、そのうち、Marfoxは凄い人数の友人を呼ぶようになった」と、Nelsonは言う。出演するDJ陣も、客層もどんどんと幅広くなっていき、イベントの動画がネットで話題になった。

「今でも」と、Pedroが語る。「プロジェクト出身の若い子が俺たちのパーティーに初めて来たら、こんなリアクションをするんだ（驚いた表情をしてみせる）。白人がゲットーの音楽で踊ってるなんて、彼らは信じられないんだ」。私が訪れたアニバーサリー・パーティーでは、私の目の前で白人の男性と、プロジェクト出身の黒人の女性がキスをしていた。するとどこからともなく現れたPedroが、私にこう耳打ちした。「1年半ぐらい前までは、これはありえない光景だったんだぜ」

「毎月、人の数がどんどん増えている」と、Pedroは以前言っていた。「より多様になって混ざり合っている。白人同士で踊っていたり、黒人同士で踊っていたり、白人と黒人が踊っていたり。皆一緒に踊ってるんだ。セックスもしてるし、お互い楽しい時間を過ごしている。参加する全員がとてもハッピーになっているのがすごく解るんだ」

「とても感謝しているよ」と、DJ Lilocox。「今まで見た事も無いような人達が集まって、同じ音楽に踊っていて。見ているだけで嬉しいんだ」

「アフリカの音楽で白人が踊ってるのをみたのは、このイベントが初めてだった」と、Nigga Foxは言った。

Marfoxのアパートにて、Firmezaが最近腕に入れた大きなタトゥーを見せてくれた。彼のクルー名、P.D.D.G.の下にはMusicboxのシンボルであるサイコロと、Príncipeを象徴する王冠が彫られていた。

Firmezaは前述のアニバーサリーでオープン・アクトを務めたが、彼のセットはこの晩のベストの1つであった。彼の前に、ダンスフロアの上のガントリーで短いウォームアップ・セットを披露したNelsonとMárcioは、90BPMの複雑なリズムのタラシンハを回していた。彼らの後に続いたFirmezaはまだ19歳だが、DJとして高い評判を受けている（歯でミックスするDJとして知られる）。彼のスタイルはメロディよりもドラム重視であり、時にはアフロ・ハウスの亜種のような、またある時にはソカに影響を受けたようなサウンドであった。スキルフルにフェーダーやフィルターを駆使し、Firmezaはトラックのインパクトを最大限に高めた。どんどんと熱気が増しているフロアにはダンス・サークルが出来上がり、客は一丸となり「hey!」と叫んだ。

この晩、特に輝いていたもう１人のDJは、Marfox以外で最もリスボン国外で名の知られている、DJ Nigga Foxだ。彼のセットは過激な電子音に溢れ、散乱したリズムと合わさって心地よい船酔いの気分を誘発した。Príncipeの4作目のリリースであった彼のEP、「O Meu Estilo」は、クドゥーロ、アフロ・ハウス、タラシンハなど無数のジャンルを融合させた独特なハイブリッド作品であった。新しい発想や実験的な姿勢を重視するこのシーンの中でも、Nigga Foxの異端的なスタイルは異彩を放っている。

私はNigga Fox（ことRogério Brandão）に会いに、街の北部の郊外にあるAmeixoeiraの彼の自宅を訪れた。背が高く、顎までの長さがあるドレッドヘアの彼は威圧感があるが、性格はシャイであり外観とのギャップがあった。アンゴラのルアンダ出身だが、彼が4歳の頃、アンゴラの内戦を逃れるため彼の家族はリスボンへと移った。彼はクドゥーロ、ポップ、レゲエといった音楽だけでなく、父親の出身地であるコンゴの音楽も聴いて育った。兄の影響で音楽制作を始め、その後、学校で知り合ったMarfoxの影響でリスボンのゲットー・ミュージックに関わるようになった。そして去年、MarfoxがNigga Foxの音楽をPríncipeの主宰者達に聴かせると、彼らはすぐにNigga Foxと契約を結んだ。

DJ Nigga Fox

NiagaraもPríncipe所属アーティストの中で、違った理由で異彩を放っている。リスボン出身のAlbertoとAntónio兄弟と、アメリカ出身のSaraから成るこの3人衆はハウス・ミュージックをプロデュースしており、Principeの3作目のリリースである「Ouro Oeste」には、彼らのカラフルで即興性の高い四つ打ちビートが詰まっていた。「彼らのユニークなサウンドはリスボンの明るさを象徴しているんだ」と、Nelsonが語る。「夏にここを訪れれば、まさにNiagaraのサウンドそのままだと解るだろう」

Príncipe のパーティーでのNiagaraのセットは最後に予定されており、クラブが午前7時まで営業時間を延ばしたため、彼らはほぼ人のいないフロアでプレイすることになった。彼らはよくライブを行っているが、この晩はDJセットを披露していた。自分たちのトラックのみでプレイしており、ほとんどのトラックがPríncipeの人達がまだ聴いていないものだった。彼らのセットには、“クラブ仕様になって浮遊感が加えられたActressのようなサウンド”と形容することができる瞬間もあった。彼らのトラックは他のDJよりもテンポが遅めであったが、多様性を歓迎するこのパーティーでは違和感が無かった。「何らかのアイディアを形にする上で、ただ単純に既存のスタイルを選ぶだけではない、新しい手法を見つけることが、Príncipeに所属するアーティストに共通する信念なんだ」と、彼らは言った。「しかしもちろん、スタイルの違いがあることは面白いし、皆お互いの音楽を尊重しているよ」

Niagara

「彼らの音楽は、レーベルの他のアーティストの音楽と正反対だ」と、Nelsonは言う。「なぜなら、彼らは西洋の音楽を知っているからだ」。実際、私が話をきいたリスボンのアーティストの中で、ダンス・ミュージックにある程度精通していたのは、Niagaraだけであった。Marfoxは若いころCarl Coxを聴いており、Blacksea Não MayaはDavid Guettaが好きだと言い、Nigga FoxはSteve Aokiや他数人を知っていると言った。だがそれぐらいで、全体的にみて彼らは西洋のダンス・ミュージックの影響をほぼ受けていないと言える。

こうした隔離を背景に、リスボンにおけるアフロ・ポルトギースのシーンでは特有の習慣やルールが出来上がった。まず顕著なのはDJネームのあとに「fox」をつける習慣だ。Liofox、Nigga Fox、Dadifoxといった名前は、Marfoxへの敬意の現れ、Lilocoxはその変形バージョンだ。そしてDJは全員ラップトップを使い、Traktorを使うMarfoxとNigga Foxを除いた多くがVirtual DJやPCDJといったソフトを使うのも特徴だ。PríncipeのパーティーではDJは90分プレイするが、近所のパーティーでは各DJタイムはたいてい30分ほど。ほぼ例外なく、DJ達は自身のトラックか、所属するクルーや地区の人々が制作したトラックのみをかける。誰も「プロデューサー」という言葉を使わず、音楽を制作しプレイする人を総称して「DJ」と呼ぶ。DJたちはとても素早くミックスしてしまうため、1曲が60秒程度でも大丈夫だ。彼らの音楽はたいていFruity Loopsを用いて制作されている。これは、このソフトの操作の単純性が理由だと多くのPríncipeアーティストが言っていた。

“クドゥーロとハウスを混ぜている”と自分で説明していたLilocoxを除いて、私がインタビューをしたアーティストは誰も自分の音楽をはっきりと言葉で説明しようとはしなかった。大抵の場合、曖昧な表現をするか、その質問を避けるか、自分が決めることじゃないとだけ答えるのであった。彼らが気難しい訳ではない。このシーンの人々はジャンルというものを重要視していないのだ。それよりも、個性が重視される。「誰かと似たサウンドを作ったという理由だけで、人から無視されたりする」と、Lilocoxが話す。「俺のスタイルも色んな人に真似されるが、俺はいちいちそんなことで怒るような奴じゃない」

Blacksea Não Mayamに個性の重要性を訊いたとき、Koltはこう答えた。「重要どころじゃないね。他人と違う個性が無いとだめだ」

Príncipeのパーティーを彩った音楽はパーカッションに重点が置かれていたが、サウンドのムードや質感はアクトによってまったく異なった。FirmezaとLiofoxの後に続いたBlacksea Não Mayaは、16ビートのドラム・パターンを多用し、クドゥーロ・ヘヴィなセットを披露した。特に、同グループのメンバーの1人Perigoso（彼は12歳からプロデュースをしているとのこと）の、Príncipeからリリースした"Decaléé"などは、彼らの音楽の強烈さを象徴している。Cacémというプロジェクト出身のMabokuとLilocoxはより落ち着いた、トリッピーなサウンドを好む。彼らのセットにはアフロ・ハウスの影響が顕著であったが、洗練されたクドゥーロの再解釈も見受けられた。

比較すると、彼らの先輩DJとなるMarfoxとNervosoはより直球なスタイルであった。主に4つ打ちのクドゥーロをプレイしていたが、テンポ（145BPM周辺）や打楽器の密度により、強烈なシンコペーションを生んでいた。特にNervosoは、2ビートのフレーズが延々と繰り返しているように聞こえる、勢いのあるループを多用した。プレイ中、若い男性数人が腕を組み、ビートにあわせて「bah!」と叫んでいたことが、このフロアの狂気を的確に表していたように思う。

「この音楽には、西洋の音楽には無いものがあるんだ」と、イベントの前にPedroが私に言っていた。「この音楽には国境を超えて人を惹き付ける普遍的な魅力がある。アフリカでも、南米でも北米でも、アジアでも、もちろんヨーロッパでもこの音楽は効果を持つ。これは、奴隷売買や移住を通して、何世紀にも渡り人々が少しずつ育てて来た音楽で、デジタル・テクノロジーを通して新しい命を得たんだ。Fruity Loopsの登場は奇跡だ。なぜなら、今ではこの純粋かつ難解なリズム・パターンをデジタルに変換して、それをレコードにプレスすることができる。何世紀にも渡って進化してきたリズムを忠実に形にすることができるんだ。長い事磨き上げられて来た濃厚なものだからこそ、世界のどこででも通用する。大衆主義的でも、United Colours Of Benettonみたいな意味でのグローバルじゃなくて、ただ人々が本能的に反応できる音楽なんだ」

リスボンの外では、Príncipeのサウンドは様々な文脈で紹介されている。Dance Tunnelでは、MarfoxはVisionistやYoungstarといったグライムDJと共演し、ロンドンのBarbicanでの、中止になったJust Jamにも出演予定であった（ラインアップには他にRP Boo、JME、SOPHIE、Mount Kimbieといった名前があった)。ベルリンのCTMフェスティバルでは、彼はShackletonやセネガルのバンドJeri-Jeriと一緒にプレイした。一方、Nigga Foxの最近のギグはベルリンのChestersであり、Kode9と一緒だった。「彼らはどんな文脈とも相性が良い」と、Pedroは言う。「だが一番良いのは、そのままの形で提示することだ。これを違ったものに塗り替えようとするプロモーターがいたら悲しくなるね。これはテクノじゃないし、ハウスじゃない。ダブステップでもグライムでもない。これは、これで、他の何ものでもない。だからこれが欲しいなら——ありがたいことにこれを欲しがっている人は増えている——ありのままの姿で世に出さないと駄目だ」

Príncipeの音楽の人気は、この街でどんどん高まっていると、私が話を訊いた人達のほとんどが語っていた。紙媒体でも幾度となく取り上げられ、テレビにも彼らは出演している。Marfoxは地元ではちょっとした有名人扱いだが、これは何も今に始まったことではない（Quinta do Mochoで彼の写真撮影をしていた時、通りすがりの男が「DJクルー！」と私たちに向かって叫んでいた）。「SoundCloudにトラックをアップすると、路上で人に話しかけられて、“自分のやりたいことをやっている君を見て、俺も勇気をもらっているよ”って言われるんだ」と、Marfoxは言った。Perigosoは自身の音楽活動のおかげで、学校で有名になったこと、そして先生が彼をテレビで見ていたことなどを話した。

「最初にPríncipeのパーティーに遊びに行っていたときは」と、Noronhaが言う。「俺たちがやっている音楽を良く理解していない友達を6人連れて行くぐらいだった。でも今ではすっかり状況は変わってて、20人とか30人とか、ゲストリストが足りないぐらいだ」

リスボンのゲットーから生まれている音楽は、複雑なパラドックスを露にする。このシーンの多くのプロデューサーの背景には過酷な現状——社会的、そして物理的な孤立、ヨーロッパ第3位の若年失業率など——があることは間違いないが、ヒップホップ、ハウス、グライムなど多くのシーンもそうであったように、こういった環境はアーティスティックな探究心の土壌となる。「こういった社会的、そして組織的な孤立を正当化するつもりは無い」と、Príncipeのパーティーへと向かう車の中で、Pedroが話し始めた。「リスボンの外縁にゲットーを作るという都市計画は、ポストコロニアリズムを新植民地主義的な方法で解決するようなものだったからだ。しかし、例えこのようにとても複雑で過酷な状況に置かれているとしても、シンプルで、ベーシックな、人間味のある信条や組織が基盤になっているコミュニティーには、良い部分があるのは間違いない。こういった隔離が人々にとって有益な訳ではもちろん無いが、大都市がいかに共同社会としての結束力を失っているか、そしていかに西洋の主要都市が次々と無慈悲な高級化の餌食になっているかを考えると、メリットはあるかもしれない。物価と人口密度が過剰に高い都市から生まれて来るアートや音楽なんて、どんどん憶測的で、抽象的なものが増えていて、メッセージは直接的でも、日常的でも無くなっている」

「例えば、あなたがダンス・ミュージックを作ってるミュージシャン、アーティスト、プロデューサー、DJだったとして、たった今完成させたトラックを隣人に聴かせて、その隣人は気を使わずにあなたに率直な意見を言う事ができて、それを聞いてあなたが参考にすることができるとしたら、それはとてつもなく建設的な創作の環境じゃないか？」

その後、私たちはMusicboxに到着した。中に入ると、真ん中のテーブルには食べ物が並べられていた。Príncipeのアーティストや関係者がイベントの開始前に集まり、談笑していた。パスタを食べ、ビールを飲んでいると、いつの間にか人々が2つのグループに別れていることに気がついた。プロジェクト出身の者達が片方に集まり、それ以外の人々がもう片方に居た。食べ終わった頃、私は楽屋でMarfoxにこの状態について訊いてみた。「俺がさっき到着したころ、プロジェクトの奴ら、食べ物に手もつけてなかった」と、彼も気づいたようだった。

Pedroは「俺は彼らに言ったんだぜ。“ほら、食べ物食べなよ”って」と主張した。

「しかし、それでも食べなかったろ？」と、Marfoxは言った。「彼らは恐れてるんだ。シャイなんだ。彼らは君たちと口論をしたり絶対にしない。彼らの態度を見てみな。君たちは彼らに投資をしているし、彼らと仕事をしているけど、彼らからしてみれば君たちは地位が違う人間なんだ。俺が君たちの目を見て話すようになんて、彼らにはできないんだ。今は、まだ。その壁を壊していかないといけない」

そして、しばらく考えてから、彼はこうつけ加えた。「こういった偏見が取っ払われたら、この音楽はもっと凄いものになる」

数時間後、パーティーは盛り上がっていた。Marfoxはフロアを歩き回り、場を仕切り、マイクを掴んで客を煽っていた。Lilocoxは複雑な握手で友人を歓迎し、のちに女の子をナンパしていた。自身のセットを終えた後、Nigga Foxはレイヴ・ダンスをしていた。イベントの中盤、レーベルの関係者が集まり、バースデー・ソングを歌い、ケーキをカットした。私はステージの脇から眺めていた。そして音楽が再開し、私はダンスフロアを見下ろした。クラブの照明の下、闇の中に隠れた人々は、誰が誰だか見分けがつかなかった。