近年、デジタル音楽市場はどんどんとミックスCDにとって不利な状況へと変化している。現在、多くのリスナーはダウンロードするか、ストリーミングサービスを利用して音楽を聴いており、フィジカルを買うことにやぶさかではない人々も、CDよりヴァイナルを求める傾向がある。そしてpodcastの普及に追い討ちをかけられ、ミックスCDというフォーマットはどんどん隅に追いやられてしまっている。オンラインでこれだけ無料のDJミックスが聴けてしまう現代、誰がお金を払ってミックスを聴こうとするだろうか？

ダンス・ミュージック界の巨大レーベルの数々も、受けているダメージは大きい。全盛期にはSasha、Steve Lawlerや、Paul Oakenfoldといったビッグネームの作品をリリースしていたGlobal Undergroundの人気ミックスシリーズは、現在ほぼリリースをストップしており、UKのMinistry Of Soundは、ミックスではなくコンピレーションに力を注ぐようになった。そして『Balance』や『Body Language』など、一時は崇拝されていた大人気ミックスシリーズも、昔ほど話題に上らなくなってしまった。

最近だと、『Live At Robert Johnson』の一件が記憶に新しい。選曲、パッケージング、共に細部まで拘り抜かれた同シリーズは、近年のとても評価の高いシリーズの1つであった。しかし3年間に渡り、第8弾まで続いたこのシリーズは、Dixonによる素晴らしいミックスを最後に、幕を降ろした。DJのプレイをたったの80分間に限定してしまうのは無意味だ、というのが彼らのスタンスであった。Dixon自身も、これが最後のミックスCDになると発表していた。

ミックスCDを取り巻く環境は、昔と比べて大きく変わってしまった。90年代の半ばごろ、もしクラブ以外の場所でダンス・ミュージックを聴くとしたら、ミックスCDを聴くのが主流であった。誰もが12インチを集めていた訳ではなく、初期のインターネットでは、現在のようなニッチな観点で音楽の情報を検索することは難しかったからだ。ポピュラーなミックスCDは流行を生み、新しいジャンルを支え、ダンス・ミュージックの進化を促し、人がクラブで求める音楽を定義づけた。

ミックスCDの歴史を語る上で、同フォーマットの人気の火付け役となった『Renaissance: The Mix Collection』を1994年にリリースしたSasha & Digweedを無視する訳にはいかない。3枚ディスクのセットであったこのミックスCDは、世界中のリスナーにSasha & Digweedの音楽のエッセンスを届け、UKのスーパークラブのサウンドが世界を席巻するきっかけとなった。同作のヒットにより彼らは世界レベルで活躍するDJとなり、その次に彼らがリリースした『Northern Exposure』も、プログレッシヴ・ハウスの金字塔作品として伝説と化した。

ミックスCDは、DJが純粋にDJとしてお金を稼ぐ方法の１つであった。ミックスのスキルよりも、プロデュース作の人気度でDJがブッキングされることのほうが多くなった現代、それは稀なことだ。クラブの雰囲気が家でも楽しめるのがミックスCDの利点だが、家で聴くことを想定した選曲はDJにとって、普段とは違う一面を見せる良い機会でもあった。!K7の『DJ-Kicks』シリーズ、Michael Mayerの『Immer』、Sashaの『Involver』、Richie Hawtinの数々のミックス、そしてHenrik Schwarz、Âme、Dixonらのコンセプチュアルなミックス、『Grandfather Paradox 』といった作品はどれも、アーティスト・アルバムと同様のインパクトをシーンに与えた。

新しいシリーズがスタートしては消え去り、権威のあるシリーズが続々と白旗をあげていく中で、市場の荒波に揉まれながらも絶え抜いているレーベルは僅かだが存在する。そもそも、ミックスCDの制作におけるハードルは、物理的な容量の限度だけではなく、発売までに様々な準備を要するフォーマットであり、場合によっては1年など優にかかってしまう点が挙げられる。それに比べ、podcastのミックスは、理論上、依頼があったその日に完成させ、配信することが可能なのだ。

加えて、ライセンスの問題がある。ライセンスはミックスCDを作る上で最も高いハードルであり、芸術的意向を妨げる障害となりうる。ミックスCDは販売し、利益を得ることを目的とするため、収録される全ての楽曲のアーティストやレーベルの許可をとる必要があり、多くの時間とコストがかかる。そして、ライセンス料が大抵のダンスミュージック・レーベルの予算を上回るため、メジャー・レーベルの楽曲は基本的にアウトということになる。権利をクリアしていないサンプリングを擁した楽曲や、非公式のエディットもNGであり、権利保有者が定かではない古い楽曲も無しということになる。だが、現在ほぼ無法地帯となっているネット上ではどれも関係の無いことである。

尚かつ、デジタルの世界でミックスCDを販売しようとすると、また新たな壁にぶつかる。iTunesなどの音楽配信サイトは、ミックス作品を１つのファイルとして販売するのではなく、曲をそれぞれ別々に販売できるようにすることが条件となっている。ミックスのエクスクルーシヴとして未発表曲を提供したアーティストにとっては、曲がフルで配信されてしまうのは困ることだ。「曲をアルバム単位でしかダウンロードできないようにするのはある一定の割合までと決まっている」と、Ministry Of Soundのコンピレーション担当のAlice Schofieldが言う。「規制を和らげようとはしているものの、現在のライセンスの最も大きな壁はそこだわ」

インターネットでは地域の境界線が曖昧になり、ライセンスがより高価になってしまうこともある。「昔、!K7はドイツ国内向けに楽曲のライセンスを行っていた」と、!K7のA&R、Phil Howelsが言う。「そして、海外へレコードを輸出することによって、海外ライセンスのコストを節約していたんだ。例えば、2ManyDJの『As Heard On Radio Soulwax』などがそうだ」

「Kruder & Dorfmeisterの『DJ-Kicks』は、収録曲の90%がメジャー・レーベルの楽曲なんだ」と、!K7の創立者Horst Weidenmüllerが言う。「だからこの作品がネットでリリースされたことは無い。海外流通の権利がクリアできなかったため、ドイツ国内のみでのリリースだった。しかし輸出で100万枚売れたんだ。それはデジタルでは無理だ」。ミックスが100万枚も売れたなど、信じがたい話だと思う人も居るかもしれないが、Kruder & Dorfmeisterのミックスがリリースされたのは、1996年のこと。今とは随分違う時代であった。

2001年よりリリースが続いている『fabric』と『Fabriclive』シリーズは、現在最も認知度の高い、ミックスCD文化の旗手的な存在だ。この2シリーズは、世界有数のクラブであるfabricのサウンドや空気感を再現することが目的であり、150作目のリリースが控えている同シリーズは現在進行形のサクセス・ストーリーだと言い切っても過言ではない。

「これらのミックスは、距離だとか年齢といった要因でfabricに足を運ぶことができない人、あるいは水曜日の朝の通勤時など、好きな時にfabricの音楽を味わいたい人に最適だ」と、fabricのレーベル・マネージャーのLeo Belchetzは言う。「長年の付き合いのあるアーティスト達にスポットライトを当てたり、新進気鋭の若手に表現の場を与えることで、このシリーズは常にアーティストの活動を支えてきた。これらのミックスシリーズは、fabricの音楽に対する献身的な姿勢を象徴していると思う」

『fabric』のミックスそのものに、商品価値がある。「うちのシリーズのミックスだという箔がつくことで、フリーのオンライン・ミックスには無い永続性が生まれるんだ」と、Belchetzは言う。「そして商業ミックスであるということから、アーティストはフリーのミックスをコンパイルする時よりも、更に手の込んだことをしてくれる。そしてもちろん、プロの手によるマスタリングでベストな鳴りが保証されている上、うちは第1弾の時からアートワークやパッケージングが最高なものになるように拘ってきた」

ベルリンのWatergateも、人気ミックスシリーズを展開しているクラブだが、2008年という少々遅い参入であった。このシリーズは、同クラブのレジデントDJと著名のゲストDJ両方に重点を置いており、Marco ResmannやLa Fleurといったローカルヒーローと共に、Kerri ChandlerやSolomunなどビッグネームが参加してきた。「うちのクラブの中で繰り広げられていることを人に伝えるために、2008年にレーベルとCDシリーズをスタートしたんだ」と、WatergateのAlex Knoblauchは語る。「うちのシリーズは高水準をキープすることを重要視していることを、参加してくれるアーティストは理解しているため、最大限の努力をしてくれる。その結果は、仕上がりのクオリティに現れている。アートワークに対する反応も良いし、うちのミックスのためにお金を出すことを惜しまない人々がいるから、とてもありがたいね」

彼らはミックスCDを実用的なプロモーションツールとして見ている。「ミックス作品を出すことだけに集中している訳ではないんだ」と、Knoblauchは言う。「そのアーティストを中心としたキャンペーンを展開する。CDのリリースだけでなく、エクスクルーシヴはEPでのリリースも行い、うちのエージェンシーでブッキングを行ってツアーを企画し、各地でリリースパーティーを行うんだ。CDは全体の1部でしか無いんだ」

忘れてならないのは、『fabric』や『Watergate』、そしてそれらに似た『Rinse』などのシリーズは、他に収益を得る方法を持っている組織が運営している、という点だ。何しろ、前者の2つはクラブライフが盛んな大都市の人気クラブがバックについている。その点、!K7の『DJ-Kicks』のようなシリーズは、もう少しリスクを背負って運営されている。

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DJ達が好き勝手できる自由なミックスシリーズ、『DJ-Kicks』を主宰するドイツの草分け的レーベル!K7は、90年代初期からこのコンセプトのもとミックスCDを出してきた。Weidenmüllerは、初期のミックスシリーズ、『X-Mix』のことを「とても奇妙なホームリスニング作品だった。音楽が多様化していた90年代半ばのトレンドに合致していた」と、説明しており、そのコンセプトはそのまま後の『DJ-Kicks』シリーズへと受け継がれた。1995年のCJ Bollandの作品を皮切りに、Scuba、John Talabot、Maya Jane ColesといったDJ達が名作を残したこのシリーズもまた、絶え間なく変化する今日の音楽マーケットをタフに生き抜いているミックスCD・ブランドの1つだ。

「ストーリーを伝えることが大事なんだ」と、Howelsが語る。「Wolf + Lamb vs. Soul Clap（のCD）が良い例だ。エクスクルーシヴ音源をあそこまで豊富に盛り込んだ作品は初だった。このCDでしか聴くことができない曲が10曲ぐらい収録されていて、とても個性の強い作品になった。そして同時期に開催したパーティーも、そのミックスと同じスピリットを体現していた。現在、DJ-Kicksのイベントをやる上での理想的なアプローチが、まさにそれなんだ。私たちが今生きているこの環境に特化した、スペシャルな空間を作ることだ」

Ministry Of Soundは基本的にミックスCDから距離を置いたものの、同レーベルの『Masterpiece』は近年とても称讃を集めているシリーズだ。Carl CraigやAndrew Weatherallなど、ベテラン・アーティストにフォーカスし、3枚組のCDセットという、従来のミックスよりも長いプラットフォームで表現する機会を与えている。「彼らが今まで影響を受けて来た名曲、彼らにとってのマスターピースを集めることがコンセプトだわ」と、コンピレーション担当のAlice Schofieldが説明する。「つまり、より幅広くて深い選曲が可能になる」

『Masterpiece』は、レーベルがいかに市場の変化に順応し、ユーザーの新しい期待に答えることができるかを示す好例だ。とても重みのあるタイトルに名前負けすることなく、通常のクラブセットものよりもかなりの熟考を重ねられて念入りに仕上げられているこのシリーズは、大抵のpodcastではありえないほど深く、お気に入りのアーティストの真髄を知ることができる作品になっている。

どのレーベルも売上が落ちていることを認めているが、CDはまだ価値のある、利益を生むことができるフォーマットであると、fabricやMinistry Of Soundは主張する。!K7はCDの売上は依然黒字であると言っており、Ministry Of Soundも同調する。「お気に入りのDJをヒーローとして尊敬している若いクラバーは買うわ」と、Schofieldは言う。「こういったDJを聴いて育った、上の年齢の客層も居る。『Masterpiece』シリーズがまさにそうだわ。Andrew Weatherallのミックスはとても良く売れた。ミックスを購入する人は、フィジカルを買う傾向が強い人達だと思うから、podcastに皆持っていかれている訳ではないと思う」

「デジタルの販売数より、CDのほうがまだ大きいんだ」と、Belchetzは明かした。「黒字になるように、毎リリースごとのライセンス料などのコストは気をつけている。CDの売上が低減していないと言えば嘘になるが、CDの売上量をちゃんと見てみれば、メディアで騒がれているほど酷い状況ではないと思うね」

しかし、全てのレーベルに同じことが言える訳ではない。『Berghain』や『Panorama Bar』シリーズを手がけるレーベル、 Ostgut Tonが先日、ミックスCDのリリースを完全にストップすることを発表した。今後は、『Panorama Bar』の第6弾を皮切りに、年に数回ミックスをオンラインで配信する方針にシフトするとのことであった。これらはエクスクルーシヴ音源を豊富に含み、希少価値をキープするために低頻度での配信となる。フリーダウンロードでの公開となり、楽曲は3年間無償で公開できる特別なライセンス契約が結ばれる。これは完全に利益を除外視した、純粋に良い音楽を届けること（とプロモーション）を目的とした、賢い打開策だ。

面白いことに、市場に溢れかえっている無料ミックスへの反動なのか、最近ミックスCD業に参入した新興レーベルもある。一般的なクラブミュージック・リスナーがDJのプレイで初めて12インチのニューシングルを聴くのと同様に、Bass Culture、FXHEや、Tokenといったレーベルは、ミックスCDというフォーマットで、新曲を宣伝している。Tokenの『Introspective』は、間違い無く2013年のベストミックスの1つであった。

「もしpodcastをリリースしていたら、そもそもこんな（ミックスCDに関した）質問をされなかっただろうね」と、Tokenの設立者、Kr!zが話す。「誰でもpodcastなんてできるからさ。フィジカルでリリースすると、注目の受け方が違うんだ。そして手に持つことができる、パッケージングされたものは、mp3のファイルよりも愛着が生まれる。物理的なアートを作りたい。古くさいと言われてもいいさ」

Kr!zは、努力に見合った結果も伴うと語る。「ああ、利益になるよ。制作費だとか、マージンなど色々な要因があって、比較するのが難しいが、コンピレーションやフルアルバムは、大抵、シングルよりもメディアで大きく取り上げられるから、より多くの人々の目に留まる。それが最大の利益だ。そしてレーベルの最たる目的は、それだ。心の底から良いと思えるタイムレスな音楽をリリースして、より多くの人々に届けること、だ」

彼のこの考え方こそが、現代におけるミックスCDの役割なのであろう。ミックスCDは昔のような重要な作品ではなくなり、ある種のシンボルと化した。苦労や情熱の結晶であるミックスCDというプロダクトは、例え購入に繋がらなくとも、人の興味を惹き付ける。例えば『fabric』のミックスCDは、世の中のどんなpodcastよりも重みのあるものとして捉えられている。これは、ミックスCDが非常に複雑なグレーゾーンに居ることを意味する。ミックスCDの価値は販売数ではなくどれほど話題性があるかで判断されるが、それでも、やはり売れないと生産し続けることができないのだ。

今後も、ファンはミックスCDを買い続け、アーティストをサポートすると希望を持ち続ける者たちも居る。Belchetzも、そのうちの1人だ。「“無料で手に入るミックスになぜお金を払うんだ？”っていう質問は、あらゆる音楽作品に対して言えることだ」と、彼は言う。「ミックスCDに対してそれを言うなら、全てのフォーマットに対して同じことを言わないと駄目だと思うね」

フィジカルの音楽作品がどれもこういった厳しい現状と対面しているという点で彼は正しいが、その中でも、2014年現在の音楽業界で、ミックスCDが最も絶滅の危機にさらされている種族であることに、議論の余地は無い。12インチならば例えば、数百枚の限定生産で販売し、元手を回収することは可能だが、ミックスCDの場合ライセンス料が高くつくため、より経費がかさむ（そして利益率は低い）のだ。

WatergateのKnoblauchは、ミックスCDが「コレクターズ・アイテム」と化してきていることを認め、大多数の人にとって過去の遺物となった後も、一部のファンは購入し続けるニッチなアイテムになると予想した。

ミックスCDは、ダンス・ミュージックの世界において、現在も重要な役割を果たしている。私たちはこれらを聴き、これらについて語り合い、DJの成長や発展を定める基準にしている。確かに、多くの人が買わなくなっていることは事実だが、『DJ-Kicks』や『fabric』シリーズに財布の紐を解く者が居る限り、完全に無くなることはないだろう。そして、クリエイティブなレーベルは時代の変化に順応していくはずだ。厳しい環境だが、暮らすことのできない荒れ果てた土地、ではまだ決してない。