HTRKというバンドのアルバムの背景には、常に悲劇がついてまわってきた。ファースト・アルバムの時も、セカンド・アルバムの時にも、深く関わった友人／先輩が他界してしまうという悲劇が起こり、どちらのアルバムもこの人物がどれほどバンドの音楽にインパクトを与えたのかを物語る作品となった。

元々トリオであったHTRKのオリジナル・メンバーの1人、Sean Stewartの死は、HTRKの歴史を語る上で無視することができない、とても大きな出来事だ。2011年にリリースされたセカンド・アルバム『Work (work, work)』が完成する前に、バンドのベーシストであった彼が自ら命を断った。その後、アルバムがリリースされた後も、残された2人、Nigel YangとJonnine Standishは、なかなか現実を受け入れられずにいた。他界したStewartのベースラインが響く同作は、何とも言えない不気味さが漂っていた。そしてHTRKは不満を抱えた、社会に背を向けた人々だという印象を、この作品は人々に与えた。

Rowland S. Howard

あまり知られていないが、彼等にとってもう１つ大打撃だった悲劇は、彼らの友人であり良き先輩であった、Rowland S. Howardが、彼等のファースト・アルバムのリリースから半年ほどで亡くなったことだ。The Birthday Partyのメンバーであったこの伝説のギタリストは、HTRKのデビューアルバム、『Marry Me Tonight』のために2006年にレコーディングを行っていたが、2009年にようやく同アルバムがリリースを迎えた後、肝硬変によって帰らぬ人となった。それまで、彼等の音楽はSuicide、The Jesus And Mary Chain、Godfleshなど、様々なバンドと比較されてきた。確かに彼らの音楽の暴力性、恐怖心、冷徹さにこういったアクトと近いものはある。しかしこういった比較をすることで、もっと直接的な、Howardというオーストラリアのミュージシャンに受けた多大な影響を見逃してしまっていた。

HTRKとHowardのコラボレーションは、ある種、オーストラリアのインディペンデント・ミュージック界の世代交代を象徴した出来事であった。『Marry〜』でのコラボレーションはHowardの提案だったらしく、HTRKというバンドにポテンシャルを感じていたことが解る。同作の音数の少ない素朴なアレンジメントは、明らかにHowardの影響だ。そして歌詞には、Howardの音楽にも通じる、絶望的でナルシシズムの強い恋愛観が現れていた。

HTRKとHowardがお互いを尊敬し合っていた事実は様々な記事に記されている。去年のQuietusでのインタビューにて、YangがHowardのどういう部分に影響を受けたか語っており、「彼の不完全さ、凶暴性。彼のフレージングやタイミング…彼の描写力と想像力」と、説明していた。

仕事とプレイベートを通し、Howardと親しい関係を築いたHTRKは、オーストラリア、そして世界中の若い世代にHowardの音楽を広める役割をいつしか担うようになっていた。最近、ロンドンでHowardの伝記映画『Autoluminescent: Rowland S. Howard』のプレミア上映会が行われた際も、彼等が出演し、パフォーマンスを行なった。

「Karl O'ConnorはRowlandの大ファンだったことは知っていましたか？」と、私は尋ねた。YangとStandishはその事を知らないと言ったが、興味を示した。私は2013年にFACTに掲載された、O'Connorが執筆した記事の一部を抜粋し、読み上げた。

「Rowland S. Howardは、類稀な才能だった。彼ほど魂を揺さぶるギタープレイが出来る人を私は他に知らない。Fender Jagが彼ほど似合う男は他に存在しないし、今後も現れないことだろう」

きっと言葉を噛み締めているのであろう。彼らはしばらく沈黙した。「なるほど」と、Yangが無感情に答えた。「どうして誰も、俺のギタープレイをそうやって褒めたりしないのか疑問だけどね」。彼のこの生意気な冗談は、HTRKの音楽に溢れる自己陶酔と遊び心を一言で体現していた。先日Ghostly Internationalからリリースされたばかりの最新作、『Psychic 9-5 Club』でも、この冷ややかなユーモアが光っている。

Nigel Yang, Jonnine Standish

このアルバムは完成に至るまでにとても時間がかかったそうだ。Stewartの死を経て、『Work〜』をリリースした後、YangとStandishは活力を消耗していた。ヨーロッパツアーも行わなくてはいけなく(Tropic Of Cancerがサポートアクトであった)、友人の死を悲しむ時間も無かった。「『Work〜』の時はどんどんと、どん底へと下降していた。だからサウンドが鬱々としてて、歌詞は鬱屈してる」と、Standishが言う。「でも、心に何か重いものを抱えている人には、響くものがあったと思う」

「時が経過して、自然に傷が癒えるのを待つ必要があったんだ」と、Yangは言う。「新作は、よりポジティブな視点で制作に取り組むことができた」

去年、HTRKはMika Vainioに『Work〜』の"Poison"という曲のリミックスをお願いした。Ghostlyから10インチとしてリリースされた同曲は、久しぶりのHTRK作品だったことや、リミックス自体がうねりとひねりが効いた壮大な良作であったことだけでなく、Vainioという人選がまた新鮮だったという理由もあり、話題を集めた。新生HTRKの登場を予感させるものであった。

『Psychic 9-5 Club』は、深い悲しみから自分を解き放つこと、そして自分を改めて愛すことがテーマだ。このテーマはアルバムを通して、様々な形で表現されている。例えば"The Body You Deserve"では完璧な身体を欲すること、"Love Is Distraction"では感情の混乱として表現されている他、"Wet Dream"ではStandishがこう歌い出している。「I'm in love with myself（私は自分に恋をしている）」

こういった自己陶酔的な曲名や歌詞は『Psychic〜』の至る所にちりばめられている。Standishのヴォーカルは、穏やかで詩的でありながらも、意識を向けていないと十分に味わえない。彼女の言葉は即興的に、自由連想法で流れ出しているように聞こえ、１つの言葉から、1つの曲から次へと新しい道がどんどんと枝分かれし、それを辿っているかのようだ。去年、彼女はスピリチュアル・アドバイザーの元でカウンセリング、トレーニングを受けており、その経験が彼女の歌い方に影響を与えた。

「ボイス・トレーナーみたいだったわ」と、彼女は言う。「彼女はエゴを脱却して、性別も、アイデンティティも捨てることを強調していた。私にとっては、振動、声帯を人と繋がるツールとして見直すことによって、セラピーになった」

このトレーニングを経た『Psychic〜』でのヴォーカルは、過去作品とはとても違ったものになった。「最初から、今回のアルバムはいままでみたいなヴォーカルをヴェールで包むようなことはしないという話だった」と、Standishが言う。

こういったことを念頭に置き、YangとStandishはアルバムのプロデュースとレコーディングをNathan Corbinにお願いした。ブルックリン拠点のエクスペリメンタル・グループ、ExcepterのメンガーであるCorbinのおかげで、このアルバムのサウンドと質感のクオリティは格段に上がっている。ドラムは鋭利で奥行きがあるが、Standishのヴォーカルはしっかりと際立っている。結果、彼女のヴォーカルの意味を考えずにはいられなくなる。

Nathan Corbin

CorbinとHTRKとの出会いには、「霊的な繋がり」を感じたとYangは冗談交じりに言う。「一度、彼宛に“いつか出会えるといいですね”というメールを書いたんだが、結局送信しなかったんだ」と、彼は言う。「彼のパートナー、Clareが癌で亡くなったばかりだったから、タイミングが悪いと思ったんだ。その後、初めてアメリカでツアーをしていた時、彼がとつぜんメールを送ってきたんだ。それまで彼ともExcepterとも連絡はとっていなかった。お互い大切な人を失ったということもあり、仲良くなったんだ」

Stewartが居なくなった彼らにとって、Corbinはありがたい存在だった。「（『Psychic〜』の時）初めて2人だけで制作を行っていたんだ」と、Yangは言う。「Nathanと制作をするためにアメリカまで行ってレコーディングを行った。3人居ると何かとやりやすかったね」

Corbinのプロデュースの特色により、HTRKの今までの作品では奥深い所で隠れていた特徴が、より目立つようになった。ポップミュージックらしい手法がローファイな音作りで曖昧になってしまうこともなくなった。クリアなヴォーカルと精密なパーカッションで『Psychic〜』は更にポップさに磨きがかかった作品になっているが、固定観念に囚われていない曲の構成とStandishの赤裸々な歌詞で、複雑さが増している。

「“Love Is Distraction”は比較的展開の少ない曲だが、たいての曲には、相変わらず、後半に変化が待っている」と、Yangは言う。「これは、ポップソングらしい予定調和を避けるためだ」

Yangはこのことを、「拡張」と呼んでいる。「エクスタシーをやったことのある人だったら、意味が解ってもらえると思う。世の中のあらゆるものが鮮明になるんだけど、奥行きがなくなるんだ。時間の流れがとてもゆっくりになって、時間が止まっている感覚に陥る。感情的には、とてもオープンになるんだ」