近年、私たちが制作を進めていくと、大抵の場合、最終的にはひとつの大きな作業へと収束していきます。かつて制作はミュージシャン、プログラマー、エンジニア、ミキサー、マスタリングエンジニア、そして全体を統括するプロデューサーなど、それぞれ独立した作業を担当する専門家によって進められていましたが、現在はプログラムとプロダクションは同意語であり、各チャンネルにエフェクトを挿入してサウンドを整える作業を自分たちで行っている私たちにとって、ミキシングは初期段階から大きなパートを担ってきます。またミキシング時にマスタリング作業の大半が含まれていると言っても過言ではありません。なぜならば私たちはミックスダウンするかなり前の段階からエフェクトを使っているのです。「エフェクトをアウトプットチャンネルに挿入すれば、魅力的に聴こえる音圧と音量がある音楽がすぐに作れる」現代において、そのような作業をプログラミング、プロダクション、またはミックスダウンの段階から行いたいと思うのは当然と言えるでしょう。

そしてミキシングとマスタリングを別々に行えば、トラックはより良い内容になります。今回は、マスタリングの段階でどのプラグイン、エフェクトを使うべきなのか、そしてどの順番に使うべきなのかを見ていきます。しかし、何よりも大事なのは、これらのエフェクトはなるべく後で使うことです。つまりトラックが良い鳴りになった段階で使うようにすれば、より良い結果が生み出せるという訳です。

まず、マスタリングに最適なミックスダウンはどのように行えば良いのでしょうか？　アウトプットチャンネルにプラグインを使用しないこと、これが理想的です。ピークが-2〜-3dBになるようにミックスを仕上げ、ヘッドルームをマスタリング用に残しておきます。それよりもピークが上にある状態、特にオーバーロードしている状態を聴いてみれば、なぜマスタリングを別に行う方が良いのかが理解できるはずです。

上記のようなセッションの場合、各チャンネルのフェーダーのレベルを同量に落とし、全体のレベルを下げます。もしくは、ゲインコントロール系のプラグインをアウトプットチャンネルに挿入するか、マスターフェーダーを下げるのも良いでしょう。そしてそのステレオファイルを高音質（最低16 bit / 44.1 kHz）のWAVもしくはAIFFファイル（mp3は避けましょう）で書き出せば良い結果へと繋げることができます。また、オートノーマライズをオフにしておくことも重要です。このファイルの作成段階ではヘッドルームに余裕を作らなければならないので、この段階でピークが0 dBになるのは避けなければなりません。

マスターへのミックス：ミックスを書き出したら、そのステレオファイルを新しいセッション上に読み込み、新規にトラックを作成します。この時に、マスターチャンネルのアウトプットレベルが0 dBになるようにしてください。ダイナミクス系のエフェクトがあれば、自分たちでフェーダーを操作することなく、最適なレベルに合わせてくれますので、ステレオファイルのチャンネルとマスターチャンネルのフェーダーは0に合わせたままにしておいてください。まずはこの作業から始めましょう。

次に必要となるエフェクトを考え、また音楽のジャンルによってはファイナルミックスに応用できると思われる他のエフェクトについても考えていきます。この段階でのエフェクトは、個々のサウンド／チャンネルにかけるエフェクトとは異なるアプローチで考えなければいけません。なぜならば、最後の段階まで操作しないエフェクトをとりあえず挿入するからです。例えば、最初にEQを挿入します。これは複数の帯域を同時に調整できるマルチバンドが理想的です。しかし、すぐに操作は行いません。もしミックスの高域や低域が不十分な場合と感じるならば、それはミックスダウンの段階で行っておくべき調整なのです。

なぜEQが必要なのでしょう？　これは後の段階で使用するエフェクトのために必要なのです。マスタリングとは、ダイナミクスの調整、特にコンプレッションとリミッティングが大部分を占める作業です。ミックスの段階で各チャンネルにコンプレッションとダイナミクスの調整を加える時、コンプレッサーがサウンドのヴォリュームと共にトーンも変えていることに気が付いていた人もいるでしょう。よって、マスタリングでEQを使うのは当然と言えるのです。シンセリードなどのサウンドは低域、中域、そして高域と幅広く鳴ることでハーモニーを形成しています。このようなサウンドにコンプレッサーを通してダイナミクスを調整すると、全周波数帯域のバランスが再調整されるため、サウンドが明るくなったり、暗くなったりします。つまり、ステレオまたはマルチバンドコンプレッサーをアウトプットに挿入すると（この作業については後述します）、トーンが変わってしまう可能性が高まるのです。そのため、EQを前に挿入しておき、コンプレッサーによる変化に前もって対応できるようにしておくことが重要になるのです。ですので、ここではEQを挿入しますが、現時点では調整はせず、そのままにしておきます。

次がコンプレッサーです。マスタリング時のコンプレッションのかけ方には二通りありますが、簡単な方法は、一般的なステレオコンプレッサーを挿入して、ミックス全体のダイナミクスを整える方法です。

ここでも先を考えて作業を行う必要があります。ステレオコンプレッサーをこの段階で使う目的は、この次のリミッターの作業を簡単にすることです。リミッターはヴォリュームを上げることが目的ですが、この作業はトラック全体のダイナミックレンジが狭い方が簡単に行えます。どの程度コンプレッションするのかは、トラックによって変わってきますが、ドラムが前面に押し出されているようなトラックの場合は、ドラムがそのトラックにおいて一番ヴォリュームの大きなインストゥルメントとなり、そのトラックのミックスの波形におけるギザギザ部分を生み出します。これを理解した上で、強拍が鳴る（ギザギザの大きな部分）タイミングでコンプレッサーがかかるようにコンプレッサーのスレッショルドを調整すれば、全体のダイナミクスレンジが安定するようになります。

この段階ではわざわざ分かりきったことをやり直したり、丁寧なミックスダウンで得たダイナミクスを無駄にしたりする必要はありません。ですので、まずはピークを下げるようにしてみます（最大でも2〜3 dB）。この程度ではヴォリュームの差は殆ど感じませんが、あとで使用するリミッターにとっては大きな助けとなります。ミックスにおけるダイナミクスの差が大きい場合は、スレッショルドを下げて、差を小さくしましょう。しかし、この作業を行えば行うほど、トラックのダイナミクス面での魅力が失われていくことに注意してください。

さて、スレッショルドの使い方は分かりましたが、レシオはどうでしょうか？　レシオとはピークがどの程度抑え込まれるのかを決めるものです。たとえばレシオが2：1の場合は、スレッショルドポイント以上の信号のヴォリュームは半分に抑え込まれます。ですので、自分のトラックのピーク部分だけを抑えこむようなスレッショルドにするのであれば、この程度の設定で十分でしょう。実際、マスタリングエンジニアの中にはレシオの設定を1.5：1以下にし、ダイナミクスの変化を最小限に留める人もいます。どのような設定が良いかは自分の耳で聴きながら、適宜判断していきましょう。

ステレオコンプレッサーを使ってのミックス：このトラックを聴けば分かる通り、ピークを抑えこんで、全体のレベルを1 dB程度下げただけですので、聴いた時の差は殆どありません。

次に、マルチバンドコンプレッサーを使ったより複雑な方法を紹介しましょう。マルチバンドプロセッサーでは、ミックスの周波数を複数に分け、各周波数帯域でコンプレッションを行うことが可能です。例えば高域よりも低域のコンプレッションが必要な時に使用します。ステレオコンプレッサーは全体をコンプレッションするので、周波数帯ごとの調整はできません。マルチバンドコンプレッサーが自分に向いてそうだと思った人は、すべての帯域を同時に調整していくのではなく、帯域ごとに調整するようにしてください。まず周波数帯域を決め、その帯域のスレッショルドとレシオを設定してから、アウトプットレベルを調整します。そのあとで次の帯域の設定に移ってください。尚、低域、中域、高域のクロスオーバーポイントも自分のトラックに合わせて移動させて調整するようにしてください。

マスタリング最後のエフェクト、そしてマスタリングで最も魅力的に感じるエフェクトがリミッターです。まずはリミッターが何をするエフェクトなのかを理解しましょう。デジタルレコーディングが生まれる以前、マスタートラックはテープに録音されていましたが、テープでは歪むことなく+2〜+4 dB（所謂レッドゾーン）までレベルを上げても大丈夫でした。近年のテープサチュレーション系プラグインでも、そのようなオーバーロード時のテープのサウンドが生み出す独特の温かみや音色をエミュレートしているように、このテープ独特のハーモニクスは音楽的に楽しめるため、エンジニアたちはこぞってマスタリング時にこのオーバーロードを試そうとしていました。しかし現在のマスタートラックはデジタルですので、よりシンプルな仕組みになっています。つまり0 dBがスレッショルドポイントとして設定されており、これ以上になると歪んでしまうのです。しかし、ここでひとつ疑問が生まれます。ミックスがプッシュされて0 dBがピークになるように調整されてしまうのであれば、それ以上ヴォリュームを大きくしたい場合にはどうすれば良いのでしょうか？　勿論、ピークを0 dB以上にして、歪ませることは可能です。しかし、それは私たちが求めているものではありません。

ここでスタジオの扉を勢い良く閉めた時を想像してください。次に、ドリルを使って道路工事をしている現場を通り過ぎたとします。この時、仮に勢い良く閉めたドアの音の最大ヴォリュームが、ドリルの同じヴォリュームだったとする場合、どちらの音が耳にはうるさく聞こえますか？　当然ドリルでしょう。なぜなら、ドリルの音の方が持続しているからです。大きな音がずっと鳴っているドリルに対し、ドアは勢い良く閉まってしまえば、あとは静かだからです。

リミッターを使ったミックス：このトラックの音量のピークは、ドアを勢い良く閉めた時に少し似ています。そのピークをそのままにしつつ、ヴォリュームの小さい部分をこのピークに近づければ、ヴォリュームレベル全体が持ち上がって、大きなヴォリュームで安定することになり、ドリルの作業音のようになります。これがリミッターの機能です。リミッターはアウトプットレベル（アウトプットシーリングとも言われます）を決め、それ以上ヴォリュームが大きくならないようにレベルを設定し、それよりも小さなヴォリュームの部分を持ち上げます。インプットレベルは小さなヴォリュームの部分をどれだけ持ち上げるかを調整しますので、その値が大きいほど、ミックスのダイナミクスは押し潰されることになります。また多くのマスタリングエンジニアは、アウトプットシーリングのレベルを0.1 dB下げています。これについては、実は0 dBからデジタルの歪みが生まれてしまうという意見があり、様々な議論が交わされていることに起因しています。0.1 dBという値は誰も聴き分けることができませんので、0.1 dBだけ下げて設定するのも悪くはないでしょう。ここで紹介しているのが、リミッターによってヴォリュームが大きくなったトラックです。

ここまでの大まかな設定を見直してみると、基本的なリミッターの設定を終えたあとにまた最初のエフェクトへ戻る必要があることが分かると思います。なぜなら現段階でのサウンドはリミッターが低域に影響を与えているため、低域が不明瞭に聴こえているからです。ですので、EQを使って、不必要な部分を調整していきましょう。今回はDMGのEquilibrium EQを使用します。これは複数の周波数帯域の調整が可能ですので、マスタリングには非常に有用です。今回は4つのポイントで低域を調整していきます。まずはハイパスフィルターを使ってみます。

低域のレベルが大きいほど迫力があるサウンドになるとよく言われていますが、これは間違いです。むしろマスタリングではその逆を行います。リミッターはまず低域から処理するので、ミックスが不明瞭なぼんやりとしたサウンドになりがちです。ですので、不必要な低域を削れば、トラックがクリアに、そして豊かに鳴るようになるのです。まずは、多くのスピーカーが再生さえできないような超低域の詰まりを解消しましょう。

EQを使ったミックス：25 Hzにカットオフポイントを設定したハイパスフィルターを使い、その後ローシェルフを110 Hzに設定し1.5 dB下げます。膨張して聴こえるミックスは、200 Hz周辺が混雑していることが原因である場合が多いので、この周辺にベルシェイプのフィルターを2個、200Hzと100 Hzに設定します。このような調整は劇的な変化を生むわけではありません。極端に大きなレベルの特定の周波数帯域がない限り、1〜3 dBの調整で十分でしょう。

マルチバンドコンプレッサーを使ったミックス：再びマルチバンドコンプレッサーを使い、各周波数帯域の鳴りを向上させるのも良いでしょう。今回のように低域と中低域だけの調整でも満足のいく差が生まれます。

さて、EQ、コンプレッサー、リミッターの他にマスタリングで使用できるエフェクトはあるでしょうか？　これを確かめるのには、iZotope Ozoneのようなオールインワンタイプのプラグインを使うのが良いでしょう。これはモジュラータイプのエフェクトで、EQ、ダイナミクス、マキシマイザーの他に、リバーブ、ハーモニックエキサイター、ステレオイメージ、そしてもうひとつのEQ（ポストEQ。ダイナミクスの調整後に使用するEQ）が備わっています（これらのモジュールはあくまでオプションなので、Ozoneを使う場合は、すべてのモジュールのスイッチをオンにしないようにしてください。どのエフェクトが何を担当しているか分からなくなってしまいます）。隙間が多く、ドライな音質の音楽でない場合は、リバーブは不必要です。ミックスダウンの段階でリバーブを使用している場合は尚更必要ありません。しかし、ハーモニックエキサイターとステレオイメージは丁寧に扱えば、非常に効果的です。

エキサイターの過剰な使用：エキサイターはインプットされた信号に対し、特定の周波数帯域を混雑させることで人工的なハーモニクスを追加します。結果として、サウンドを「エキサイト」させるわけです。しかし、ハーモニックエキサイターはそれを大量に付け足してくれるので、長時間に渡って聴くことで、ついついエナジーや明るさを付け足したいと思ってしまうような時には使い過ぎないように注意しなければなりません。例えばこのクリップを聴けば、高域が「エキサイト」していることが分かりますが、ミックス全体は薄く尖り過ぎていて、酷い内容になっています。

ステレオイメージ：これは最後のトリートメントと考えてください。ステレオイメージは周波数帯域をステレオ空間の中に分散させ、特定の周波数帯域を左右、センターなどに分散させるような効果を生みます。Ozoneの場合はマルチバンドになっているので、特定の周波数帯域を好みの量で分散させることができます。バランスが取れた低域が既に生み出せている場合は、ステレオイメージの低域での使用はナンセンスです。しかし、マイナスの値に設定すれば低域がモノラルで安定して聴こえるようになるため、この使い方は便利と言えるでしょう。高域の振り分けは、より優れたステレオイメージになるのかどうかを自分の耳で判断してから行ってください。

これらのクリップを聴けば分かる通り、マスタリングの設定の中には劇的な変化を生むものがある一方で、殆ど変化を生まないものもあります。リミッターは劇的な変化を生みますが、EQやコンプレッション（マルチバンドコンプレッション）、ハーモニックエキサイター、ステレオイメージははっきりと聴き分けるのは難しいでしょう。しかし、注意深く聴けば、これらの設定がピークをコントロールし、新たなテイストを加え、ミックスの要素を際立たせることで、トラックがドラマチックに仕上がるのが実感できるはずです。自分でマスタリングをするのは初心者レベルだという人は、一般的なアドバイスを参考にするのが良いでしょう。各プラグインのプリセットを使用して、マスタリングエンジニアの作業に慣れることをお勧めします。様々なプリセットを試したあと、自分のトラックに合うように調整すれば良いでしょう。また、マスタリング前のトラックを聴いて、どの作業が必要なのかを考えてみるのも良いでしょう。サウンドが膨張していないか、明るすぎないか、ベースが広がり過ぎてないか、どの程度ヴォリュームを上げたいのかなどについて考えてみてください。様々なポイントがありますが、分析して、しっかりと聴き込めば、マスタリングで今まで以上のサウンドを得られるようになるでしょう。

ここまで見てきますと、果たして自分でマスタリングをすべきなのだろうか？それとも専門のプロに頼むべきなのだろうか？という疑問が生まれてきます。音楽制作の段階で、マスタリングをより優れたスキルを持った人に任せられるチャンスがあるならば、そうするのが良いでしょう。自分が歌うよりもセッションシンガーの方が良い結果をもたらしてくれる可能性があるのと同じで、マスタリングエンジニアを雇うことは、大きな利益を生むはずです。彼らは自分よりも多くの機材を揃えていますし、高価なハードウェアのEQやマルチバンドコンプレッサー、リミッターなどを使いこなせますので、サウンドが豊かになる可能性が高まります。また、新鮮な耳を持つ人に聴いてもらうという点もプラスです。しかし、一番大切なのは、マスタリングエンジニアを雇う場合は、マスタリングという作業を非常にシリアスに捉えており、あらゆる音楽を毎日聴き込んでいるプロを相手にするのだということを忘れないようにしてください。

また当然ですが、費用もかかります（これは常に問題になります）。今回の特集は、マスタリングにかける予算がない場合、そしてマスタリングエンジニアを雇うよりも早くマスタリングを仕上げる必要がある場合に、どのような設定をするのが良いのかという視点から書かれています。DJ当日に新しいミックスが仕上がったという人にとって、マスタリングエンジニアを雇って出番までに仕上げてもらうことは難しいでしょう。このような時に上記の作業を行えば、とりあえずは間に合うはずです。ただし、市販されている音楽において、プロによるマスタリングが行われていない作品はまずありません。ですので、エンジニアと一緒に仕事をするチャンスに恵まれた場合は、是非一緒に仕事をしてください。