Versatile Recordsは、18年間に渡って運営され続けている。エレクトロニック・ミュージックでは、決してそれは歴史が古いと言えるわけではないが、フランスのレーベルでこれほど長く生き残っているレーベルは、他では中々思い浮かばない。1996年にGlibert Cohenによって設立されたVersatile Recordsだが、I:Cube、Daft Punk、Laurent Garnier、Pépé Bradock、Joakim、DJ Gregoryらの音楽を発表し、フランスのダンス・シーンに、静かに腰を据えた活動をしてきた一方で、決して特定のサウンドやスタイル、そして流行に固執しない姿勢を貫いてきた。この点こそ、このレーベルの長寿の秘密であり、これまで広く知られたレーベルにならなかった理由でもある。「常に野心を抱いてきたし、自分自身が進化し、より多くのオーディエンスに音楽を届けたいと、いつも思っている」こう話すのはCohenだ。「でも、それを達成するために、自分のテイストを変えるつもりはないね。」

1997年、CohenはThomas BangalterとGuy-Manuel de Homem-Christoの2人とモンマルトルにある小さなオフィスを共有していた。2人がDaft Punkとしてデビュー・アルバムをリリースする直前だった頃の話で、Bangalterとde Homem-ChristoがVirgin Recordsから受け取っていた前払金を使って、彼らはパリに本拠地を移していたのだった。オフィスで電話とファックスが引っ切り無しに鳴り続けていた当時のことをCohenは覚えており、ビジネスの話をしに来る人、音楽を聞きに来る人、たむろしに来る人など、オフィスには安定した訪問客の流れがあったようだ。

3人はFunkytownというディストリビューション会社を1997年から2000年にかけて運営している。そこでは、CohenのレーベルVersatile Recordsの他に、Bangalterによる2つのレーベルRouléとScratché、そしてde Homem-ChristoのCrydamoureの作品を手がけていたが、Versatileはまだ始動して間もない頃で、みんなの流れに何となく合わせていけただけでうれしく思っていたことを、Cohenは認めている。「彼女のアパートで既にレーベルを始めていたんだけど、突然、熱狂の渦の中に放り込まれたんだ」と彼は話す。「Daft Punkは既にビッグになっていだけど、誰も調子に乗っていなかったし、陽気なバイブスだった。俺のヒーロー的ミュージシャンにも会うことになったし、当時のオフィスでは、たくさん音楽がプレイされてたよ。」

Versatileの1枚目のレコード、1996年のI:Cube「Disco Cubizm EP」は、Daft Punkのリミックスを収録しており、フレンチ・ハウス、もしくは批評家たちが言うところの、フランス的なタッチが国際的に注目を集めていたタイミングで発表されたものだった。しかし、Cohenは、Daft Punkの威光にあずかることにはほとんど興味がなかったようだ。設立から数年の間に、Versatileのカタログは、ハウスだけでなく、エレクトロ、テクノ、ブレイクビーツ、ドラム&ベース、ヒップホップまでに及んだ。

Cohenは以下のように語っている。「最初から物事をクリアにしておきたかったんだ。どこか奇抜で、どこか面白くて、どこか違うものを開拓しようとするアイデアが常に好きだった。」

フランスの地中海沿岸に位置するニースで、Cohenは育った。この街で1年に1度開催されているジャズ・フェスティバルに常に通っていて、Miles Davisのパフォーマンスを「5、6回は」見ていたようだが、音楽的にはそれ以外に何もなかったと彼は話している。90年代にパリに拠点を移したCohenは、DJの他に、エキセントリックな存在として知られるJean François Bizotが設立・運営していたRadio Novaで音楽プログラマーとしての仕事を得ており、Cohenが働いていた91年から96年の間、手堅いヒット曲よりも、一風変わった面白い音楽をサポートすることが、ラジオ局のポリシーとなっていた。

「Radio Novaは当時、すごく大事な存在だった」とCohenは話す。「局には、様々な人たちがさくさん集まっていたし、局の利用に関しては本当に自由な精神があった。俺は建物の鍵を持っていたから、時には午前2時みたいな遅い時間に局に行ったりして、一晩中、電波を流したりしてたよ。」

1995年のある日、Cohen宛に1本のテープがラジオ局に届いた。それはI:Cubeとして知られるNicolas Chaixによるデモ・カセットだった。Cohenはそのデモに感動したことを語ってくれた。「変な音楽だった。そしてものすごく多様性があったんだ」。彼はその音楽をリリースするためにレーベルを始めることを決意する。元々、CohenはRadio Novaと共同でVersatileを始めようとしていたが、計画倒れになったようだ。

最初の数年間、Versatileのリリース予定は、I:Cube次第というところがあったが、Pépé BradockやDJ Gregoryらの作品がそこへ加わり（結果、この2人はフランス・ディープ・ハウスのクラシックとして道を築いていくことになる）Cohen自身も作品を発表した。将来有望なスタートを切ったレーベルだったが、90年代のインディペンデント・レーベルの数多くがそうであったように、Versatileも2000年を境に激減するレコード売上の問題に直面することになる。良質なリリースなら、2000枚を捌いていたこのレーベルの平均売上が、一夜にして半減したのだ。

これについて、Cohenは以下のように語っている。「それまで、売上げは安定していたんだ。だけど、ヒット・レコードを生み出すことが出来なくなってしまった。F Communicationsなら、Sait Germainがいるだろ。Record Makersなら、Sebastien Tellierって具合に大物アーティストがいる。でも俺達はそのスケールのものは一切扱ってなかったから、ビジネスを意識して方向性を定め、何か違うことをやらないといけなくなったんだ。」

何か違うこととは、デジタル・フォーマットを受け入れ、定期的にツアーを行うことの他、音楽出版社を始め、新たな収入の流れを生み出すことだった。つまり、レーベルの音楽を広告会社に売りつけるという方法だ。Cohenはそれを「インディペンデントでいることの代償」だと語っている。そしてこれまでにVersatileの音楽は、車やシャンプーなどフランスのテレビ・コマーシャルで使用されてきた。さらにはフランスのポルノ雑誌の付録DVDでも使われたようだが「許可なく使われた」と、Cohenが素早くコメントを付け足した。「Chateau FlightのトラックがBGMとして流れてる中を、カップルがファックしてたんだ」とCohenは続ける。「ってことは、俺達の音楽はセクシーってことかな？だといいけど。」

レーベルは健全な状況にあるようだが、2014年は重大な変化を迎える年となるようだ。次の数ヶ月の間に、Cohenは20年間に渡るパリでの活動に終止符を打ち、アムステルダムに拠点を移そうとしている。彼曰く、今が動く時なのだという。「最近のパリは全然、ファンキーじゃない。生活するのにとてもストレスがたまる場所だ。パリの人は時々、少し攻撃的だし、生活費が高い。サウンドシステムがすごく良いわけでもない。クレイジーな感覚がもうここには無いんだよ。俺が行ったことのある他の場所にはエキサイティングなものがあるのに」。Cohenがアムステルダムでの生活に苦しむ姿を想像するのは難しい。この街のアンダーグラウンド・ダンス・シーンは今、盛り上がりを迎えているからだ。

現時点では、Versatileはペール・ラシェーズに居を構えている。この場所は、Jim MorrisonやOscar Wildeの他、フランスの偉人たちが多く眠るパリで最も有名な墓地の近くに位置している。過去13年に渡ってCohenはこの場所を拠点としており、レーベル・マネジャーであるYgal Ohayonとオフィスを共有している。2人の出会いは、中世にまで遡るユダヤ哲学の1つであるカバラの研究を通じてだった。出会いから友人になるまで、時間はかからなかったようだ。彼なくしてVersatileの運営は「到底、不可能だった」と、Cohenは語っている。ビジネス面でレーベルを生き残らせること、それがOhayonの役割だった。

Versatileのオフィスの地下はスタジオになっており、これまで、Cohenがレーベル所属のアーティストと会う際のメイン・スポットとなってきた。この場所に定期的に立ち寄るのはChaixだ。I:Cubeとして「Disco Cubizm」をリリースして以降、ほぼ全面的に彼の作品はVersatileを通じて発表されており、その数はソロ作品で30作以上、アルバム5枚、そして言うまでもなく、CohenとのコラボレーションChâteau Flightとしての作品までに及ぶ。通常のレコード・バイヤーなら、I:Cubeと言えば、Versatileを思い浮かべるだろう。「彼は俺にとって、とてつもなく大事な関係だ。たぶん、人生で一番長い付き合いなんじゃないかな」と語るのはCohenだ。「Versatileから最初にレコードを出したのも彼だったし、おそらく、最後にリリースするのも彼になると思う」。レーベルで最も売れたリリース『Adore』を担当したのもChaixだ。99年にリリースされたこの作品は、I:Cubeのセカンド・アルバムであり、タイトル・トラック"Adore"がラウンジ・アンセムとなることなど、誰も予想だにしていなかった。

Chaixの他にも、Versatileはフランスの優れたアーティストたちにとってホームとなる場所として存在してきた。レーベルの作品を掘れば掘るほど、Versatileはその名に恥じないレーベルであることに気付くはずだ。このカタログを全て手繰り寄せるとするなら、それは、いい意味で困難な作業となるだろう。Joakimは彼でしか成しえないフランスらしいサウンドをレーベルを通じて発表してきた。彼はCohenについて、DJとしてもレーベルのボスとしても「大きな影響」として語ってくれた。2003年にWu-Tang ClanのRZAとタッグを組むといったI:Cubeの変り種な展開ももちろん忘れてはいけない。これまでにPépé Bradockが唯一発表したアルバム、1998年の『Synthèse』もVersatileによるものだ。Cohenは彼を「ハウス界のJohn Coltraneだ」と称している。

Zombie Zombie, I:Cube, Ygal Ohayon

そして、Zombie Zombieがいる。サウンドトラックをこよなく愛するEtienne JaumetとCosmic Nemanによるユニットだ。「彼らのおかげで、俺たちはインディー・ファンにもアピール出来るようになった。それまでにやっていなかったような方法でね」とCohenが語る。「すごくオールド・スクールなやり方でシンセを演奏するヤツと、生演奏が出来るドラマーによるユニットが、いきなりやってきたんだ。」

回り道ではあるが、Zombie ZombieはVersatileを世界の舞台にのし上げることになった。Lady Gagaが2013年の"Venus"で彼らのトラックをサンプリングしたのだ。「ドイツのサンプリング・クリアランスのエージェントから電話があって、"Rocket Number 9"の権利を持ってるか聞かれたんだ」とCohen。「エージェントから提案を聞かされて、すぐに理解できたよ。彼らはシングルを既に完成させていて、リリースの準備も整っていた。でもサンプリングのクリアランスを忘れていたんだ」。こうした状況にも関わらず、事態は円満に進行したようだ。「俺たちは弁護士を雇ったし、全部の手続きを終えるのに1日もかからなかったよ。」

過去18ヶ月はレーベルにとってお馴染みの冒険的な期間となった。Guido MiniskyとHervé CarvalhoによるプロジェクトAcid Arabが、Versatileのサウンドに東洋的な空気を注入したのだ。このプロジェクトの中心にはCohenがいる。彼がMiniskyとCarvalhoと共にチュニジアを訪れたことが全ての始まりだったからだ。これまで、2つのリミックスEPの他、Legowelt、Omar Souleyman、Jorge Velezといったアーティストたちをフィーチャーしたコンピレーションを発表しており、さらなるリリースも待機状態となっている。これに加え、テクノ・ユニットSociety Of Silenceやフランスきっての変化球アーティストArkの作品もリリースされており、CohenにいたってはSex Tags Maniaの設立者の1人DJ Sotofettとパートナーを組み、サックスにJaumet、ボンゴにCosmic Nemanを迎えたスモーキーでパーカッシブなジャム・セッションを展開している。「今の場所に至るまで、長い時間がかかった」とCohenは語る。「だけど今なら、どんな作品でもリリースできるような気がするよ。」

Versatile label of the month mix

Glibert CohenことDJ Gilb'RによるVersatileの作品群にどっぷり浸ったミックス。I;Cube、Acid Arab、Etienne Jaumet、Gilb'R自身による今後リリース予定の音源や未発表バージョンを収録した1時間に渡るセレクションは、レーベルの過去、現在、そして未来を描いている。

Download: Versatile mix

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Filesize: 135 MB
Length: 56:18

Tracklist /
Everlasting
John Cravache - Sous l'eau je t'attends.
Etienne Jaumet - Metallik cages (Gilb-R Club mix)
?? - Work in progress
Chateau Flight + Cabaret contemporain cover Terry Riley/Persian surgery
Krafwad old Cubo edit
I:Cube - Makossa suspens (Pilooski edit)
Gilb-R - Untitle
Cheek - Sunshine People (DJ Gregory unreleased mix)
Chateau Flight - Rise And Fall Of Babylon
Gilb'R & DJ Sotofett - Cobra
Acid Arab - Berberian Wedding (12-inch Allah edit)