2006年4月、フランスのエレクトロニック・ミュージック・デュオ、Daft PunkがCoachella Valley Arts and Music Festivalの初日のラストを飾った。ステージには巨大なピラミッドが設置され、ライトや映像技術など視覚的な技巧が凝らされていた。Daft Punkはヒット曲を次々と、ダイナミックにマッシュアップしていき、音楽と完璧に調和されたビジュアルが相乗効果を生み、一貫したストーリー性のあるショーが繰り広げられた。その場にいたほとんどの人々が、衝撃を受けたと語っている。ディスコ全盛期に反ディスコ運動が勃発した、ギターロック信仰者で溢れた国であるアメリカで行われた、Coachella 2006のDaft Punkのパフォーマンスは、多くの人にとってエレクトロニック・ミュージックに目覚めるきっかけとなった。それまで、電子音楽と言えばThe Postal Serviceぐらいがギリギリ聴けるラインだと考えていたインディー・ロックのファン達が、しだいにJusticeやDeadmau5に興味を持つようになり、エレクトロニック・ミュージックも悪くないかも、と感じるようになったのだ。

それから8年経った現在では、ほぼ毎週末どこかで大きなエレクトロニック・ミュージック・フェスが開催されているのではないかと思う程大人気であり、皮肉なことに、大規模で派手な“EDMフェスティバル”が最も盛んなのは、アメリカだ。同時に、クラブ・カルチャーとフェスティバル・カルチャーの距離が縮まり、“スペクタクル（見せ物／ショー）・カルチャー”が拡大していく中で、エレクトロニック・ミュージックのパフォーマンスにおけるビジュアルは、音楽と同等に重要なものとして見られることが多くなり、“コンサート・ビジュアル”という技巧に対する関心が高まってきている。今年のCoachellaでのOutkastのライブにおける観客の反応がイマイチだったのは、 EDMの影響だと指摘する者もいる。（註：派手で解りやすい音楽でハメを外すことに慣れてしまった若者達は、フェスティバル級の大きなステージで、ヒップホップのようにじっくり聴いて楽しむライブをもはや求めていない、という見解である。）そして、最近Seth TroxlerがEDMフェスティバルに対する辛辣な批判を行ったこと（そして、Laidback Lukeがそれに返答したこと）なども重なり、現在こういったフェスは、エレクトロニック・ミュージックやクラブ・カルチャーの在り方を問う議論を、世代を超えて引き起こしている。だが、どのようにしてこういった状況になったのか？

Coachella 2006は、エレクトロニック・ミュージックに対するメインストリームの見方が変わった瞬間ではあったものの、アメリカでエレクトロニック・ミュージックを専門に扱ったフェスティバルが頻繁に開催されるようになったのは、2010年ごろからであった。それ以来、こういったフェスは大きな利益を生む、文化的に重要なビジネスへと成長し、世界のフェスティバル・シーンにまで影響を与えるようになった。しかし、何もこういったフェスは最近新しく生まれたもの、という訳ではない。デトロイトのDEMF/Movementや、マイアミのWMCなど、21世紀の初頭やそれ以前から開催されていたアメリカのエレクトロニック・ミュージック・フェスティバルもある。また、世界のエレクトロニック・ミュージック・フェスティバルの歴史を辿ると、これらのイベントは90年代を席巻したグローバル・レイヴ・シーンと重なる部分もあることが解る。

同じく、エレクトロニック・ミュージックのみならず音楽フェスティバル全体の歴史へと視野を広げると、その起源は20世紀どころか、19世紀に見つけることができる。それ以来、フェスは大きく変化を遂げ、現在のEDMフェスは昔のミュージック・フェスティバルとはまったく異なる姿へ変貌した。では、今日のフェスはどのように変化し、どのようにして今の形に到達したのだろうか？その過程で何を得て、何を失ったのであろうか？

ミュージック・フェスティバルの起源 /

“音楽フェスティバル”をどう定義するかによっては、随分と歴史を遡ることも可能であり、広義には伝統的な祝祭（春祭り、収穫祭、成人の儀式、宗教行事など）を含むこともできる。しかし商業的な、エンターテイメント／観光に重点を置いた、特定のアーティストを観るためにチケットを購入し、高すぎる値段のドリンクやフードを買うようなミュージック・フェスティバルに限定すると、その起源は19世紀のクラシック音楽のフェスティバルと、20世紀の戦後のジャズ・フェスティバルにあると言える。19世紀の始まり、力をつけてきた中産階級の間で、“ハイカルチャー”や“良質な教育”への意識が高くなり、過去の偉大な作曲家達を改めて評価する動きがあった。1829年に、ドイツの作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの指揮のもと、バッハの作品を演奏するコンサートが行われたことを皮切り、何世代も前に作曲されたクラシック音楽を演奏することがこの時初めて流行した。

以降、19世紀を通して、ヨーロッパの各地（特にイギリスとドイツ）で音楽フェスティバルがどんどんと開催されるようになった。これらの音楽祭はバッハ、シューベルト、ヘンデル、ハイドン、モーツァルトなど、1人の作曲家の作品のみを取り上げたものが多かった。絵画のように美しい景色が広がる、古風な趣のある地方の村で行われることが多かったこういった催事は、都会に住む文化人（ブルジョアジー）達にとって、“洗練された趣味”を共有する一時的なコミュニティーとなり、農民の生活を美化された視点で垣間見ることができる貴重な体験であった。また、テクノロジーの進歩もこういったイベントの繁栄に貢献した。産業革命により蒸気機関や鉄道ネットワークが発達し、交通機関を利用して地方を訪れることがヨーロッパの中産階級の人々にとって手頃になったためだ。

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20世紀の半ばごろからヨーロッパで盛んになったジャズ・フェスティバルも、素朴かつ教養のある文化を求めるエリート層に人気であった点では同じだが、大きく異なる点もある。2度の世界大戦を経た当時のヨーロッパはボロボロであり、もはや西洋文化が世界的に優位に立っているという自信も無くしていた。“古き良き時代”の素朴な生活を取り戻すことはもう不可能だという考えが浸透しており、愛国主義が引き起こした悪夢のような結果がまだ人々の心に鮮明に刻まれていたため、自国の伝統的な民族文化にノスタルジアを抱くのは政治的にいかがわしいというムードが漂っていた。

そんな中、社会的弱者である最下層階級の黒人の間で生まれたジャズという北米のジャンルは、ヨーロッパの中産階級の人々が求める“本物の”民族文化を象徴し、彼らの新しい興味の対象となった。ジャズ学者であり、フローニンゲン大学で教授を勤めるKristin Mc Geeは、初期のヨーロピアン・ジャズ・フェスティバルを、「音楽復興運動であり、野外儀式でもあった」と説明し、戦後のヨーロッパ人が抱く、アメリカの社会的弱者であったジャズ・ミュージシャン達への好奇心と、のどかで田園的な失われた世界を恋しがる現代主義的なノスタルジアが背景にあったのだと語っている。彼女いわく、初期のヨーロピアン・ジャズ・フェスティバルは、「私有地で開催される小規模な屋外イベント」であり、フランスのコート・ダジュールなどリゾート地で開催された（例えばジュアン・レ・パンのJazz à Juanなど）。のちにジャズ・フェスティバルはよりオープンになり、手頃な価格で楽しめる商業的なイベントと化していくが、初期は、空想的で神話のような原始主義や田園趣味への憧れと、それと矛盾するコスモポリタン気質と上品さに包まれた、エリートを中心とした現象であった。

アメリカでも1950年代にはジャズ・フェスティバルが開催されるようになっており、1960年代になる頃には、フォーク・ミュージックのイベントも盛んになっていた。アメリカの“フォーク・リバイバル”は1940年代ごろに勃興しており、プロテスト・ソングとして反戦運動、公民権運動、反核／環境主義運動、労働運動など、政治運動のサウンドトラックと化していた。この時代の若い政治活動家達にとってWoody GuthrieやPete Seegerといったミュージシャンは、90年代のRage Against The Machineと同等な反対運動のシンボルであった。この頃のフォーク・ミュージックといえば、デモや喫茶店などで演奏されている程度であったが、60年代になると、フェスティバルを開催することができるほどの人気を博していた。1954年から開催されていたNewport Jazz Festivalの姉妹イベントとして1959年にスタートしたNewport Folk Festivalなど、初期のフォーク・フェスティバルには、既に設立されていたジャズ・フェスティバルの基盤を利用したものもあった。

アメリカにおけるジャズ・フェスティバルとフォーク・フェスティバルには、どちらも戦後（そして冷戦時代）のアメリカ人が抱く“本物の”アメリカン・ミュージック・ライフへの憧れが現れており、これは人によって伝統的な、田園的な、遊牧的な、あるいは原始的な人生として想像されていた。興味深いことに、フォーク・ミュージック・フェスティバルが本当に興隆したのは、ポップやロックといったジャンルにフォークやフォーク・アーティストが吸収され、フォーク・リバイバルのピーク期が過ぎてからであった（1966年のマンチェスターFree Trade Hallでは、Bob Dylanが初めてライブでエレクトリック・ギターを演奏したときに、観客に「Judas！」（註：ユダ＝裏切り者）と叫ばれた歴史的な瞬間があった）。

ミュージック・フェスティバルのポップ化 /

60年代は、音楽フェスティバルの人気の拡大にともない、大きな変貌を遂げた重要な転換期となった。まず、音楽フェスティバルのエリート気質は徐々に消え去り、大衆文化の色合いが濃くなり、より幅広い中流階級の人々が訪れるようになった。戦後の経済成長期にあり、アメリカの“車文化”が繁栄したこの時代、労働者階級の音楽好きにとってもフェスティバル通いは可能になった。更に、フェスティバルの客の年齢層が若くなった——というよりは、若い客層をターゲットするようになっていった。多くの歴史学者や社会学者は、50年代から60年代にかけて、“ユース・カルチャー（若者文化）”というカテゴリーが誕生したとしている。この時代に思春期を過ごした“ベビー・ブーマー”達は、公民権運動やベトナム戦争などカウンターカルチャー運動を通じて結束力を高め、活気づいていった。しかし同時に、若者はファッション、音楽、食、芸術、文学など文化的要素で自身のアイデンティティを形成し、政治勢力であったと同時に、経済勢力としても成長していた。20年に渡る経済成長のお陰で、“ユース”は新しい、有望な消費者市場になっていたのだ。

ゆえに、ミュージック・フェスティバルはより“ポップ・カルチャー”に傾倒し、この若く熱心な層の好みを反映してくようになった。こういったフェスの代表例に、1967年の6月にカリフォルニア州モントレーで開催され、2万5000人を動員した（もっと多かったとする記述もある）Monterey Pop Music Festivalが挙げられる。このフェスにはThe Who、Janis Joplin、Otis Redding、Jimi Hendrix、The Mamas & The Papas、Simon & Garfunkel、Grateful Deadなど、当時のロック／フォーク／ポップのシーンを牽引していたトップアクトが集結した。Jimi Hendrixがライブで"Wild Thing"を披露したあと、ギターに火をつけて燃やし、ステージで粉々にたたき割り、客席のほうに破片を投げてオーディエンスを魅了した伝説の瞬間は、このフェスで起きた。そして、ヒッピー・ムーヴメントの勢いが頂点に達し、何万人もの若者達がドラッグで精神を解き放っていたこの時期、Montereyを皮切りに“サマー・オブ・ラブ”がスタートしたと言われている。

しかし1960年代の最も有名なロック・ミュージック・フェスティバルと言えば、伝説のWoodstock Music & Art Fairだろう。1969年8月15日から18日にかけて、アップステート・ニューヨークの約2平方キロメートルの酪農場で開催された同フェスは、4人の投資家によってオーガナイズされ、当初15万枚から20万枚のチケットの売上が見込めるビジネスとして計画が進んでいた。ところが蓋を開けてみると、トータルで50万人近くの客が訪れ、入場料を払わず入った者も多かったため最終的にはフェンスが撤去され、無料イベントとなってしまった（しかし前売りチケットの段階ですでに約18万6000枚を販売していた）。32組の強力なラインナップには、Montereyフェスティバルのヘッドライナーを務めたアーティストも多く、他にもJoan Baez、Creedence Clearwater Revival、Jefferson Airplane、Sly & The Family Stone、Crosby, Stills, Nash & Youngといった人気アクトが出演した。客はとてつもない混みようと悪天候を我慢しなくてはいけなかったが、それでもWoodstockは史上最高のロック・フェスティバルとして歴史に刻まれ、以降、あらゆるポピュラー・ミュージック・フェスティバルを評価する上での基準となった。Jimi Hendrixがアメリカ国歌をサイケデリックにカバーした歴史的な瞬間は、現在でも60年代を象徴する出来事として人々の記憶に残っている。

WoodstockとMontereyから解るとおり、60年代後期のフェスティバルは大衆向けであっただけでなく、大規模であった。67年を境に、多数のポピュラー・ミュージック・フェスティバルが次々と開催されるようになり、どのイベントでも動員数がオーガナイザーの予想（と会場のキャパシティ）を遥かに上回った。イギリスでも同じ現象が起きており、中でも67年からスタートしたIsle Of Wight Festivalがその代表となる。同フェスが1970年に開催された時は、Woodstockの参加人数を上回り、60万人から70万人の客が訪れたと推測されている。5日間に渡って開催され、総勢55組のアクトが登場し、MontereyやWoodstockのヘッドライナーを務めたアーティストも多く出演した他、The Doors、Joni Mitchell、Miles Davisらがステージに立った。Woodstockと同様に、客の参加人数があまりにも大きいためチケット制の運営は困難だとオーガナイザーが判断し、無料の“非営利”イベントとして開催しざるを得なくなった。この時のイベントが赤字に終わったこと、そして近隣の住人からの圧力で運営がどんどんと困難になったことを理由に、その後このフェスティバルは2002年まで開催されなかった。

Isle Of Wightは波紋を呼んだものの、その後も70年代を通して野外ポップ／ロック・フェスティバル・シーンは興隆し、ほぼ毎年新しいイベントが開催された。イギリスでは、1970年に最初のGlastonbury Festival（当初はPilton Pop, Blues & Folk Festivalという名前であった）が開催され、アメリカでは73年にワトキンズ・グレンで行われたSummer Jamに、Grateful Dead、Allman Brothers Band、The Bandなどを観にきたファンが約60万人押し寄せた。その他、この時代を代表するフェスティバルには、Strawberry Fields Festival (70年、カナダ)、Sunbury Pop Festival (72年〜75年、オーストラリア)、Festival Rock Y Ruedas De Avándaro (71年、メキシコ)、Ozark Music Festival (74年、アメリカ)、Florida Sunfest (77年、アメリカ)、Canada Jam (78年、カナダ)などがある。更に、同時期イギリスではフリー・フェスティバル・ムーヴメントが起こり、Windsor Free Festival (72年〜74年)や、Stonehenge Free Festival (74年〜84年)などが開催された。コミューン・シーンの人々が主催することが多かったこれらイベントはチャージフリーであり、寄付金によって運営され、運営スタッフはオーディエンスやパフォーマーがボランティアで務め、国有地で開催された。これらフェスティバルはその後、90年代前半にイギリスで盛んになるフリー・パーティー・シーンの前身だったと言える。

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時が経つにつれ、フェスティバルは若者の音楽の嗜好を反映させ、プログラムも変化していったものの、唯一、フェスティバルのステージで演奏されることが無かった音楽ジャンルがあった——ディスコだ。ディスコ・ミュージックは70年代の前半から興隆しており、70年代の半ば頃にはすでに世界を席巻する社会現象にまで発展していた。だが、当時の他の音楽スタイルと比べ、ダンス・ミュージックとしての意味合いが強かったからかもしれないが、ダンスフロアに直結したディスコのサウンドは、フェスティバルのステージ向けに再解釈されることはなかった。ディスコのイメージが、当時の音楽フェスティバルの根幹にあった素朴で原始的な価値観に相反したのも、理由に挙げられる。インナーシティの黒人、ラティーノ、ゲイやトランスジェンダーの人々の間で育まれたディスコ・ミュージックは、都心部をサヴァイブする人々のサウンドトラックであったのだ。そして、ディスコのリスナー層が主に人種的／性的マイノリティであったことも、おそらく原因に含まれるだろう。60年代と70年代を通して、音楽フェスティバルの人気は拡大する一方であったものの、客層は相変わらず中流階級の異性愛者の白人が主であった。“サマー・オブ・ラブ”や、その他のカウンターカルチャー・ムーヴメントの“愛と平和”を謳う自由主義的な政治思想は、あらゆる差別に反対し、当時の他のイベントと比べればマイノリティに対して寛容的であったが、それでも、こういったフェスのオーディエンスは基本的に、19世紀のクラシック音楽祭に訪れていた人々と同じ社会地位に属している人々が中心であったのだ。

80年代の音楽フェスティバルにおいても、人種や性的指向の観点ではあまり変化は起こらなかったが、社会階級のシフトは見受けられた。80年代におけるフェスの大きな変化の1つに、ヘヴィ・メタル（そしてのちにグラム・メタル）の登場が挙げられるが、このジャンルは特に労働者階級の客層を引き付けた。イギリスで最初にハード・ロック／ヘヴィ・メタルにフォーカスしたフェスティバルは、Monsters Of Rock (1980年〜2006年)と、Heavy Metal Holocaust (81年)であった。それと平行して、Glastonbury Festival、Reading & Leeds Festival、Milton Keynes Bowlといったポップ寄りのミュージック・フェスも80年代を通して開催された。一方、アメリカでは83年にUS Festivalというイベントが開催され（Apple Computersの共同設立者の1人であるSteve Wozniakがオーガナイズ／投資を行った）、ニュー・ウェーブ・デイ、ヘヴィ・メタル・デイ、ロック・デイ、カントリー・デイと、4日間それぞれジャンルが振り分けられて開催された。ニュー・ウェーヴの日の動員数はそれほどでもなかったが、ヘヴィ・メタルの日は大いに混み、アメリカのメインストリームの流行がヘヴィ・メタルに傾倒していたことが解る。

エレクトロニック時代 /

70年代のミュージック・フェスティバルに、あからさまにディスコが欠けていたのと同様に、こういった野外フェスにはハウス、ガラージ、エレクトロ、テクノなどアメリカのポスト・ディスコ・ダンスミュージックが完全に除外されていた。そんな中、“セカンド・サマー・オブ・ラブ”が起こった。88年頃、イギリスではアシッド・ハウスが一世を風靡しており、ロンドン、シェフィールド、バーミンガム、マンチェスターなどのナイトクラブを中心に盛り上がりを見せていた。しかし、89年を迎える頃には、都心部に位置するクラブのキャパシティを超えるほど人が集まっていたため、こういったクラブは当局から目を付けられ問題になった。夏が到来すると、Biology、Eclipse、Energy、Back To The Futureといったプロモーターたちは、その時開通したばかりであったM25モーターウェイ（ロンドンの周囲を繋ぐ高速道路）の近隣の田舎地域の野外スペースや廃墟などで、レイヴ・パーティーを開催し始めた。

この頃のパーティーを実際に経験した人達が言うには、こういったイベントには当時の他のナイト・シーンよりも多様な階級、人種、性的指向の人々が集まった。この頃のレイヴは様々な面でメインストリーム・ミュージック・フェスティバルとは大きく異なるが、雰囲気、若者の多い客層、野外の解放感、長い開催時間といった面では、フェスティバルと近いものであった。実際、多くの評論家達は89年のアウトドア・レイヴの爆発的な人気を、67年のサマー・オブ・ラブ期におけるポップ・フェスティバルの興隆と比較した。だが、野外レイヴ時代の終焉はすぐに訪れた。イギリスの政府は92年と93年に新しい法律を制定し、それによって野外でレイヴを開催することが違法になってしまったためだ。なお、その後も90年代を通して野外イベントが違法で行われることはあったが、多くのプロモーターはナイトクラブへと移動したか、ヨーロッパ大陸に移ったか（まだレイヴを禁止する法律が定められていなかったため）、あるいは“合法”な手段でエレクトロニック・ミュージック・フェスティバルを開催しようとした。

同時期、ベルリンでは壁が崩壊され、ドイツの再統一が行われ、根本的な社会変革が人々に興奮と恐怖を与えていた。80年代のベルリンのクラブシーンでは、エレクトロニック・ミュージックがすでに重要な存在と化しており、同市のインダストリアル、エレクトロ・ロック、シンセポップ、EBMなどのシーンが、発芽したてのテクノ／ハウス・シーンを育む土壌を作り上げていた。89年の夏、とあるパーティー好きの若者達が音楽パレードの形をとった政治運動を行うアイディアを思いつき、西ベルリンの最も洒落たショッピング街、クアフュルステンダムで決行した。「愛、平和とパンケーキ」をモットーに掲げたこのLove Paradeの第1回目には、約150人の人々が参加した。次の年の夏、壁の崩壊を経て東西ドイツ統一が進むなか、「未来は我々のもの」というテーマで第2回目のLove Paradeが開催され、2000人を集めた。97年に開催された時には、Love Paradeは100万人が訪れるビッグイベントになっており、近くのティーアガルテン公園に場所を移し、Siegessäule（戦勝記念塔）を最終地点とした大規模なパレードを行うようになっていた。

正式には、Love Paradeは政治活動として宣伝されていたが、実際には巨大な移動型エレクトロニック・ミュージック・フェスティバルとして機能した。そのため、Love Paradeは本当に政治活動なのかと疑う声も上がった。この街では公共イベントは市がセキュリティの費用を払い、イベント後の清掃を行うことが法律で定められているため、オーガナイザー達は政治運動のフリをしてこの法律を悪用している、と批判する者達もいた。開催の許可をとるために、Love Paradeは政治運動に見えることをしなくてはいけなく、プロモーターのリーダー、Dr. Motteはパレードの冒頭にスピーチを行うことが多かった——たいていは冗談半分だが。しかし、この時代に単純に“楽しむこと”自体が、ある意味で政治活動になっていた。東ドイツにおける厳しい社会的規制や国民の監視、そして冷戦の恐怖がまだ記憶に新しかったこの頃、音楽を聴いてダンスをし、我を忘れることは多くの人々にとって社会を生き抜く手段であった。

90年代から2000年代前半にかけてヨーロッパで開催されたイベントの中で、特に規模の大きいフェスはLove Parade、Mayday (91年〜)、そしてスイスのStreet Parade (92年〜)であった。これらのイベントの特徴はその規模だけでなく、どれも都心部で行われた都市型フェスという点もあり、近未来の理想郷をイメージさせる、テクノ・フューチャリスティック／脱工業化社会的な世界観を有していた。これは、90年代にスタートした他の都市型エレクトロニック音楽フェスティバルでもよく見受けられたテーマであり、Sónar (94年、バルセロナ)、Time Warp (94年、マンハイム)、I Love Techno (95年、ヘント)、Awakenings (97年、アムステルダムとロッテルダム)、そしてHradhouse Festival (98年、ボスコヴィツェ)などが代表例である。こういうイベントを邪魔もの扱いし、大切な資源の無駄使いだと非難する人々も居た一方、観光客が押し寄せることで街にとって利益を生むチャンスになるという見方も強くなっていった。

この見方の変化は2000年代の前半で更に顕著になった。この頃になると、アート・フェスティバルなど“クリエイティブ”なイベントを開催し、“クリエイティブ・シティ”として人を引き付けて街を活性化させることは、理想的な街興しの手段として見直されるようになった。Sónarはスタート当初からマルチメディア・アート・フェスティバルとして宣伝されていたが、Sónar登場後も、Club Transmediale (99年、ベルリン)、DEMF/Movement (2000年、デトロイト)、MUTEK (2000年、モントリオール)、EXIT (2000年、ノヴィ・サド)、Decibel Festival (2003年、シアトル)など、数年の間で多数の“都市型アート・フェスティバル”がスタートした。もちろん、都市型ではない野外フェスティバルも新しく始まっており、1995年にはウクライナでKaZantip、カナダではDestiny/World Electronic Music Festivalが開始された。そして、この頃に始まり、現在でも人気を誇るイベントには、ポルトガルのBoom Festival (97年)、ドイツのMelt! (98年)、そして新潟県で開催される日本のLabyrinth (2001年)などがある。

そしてもう１つ、長い歴史を誇るフェスティバル級の都市型エレクトロニック・ミュージック・イベントがある。ミュージック・カンファレンスだ。マイアミで開催されているWinter Music Conferenceは、81年にすでにスタートしており、Amsterdam Dance Eventは1996年に開始した。他のエレクトロニック・ミュージック・フェスティバル——特に、Sónar、Club Transmediale、MUTEKなど“アート・フェスティバル”を謳ったイベント——でも、カンファレンスの要素をプログラムに追加するようになったが、ミュージック・カンファレンスは主に業界人がターゲットの見本市として機能し、ディスカッション・パネル、ワークショップ、レクチャー、新技術のデモンストレーション、ネットワーキング・イベントなどが中心となっている。夜になると、街の様々なナイトクラブでは特定のレーベルや、スタイル、あるいは新しい才能をショーケースするイベントが行われる。もちろん、これらのイベントは業界人向けであったとしても、音楽ファンが遊びに来て、ダンスフロアを埋め尽くし、高すぎるドリンクを購入することは大いに歓迎される。なので、こういったカンファレンスの開催に合わせ、近隣のヴェニューでは様々なイベント（公式なものも、非公式なものも含め）が行われ、統合すると１つの大きな都市型エレクトロニック・ミュージック・フェスのようなものが出来上がるのだ。

EDMフェスティバルの隆盛 /

では、今日における超巨大“EDMフェスティバル”に視点を定めよう。70年代のポップ／ロックフェス・ブームの時、そして90年代の野外レイヴ・ブームの時と同じように、プロモーター達は即座にこの拡大しつつあるフェスティバル・シーンに目を付け、新しいEDMフェスティバルを次々と立ち上げ、どんどんと規模を大きくし（同時に入場料も上げ）、“スーパースター”を詰めこんだラインナップを揃え、より高いフード、ドリンク、グッズなどを販売するようになった。ここ数年で、70年代のポップ／ロックフェスの興隆と類似したEDMフェスの急増がアメリカにおいて起こっている。例えば2011年には、Electric Forest、Escape From Wonderland、Dancefestopiaといった新興イベントがアメリカのEDMフェス・シーンに新たに追加された。この“EDMフォーマット”の出現と爆発的な成長は、主に北米における現象のようであり、海外——特にヨーロッパとオセアニア——のエレクトロニック・ミュージック・フェスティバルは、20世紀後半のポップ／ロックのフェスティバルや、レイヴ・スタイルのイベントなど、過去の延長線上にあるイベント作りを行っているように見える。

しかし、グローバリゼーションは起きている。この、遍在的で瞬間的なテレコミュニケーション、そして多国籍企業と超国家的政治の時代に、EDMほどビッグなものが国境の中に収まっているわけがない。すでに、北米のEDMフェスティバル・シーンと国際的なエレクトロニック・ミュージック・フェスティバル界の相互交流が行われており、ベルギー拠点のTomorrowlandは2013年にアメリカのアトランタ州にてTomorrowWorldをローンチし、過去2年の間でElectric Daisy Carnivalはロンドンとメキシコ・シティを開催地に追加した。Global Gatheringは2001年にイギリスでスタートしたが、現在では“グローバル・ミュージック・フェスティバル・ブランド”として、ほぼ全ての大陸でイベントを開催し、その全てがアメリカのEDMフェス・スタイルを踏襲している。ミュージック・フェスティバルのプロモーターが急速にインターナショナル・ブランド化しているということ自体、注目すべき動きだ。しかし気がかりなのは、巨大なエンターテイメント複合企業が現在大急ぎでフェスティバルの企画会社を吸収し始めていることだ（例えば、EDMフェスやナイトクラブ、そしてBeatportを運営するアメリカの大手SFXが、オランダのID&Tを買収したことなど）。少数のグローバルなメジャーレーベルが全てを支配している現在の音楽業界のように、ミュージック・フェスティバル・シーンが寡占市場になってしまうのではないかという懸念があるのだ。

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しかしながら、現在のアメリカンEDMフェスのイベント作りの仕方には、過去と大きく異なる部分がある。2000年代の半ばから後半にかけて、北米のフェスティバルでは、エレクトロニック・ミュージックのパフォーマンスがより“具象化”される傾向があった。これはどういうことかと言うと、昨今のエレクトロニック・ミュージック・フェスティバルの多くは、大規模なポップ／ロック・コンサートの見せ方を様々な形で取り入れたものが主流になってきており、結果的に、エレクトロニック・ミュージックのパフォーマンスの仕方、そしてオーディエンスの体験の仕方に大きな変化が生まれたのである。エレクトロニック・ミュージックの初期からフェスティバル・スタイルのイベントはあったものの、以前は、ナイトクラブのダンスフロアこそがエレクトロニック・ミュージックを体験する理想の場所だと考える客層が、主たるターゲットであった。その信念に基づき、DJはどうプレイするか、オーディエンスはどういう反応をするか、どういうビジュアルが適切で、どのくらい公共／メインストリームになるべきか、といったことが自ずと決まっていた。

ディスコ・ミュージックがダンスフロアからステージへと活動の場を拡大することができなかったのに対して、EDMはそれに成功した——というよりも、現在新しいエレクトロニック・ミュージックのカテゴリーとして主にアメリカで認知されている音楽としてのEDMは、そもそも、昨今の野外メガ・イベントのフォーマットによって形成されたものなのだと言ったほうが正しい。（90年代の半ばごろからEDMというワードを現在とはまったく違う意味で使用していたポピュラー・ミュージック研究家達にとって、これは驚愕と困惑しか生まないが）。この文化で活躍するEDM種族のアーティスト達は、基本的なDJパフォーマンスの概念を遺棄し、短く、強烈な、ロック・コンサートのような疾走感のあるライブセットを行い、誇張されたステージ・ペルソナを被り、脳を溶かすような感覚過負荷のサウンドに合わせたビジュアル・ショー（ロボット、ビデオ・プロジェクション、複雑なLED技術、花火など）に多額を投資するなど、ポップやロック界のアーティストのライブの見せ方を導入した。

これは、一部の社会学者が唱える“文化のフェスティバル化”の現れなのかもしれない。文化のフェスティバル化とは、様々な文化活動にフェスティバル・モデルを導入することであり、衰退している地方の街興しの一環としてアート・フェスティバルを開催することもその内に含まれる。この戦略のメリットには、以下の3点が挙げられる：1) 経済的に低迷している地域に観光客を集め、消費を促進することができる。2)　主催陣に利益が集まる（全てが上手く行けば、比較的速く、大きな見返りが期待できる）。3) 「カルチャーは良いこと」という、投資家達が安心する慣れ親しんだ価値を提供することで、クリエイティブな人々が財源を確保する手段を得られる。しかし、多くのエレクトロニック・ミュージック・フェスティバルが、平均的で、投資家の喜ぶ“EDMフェスティバル”モデルに沿ったイベント作りをし出している今、これらのイベントは、メインストリーム・メディアですでに氾濫している均質的で、健全で、大量消費的なコンテンツをただ再現するだけに成り下がってしまうのだろうか？オーディエンスやアーティストの多様性はどこに行ったのだろう？エレクトロニック・ミュージック・フェスティバルがポピュラー・カルチャーに何か新しいことを貢献することは、もはやあるのだろうか？

北米のEDMフェスティバルは、長い音楽フェスティバルの歴史の一部から派生したものだが、この最新の動きから新しいポピュラー・ミュージック・カルチャーが生まれていることは事実だ。これは、これまで以上に商業的で、誇大宣伝主体だが、同時に今まで以上に解りやすく、もしかしたら民主主義的とさえ言えるかもしれない。こういった巨大フェスティバルが、小規模で脆弱な、何十年も前からアンダーグラウンドで繁栄してきたシーンにどのような影響を及ぼすのか心配する評論家たちもいるが、EDMフェスティバルが新しい音楽ファンをエレクトロニック・ミュージックの世界に引き込む入り口になっていることは、間違いないようだ。