レコードに針を落とした瞬間に曲の良し悪しがわかるのと同じように、フロアに足を踏み入れた瞬間に雰囲気の良し悪しを感じる瞬間はあるだろう。音源はレコーディングエンジニア、空間においてはPAエンジニアが音響のクオリティをコントロールする。PAエンジニアの役割の多くは、屋内/野外に関わらずその会場に設置されている、もしくは自ら持ち込んだサウンドシステムをその空間の特性に合わせて最適に鳴るよう調整し、アーティストとサウンドチェックを行い、本番ではプレイ中の鳴り方を終始確認する。同じベニューを頻繁に訪れる人は、一見同じスピーカーであるはずなのに「今日は音がいつもと違うな」「いつもより音が良いな」「悪いな」と感じた経験があるのではないだろうか。それはもちろん、その時々のアーティストの違いから音の感じ方が異なると言えるが、PAエンジニアの手腕によるところが大きいのは確かだ。

彼らはだいたいフロアの中央から後方の一角に場所を取り、ミキサー卓及びPA機材を操作して音質や音量を司るが、時にはステージブースに入ってアーティストに耳打ちしたり、フロアをあちこち彷徨ってオーディエンスに混じり聴き耳を立てる。オーガナイザーやアーティストから音質や音量についてリクエストを受け、答える場合もある。それらは彼らのノウハウと自らの音楽経験で培った個性を元に、良い音とは？という自己判断で成り立つ。ゆえ、そのシーンを理解していることもキーポイントとなるのだ。

今回は現在までに数多くのフロアを作り上げている３名に集まってもらった。まずは古くは80年代の日本の野外フェスの元祖であるいのちの祭から始まり、Vision Quest、Rainbow 2000、Body & Soul、Metamorphoseや、名古屋のClub Mago、東京のDommune Studioなどのサウンドプロデュースを行い、それらと並行しながら18年以上継続しているパーティーLife Forceを主催する、浅田泰。そしてDK SOUND、Cabaret等のパーティーを担当し、東京のOathをはじめホノルルのAsylum、bevyといった店舗でも腕を振るう音響システムデザイナーのHIRANYA ACCESS代表、藤田晃司は、ソーラー発電による別プロジェクトも運営する。最後に、サウンドシステムデザイン・プロデュースを行うeastaudio代表、栃堀悟は、Outlook Festival Japan Launch Partyのオーガナイズも務める傍ら、Taicoclub、MTV Video Music Awards Japanなどでもサウンドシステムを鳴らす。普段同じ現場に居合わせることの少ない３名の実体験から得た言葉のやりとりは、気付けば３時間以上経過した。

PAはアーティストと違って表になかなか出ない存在なので、まずはみなさんのことを簡単に教えて頂けますか？

浅田: 僕は現在62歳なんですが、最初に電気音響いわゆるオーディオに触れたのが9歳ぐらいかな、50年以上前になります。その頃から音響機器に強い興味を引かれて、子供ながらに思考錯誤しながらレコードプレイヤーからライン録音を成功させたりテープレコーダーを改造してテープエコーを作ったりして遊んでました。高校に入る頃はジミヘンが登場した時期で、その頃一番バンド活動やっていたんだけど、すごいミュージシャンたちに何人か出会って自分の演奏能力の限界を見てしまうんですよ。そのあたりからPAという存在が出始めて、音楽に関わるならPAをやろうと心に決めて、それから独学でPAを学ぶようになり、少しづつ機材を集めまだ黎明期だったロックシーンに関わり始めます。それからやや経って88年にはいのちの祭という当時のヒッピームーブメントに出合います。当時の日本で8000人もの人が八ヶ岳のスキー場集まって、１週間に及ぶキャンピングフェスに参加しました。まるでウッドストックの情景を彷彿させていて感動しましたね。クラブミュージックに関わり始めた最初が91年ごろかな、新宿に一軒のDJバーをプロデュースしたのが始まりです。それから今のLife Forceのパートナーのマサがイギリスから帰ってきた。セカンド・サマー・オブ・ラブの体験から「日本でも野外で本物のレイヴパーティーをやろう」ということになり、長野の山の中で始めてやったのがLife Forceの始まりです。僕の生命保険を解約して資金を作ったりして、出来る限り本物のレイヴパーティーになるように力を入れたものです。

その後僕はハウスとトランスを両刀使いのようにずっとやっていました。David Mancusoの初来日やBody & Soul in Tokyoなどの切っ掛けがあって2000年頃を境にハウスの仕事が増えて来ました。その頃になるとMetamorphoseの様な大きな仕事の音響を監督するようになり、収入もまともになって仕事になるようになってくる。こういう形で仕事になる切っ掛けは今思えば父親の遺産がちょっとあって、思い切ってシステムを買った事からかなと思います。自分で自分を分析すると、何かを立ち上げる時に力を発揮するタイプ。新しくてこれから起きるものの方が面白いから、どうしてもね。今でも面白いからベース・ミュージックに取り組んでみたり、Dommuneにも関わっています。なにか社会に本当に必要な新しい考え方に興味があり、例えばソーラー発電のサウンドに関しては、20年前から仕事としては採算度外視でやっています。音楽以外の分野でもいろいろ市民運動などにも携わっていて。いのちの祭りのようなノーニュークスムーブメントや、医療用産業用はじめ大麻の復活のための運動とか、あるいは環境問題に取り組んでいるNPOの理事もやってたりします。

藤田: 僕は現在35歳で、踊り始めたのはトランスのパーティーですね。浅田さんを初めて見掛けたのはVision Questで、声掛けたのはLife Force。96年ぐらいに深夜ラジオのKo Kimuraさんの番組でハウスの音楽がずっとミックスされて繋がっていくのに感動して、パーティーとDJを同時に始めた。高校卒業してビンテージシンセ屋で働き始めて、買い取り先の中古機材の大きなアンプとスピーカーが店に置ききれなかったので、自分用にごっそり個人で買い、代々木公園で野外レイヴが盛んだったので参加するようになった。パーティーを続けるうち、友達にスピーカーを貸すようになって、そのうち「いくら出すから来て欲しい」という話が増えた。毎週お金を貰えるようになったので平日の仕事を辞めたのが2000年ぐらい。その頃HIRANYA ACCESSは、パーティーオーガナイズチームだったんですよ。この頃はトランスが中心でしたね。

楽器を演奏していた頃もコンサートのPAの席が気になっていたのを思い出します。ただ、音響屋の世界はガテン系の縦社会で、PA屋に入ったらケーブル巻きを3年間やらされるという噂を聞いていて、ノリだけじゃ出来ないと考えていましたが、自分は自分でシステムを運ぶところから始めたので「自分でやればいいじゃん」って思いましたね。

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浅田: 元々機材のない空間でのパーティーが増えてきた時期ということもある。当時は新しくパーティーをやろうとしている人が増えはじめていた。ジャンルが広がって、仲間内のなかでも遊びのリーダーがなる人がオーガナイザーになっていく。そこから機材が必要になって、レストラン、キャンプ場を借りたりとかが多かった。

藤田: 2002年のMetamorphoseで、その頃目新しかったFunktion-Oneを借りたんですけど、リハーサルで一発飛ばしたり。その日は忘れもしない大失敗の日で、大事な時間の3時頃に本番中の卓が壊れたんですよね。音が出なくなって処理はしたんですけど、卓なしでDJミキサーから音を出して、非常に勉強になった回なんです。Funktion-Oneがターボサウンドっていうことも知らなかったんですけど、口コミの噂でFunktion-Oneが気になっていました。

浅田: Funktion-Oneのフルシステムを見たのは、Fuji Rock Festivelのホワイトステージが初めて。クオリティが高くて話題になってたね。

藤田: いわゆるモバイルPAの仕事とは別に、店舗の設備を始めたのが2006年頃。浅田さんと合流したMixroofficeの設備音響の頃から活発になって、現在は設備音響を35店舗以上担当しました。ひとつ自分の夢だったのが、始めた頃にどこのクラブにいっても音が良くないからいじらせてもらっていて、「世界三大都市の東京が音が悪くていいのか。もっと幸せになれるはずだ」という思いから、どうにかして渋谷界隈を全部良くしたいという熱が入るわけなんです。

栃堀: 自分は皆さんほど早く音響に関わっていないんですが、Reggae Japan Splashに5万人集まっていた大レゲエブームだった時に、東京の何倍もレゲエが熱かった大阪に住んでいた兄の影響でレゲエを聴き始めました。それから大学でこっちに出てきた時、Rankin Taxiさんのサウンドシステムが代々木チョコレートシティに出ていてそのイベントに通っているうち「お前いつもいるからサウンドシステム運べ」と呼ばれるようになり、そこから自然とTaxi Hi-Fiのクルーになり、セレクターもやったり新しいスピーカーを作るときに呼ばれたり、代々木公園の歩行者天国にRankin Taxiさんがサウンドシステムを出したりしてた頃ですね。

学生を卒業してからアーティストプロモーションやクラブツアー制作の仕事をするようになって。ある年に苗場スキー場でクラブを運営する企画があり、Rankinさんや音響やっている仲間から余っている機材を集めて一式揃えてeastaudioSOUNDSYSTEMを完成させ1シーズン運営しました。また、日本にもサウンドシステムカルチャーはありますが、レゲエの人はレゲエの世界から出ないし他ジャンルの人にはサウンドシステムを使わせないのがも勿体無い、サウンドシステムカルチャーを単独で外に出して広めていく方法はないかと思い、2007年頃に代々木公園に自分のサウンドシステムを出して、ジャングル、レゲエ、ヒップホップ、テクノを中心にしたフリーパーティーを日曜の昼間に開催してました。2年後に取り締まりが急に厳しくなり、楽しかったけど終わってしまいスピーカーもまた倉庫に寝てしまって。

それから暫くして音楽と全然関係ない友人が「なんでスピーカー持っているのにやんないの？」と言われたのとほぼ同時期にクロアチアのOutlook Festivalを知って。すげえサウンドシステムが大量に出るらしいという噂を聞き、2011年にクロアチアに行ったんです。実際にOutlook Festivalを見て、これはすげえなと。メインステージはPA会社が担当していて、スピーカーはMartinのラインアレイ。GlastonburyのメインをやっているRG Jonesって会社が担当してるんですがよく見ればMartinと一緒にカスタムしたオリジナルウーファー使ってる。セカンドステージからはMUNGO'S HIFIなどサウンドシステムを使ったステージが10箇所近くあり、普段はサウンドシステムで稼いでいる連中が鳴らしている。自作のスピーカーを使って音がめちゃくちゃ良く、ビジネスが成り立つ。これは日本でも何かできないかと。コンサートPA会社とレゲエのサウンドシステムの中間がいないので、日本でも中間層としてビジネスとしてできるチームを作れないかと思いましたね。

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栃堀さんはVoidというスピーカー・ブランドの日本の代理店もされていますよね。

栃堀: 栃堀：最初、ウチでスピーカーやアンプ等の開発をしているKotobukiがVoidをチェックしていて。当時サウンドシステムのベースボックスのドライバーで定番だったPD1850から乗り換えてる連中がでてきた18インチのドライバーがVoid製で、ヨーロッパの連中がけっこう使い始め、PD1850よりタフでパワーもあって音もクリアという話を聞き、本社とコンタクトをとってやりとりしているうちに「代理店やろう」ってことになって。いろいろ調べていくと、開発しているRogは世界中の自作システムファンの人気サイトSpeakerplans.comのオーナーでスピーカー設計界の「神」的存在、開発能力が高い人間だしスピードも早い。このブランドを日本に普及させることでシーンに貢献できないかと思って。Voidとやりとりを始めた頃に思ったのは、日本のフェスやクラブは音響業界厳しい感じだけど、明らかにイギリスは盛り上がっていて、パーティー行ってもベース・ミュージックで普通の女の子が騒いでる。なんかもっと日本のシーンも変えられないかな？って。

藤田: （楽しみ方が）変形して入ってくるよね。

栃堀: 音の環境を良くすることで変わっていくのかなと。「海外から来たDJに変わった瞬間に音が良くなる」という話になるけれど、その理由で「エディットした時の電圧が違う」「マスタリングしている音が違う」とか言われてるけど、来日DJは普段から音の良い環境で鳴らしているから、そういう風に曲を作るときにミックスをしていく。日本の子たちは今の環境で音を作っていても一生出音が変わらないなと。日本の環境でクリエイターや演者を育てるために環境を良くしたいと思って。

藤田: 環境の底上げですよね。

栃堀: パーティーと音響が連動して上がっていかないと、相対的に上がらない。

藤田: コミュニケーションの問題なんですよね。信頼関係を一瞬で作っていくから。DJはプレイ前にエンジニアと話した方がいい。

栃堀: 最近、Habanero PosseのGunheadくんと一緒にワークショップを行っていて、ベース・ミュージック系の若い子たちに「ベースをもっと鳴らすにはどうしたいいのか」などの話をしている。Gunheadくんが言うのは「とにかくPAの人とちゃんと挨拶して、サウンドチェックで曲を繋ぐ練習するのをやめてください」と。自分の基準となる曲を決めてサウンドのチェックをして、「この環境ではベースがあまり出ないな」とわかったらプレイする選曲も変える。クラブの環境が変わって同じ選曲でプレイしてもお客さんは楽しくないよって。

浅田: そうなんだよね。サウンドチェックっていうのは、我々（PAエンジニア）に対して自己紹介してくれる時間でもある。それと同時にDJは環境の構成を確認する。ここの空間にあるシステムで、ここまで鳴らせば、ここから先は音が潰れるんだな、という確認。もしサウンドチェックをしていて気になるんだったら、「もうちょっとこういう所を出してくれませんか？」とか言ってくれたらいいと思う、自分がやってて気持ちが良い空間になる様に協力し合うのがいいと思う。

だから僕は、DJのモニタースピーカーを良くすることにすごく力をいれていて、10年以上前からサブローをDJに対し提供しています。DJは耳のいい人ほどヘッドホンではなく、空間の音で曲をミックスしていく。もしモニターの音が偏っていた場合、モニターを含めた空間の音を自分のイメージに合う様に修正していく傾向があります。例えばモニターの音が固かったら、自然と無意識的に柔らかくなるように固い部分を削る、という引き算するわけです。でもそうするとモニターは良くなっても、外音はフラットな状態とは違ってくる。一番良いのはフラットな聴き易い状態に近づけるのだけど、音が不自然だったら修正するからね。だからそう言う事をしなくて良い様に、僕はモニターを外音に近いサウンドにするんだ。昔はそういう環境がなかったから「DJはモニターに頼らず外音を聴け」という人たちもいました。

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フラットに出したとしても、現場の環境によって聴こえが変わるわけですよね。

浅田: DJがいるブースとお客さんのいるフロアはおのずと音が違うので、これを近付ける作業が必要。ただ、一度音が悪くなったものを修正するのはとても難しい。DJの処理にPAの処理を加えると、人工的になってしまい効率が悪くなってしまう。音に勢いがなくなり、力のある生きた音ではなくなる。明らかに音が立っている音と平面になっている音とはぜんぜん違う。自然とパーティーが盛り上がるためには、音が立体的に感じられる音でないといけない。

それはどういうことかというと、ソースとなるアナログ盤やCDは、一流のエンジニアたちが一生懸命音を作って、ミュージシャンもOKと言って、最後にマスタリングという過程を通ったものがステレオで入っている。つまり完成品の“絵”が入っている。その“絵”が再現できないシステムではダメなんだ。スタジオのモニターの音が本当は理想だけど、それは難しい。スタジオとクラブではシステムが違うし、出力するパワーが違い動作も違うから、空気の弾性やユニットの慣性による影響が出てしまいスタジオモニターと同じ音にはならない。それを調整するのが我々の仕事。

例えば、コンプレッサーは何のために使っているかというと、慣性モーメントや空気の弾性や熱の放散などいろいろな現象による制限から起きる不整形な部分を抑える。エンベローブという音の立ち上がって下がる波形をわずかに整えることで、本来その音楽が持っていたグルーヴを取り戻したりする。イコライザーは、壁による反射音や共鳴など建物や空間の癖を取ってあげる。チャンデバやプロセッサーで調整しているのは、スピーカー自体が持っている物理的な癖を取ってあげている。そうやって、なるべく音声につきまとう余計なものをはずしてあげることで本来の形を散り戻すことができる。機材を多用してる様に見えるが、大事な事は本来の音楽を取り戻す事にある。それをするのが、PAシステムエンジニアの重要な仕事なのです。

でも、PAエンジニアにもみんな個性がある。音というのは耳ではなく頭（大脳）で聴いている。育ってきた過程の中で聴いてきた音を頭で判断しているから、人間によって判断が変わってくる。音に込められた意味を頭の中で理解するのが動物としての人間の本能的能力だ。だから言葉や音楽が生まれ、存在価値がある訳です。結局は頭で判断しているのだから、自分の経歴や育った環境などからも判断が違ってくる。それが好みであり個性と言うことでしょう。あとはそこに集ってくる人の好みや、そこに掛かっている音楽への考え方かな。

藤田: シーンを理解することですね。要するに。

浅田: それぞれのエンジニアは自分の得意な分野や個性を持っていて、その上に経験が積まれていくわけですよね。同じ音楽を扱っていてもその人が注目している対象範囲で違って来る。例えば、歌、ベース、ギター、ドラムなどね、あるいは好きなジャンルなどあるでしょう。僕が理想的な良いフロアの状態を考えるとき、一番良いのは何も気にしないで音楽を楽しめる環境だと思う。

藤田: 気付いたら盛り上がってた。忘れて遊んでたってことですね。

浅田: 初期のパーティーを始めた頃には、全くそういうダンス音楽に触れたこともない人も現れて。でもなんか知らないけど無我夢中に踊ったあとに、「今まで経験したことがなかった」という人も結構いるわけ。それをさせるのが音の力だと思う。

藤田: Life Forceのフロアはトイレに行きたくなったらすぐ出れるし、すっと戻ってこれる空間を体感して、これは素晴らしいなと思ったんですよ。

浅田: あれは僕らが創りだしたというか、お客さんが自然とそうなっていった。それはLife Forceは、（遊び慣れている）オトナの人が最初から多かったから。何かをこうしようとしているわけではないけれど、コアになるお客さんを選んでくかんじかな。それもあって集客が広がらないんだけどさ。でも、やっぱりトランスのかつての結果とかを見ていくと、ビジネス化していって集客が大きくなるとき、出て来る悩みが沢山あるんだよね。質みたいなのが保てなくなる。それでもFuji Rock FestivelやMetamorphose等はそれなりに保っていたとは思うんだけどね。だから、オーガナイザーのやり方もあるんだろうな。どこがどうしてそうなったかはよく分からないんだけど。

栃堀: パーティー自体がいいんでしょうね。どんなに音が良くても、パーティーが良くなかったら絶対評価が良くならない。ぱっと行ったらお客さん少なかった、とかなったら、どんなにいい音だったとしても、みんなの印象が悪い。悪い噂はすぐ広まってしまう。音だけじゃどうにもならないから、お客さんもオーガナイザーも含め、パーティーとサウンドシステムが一体になっていかないと盛り上がらない。あと、慣れもありますよね。母親の料理の味ってうまいまずいじゃくて慣れているから安心するのと同じで。僕が感じるのは、日本人は慣れていないものは拒絶する場合が多い。音の環境が悪い環境を改善したとしても、「いつもと違うから嫌だ」みたいな反応もあって。良い音に慣れていないと、突然良い音にしても、意外に受け入れられない。「家帰って耳がキーンとなるくらい鳴ってるのがいい」って意見に、それは良くないんだよって言っても「慣れていないからなんか嫌だ、好きじゃない」って反応があって。

耳がキンキンして少々痛く感じることから、興奮するというのはありますか？

浅田: 基本的にはあるよ。下の方から上の方の周波数に対応するチャクラが違うというか。チャクラの考え方と同じ感じで、低音から高音まである。その中で高音の音、金物系の音は、アッパーになっていく。ただそこで重要なのは、歪んだ音なのか、クオリティの高い音なのか。そこに注目すること。歪ませること自体は、ギターを歪ませたりするように意図的な場合もあるんだけど、出来上がったトラックを現場で歪ませてしまう／劣化さてしまうのはなるべくさけようとしている。低音部、高音部のひずみはエネルギーが強くて、鼓膜に働きかける。鼓膜が破れるわけではないけど鼓膜から来る振動を判断する神経が疲れる。神経が疲れると一時的な難聴に陥る。そうならないようにするのが一種のミッションというか、我々の責務とか勤めとして、お客さんの耳を悪くしちゃいけないと思うんだよね。

栃堀: 今、日本は出音が一番大きいと思うんですよ。ヨーロッパは制限が厳しいので、フランスとかでは100デジベル規制があってエンジニアは捕まっちゃうんですよね。法律の中でニュールーツやダブの連中はその中で表現している。あとは違法なところでやるか。海外の人は今の日本にビックリするかもしれない。

出音の流行はありますか？

浅田: ここ数年はベースの存在が強くなっている。どんなジャンルでも一曲の中でいくつもベースの音を使って構成したりして。それに伴って、最近はベースをクリアに表現できるようなサウンドシステムが増えたのもある。Funktion-Oneがインフラベースみたいなの出したのが始まりかな。よく昔のライブハウスにあったJBLの4560ってサイコロみたいなスピーカーでは100ヘルツから音圧下がっちゃって50ヘルツ以下になるともう出ないので、ベース・ミュージックなんかやれるものではない。

藤田: Funktion-Oneは基点になっていますよね。50ヘルツ以下を鳴らす専用のスピーカーをどう扱うかでだいぶ変わってきた。

栃堀：ベースでいうと、Funktion-Oneのすごく低いインフラベースと18インチのサブの両方を使いだした頃からトレンドが変わってきている。うちのオリジナルeastaudioシステムもVoidのIncubusもそうですけど、ヨーロッパのサウンドシステムとかはBass（低音）が2ウェイ。キックベースとロワーベースと完全に分かれて使っているわけですけど、今ではそこにハマるジャンルが出てきて、例えばジューク／フットワークというジャンルでは、キックが鳴る上部のスピーカーと、ベースが鳴る下部のスピーカーでバラバラに音が出てくる。それを楽しむジャンルが出てきて、本当にサウンドシステムから生まれてきたようなジャンル。日本で流行らすには、そこがないとなんにも面白くない。昔ドラム＆ベースやジャングルが日本でブレイクしなかった感じも、その面白さを再現出来ていないから。あと流行に関して、大きく分かれるのはラインアレイスピーカーとポイントソーススピーカーっていうのがありますね。

浅田: ラインアレイはいいんだけど、高忠実ですっきりすしぎていて盛り上がりにかけるというか。そっけないっていったらそっけない。それでも使っているけどなあ。

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PCDJが増えてきたのも最近の流行ですよね。

浅田: 音が悪くて困ったことは沢山ありますよ。MP3というデータ形式は、圧縮という過程を通す。聴こえなくても気にならないものを省いているので、データが掛け落ちている。MP3はCDとは同じ音にはならない。それでも音響心理学的な追求が進んで、MP3でもかなり遜色のないところまで聴こえるようになったけど、我々はオーディオ機器としては比較的高級な機材を使って仕事をしているので、（結果が）見えて当然となっちゃう。ただ、だんだんと徐々にですがDJたちも、デジタルの機材や音源も気にするようにはなってきた。

藤田: 全体のクオリティが底下げになった。「音源の入手先はどこですか？」っていう話で、アナログは絶対に正規盤しかない。アナログでは正規のレベルがあって、そのチョイスで決まっていく。データではチョイスの問題ではなく「出処どこなの？」って問題から始まる。また、CDとPCはデジタルでヴァイナルはアナログなんですけど、デジタルとアナログを一緒にミキサーに通すと質感の違いが出てきちゃう。そこをどう解決するのかを気にかけていたら、ケーブルワークで解決するようになったんです。CDやPCの信号をなんのケーブルでもっていくかで、だいぶその差をなくすことができた。音質が良くてはっきりしているケーブルを使うより、ちょっとモサモサっとやってあげたほうが馴染んだり。

浅田: 使い古しのケーブルを使ったり、レコーディングの世界でもそういうのやっているね。僕はそこまで追求するタイプではなくて、なかなかそこは晃司、偉いな（笑）。

DJがプレイしている間、何をチェックしていますか？

浅田: 重要な事は、レベルが安定しているのかどうか。さらにレベルが安定していられる環境かどうかを確認している。DJもPAと同じで、みんな個人個人の耳がある。DJが同じ曲をプレイしても、同じ音にならない。それをどう処理をするのかは自分の引き出しの中から、いろんなことをしてみるわけ。例えばスピーカーを５センチ移動させるとかして、なんでこうなっているのかという原因を知りにいく。あとPAのいる場所とDJで音が違うから、行ってみてチェックすることもある。足繁く、表へ出る。そういう意味では今の出音の問題点を把握できないと仕事にならないですね。

藤田: 同じ場所にいないことですかね。オペレーターの席にしかいなかったら、そこしか音が良くならないから、とにかく歩きまわったり。踊ったり。

浅田: あとはDJが冷静にプレイしているかどうか。気付いたらメーターが真っ赤になっているのを気が付かないでやっている。シラフじゃない場合もあるけどミスしたり慌てたりすると調整が疎かになっちゃうから、（小声で）「レベルをちょっと下げて」というと落ち着きますね。

藤田: 基本的に初対面のDJとは、PAって嫌われ者の確率が高いんです。「音量を下げろ」って言うから。だから嫌われ者にならないために、最初の一発目の対応を心がけていて先に信頼を得ておく。あとは頭の硬い人って思われないような話し方ですよね。

栃堀: 味方だよって。いい曲かけたら「いいね」とか、ちょっと踊るとか。

浅田: フロアに出て行って踊ると喜ぶんだよね。あと、一人一人のアーティストの交代期には集中していますね。音が決まっちゃえば居眠りしていても大丈夫なんだけど、交代する時は全部調整しなおしですよ。大抵の場合は人が変わればまったく違う。

同じジャンルのイベントでも振れ幅があるんですね。

浅田: 特に古い時代のアナログを掛けるDJの場合は一枚づつ。制作された時代が違うと録音エンジニアのモニターがバラバラだから、一曲ごとに音質が異なる場合もあります。

いろいろなジャンルのDJがいると大変ですね。

藤田: 一個のジャンルしか鳴らないシステムチューニングにしないことですね。どのジャンルを掛けてみてもベースの形が全部ちゃんと同じ形にスムーズに出るようにすることが、最初の大前提でやることですね。それからDJがやっていることをチェックしていく。

浅田: あとはスピーカーに飲み物がこぼされていないかとか。エンジニアはホストの立場に立たざるを得ない。DJはゲストなのでそのケアをしてあげるっていう。

野外と屋内の環境の違いはありますか？

栃堀: 僕はとにかくサブウーハーの量を増やします。ベテランのエンジニアさんは「昔からウーハーの量を３倍持っていかないと、同じ音量の室内の雰囲気は再現できないよ」と言っていて。今うちのVoidで３倍の量を持っていったらえらいことになりますが、昔から低音増強は鉄則だったんですよね。

藤田: 壁がない分、響かないから。あと、雨養生のテクニックは技術更新していかなきゃいけない。いかに簡潔にスマートにばらしやすい環境を作るか。野外イベントをやらない音響屋さんは、全くここの部分持ってない知識だったりしますね。バラシが遅れないようにビニテの巻き方を工夫したり。

栃堀: 完全防水のラインアレーとか最近出てきましたね。

浅田: 吊っちゃうと下ろせないからね。今は防水のスピーカーが主流になってきた。

昔は防水じゃなかったんですね。

浅田: 昔はコーン紙の素材が紙だし。今は高分子材料が発達して居ることもあって、前天候型システムが増えつつあります。スピーカーの耐久性について言えば、昔は今ほどパワー使わないし、今は一本のスピーカーに対する入力がケタ違いで変わりましたから素材の開発も盛んです。あとライヴ・イベントと比べて、クラブは長丁場だっていうのがあるよね。野外だったら１２時間が最低。

栃堀: 交代する人がいないとできないですからね。オーガナイザーはオールナイト一個分の感覚なので、予算的にはそんなこと考えていない。PA側から提案しないと、気付いてもらえない場合もありますね。

浅田: ずっと音聴いてれば、だんだん鈍くなってくるから。特に箱とかは酸欠になるし、２時間に１回は散歩するんだよね。

藤田: で、またお客さんを引っ張っていかないといけないので、お客さんと同じ状態に劣化した耳を戻す。

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浅田さん、藤田さんはソーラー発電も手掛けていますよね。

藤田: 今の活動でHIRANYA ACCESSとは別に、RA-energydesign-という団体を始めています。田口製作所さんは８年前からオールインワン型のソーラーシステムを手作りで作ってたので、ちょっとしたトークイベントでお借りして持っていくようなことをやっていた。

浅田: 1996年にレインボー2000が始まった時にソーラーと関わり始めて、その後春風の中でレインボーエコーという団体名でソーラーの音響をやった時に、田口さんに協力してもらったんですよ。

藤田: それを引き継ぎ、コンサートに使えるシステムの研究に入ったのが震災直後。３年半が経って現在は2000人規模のコンサートを回せるようになったんです。

浅田: 太陽光発電というのは、一般人的には屋根に付いている黒いもので、元々売電する目的でしかない。もっともっと基本のところに還って、我々は電線に繋がっていない独立した太陽光システムを追求している。それは深い理由があって、東電の問題を考えても、最終的には巨大ネットワークでのビジネスに問題が潜んでいる。まぁ、この話は長くなるので……。

ソーラーだと音は良くなる？

浅田: 普段使っている電気は汚れてるの。オシロスコープで覗くと、本来はきれいなサインカーブを描く。パワーを出そうとすると頭がちょん切れる。頭がちょん切れるというのはギターのディストーションと同じで、電源の段階が歪みが入ってくる。

藤田: ソーラーでは、海外で録音したという状況以上の数段上の電気を日本でも手に入れることができる。電源のケーブルを変えるとどれだけ変わるかっていう知識にこの６年ぐらい注目していました。PAでシステムをもっていってやっていることは、DJの音のコンディションを良くする、スピーカーの癖を治す、部屋の響きの癖を整える、ということをやってきたつもりなんですけど、実は電源の方を直していることからはじめているのに気付いたんですよね。

今後の日本のクラブミュージック・シーンに対して、何か思うことはありますか？

浅田: 風営法もあるからね。そのせいでまだシーンは成熟してないと思います。日本の場合、音楽やオーディエンスではなくて、箱そのものがプアな状態ですね。その割にチャージが高いとかいろいろ問題はありますが、その様な悪条件の中では頑張ってるんだろうと思います。

栃堀: 風営法が改正されると大きな資本の会社が参入して、クラブに対するお金の掛け方が変わってくる。僕がイビサに行った時思ったのが、クラブ自体の建物が単独で建っていて日本みたいに雑居ビルじゃないこと。クラブのインストールに関して僕は、設計の段階からサウンドシステムのデザイナーも入れなければならないと思います。実際イビサのクラブはほとんどそうだと思うし。日本は箱ができてからスピーカーの配置を決めることが多い。天井の高さなどの制限が多すぎて、エンターテーメントとして面白みがもたせられない。雑居ビルでもいいんですけど、スケルトンの状態からまず「スピーカーどこ置きます？」って訊いてくれるクラブのオーナーさんが欲しい。

浅田: 建築コーディネイターの存在が大きくなっていくかも。建築を作るにおいて、何が一番要求されているのかを読み取る仕事。そういう人が建築音響を勉強してから、専門家を起用すればいい。何が一番問題かというと音速なのよ。音のスピードが一秒間に334メートルしか進まないから位置が大事。建築家の描いた絵では話にならない。最良の位置はここですと指示できないと。そして、我々もそれを提示できるような裏付けを持っていないといけない。2000人から4000人入る箱は世界中ゴロゴロあるわけだけど、日本にないのはもう、一重に風営法の存在が大きい。もし風営法がなかったら、おそらく銀座のキャバレー王みたいな人が巨大クラブやっていたと思う。

藤田: 特にクラブの経営をしようとしているオーナーさんや内装の人は、ビジュアル主義なんですよね。ビジュアル主義だから壁の材質とか考えないし。見た目にお金かけるけど、見えないものにはお金を掛けない。

浅田: いろんな問題のひとつは“音が見えない”ということ。把握しにくいということが障害になっていて、そのために視覚化できる測定ソフトが役に立たったりする。視覚化しないとわかってもらえない場合もある。これらの問題は実際にダンス音楽が好きな人が設計にも関わる様になるとまた変わってくるでしょう。

では最後に今後の活動についてお聞かせください。

浅田: 今後いつ引退するか（笑）。まだ十年くらいは現場に関わると思うけど、これは僕にとってひとつのテーマだね。残された時間に何をして行くか、いかに誠意をこめて良い音を提供し、伝えていく方法を考えている。（自分の手掛けた）地方のコヤの面倒は今後も見続けると思うけど。あともうすぐLife Forceの野外パーティーがあるので皆さん遊びに来てください。

藤田: 今後はオリンピックの開会式に向けて、効率の良い電力のエネルギーマネージメントを研究したいですね。まずは来年１万人規模のソーラーPAに着手します。

栃堀: 自分たちでやってみたいチーム編成で機材メーカーも動かして機材を一緒に改良したりとか。あとは将来的には今まで経験した音響技術を医療などに応用できないかとか、音楽じゃない所でもできるはずだと思っているんですよ。