今年初め、私は4DSOUNDが開催するユニークな1人用リスニングパーティーに参加するためにアムステルダムへ向かった。このプロジェクトのリーダー、31歳のPaul Oomenにアムステルダム中央駅で出迎えられると、私と彼はそのままタクシーに乗って東へ向かった。市内の中心部に建ち並ぶ古風で独特な家々や運河を抜けると、比較的新しい住居やオフィスが見えるようになり、やがて低層の倉庫群が現れた。タクシーを降りると、Oomenは川沿いに腰の高さまで生えている草むらを抜けて、とある倉庫の側面へと私を案内したが、草むらに先を阻まれたために来た道を引き返し、結局駐車場を抜ける迂回ルートを通ることになった。こういう道が訪れる人にショックを与えているんです − Oomenは皮肉交じりに笑って言った。

最終的に複数施設の後方に位置するビルに辿り着くと、Oomenはこれといって特徴のないドアに鍵を差し込んで中へ入って階段を登り、本人が発明・研究している4DSOUNDの置かれているフロアへと私を案内した。システムを目にした私は、まるでマッド・サイエンティストが自身の研究を披露するSF映画のワンシーンに飛び込んだかのような錯覚に陥った。4DSOUNDは一言で言えばサウンドシステムなのだが、この単語では表現しきれない。このプロジェクトはサウンドシステムであると同時にインスタレーションアートであり、パフォーマンススペースであり、ここで音楽制作をするように招待されたプロデューサーたちにとっては、今まで出会ったことのない楽器でもある。

4DSOUNDはそのサウンドを聴かずとも、ある種の感動を与えてくれる。機能性を重視した結果のデザインだとOomenは言うが、非常にテクノ的で力強いそのルックスは4DSOUNDの音楽体験を損ねないデザインだ。このシステムは未加工の工業用金属から作られた、椰子の木程度の高さと胴回りのシリンダー16本から成り立っており、各シリンダーには、腰より下、頭の高さ、そして頭上の3層に分かれたスピーカーが内蔵されている。16本のシリンダーは低域再生用ドライバが内蔵されているグリッド状の床の上に4x4のフォーメーションで並べられており、このグリッドがシステムで使用する空間になる。その広さは中／大箱クラスのフロア程度で、Oomenと私はBerghainと同程度だという意見で一致した。個人的には、数百人が肩をぶつけあうことなく、自由に動き回れる広さに思えた。尚、現在設置されている空間は、システムの外側にも動き回れるスペースが確保されている。側面には巨大なワークステーションが設置されており、そこには高性能のMacやスピーカー、アンプが並んでいる。Oomenはワークステーション上に音楽を立ち上げる間、私にシステムを見せてくれた。

モノラルからステレオへ、そしてステレオから更にその先へと、「サウンドを自由に動かしたい」という欲望は、エレクトロニック・ミュージックシーンにおける長年の理想だ。シンセサイザーが特定のサウンドだけではなく、そのサウンドの構造自体も生み出せるのであれば、自分が望む空間と時間にそのサウンドを配置する自由があっても良いのでは？−という訳だ。Edgar Varèseに代表されるパイオニアたちは、サウンドを物理的な存在として扱おうとした。彼の作品 “Poème électronique” は、1958年にIannis Xenakisがベルギー・ブリュッセルで開催された万博のPhillipsパビリオン内に設けたサウンドインスタレーション用スピーカー約450個を使い、サウンドを分散させて演奏された。また1970年代にはFrançois BayleがRadio France社内のステージ上に88個のラウドスピーカーを配置して、“Acousmonium” と呼ばれるテープミュージックの再生用没入型サウンドシステムを構築した。そしてMorton Subotnickは長年に渡り、後方のスピーカーとサブウーファーに独立したアウトプットを接続してBuchlaのサウンドに変化を加えている他、最近では、Richie HawtinとRobert Henkeが同様のサラウンド技術をライブパフォーマンスとスタジオ制作の両方で使用している。尚、コンピューターの性能の向上と共に、学究的な目的に限定ではあるものの、複雑な物理演算でよりリアルな没入型音楽環境を可能にするWave Field SynthesisやAmbisonicsなどの方法論も生まれている。

4DSOUNDはこういった先人たちの実験の延長上にあるプロジェクトだが、違った視点からアプローチされたものだ。Oomenは音楽学校でクラシックの作曲を学んだ経験があり、劇場用音楽に長年情熱を注いでいる人物で、彼の作品はすべてオーディエンスと演奏側との差を埋めることを目的としている。「僕は各劇場に特化した楽曲を数多く作ってきました。演奏はその空間に特化したものです。僕はそのような作曲活動を通じて、空間におけるサウンドシステムや、オーディエンスとパフォーマーが共有できる空間の創出方法に興味を持つようになりました。オーディエンスがパフォーマンスを見る際に、その空間に没入し、その空間全体がストーリーの対象になるような環境を目指しています」本人は開発を始めた経緯についてこう説明した。

Crowd

こうして彼はありとあらゆるサラウンド／3Dサウンドシステムを探求していくことになった。時として面白いと思えるシステムとの出会いもあったが、それは彼が想像していた程没入型ではなく、またインタラクティブ性にも欠けていた。2006年、デン・ハーグのInstitute Of Sonologyが、あるフェスティバルで129個のスピーカーを使ったWave Field Synthesis（WFS）システムを発表して話題となった。同フェスティバルで自分の音楽を発表していたOomenはそのシステムのクオリティに感激したが、本人が望んでいたのはそれ以上のサウンドだった。「僕にとって、空間におけるサウンドの体感とは、自分の周囲の音を耳で聴くだけではなく、当然ながら自分の体の上下からの体感も含まれます。また、自分がいる場所自体もその体感に関わってこなければいけません。この点は更に重要と言えるでしょう」WFSシステムはディテールの細かいサラウンドサウンドを提供していたが、Oomenは「自分があの場で体験した仮想空間は水平方向に自分を取り囲むサラウンドに過ぎませんでした。空間を飛び交うようなサウンドや、自分の膝の上に乗るようなサウンド、頭に飛び込んでくるサウンドは体感できなかったのです」と振り返った。

当時、Oomenはセルビア系アメリカ人の大胆不敵な物理学者Nicola Teslaの著書に興味を持ち始めていた。「Teslaは優れた発明家でしたが、同時にユニークなビジョンを持っていた人物で、技術的な発明をそれよりも大きな括りで捉え、社会、宇宙、精神におけるメタフィジカルな考えに結びつけていました。彼の運動及びエネルギーに関するアイディアに魅せられていた僕は、彼のアイディアや発明を理解すると同時に、運動やエネルギーに関する自分なりの法則を生み出そうとしました。もし彼の考えをサウンドや音楽制作に持ち込んだらどうなるのだろうと考えていたのです。空間における物理運動を音楽のパラメーターのひとつとして捉えれば、どのような変数が生じるのかということですね」こうしてOomenは現在のシステムに近いアレイスピーカーの設計図と、それを使って表現するTeslaをテーマにしたオペラの制作に取り組み始めた。

しかし、最初からいくつかの問題が生じた。まずOomenにはプロジェクトの技術的な部分に対応するためのコーディングに関する経験がなかった。しかし、これはプロジェクトの立ち上げと同時にプログラマーチーム（クリエイティブデベロッパーSalvador Breed、チーフエンジニアPoul Hollerman、ソフトウェアエンジニアLuc van Weelden）を招聘することで簡単に解決した（幸運なことに2010年末にMax For Liveがリリースされたことで、AbletonのDAW環境にコーディングを直接取り入れられるようになり、技術的な側面からもプロジェクトを前進させられるようになった）。また、アレイスピーカー用のコンポーネントを見つける作業も難航した。2008年の最初のテストでは、スタンダードなPAスピーカーを使用した。Oomenは大成功だったと振り返っているが、彼が求めていた没入感を得るためには、より特化したスピーカーが必要だと感じていた。「PAスピーカーはリスナーにサウンドを届けるために作られていますから、指向性が強く、届く範囲も狭いのです」あらゆる方向からサウンドが来ていると感じるためには、なるべくワイドにサウンドを放出できるスピーカーが必要となる。またOomenはこのシステムを予め用意されているサウンドに生のヴォーカルや楽器と組み合わせる電子音響系のパフォーマンスに対応させたかったため、スピーカーには最低レベルのカラーレーション（音色的特性）も必要とされた。やがてOomenはオランダ南部のオーディオエンジニアが研究していた、180度以上にサウンドを拡散し、フラットな周波数特性を持つ無指向性スピーカーを見つけると、チームはそのスピーカーを用いることで、どのテストでも彼の希望に限りなく近いサウンド − ラウドではなかったが、完ぺきに近いサウンド – を生み出した。

何回かの厳しいコーディングテストを重ね、Oomenとエンジニアたちがシステムの能力についてある程度把握すると、システム用に最初に作曲した楽曲、Teslaをテーマにした「Nikola」が制作された。Oomenはこの楽曲について、「オペラとテクノを組み合わせる5時間の実験」と映像内で解説している。「僕は作曲を学んできましたので、テクノロジーの発達、そしてエンジニアとの共同作業を通じて特定のアイディアや楽曲用にカスタマイズしたソフトを作ることに興味がありました。4DSOUNDはこのオペラを作るために必要なシステムだったのです。僕はこのプロジェクトに取り組んだ理由はそこにありました。しかし、開発を続けるうちに、このシステムがこの曲以外にも対応できる、つまり独自の存在として成立できる可能性があることが分かってきたのです」

2012年のADEでPeter Van Hoesenが制作した音楽をフィーチャーしたことにより、4DSOUNDはより一般的なエレクトロニック・ミュージックシーンに知られるようになった。Oomenはこのパフォーマンスに向けてSkype経由でVan Hoesenにシステムの能力について説明したとし、「既にサラウンド用の楽曲を制作していた彼は、システムを使って何がしたいのかを明確なコンセプトとして提示することができました」と当時を振り返ったが、それでもVan Hoesenは4DSOUNDを実際に目にすると、このシステムが驚くほど素晴らしく、面白いチャレンジになると改めて感じていたようだと続けた。また4DSOUNDの開発チームにとってADEのイベントは、このシステムがナイトクラブでどう機能するかを試すチャンスとなった。「オーディエンスに対してあまり指示を出さないようにしたいと思っているんです」こう話したOomenだが、このイベントでMarko Cicilianiがパフォーマンスを披露した際にオーディエンスが絶えず話をしていたことを受け、Van Hoesenの時はオーディエンスがよりサウンドに没入し、しっかりと体験してもらえるように、パフォーマンス中は静かにしてもらいたいとVan Hoesen本人があらかじめオーディエンスに伝えることになった。そしてVan Hoesenの音楽を静かに聴きながらこのシステムの空間内でどう行動するかについては、オーディエンス自身に委ねられた。

私はOomenにVan Hoesenの楽曲をプレイしてもらうよう頼むと、システムの中央に陣取って、初期4DSOUNDがどのような音楽だったのかを感じようとした。私が聴いた音楽は、Van Hoesenの通常のセットで聴ける音楽とそこまで違うものではなかったが、印象に残ったのは、テクスチャに対する没入度の差で、例えるならiPadで見るPixarのアニーメーションと、映画館の3Dで見るそれとの違いのような差があった。4DSOUNDでは特定のサウンドにフォーカスを当てられているという感覚よりも、サウンドが空間に存在していることが感じられ、特定のサウンドの方向へ歩いていけるような感覚が得られた。ナイトクラブのサウンドシステムは大音量によってオーディエンスをサウンドに没入させ、（理論上は）オーディエンスは音楽を同じように捉え、同じ体験をシェアすることになるが、このシステムでは聴き逃すパートが生じる。例えばOomenに3回同じ楽曲をプレイしてもらった場合、どこに立っているかで3通りの聴き方をすることになる。しかし、私はそこが気に入った。またシステムの音量はそこまでラウドではなく、ヴォリュームの大小よりは、サウンド自体の大小や動きを感じられるものだった。またシステムから距離を取ると、ヴォリュームが急激に小さくなったように感じられた。奥の壁には隣接するオフィスを覗ける窓がついていたが、そこからは数人のスタッフが音楽に邪魔されることなくパソコンのキーボードを叩いているのが確認できた。

Oomenはプロデューサーが使用するシステム用デスクにラップトップを繋ぎ、Abletonのセットを開いて見せてくれた。内部ルーティングはかなり複雑なようで、動作中のMax For Liveのパッチは更に複雑に見えたが、パンニングなどをコントロールするiPad上のカスタムメイドのLemurと全チャンネルが集結されている3Dのビジュアルイメージを使えば、コントロールは簡単に行えるだろうと推測できた。Oomenは実際にアプリを使いながら、パンニングやモジュレーション、そしてひとつのサウンドを空間内で展開させる方法を見せてくれた。その動作は非常に自然で、Oomenはドップラー効果や位相をコントロールしながら、人工的なサウンドを非常にリアルなサウンドに変えていた。

Oomenを見た私は何故Ableton Liveと直感的な操作が可能なカスタムメイドのコントローラーを前面に配置するのかが理解できた。高いスキルを持つプロデューサーでさえもこのシステムに慣れるための装置が必要なのだ。現在4DSOUNDはアーティスト・イン・レジデンス制が採用されており、招待されたアーティストたちはコンサートを開催する1週間前からこのスペースで実験を重ねることが可能だ。何故なら、このシステムは非常に特別なシステムなため、アーティストたちは何がしたいかというぼんやりとしたアイディアを持つ以外、事前準備ができないからだ。

今年5月にレジデントとして参加したMurcofことFernando Coronaは、「自分の制作した楽曲をシステムに適応させるためにほぼ2日間費やしたが、結局それを破棄して最初からやり直すことになった」と振り返った。「アイディアを曲にするよりも前に、このシステムを体験しなければならない。このシステムでは自分の作曲のプロセス全体が変えられてしまう。非常にユニークな音楽制作環境だ」

また、今年始めにレジデントとしてこのシステム用の楽曲を制作したStimmingは、「4DSOUNDではパンニングやラウドネス／ヴォリュームの変更などの基本的なミックス作業が重要ではなくなる」と言い、技術的な部分以外にも取り組まなければならないと強調した。「たったひとつのサウンドでも非常に大きな興奮を生み出すから、ベーシックなサウンドだけに絞り込んでいく作業が非常に重要だった。僕たちの耳は人工的なサウンドをリアルなサウンドとして聴くことに慣れていないから、凄く興奮するんだよ」Oomenが例としてプレイしてくれたStimmingの楽曲は、4/4の振動が表情豊かなパーカッションやメロディーを支えながら、ダンスフロア用トラックとして機能させる音楽的接点をより強固にしているようで、Stimmingがその興奮を上手く利用していると感じられた。

4DSOUNDは個人による資金提供によって運営されており、OomenがAudio Engineering Societyのカンファレンスでプレゼンを行った過去はあるにせよ、学究的対象からは完全に外れているプロジェクトだ。「最初は自治体からの資金援助を探しました。でも、必要な資金の10分の1にも満たないということが分かったのです。また、今のヨーロッパならどこでもそうですが、特にここオランダでは補助金が大幅に削減されてしまいました」Oomenはこう説明すると同時に、各種教育機関との連携の悪さが不利に働くこともあると付け加えた。今年初め4DSOUNDはスタジオスペースを失い、新たなスペースを確保する必要に迫られたが、もし彼らが著名な大学や芸術団体とのコネクションを持っていれば、さほど大きな問題にはならなかっただろう。だが、逆に独自の活動が、幅広いオーディエンスへのアピールを可能にしており、このプロジェクトをテクノリサーチプロジェクトのような存在にしている。

今夏、4DSOUNDはドイツでロードテストを行う予定で、Berlin Atonal Festivalの一部として導入される。また今回の取材後に改めてOomenに連絡を入れると、現在彼はミュンヘンで新しいシステムの開発に着手していると教えてくれた。今はシリンダーの数を増減させてシステムのサイズを拡縮できるようになっており、どんな環境でも対応できるようだ（例えば、パリのChanelのスタジオではシリンダー4本のバージョンが導入されている）。

最後に私はOomenに今後の4DSOUNDについて訊ねた。「今はバージョン1.2ですね。2012年末の段階ではバージョン1.0を安定して動作させることが出来ていました。頭の中のイメージの80％は上手く実現出来ていましたね。それから1年半かけて、僕たちは残りの20％に取り組み、完ぺきに近い状態に仕上げました。ですから、今はその次の未来について考えている段階で、このシステムの可能性を大幅に高めるようなアイディアを沢山出しているところです」Oomenはこう言うと、遠慮がちではあるが、興奮した様子で続けた。「でも今はちょっと教えられないんです」