過去15年に渡り、Red Bull Music Academy（RBMA）は毎年1ヶ月間のワークショップ・レクチャー・パフォーマンスを世界各都市で展開してきた。世界中から才能溢れる若きプロデューサー／ミュージシャンに集まってもらい、素晴らしい設備の中で音楽を学び、追求してもらうというのがこのプロジェクトのコンセプトだ。今年は東京が選ばれたが、元々2011年に開催される予定が、震災の影響でキャンセルとなっていたため、非常に大きな意味を持つ開催となった。今年のRBMAには世界30カ国から選ばれた、Mumdance、Xosar、Palms Traxなど知名度のあるアーティストから、数百人のSoundCloudフォロワーを持つ未来あるアーティストまでが参加した。RBMAはユニークな形で異文化交流を提供する場所であるため、今回は数人の参加者に地元の音楽とシーンについて語ってもらった。

Bosaina（エジプト・カイロ）

音楽制作は1年半程前から始めました。最初はDubspotのAbleton Liveのコースへ通いました。そしてその後もソフトウェアでの制作を続け、ファーストEPをリリースしました。これはサンプルベースのトラック集で、ニューヨークに住んでいた時に得たインスピレーションが元になっています。音楽的な影響は所属するクルー、KIK（Kairo Is Koming）の仲間から受けています。中でもZULIはソロとして活動するきっかけを私に与えてくれました。サンプリングを始めたのも彼の影響です。

私たちはインターネット世代ですから、自分たちのカルチャーに拘りすぎないことが重要だと考えています。ですので、他の国の音楽を沢山聴いて、拡散した自分たちのアイデンティティでそこに反応しています。ヒップホップからテクノまでのあらゆる音楽、そしてSoundCloudやBandcamp上の音楽も聴きますね。その土地固有の音楽を聴くよりも、自己の内面世界を描いた音楽を聴くほうがインスピレーションを受ける時が多いです。

カイロでの生活は非常に不愉快です。エジプトはナショナリストが多いので、こういう私の意見に怒りを露わにしますし、言うべきではないのですが、これは本当のことです。エジプトは混沌としている汚くて貧しい国です。パーソナルスペースや基本的人権に対する配慮もありません。ですが、一方でDIY精神が育ってきていて、制限や時代に対する意識が高い、批判的な精神を持ったアーティストたちによるダイナミックなコミュニティが育っているという点では面白いと思っています。自分が興味を持って貢献出来る部分が沢山あるので、今はカイロに住んでいます。変化の時を迎えているのは音楽だけではありません。

今はVENTといヴェニューで働いています。ここはカイロ市内で唯一オルタネティブ／プログレッシブな音楽が聴ける場所です。$$$TAG$$$とZULIによって作られた空間なので、私も大きく関わっています。ファミリーでやっている感覚ですね。私たちがこれを立ち上げるまで、プロデューサーやアーティストたちはコンピューターの内側にあるヴァーチャルな世界の中で孤立していました。今抱えている一番大きな問題は、エジプト人のオーディエンスです。VENTのキャパシティは250人ですが、内容に興味を示したり、理解してくれたりする人はそのうちの20人程度です。他の人たちはただ人気のナイトスポットだという理由だけで来ています。コスト的にカバーできない時もあるにせよ、友人やレギュラーが出演し、レジデントDJがプレイする小規模なイベントの方が好きですね。カイロのダウンタウンで繰り広げられるその破壊的なパワーは、小さいながらも素晴らしいものです。

エジプトには大きなジェネレーションギャップが存在します。ですので、エジプト人のミュージシャンたちが家族からサポートを受けて音楽を続けるのは非常に難しいですね。これは伝統的なものです。社会に貢献するための役割が個人にあてがわれているので、それを無視すれば問題が生じます。特に女性はここに苦しめられていますね。私が今の生活ができているのは両親がリベラルだからですが、それでも立ち向かわなければならない人たちがいます。VENTで、伝統的ではなく、オリエンタルでもない、ちょっと変わった活動をしているアーティストの姿を見るのは奇妙ですが、エキサイティングです。何故なら通常は、欧米の人たちが理解できるような、または過去を繰り返すような音楽が演奏されるからです。別にそのようなクリシェに対して文句がある訳ではありません。それぞれ自分のスタイルがありますし、リスペクトしています。ですが、クリシェが多すぎると、シーンを作り上げていくのが難しくなります。

またカイロでは、海外からの資金援助を禁止する新しい法律ができました。私たちのコミュニティのメインサポーターは海外の団体で、彼らはカイロへ投資していました。ですので、私たち周辺のアーティストにとって、この法律は大打撃です。何故なら、サウンドカードを買えないような人がいますし、招待されない限り、国を出たことすらない人たちが大半だからです。政府によってチャンスが奪われてしまいました。そこに大きな憤りを感じています。

Tollcrane（パキスタン・カラチ）

音楽制作を始めてから4年程経った。初期は普通のステレオスピーカーにウーハーを足したシステムでPCやラップトップで制作していたけど、昨年からモニタースピーカーとサウンドカードを導入したから、かなりクオリティが向上したよ。僕の音楽は言葉で説明するのが難しいですな。演奏者としての自分とプロデューサーとしての自分の間に生まれるジレンマを扱うため、更に別の人格を生み出しながら、あらゆる音楽を取り入れているからね。今はエクスペリメンタルテクノ、フリーフォームのジャズ／ノイズ的な音楽の制作に励んでいる。

地元にはForever Southというクルーがいる。僕たちの多くはベッドルームプロデューサーで、ロンドンのサウンド、フランスのエレクトロ、アメリカのウェストコーストのヒップホップ、サイケデリックなどを好んでいるんだ。

カラチはパキスタン最大の都市で、港町だからあらゆるビジネスが入ってくる。だから、アクションを起こすには政治が大きく関わってくるし、あまり友好的な都市でもないから、生活するのは難しいよ。市内を歩く時は注意が必要だね。

大企業をスポンサーにつけたイベントを運営するか、有名なプロデューサーにならない限り、音楽で生活するのは不可能だよ。アルバムを売っても一銭も入ってこない。だけど、地元のフォーク／ポップミュージシャンたちは社会からサポートされているし、エレクトロニック・ミュージックも外向きの若者に人気があるね。だから、音楽自体が規制されたり、社会的に蔑まれたりしている訳ではないんだ。

一番の課題は、オーディエンスをライブへ向かわせることだね。そのためには多大な努力が必要だけど、その努力は最後に実ると感じているんだ。こういう状況でなければ、もう少し自分たちの音楽面に力を注げるようになるかも知れないね。音楽面で言えば、まだ地元には信頼できるサウンドエンジニアがいない。それに安全面の問題もあるんだ。さっきも言ったけれど、カラチはあまり友好的な都市ではないし、何かしらイベントがあれば、そういう非友好的な人たちも知ることになるからね。

Ah! Kosmos（トルコ・イスタンブール）

音楽活動は10年間続けています。ここ3年間はAbleton Liveをメイン機材に据え、ソロで制作を行っています。サウンドエンジニアリング／デザインの修士号を取得しています。今は異文化研究の修士課程に進んでいて、イスタンブールの高級化されたスポットでの社会文化的な音楽の可能性について研究しています。

制作時は、アナログシンセ、エレキギター、ベース、ヴォーカルを使います。予想外のタイミングで起きる出会いや会話からインスピレーションを得ています。「作曲」は一生続くものだと考えています。自分の視野を広げるために、異なった視点から作曲を捉えようとしています。例えば、美大のコンテンポラリーダンス学科の作曲の講義を受ける時もありますね。他のアートの言語を使った作曲や、異なったフレームワークを使用して、音楽のドラマツルギー的世界観を変えることに興味があります。

イスタンブールは様々な感情がレイヤー状に重なっているのが体感できる都市です。混沌としたこの都市は制作に非常に大きなインスピレーションを与えてくれる時があります。ですが、イスタンブールは世界の他の大都市同様、新自由主義の資本家たちによる勢力争いが激化しています。美しい街並みが利益を生み出すことを目的に変えられています。都市部の高級化と浄化政策が、私に大きな影響を与えています。

私は音楽で生計を立てています。ソロ作品の他にもコリオグラファーやヴィジュアルアーティスト、劇場とのコラボレーションなどを手がけています。アーティストとして生き残るのはトルコだけではなく世界のどこでも難しいと感じていますが、アーティストという道の選択は、自分では抑えられない内なる衝動のようなものです。他の国のミュージシャンが何からインスピレーションを受けているかという点よりも、音楽やアートとどう関っているかという点に目を向けることが重要だと思っています。何故なら、もはや国境は存在しないからです。音楽には性別や国籍、宗教が存在しないと信じている私は、音楽が何から影響を受けているのかを定義づけるのは難しくなってきていると感じています。

私が今直面している問題は、マーケティングです。新自由主義者たちの勢力争いは大規模で、生活システムの中に深く入り込んでいます。そして文化産業としての音楽のマーケティングもそのシステムの一部です。私たちの日々の生活は、彼らの勢力争いに巻き込まれています。このような状況に置かれると、音楽はそのような問題を扱い、そこへ立ち向かい、新たな議題を提案する空間へ変化していきます。世界には様々な姿をしたヒエラルキーが存在し、それは日々の生活に埋め込まれています。カルチャーがどう管理されていくか、そしてそこに存在する力関係が、これからのアーティストにとって難しい問題になる可能性があります。今の世界でアーティストが誰かに頼らずして注目を集めるのは、作品の力ではなく、マーケットの力に依る部分が大きい - これは明らかです。

Blinky Bill（ケニア・ナイロビ）

僕はアフリカ音楽とヒップホップを組み合わせたエレクトロニック・ミュージックを制作している。元々はギタリストとして活動していたけれど、7年前からコンピューターを使った制作に切り替えた。FL Studioを長年使っていたよ。一緒にバンドを組んでいる友人たちとこれまでに3枚のアルバムをリリースしている。僕は機材が大好きで、ハードウェアファンだ。

僕が使う機材の多くは高額で、簡単に手に入るものじゃない。だから旅先で買う時もあるよ。何ヶ月も貯金してね（笑）。マスタリングやミキシングを勉強できる施設や、経験がある人もいない。だから僕たちの仲間の多くは、自分たちで試行錯誤しながらスキルを身に付けていったんだ。

ナイロビは素晴らしい都市だ。アフリカで最も面白い音楽シーンがあるし、アンダーグラウンドシーンも沢山ある。ロックは非常に勢いがあるし、エレクトロニック・ミュージックのシーンも大きい。グローバルなポップミュージックやアフリカのポップミュージックも人気があるね。貧富の差は激しく、今は中産階級が伸びているけれど、基本的にはのんびりしているし、素晴らしい人たちに出会える都市だ。

音楽で生活するのは楽じゃないけど、状況は良くなってきていると思う。ミュージシャンはあまり真剣に捉えてもらえない職業だ。みんなどうやって生活すれば良いのか心配になってしまう。それはそれで理解できるよ。僕もこれが自分のやりたいことだと両親を説得するのに随分と言い争った。最初は確かにタフだったけど、徐々に楽になっていったな。

インスピレーションを得るために他の国の音楽を参考にする人が結構いるね。ケニアにはナイジェリアや南アフリカのような特徴的なサウンドがないけれど、僕は逆に無垢な白紙状態だとポジティブに考えているし、ドープなサウンドはちゃんと気に入ってもらえる。ケニアの都市部の音楽は、世界各地から影響を受けている。70年代の音楽を聴けば、ファンクの影響が色濃いし、今のラジオを聴けば、ポップ、レゲエ、ヒップホップ、アフリカ系ダンスミュージックからの影響が分かるはずさ。

Deltatron（ペルー・リマ）

俺は14歳の時からFruity Loopsを使っているんだ。継父がクラシックのミュージシャン兼エンジニアで、俺にエレクトロニック・ミュージックを教えてくれた。ビートはFruity Loopで組んでいて、ミキシングはPro Toolsを使う時もあるね。俺の音楽はダークでゲットーなトロピカルビートってところかな。色々なものからインスピレーションを得ている。女の子、植物、パーティー、ビーチ、サンセット、深夜や早朝の喫煙、映画、本、友人、会話。この街で起きていることすべてだね。

俺には何が成功なのか、それが何を意味するのか分からない。自分のレーベルで言えば、音楽をやれて、パーティーを開いて、みんながそこに反応してくれているからハッピーな状況さ。南米の他の国へアーティストを送り込んでネットワークも作れているし、俺にとっては多分それが成功なんじゃないかな。成長できているってことがね。あとはRBMAで東京に行けたのは本当に嬉しかったね。一生忘れない体験だったし、この先も色々な場面で自分の助けになってくれると思う。

リマはクレイジーだけど、ある意味パラダイスなんだ。治安は悪いし、強盗もあるけど、食事は最高だし、ビーチは隣にあるし、良い生活が送れるよ。暴力的で人種差別的な部分もあるけれど、言い換えれば、食事、音楽、アートなどは多種多様だってことだし、こうやって混ざり合っていることが状況を良くしているんだと思う。リマ以外に住みたくないね。この街は俺の音楽すべてにインスピレーションを与えてくれている。

音楽で生活するのは簡単じゃない。シーンを作らなければならないからさ。パーティーを開いて稼がないといけない。楽曲の販売はしていない。無料で聴いてもらっているんだ。それを聴いた人たちがギグやパーティーに来てくれて、そこに利益が生まれれば、俺たちは生活できるんだ。別に家が買えるわけじゃないよ。でも、自分たちの夢に生きることができる。最初はスクワットパーティーだったけれど、5年経った今は、ビッグクラブでパーティーを開催できているし、仲間のDJたちも毎週プレイしている。だから今は好調だと思うよ。

リマのプロデューサーたちは海外のシーンを常にコピーしようとしている。アメリカとヨーロッパの政府が、自国のカルチャーを恥じるように俺たちに仕向けてきた影響で、新しいアーティストたちは常に海外に目を向けているのさ。でも、俺たちはラテンのリズムだけをやりたいと思っていた。最初は大変だったけれど、世間は徐々に俺たちのことを大事だと思い始めてくれたよ。今は多くの人たちが住むゲットーエリアへアピールしたいと思っているんだ。ペルーの偉大なミュージシャンたちは常に彼らの方を向いていたし、俺たちもそうしたいんだ。

アーティスト、そしてレーベルオーナーとしての一番大きな課題は、俺たちの音楽を新しいリスナーに届けることだね。それが今は重要だ。もっと多くの人たちへアピールして、自分たちのダンス／ベース・ミュージックが存在することを伝えたい。彼らは俺たちの音楽を聴くべきなのさ。