ベルリンのバーSameheadsのインテリアを安易に表現することは不可能だ。ボロボロになった共産主義的デザインがいたる所の壁に飾られ、イルミナティのようなピラミッドと目玉の組み合わせが天井からぶら下がっている。そして床には場違いな高級マネキンが不気味な見張り番のように点在している。Daliの幻想世界にチープな生命を吹き込んだような奇怪な感覚があり、アート・ギャラリーのように歩き周りながら1つずつ展示を味わいたくなってくる。ベルリンのノイケルン地区の閑静な一角に佇み、何も知らない客がこの場所に静かな一杯を求めてふらりと立ち寄るのを想像してみると面白い。同店が主催するパーティーの中には特に派手に装飾を施すこともあり、訪れる客のほとんどはその日のテーマに合わせて服を真剣に選ぶ在独外国人だ。しかし、今回我々が店を訪れた時間はまだ早く、静まりかえっていた。ただ1人、その日のパブ・クイズの司会に向けて準備をしていた男、Gatto Frittoとして知られるBen Williamsを除いては。

筆者はMilo Smeeに会いに店に訪れていた。店舗裏にある小さな複合部屋の中にある1室が彼のスタジオになっている。ここに存在している故に、この部屋はPower Vacuumのハブとして機能している。Smeeが2012年から運営しているレーベルだ。EDMX ”Cerberus”での銃を装填するようなガバ、古参Mark Broomや新人Joe Farrによる暴力的なテクノ、そしてSmeeがBintus名義で発表する鞭打つようなエレクトロ・アシッド、そのいずれにしても、Power Vacuumは近年で最もキャラが立ち、人々を楽しませる音楽をリリースしている。レーベルが設立されたのはハードなテクノに対する関心が波のように訪れていた時期だが、周囲の激しい音楽性とは対照的に、Power Vacuumには無邪気な輝きがあった。

生真面目で親近感のあるSmeeはちょうど40代に突入しようとしていた。そんな彼からなぜこのような音楽が生まれるのか、最初は理解するのが難しかった。というのも、2人で一緒にワインのボトルを1本空けアルコール度数7%のベルギー・ビールに移行するまで、彼の無邪気な一面は影を潜めていたからだ。現在、Smeeが入れ込んでいるSameheadsは彼の生活の中心になっている場所だ。その背景には3人のイギリス人兄弟がいる。その内の2人とバーベキューで出会った時のことをSmeeは回想する。2006年に彼がベルリンを初めて訪れた時のことだ（ベルリンはSmeeにとってロンドンに次ぐ第2の故郷だ）。酔っ払って大声で騒ぐ彼らはとてもイギリス人だった。「うわぁ、近寄りたくないヤツらがいるなぁって思ったよ。でも最終的にその内の1人が振り向いて『ジントニック飲んでってよ。どうぞどうぞー！！』って言ってきて、イギリスらしい暖かい居心地の良さを感じたんだ。『おいでよ、酔っ払おうぜ！』みたいなね。すぐに彼らのことを好きになったね」と彼は笑う。

この兄弟はSmeeがベルリンにアクセスすることになるポイントとなった。「基本的に俺は彼らに引っ付いて周っていたよ。彼らは本当に色んな場所とつながっていたんだ」とSmeeが語る。「彼らは多くの人を惹き付ける磁石なんだ。それにベルリンにやってきて新しい生活を始める本当にたくさんの人たちを手助けしているよ。それって結構特別でしょ？」Smeeの場合、彼らのレギュラー・パーティーでDJの枠を貰ったこともその恩恵のひとつだ。それは多様なラインナップの豪華イベントで、今は亡きノイケルンの会場Raumにて開催されていた。「当然このパーティーには本当に良い思い出ばかりだよ。理由はいくつもある」とSmeeが話す。「さくっと帰って1人の時間に浸ることが出来たし、遊びに行くと大抵良いパーティーだった。ハッピーな人たちがたくさんいたよ。」

同じ建物にスタジオを構えて3年経った今も、Smeeのベルリン生活はSameheadsでの生活と複雑に絡み合ったままだ。しかし、彼の話はさらに昔に遡る。彼自身と実の兄弟であるLeoが2000年代を通して率いた大プログレッシブ・ディスコ団Chrome Hoofよりもさらに昔の話だ。実は、私たちの会話の話題が現在の話になるまでに、既にその晩、2回場所を変えていた。Sameheadsから小さなイタリアン・レストランを経て地元のバーに移動したのだ（ウェイトレスが私のレコーダーを見つけた時、Smeeは数分かけて彼女に、彼がジャーナリストで私がヘビー・メタルのギタリストYngwie Malmsteenの息子だと信じ込ませようとした）。Smeeは20年に渡って音楽を作り続けている。彼の音楽は時代の流れとそぐわず、機会を逃してきたという興味深い歴史を持つ。

彼がChrome Hoofの前身となるKactusの一員としてドイツのレーベルと4枚のアルバム契約を結んだのが90年代中盤。18カ月通った大学を中退後（Smeeは「途中で辞めるのに（18カ月は）最悪のタイミングだよ」と含み笑いを漏らした）、彼の兄がSonyのロンドン・スタジオでのテープ・オペレーターの仕事の話を持ってきた。Smeeは面接に受かると思ったようだが、契約書を前に面接を無かったことにしようと決めた。「世間知らずだったのさ。『俺は何のために仕事する必要がある？ないね。Sonyは別にいいや』って思った。Kactusは1枚アルバムを出したけど120枚しか売れなくて、レーベルのボスが2枚目を頼むことは無かった。この話はこれでおしまい。続いてワイルドな時代になるんだけど」と彼は半分冗談めいて話す。「初めて失業手当で生活した。3年間ね。」

Milo Smee

Smeeは完全に自立して暮らしていくことが出来なかった。同時期に彼はイギリスのテクノ・アーティストMark Broomと出会う。彼はSmeeの当時のフラットメイトとデートしており、Smeeは自分のデモ・カセットを彼に押し付けていくようになった。「Markは俺がレコードを1枚リリースするための唯一の存在だった。当時の俺はリリースのことしか考えていなかったんだ。Markにテープを送るようになって1年くらいして、俺が作った曲の1つに『これいいね。出そうよ』って言ってくれたんだ」そのトラック”Turnip In The Mist”はSmeeにとって初となる12インチのソロ作品となり、BroomのレーベルUnxplored Beatsより発表された。以降、彼の名義KrutonはUnxplored Beats、そしてより知名度のあったPure Plasticで時折見かけるようになる。

SmeeとBroomの関係は2000年代も続いた。2人はNight Biscuitというアシッド・ハウス・パーティーを手掛けるようになった他、Trevor JacksonのレーベルOutputが傾きかけていた時にFive Mic Cluster名義でアルバムを1枚リリースしている。しかしKrutonがIDMと初期エレクトロの要素を含むダウンテンポの変わり種だったことからも明らかだが、Smeeの音楽観はBroomのコアなファン層にとっては特徴的過ぎたようだ。「レーベルが膨大な量の作品をリリースしていく中、所謂ダンス・ミュージックの人と一緒に、時々、変化球としてKrutonの変わったヒップホップ、エレクトロ、フリーキーなビートものを出していたんだ」と彼は話す。「Mark Broomの音楽を買うような人や同世代の多くの人には、俺は本当に受け入れられていなかったと思う」

非常に残念なことではあるがMo’Waxとのリリースの約束が立ち消えてしまったことなど、他にも不発に終わった話はある。Smeeのソロとしてのキャリアが再び加速するのは2000年中盤まで待つことになる。当時ソーホーのReckless Recordsで一緒に働いていたGatto FrittoことBen Williamsが、Gino Soccioによるアルペジオ主体の1979年作品”There’s A Woman”をSmeeに聞かせた時のことだ。「俺はディスコを全く聞いてなかったんだけど、その曲はすごく気に入ったんだ」と彼は回想する。「それでインスピレーションを受けて、ああいうビスケットの缶みたいなバス・ドラムの音とボーカルで長めのディスコ・トラックを作ってみたんだ。そのトラックは”False Energy”って名前でBinary Chaffinchっていう新しい名義で出したんだ」Smeeはこのトラックを完成させるのに6カ月という時間を要した。その間、彼がドラムをたたいていたバンドのメンバーから南ロンドンのDJであるAndy Blakeを紹介された際、Blakeは噂になっていたこの壮大なディスコ・トラックを聞きたいと頼んできた。そして複雑な構造を持つ”False Energy”は、Blakeの新レーベルDissidentにとって初となるヒット作となるのだった。

「“False Energy”はある音楽シーンにすごく衝撃を与えたんだ」とSmeeは語る。「Prins Thomasはこのトラックに夢中だったね。何度か再プレスしたし、多くの人が取り上げてくれた。ディスコものは当時のロンドンでかなり大きくなっていて、Dissidentはその最前線にいたんだ、ほんの数カ月だけね。Andyと俺はそこからもっと先に行けると思ったんだけどね」Smeeはその翌年、Dissidentから数枚のレコードを出したが、Blakeは2009年にレーベルをたたみ、Smeeがさらなる成功を掴む可能性はそれまでと同様、閉ざされたかに見えた。

この時期Smeeは他にも大きなチャンスがあった。2010年に『Crush Depth』をリリースした後、Chrome Hoffを離れた彼はベルリンで過ごす時間が多くなったが、彼の次なる飛躍は自身のルーツに遡ることになる。Essexで育ったSmeeはセカンド・サマー・オブ・ラブを体験するには生まれるのが2年遅く、地元の小さな村から当時ロンドンの周囲で毎週起こっていた大規模なレイブはわざわざ車に走らせて遊びに行くほど人気があったわけではなかった。代わりに、彼は成長期にコルチェスターのクラブTutu’sにてレイブ体験をし、91年から93年までの間、ハードコア・テクノがジャングルやハッピー・ハードコアの原型へと目まぐるしく変化していくのを目の当たりにした。

ハードコア・レイブには確実に頭をブッ飛ばされたね」とSmeeは語る。「俺が今こういうことをやっているのは、たぶんそれが理由だと思う。昔いつも言っていたのが『うぉー、この音楽はイカれてる』って言葉で、そのサウンドはそれまで誰も聞いたことのない完全に新しいものだったんだ。1週間経って遊びに行ったら、さらに勢いを増していて誰かがもっとイカれた音を見つけてきてたよ」

その後、遅れてアシッドハウスを好むようになり、エレクトロにも夢中になったSmee。Bintus名義にインスピレーションを与えたのはこうしたレイブ体験だった。BintusはSmeeが何年も夢見ていた次なるチャンスとなった。2011年、Sameheadsに遊びに来ていた友達の1人Joe Seatonが、別の友達であるTJ Hertzの所有する303を数日借りられるという話を持ってきた。Smeeは同時にさらに別の友達から808を借りられるということに気付く。

「マジかよ。世界二大機材が少しの間、手に入るぞ、って感じだった」と語る彼の片手には今、アルコール度数が非常に高いトラピストのビールが注がれている。私たちはその夜2軒目のバーにいた。彼がその機材と過ごした3日間という短期間の制作で、かなりの楽曲が生み出されたようだ。「自分が思っていたよりも多くのものを得ることが出来たよ」とSmeeは話す。その時に作られた5、6曲は既にリリースされているが、彼が見積もるには「他にも未完成のものが10曲はある」とのことだ。

Smeeはもともとデビュー作に2曲を選んでデジタル・レーベルを始めることを計画していた。その2曲とは、ステロイドのようなアシッド・トラック”Corrosion Control”とDopplereffektスタイルの硬く鋭いグルーヴ”Advanced Fuel”だ。彼がこの2曲を今ではCall Superとして知られるSeatonと、Objektとして称賛を獲得していたHertzに聞かせた時、2人は別のアイデアを思いつく。

「あの2曲を彼らが聞いた瞬間、『絶対レコードで出すべきだ』って言われたよ。俺は本当に流行から疎かったから、どんな音楽に人気があったのか分からなかったんだ。みんなObjektがやっていることは大好きだったし、Joeは色んな人とコミュニケーションを取るのがとても上手かった。当時の俺には無いものを2人は持っていたんだ。活動を通じて自分1人だけでやってみようとしたことが何度かあったけど一度も上手くいかなくてさ。だから2人の若者が俺の側にいて本当によかったよ」

Hertzは自分が使っていたディストリビューターRubadubをSmeeに紹介し、一方でSmeeの旧友であるFergus “Fergadelic” Purcellがレーベルのロゴを制作した。そしてPower Vacuumが誕生し、Bintusのラフでありながら遊び心のある音楽観をテンプレートにレーベルとしての名を築き始めることとなる。BroomやRephlexのベテランEDMX、Invincible Scum、そしてAndy BlakeとSmeeによるコンビによる初期リリースは往年のファンに狙いを定めているかに見えた。しかし、Smeeは若いリスナーやプロデューサーからのレスポンスに驚いたという。

「俺が好きなものは今流行っているものとは縁が無いと思っていた」とSmeeは語る。「だけど、グラスゴーのクラブLa CheetahでやっているOffbeatっていう若い連中のパーティーでプレイした時、完全に打ちのめされたよ。パーティーの前に彼らの家にみんなで集まっていたんだけど、その時、20年間俺のレコード・バッグから離れることのなかった古いテクノをたくさん持って行っていたんだ。そしたら、若いヤツらが『わぁ、俺これ好きで2枚持ってるよ』って言うんだよ。めちゃくちゃ嬉しかった。俺が好きなサウンドを若い人が知っていることがね。しかも知っているだけじゃなくて、ヤツらちゃんと掘っているんだよ」

以降、Smeeの視点は幅広いものとなり、レーベル初のコンピレーション『Vectors』ではJ. Tijn、Joe Farr、Objektと言った若いプロデューサーをフィーチャーする。新しいアーティストと契約する際に彼が探しているものが何かを説明するとき、SmeeはかつてのTutu’sでの体験と「イカれている」という言葉に用いている。

「音声におけるオプアート、もしくはキュビズムにあたるものを探しているんだ。何が起こっているのか脳みそがきちんと処理できないものをね」とSmeeは語る。彼はBridget Rileyの展示を見た際、自身の知覚が崩壊したことを語ってくれた。平面に描かれた絵を完全に3次元だと思ってしまったことを信じられずに笑ってしまったようだ。「自分の知覚をぐちゃぐちゃにする音楽があったら、その音はちゃんと把握することは出来ないんだけど、ダンス・フロアをロックすることが出来るんだ。現時点で俺が最も難しいと思うサウンドはそれだね」

Space Sounds

Bintus名義におけるSmeeの作品では、この把握することが出来ないものを追い求める姿勢が1つのファイン・アートにまで発展している。今年発表されたレーベルの10枚目のリリースにあたる「Lightnin’」には、容赦無くサウンドが鼓動する”Reflections On Brown”や、粘つくアシッド・テクノ”Warwick Castle Meltdown”が収録され、焦点が定まり自身に満ちた感覚が漂っていた。特に”Looking In Your Fridge”は当惑させるサウンドを信条とするSmeeを反映しており、潰され軋み音が粉々に打ち砕かれていく様には非常に鮮明で触覚に訴える何かがあった。

しかし、新たなサウンドに対し積極的なSmeeは既に次の方向性について模索している。レーベルの今後について尋ねた時、彼は「ライブ・ミュージックとエレクトロニクスを融合する」ことについて息巻いた。それは、Chrome Hoofでの陰鬱なディスコから、彼がDissidentから発表したヒット作における緩いグルーヴまで、多くの作品で彼が取り入れてきたアプローチだ。彼の言葉から察するに、今後の『Vectors』コンピレーションはスタンダードなPower Vacuumサウンドと並行して、ギター・ミュージックもフィーチャーしていくことになるのかもしれない。「俺が話した人の多くは『（ギター・ミュージックをやるなら）レーベルを別に立ち上げた方がいい』って言うんだ。でもそれにはリスクが伴うよね」と彼は現実を噛みしめる。「上手くいけば、すごいことだけど、下手打ったら最悪だよ。でも俺はハイリスクなものが好きなんだよな」

ここまで会話をしている間に、私たちは例のSameheadsの兄弟に出くわした。彼らは友達のバンドが演奏するのを見に出かけていたのだ。彼らとSmeeはもう一杯飲みに、そして終わりかけのパブ・クイズをやりにSameheadsへと戻ることになったが、Smeeはレーベルの方向性について最後の回答を一生懸命考えていた。「『今何が起こっているのかをもっと意識的に捉えていたら、Power Vacuumの居場所を好きな場所に持っていけるのに』ってアドバイスされたことがあるよ」と彼は話す。

「俺の中にある一部分では「俺は絶対に正しい」って思っているんだけど、残りの大部分では「あまり深く考えないようにしよう」って思っているんだ。小さな世界に生きている男が1つの方向に進もうとすることは、今起こっていることに精通していて、あっちから少し、こっちから少しって感じで取り集めて多くの人にアピールするものを作る人よりも、よっぽど価値があると思う。言っていること分かるかな？だからある意味、俺は自分自身を閉じ込めていたいんだ。長く何かに取り組んでいくにはその方がいいんだよ。そうすれば、自分が心配していることや、大事だと思うこと、つまり他の人の意見は自然と消え去って行くもんだよ」

Power Vacuum LOTM mix

Bintus名義でMilo Smeeが一線を越えた。Power Vacuumの荒々しく騒がしいスタイルのショーケースだ。

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143 MB

Length /
59:54

Tracklist /
Bintus - Lightnin (POWVAC010 - forthcoming)
Bintus - Corrosion Control (POWVAC001)
Invincible Scum - Scumrush (POWVAC004)
JoeFarr & J. Tijn - Mustard Sucker (POWVAC008)
Mark Broom - Beat Mix (POWVAC005)
An-i - Convo (POWVAC008)
JoeFarr - Sentry (POWVAC009)
Objekt - Balloons (POWVAC008)
EDMX - I'm Rushing My Tits Off (POWVAC002)
Bintus - Paracelsus Beat (POWVAC007)
EDMX - Star Blast (POWVAC006)
JoeFarr - Rampart (POWVAC009)
EDMX - Frozen Stomp (POWVAC006)
Positive Merge - Note (POWVAC008)
EDMX - Cerberus (POWVAC002)
Bintus - Point Counter Point (POWVAC003)
Bintus - Advanced fuel (POWVAC001)
Cylob - Spyworld (POWVAC011 - forthcoming)
Cornwallis - At The Disco (POWVAC011 - forthcoming)