とある火曜日の夕方、ニューヨーク大学（NYU）のダウンタウン・マンハッタンのキャンパス内の、小さな地下スタジオにて。ラジオ番組の司会を務める男が忙しなく動き、今週の放送の準備をしていた。ターンテーブルのケーブルを繋ぎ、ゲストに挨拶（この週のゲストはMister Saturday NightのJustin CarterとEamon Harkinであった）をしていたそのとき、カレッジ・ラジオらしく、予期していなかったことが起きた。1年生に見える若い生徒が部屋に入るなり、「あれ、この部屋はバンド練習のために予約したはずなんすけど！何してるんですか？」と言って会話を中断させた。すると、若々しいものの、流石に学部の学生には見えない年齢のラジオ司会者が、もう何年も前から火曜の夜のこの時間帯は彼がこの部屋を使用することになっていることを、落ち着いた口調で若者に説明した。「あれ、もしかしてTim Sweeneyさんですか？」と、生徒は驚いて言った。「やべぇ。俺、いつも聴いてるんすよ！」

この若者が言っているのはSweeneyのラジオ番組『Beats In Space』のことであり、15周年を迎えたばかりの同番組は、おそらくカレッジ・ラジオ史上最長寿になるだろう。Sweeneyは2003年にすでにこの大学を卒業しているが、彼の番組は未だにNYUのFM局、WNYU 89.1とbeatsinspace.netで放送されている。15回目のアニバーサリー企画としてSweeneyはBerghainやBoiler Roomを含む世界ツアーを行い、Beats In Spaceのレーベルからは2枚組ミックスCDをリリースした。

その少し前、キャンパスから少し歩いた所にある日本食料理店で、Sweeneyはサッポロビールを飲みながら頭の中で計算をしていた。「多分少し数え間違えていると思う」と、彼は言う。「今番組は754回目になってるけど、多分もうちょっとやっていると思う」。具体的な数字はどうあれ、大きな数字であることは間違い無く、しかも『Beats In Space』はほぼ彼一人で運営していることに感心せざるを得ない。長年に渡る人気は、Sweeneyの献身的な番組への情熱と、ニューヨークシティのクラブ・シーンの活性化における同番組が果たした功績の賜物だ。今や同番組は国際的に支持されており、それはDJ Harvey、Prins Thomas、Horse Meat DiscoからJames Holden、Trentemøller、Four Tetまでを含むこれまでのゲストリストを見ても解ることだ。

Sweeneyはかなり早くからラジオに興味を持っていたという。DJとして活動をしていた10代のころ、ニューヨークシティの数百マイル南に位置するメリーランド州に暮らしながら、大きな夢を抱いていた。「昔からラジオ番組をやりたかったんだ」と、彼は言う。「WNYUの存在は1997年ぐらいに知ったと思う。まだバルチモアにいた頃で、WNYUのサイトを見ていて『BPM』という番組を知って、この番組ならプレイできるような気がした。だから（番組司会であり元Chez Musicのトップの）Neil Alineにカセット・テープを送ってみたんだ。すると本当に彼の番組でDJをする機会をもらえたんだ！」その2年後、SweeneyはNYUに入学した。「1999年にNYUに通い始めて、僕はプログラム・ディレクターに自分の番組を持ちたいとお願いしたんだ」と彼は説明する。「すでにここでプレイした経験もあったし、認めてもらえて、特別にすぐに番組を持たせてもらえたんだ」

Sweeneyはクラブ・シーンでも随一の優男として知られているが、タフで決意の固い一面も持っている。『Beats In Space』がスタートした後、Sweeneyはあるとき、革新的なサンプルコラージュで知られるヒップホップ・デュオDouble Dee & SteinskiのSteve Steinに話かけた。「何かのイベントでTimに突然話しかけられたんだ。“こんにちは！僕の番組に出演しませんか？”ってね」と、Steinが思い出す。「“あと、スタジオ作業の手伝いをする人募集してませんか？”って言われて、俺は“いいだろう！”って答えた。彼にはインターンみたいな仕事を与えたんだ。やらなきゃいけないけど、あまりやりたくないような仕事だ。“ここに500枚レコードがあるから、BPMを全て調べてくれ”とかね。実際に一緒に曲作りをしていた連中以外で、スタジオに居られても気にならなかったのは、彼ぐらいだった」

初期の『Beats In Space』は決して派手ではなく、当時のビート・ヘヴィなダウンテンポ・ミュージックをSweeneyがプレイする、単純なミックスショーであった。「あの頃はよくMo' Waxとかをかけていた」と彼は言う。「1999年はゲスト出演すらなかったんじゃないかな」。ゲストを呼ぶようになったのは、2000年前半にDJ FoodのStrictly KevとPCが出演したときがきっかけであった。「あのときも、ゲストの呼び方は今とさほど変わってないよ」とSweeneyが言う。「ただメールを送って、“今度ニューヨークでプレイするんですね。僕のラジオ番組に出演しませんか？”ってきいて、向こうが“いいね！”って答えるだけさ」

それでも、『Beats In Space』は基本的に彼が１人で出演することがほとんどであり、たまに彼の友人たちが出演するとき以外は、SweeneyがDJを担当していた。2001年になると、Sweeneyは立ち上がって間もないニューヨークのレーベル、DFAで働き始めた。「Tim GoldsworthyとJames Murphyのスタジオ・アシスタントとして始めたんだ」と、彼が説明する。「ドラムループを刻んだり、マスタリング・スタジオでレコーディング用のマイクのセッティングをしたりしていた」。しかし彼がそのときしていたことはさほど重要ではなかった。それよりも、ニューヨークシティのナイトライフを活性化させ、同市のダンスフロアを独占することになるレーベルの一員であること自体が、彼にとっては大ごとだった。

「DFAクルーの中で僕の存在感はあまりなかったけど、初期のDFAの一員だったことは僕にとってとてもビッグなことだ」と彼は言う。「それが『Beats In Space』が注目を浴び出した頃だったと思う。DFAのレコードを大量に入手してプレイすることが可能になった。一回、Delia Gonzalez & Gavin Russomの"Revelee"のCarl Craigリミックスをかけながら喋っていたときがあって、そのあとクレームが殺到したんだ。人はちゃんと聴いてくれていて、かけている音楽を好んでくれているんだと気づかされたよ」

DFAとの繋がりのおかげで、SweeneyのDJ活動は海外進出を果たした。「グループとして最初にワールドツアーに行ったとき、僕もついて行ったんだ。メンバーはJames、Marcus（Lambkin、別名Shit Robot）、Timと僕だ。Timの奥さんがオープンDJをやった。ロンドン、パリ、ベルリンに行った」。それまでイースト・ヴィレッジのこじんまりとしたPlant BarでのDJが最大のギグであった彼にとって、これは中々のことである。「素晴らしかったよ」と、Sweeneyは語る。「あのときのギグとか海外に行くのが楽しすぎて、夢中になってしまったよ」

DJ活動に夢中になるのは容易いが、15年間、毎週スタジオに行きながら、DJ活動をキープするのは簡単なことではない。Sweeneyが『Beats In Space』に注いでいる情熱は、いささか病的だ。「毎週絶対に新しい番組を放送しないと駄目なんだ」と彼は主張する。「最初からそうすると誓った。再放送はありえないんだ」。その使命感があったからこそ、9・11の惨劇の後、ニューヨーク全体が嘆き悲しんでいた時期にも彼はスタジオに入った。DJ Foodの"The Crow"のダブ、Black Dogの"Shadehead"、Radioheadの"Idioteque"、Flora & Faunaの"Without Hesitation"といった楽曲が流れたその日の番組は、そのとき街中に溢れていた喪失感と混乱を、言葉よりも的確に表現していた。

通常の『Beats In Space』は、冗談交じりの会話をDJセットの合間に挟んだような、もっと気楽な放送である。最近の放送では、この番組ではすっかりお馴染みのゲストとなった、Running Back主宰のDJ／プロデューサー、Gerd Jansonが出演し、セットを披露していた。「彼は未だに信じられないぐらい熱心なんだ」と、Jansonは言う。「俺がホテルに到着したと伝えると、彼は“ああ、すまない。まだ迎えに行けないんだ。今日の放送のためにレコードを選んでいるんだ”と言っていた。俺はこう思った。“凄いな。彼はいまだに毎週自分のレコードコレクションの中から、わざわざ放送で流したい曲をちゃんと選んでいるのか？”ってね。人は、“彼が自分のレコードの中から曲を選んでるだけじゃないか”と思うかもしれないが、彼はツアーやDJで忙しい人だ。それでも長年、毎週かける曲にこだわって自分で選んでいるのは、中々できないことだ」

Baby Oliver名義でアニバーサリー・リリースに参加している、Jansonの友人であるMetro AreaのMorgan Geistもその夜スタジオにいたが、彼はJansonを茶化すためにいたようだ。（角にあったドラムセットを叩き、「Gerdのミックスの邪魔をしてやる」と彼は言っていた）「これだけ長いことやっていながら、Timは情熱を失わないんだ。今時、そんな人は中々いない」と、Geistは言う。「俺も含めてな！それがTimの良さなんだ。彼のような人はあまりいなく、それが皆彼の番組に出演したくなる理由なんだろう」

Mister Saturday NightのJustin Carterはこう言っていた。「Timの番組でDJするなら、ベストなパフォーマンスをしなくちゃ駄目だ。自由に何でもできる環境を彼は築き上げている」

これまで『Beats In Space』に出演したDJのリストを見ると、たいていのアンダーグラウンド・クラブが羨ましがる出演歴を誇っていることが解る。前述のDJに加え、Ben UFO、Todd Terje、Prosumer、Kindness、Gui Boratto、Voices From The Lake、Hieroglyphic Being、Marcellus Pittman、FaltyDL、Tiger & Woods、Emperor Machineなどの名前がズラリと並び、それもまだ一部でしかない。「今では、番組に出演したいと向こうから言われることが多いんだ」とSweeneyは信じられなさそうに言った。「出演したがる人が多すぎて、自分でDJできなくなっているぐらいだ！凄いことだよ。4、5ヶ月先までブッキングが決まってるんだ」。そんな彼にも、未だに番組に呼べていない夢のゲストはいる。「まず第一に、Theo Parrish。あとDerrick May、Jeff Mills、Omar-Sとか…あとBasic Channelの人達とかを呼んでみたいよ。あとまだ出演してもらっていないニューヨークの人達も呼べたら最高だ。François K、Danny Krivit、Tony Humphries、David Mancusoとか」

Sweeneyが挙げた名前から解るとおり、彼の好みは幅広い。「僕の番組はアンダーグラウンド・ダンスミュージック全般を扱っている」と彼が言う。「もちろん、“アンダーグラウンド・ダンスミュージック”という言葉は色々な音楽を指すが、だからこそそう言ってるんだ。あまり具体的にジャンルを指定したくなかったんだ。もししていたら、今頃ずいぶん退屈な番組になっていただろう。色々なゲストを呼ぶことが楽しんだ。例え、そのせいで（マンハッタン区の）ワシントンハイツのVictorを怒らせてしまうことがあってもね」

ワシントンハイツのVictorとは、（病的なほど）頻繁に『Beats In Space』に電話をかけてくるリスナーのことだが、番組のファンと言えるかどうかは解らない。「開始当初からおかしなリスナーはいたんだ」とSweeneyは語る。「しかしニューヨークのラジオなんてそんなもんだろ？でも、彼ほど喧嘩腰のリスナーは初めてだった」。Victorの過去の電話内容を紹介しよう。「そんな態度でニューヨークに住んでたら、毎晩ボコボコにされてるぜ。お前にそんなこと耐えられるとは思えないね。あとワシントンハイツには来るんじゃないぞ。小さな女の子でさえお前に喧嘩で勝つぞ」。あとはこんな名台詞も飛び出している。「Tim Sweeney、そしててめぇのDJ、さっさとバスでもボートでも地下鉄にでも乗って、来た場所に帰りやがれ。こんなもの流すんじゃない…あ？文句あんのか？ないだろ？だと思ったよ。あばよ」

しかしVictorほど奇妙なリスナーがいようと、『Beats In Space』の勢いを止めるには至らず、2011年にはBeats In Spaceレーベルを立ち上げるほどSweeneyには自信があった。「レーベル運営は大変だ」と彼は認める。「だがやりがいはある。ラジオを始めた頃に似ているんだ。軌道に乗るまで時間がかかる。とにかく質の高い、廃れない音楽を見つけることに専念しているよ。あと何か残るものを作るのは良いね。番組は終わったら、何も形に残らない。想い出しかないんだ。レコードなら形になる」。今の所レーベルは好調であり、現在までにTornado Wallace、Secret Circuit、Lauerらの作品が、質の高いアートワークと共にリリースされている。Lauerが最近リリースした「Hands & Feet EP」は、現在のBeats In Spaceのベスト・リリースと言える。

そして最近、15周年を祝した2枚組のCDコンピレーションを発売しており、番組に出演したアーティストたちのエクスクルーシブを収録した盤と、Sweeneyが『Beats In Space』クラシックだと考える曲を厳選した盤が同封されている。選曲は簡単だったと彼は言う。「これまで番組でかけてきた曲を見直したんだ。そしてその中で僕が本当に大好きな曲を選んだだけさ」

15年後もこの番組をやっているだろうか？「この番組をやるのは大好きだし、退屈じゃないから、やり続けたいね」とSweeneyは言う。「もちろん、これでお金が貰えたら最高だけど…」。しかし、クリックひとつでデジタルの世界に存在する楽曲全てが手に入るような今日の音楽市場において、こういった番組は必要なのだろうか？Steinskiは必要だと考える。「俺の歳のせいかもしれないけど、アルゴリズムに音楽を選んでもらうのは好きじゃないんだ」と彼は言う。「予想できる範囲にしか導いてくれないし、意図していなかった素晴らしい出会いが中々ない。だからTimみたいな人は必要だ」

「じっくりと、誰かが曲をかけているのをただ聴くことにも魅力があるんだ」とGeistが語る。「理由なんていらない、ただ楽しいからさ。そしてTimは明らかにやっていて楽しそうだし、そのおかげで番組も面白い。もちろん、きっと彼は女にモテるためと、ギグをもらうためにやってるんだろうけど、それだけじゃなくて、これは彼にとってとても大事なことなんだ」

Tim Sweeney by the microphone

Ghostly InternationalとSpectral Soundの創立者Sam Valenti IVは『Beats In Space』の出演経験は無いが、彼のレーベルに所属するアーティストは多数出演しており、以前から同番組の支持者であった。「若い世代にはこの比較は解ってもらえないだろうけど、『Beats In Space』は俺たちにとっての『American Bandstand』（註：1952年から1989年まで続いた米人気音楽番組）のようだと思うんだ」とValentiは言う。「エレクトロニック・ミュージック界の人々にとって重要な登竜門だ。Timは質の高い音楽の紹介者としての地位を築き上げ、それを長年保って来た。音楽を厳選していながらも、スノビッシュではない。それは彼が築きあげたものだが、俺たち皆が一員のような気もするんだ。このカルチャーが大好きな人達皆が、この番組を支えている。そこにTimの気品と歓喜が注入され、全世界に発信される。時間が経っても汚染されたり薄まったりすることなく、情熱の炎を絶やさずに何かをし続けることができるんだということを、彼は教えてくれる。Timは皆にとって鑑のような存在だ」