エレクトロニック・ミュージックの制作において、ドラムマシンほど重要な機材はないだろう。しかし、最近まで大手機材メーカーはこの市場を無視し、サンプラーや安価なプリセットサウンドのみのビートマシンなどを優先してきたため、この結果、ヴィンテージ機材を購入する金銭的余裕がない人たちは長時間に渡ってeBayなどのオークションサイトを見て回った後、結局ソフトウェアやサンプラーに落ち着くという状況に陥っていた。しかし、ここ数年でその状況は一変した。多くの機材メーカーが彼らのニーズを察知し、新しい機材を次々と市場に送り込むようになってきた。またアナログ機材が復活を遂げていることもあり、購入を考えている人にとって、選択肢の数は非常に多い。今回はクリスマスシーズンであることも踏まえ、その選択肢の数を簡潔にすべく、最新のドラムマシンの中でベストと思われる機材をピックアップした。

Volca Beats / Korg / ￥12,117

コンパクトなボディのVolca Beatsをおもちゃ程度の機材として片付けてしまうのは簡単だ。しかし、D’Marc Cantuのようなアーティストがこの機材を手にすれば、ほぼこの機材だけでトラック全体が生み出される。Cantuがもうじきリリースする予定のトラック「Rival」は、彼がVolca Beatsを手に入れたその日に、この機材だけを使ってワンテイクで制作した作品だと言われている。Korg VolcaシリーズのひとつであるドラムマシンはアナログとPCMサンプルによる非常に豊かなサウンドが内蔵されており、特にキックは出色のクオリティだ。また基本的なシーケンスを組む作業も期待通り非常に簡単だが、もう少し時間を費やせば、この機材に秘められているビートを変化させる驚きの機能の数々にも気付くことになるだろう。Step Jump・Active Step・Motion Recordなどの機能はその名の通り分かりやすいものだが、マニュアルを一度通して読めば、この機材のすべてを完全にコントロールできるようになるだろう。尚、Volca Beatsは今回紹介する機材群の中で唯一バッテリーでも駆動するタイプで、内蔵スピーカーを併用すれば、テントの中でも気軽にテクノが作れるようになるだろう。

AIRA TR-8 / Roland / ￥51,840

多くの人にとって、TR-8は今回紹介する機材の中で分かりやすいもののひとつだろう。RolandはAIRAシリーズを発表したことで大きな話題を呼んだが、そのAIRAシリーズはサウンドのバランスの良さと、手頃な価格という正当な理由から、ここ1年で非常にポピュラーな機材となった。そのひとつであるTR-8は、クラシックな808や909のモダンバージョンを探しているプロデューサーやミュージシャンにとっては嬉しい機材で、昨年ニュースが発表された段階で多くの人々が期待していた完全MIDI対応、USBオーディオインターフェイスが盛り込まれている。そのサウンドは、あのタイムレスなクラシックアナログサウンドを見事に再現しており、RolandのエンジニアチームがDSPに相当の時間を費やしたことが明確に理解できるものだ。ただし、これは一長一短で、オリジナルのサウンドのポテンシャルがかなり高い精度で引き出せる一方、そのヴィンテージなアナログ回路によってエンベロープに限界があるため、クラシックなサウンド以外のサウンドが生み出しにくくなっている。尚、Rolandはいくつかのビルトインエフェクト（リバーブとディレイ）を組み込んでバラエティを増やそうとしており、またAIRAファミリー共通のScatterも組み込んでいる。長年愛されてきたクラシックサウンドをスタジオやライブに導入したいが、オリジナルに高額を出す気にはならない人にとって、この機材は間違いなく最高の選択肢のひとつだろう。

Drum 2 / Nord / ￥60,480

スウェーデンの機材メーカーNordが初のドラム／パーカッション専用音源としてオリジナルのNord Drumをリリースした時、ドラマー用サウンドモジュールとしても機能するそのデザインは、（一般的なドラムマシンを期待していた）多くの人たちを驚かせた。その後、Nordのエンジニアたちはオリジナルのアップデートを頻繁に続け、昨年第2世代であるDrum 2が発売された。MIDIに完全対応し、ステレオアウトプットを備えたDrum 2にはドラマーやプロデューサーが望んでいた機能が盛り込まれている。内蔵されている6ボイスはMIDIによるトリガーが可能で、MIDIチャンネルかドラムパッド（サードパーティー製または専用パッドNord Padに対応）経由で、ボイスを音階として鳴らすことも可能だ。Drum 2が今回紹介している他の機材と（非常にコンパクトなサイズ以外で）異なる点は、そのユニークなサウンドシンセシスで、サブトラクティブとFMを組み合わせた物理モデリングが採用されている。またドライブ／クラッシュ／EQなどの優れたエフェクトがチャンネルごとに備わっている他、マスターディレイも備わっているため、小さなボディながらも素晴らしいサウンドが生み出せる。

DRM-1 MKIII / Vermona / ¥106,149

ドイツの機材メーカーVermonaを知っている人ならば、DRM-1の第3世代であるこの機材に何を期待すべきかを理解しているはずで、今回もその特徴である非常にストレートなフルアナログサウンドが楽しめる。間違いなくこの機材は今回紹介する中で最もオールドスクールな機材だ。Vermona側は、DRM-1はドラムマシンではなくドラムシンセであることを強調しているが、その理由は独自のシーケンサーが内蔵されておらず、MIDIかCV（オプション）で8ボイスをトリガーするというシステムにある。これは世の中にソフトウェア／ハードウェアシーケンサーが溢れていることを考えると、非常に理にかなった選択だ。またシーケンサー機能を外せば価格が下げられるという利点もあるだろう。尚、各ボイスのMIDIノートナンバーはカスタマイズ可能なため、他の機材経由でのDRM-1のシーケンスが簡単になっている。このシーケンサーの欠如に関する唯一のマイナスは、フロントパネルのノブ以外でパラメーターを変化させることが出来ないという点だ。ただし、このノブを使ったサウンドの変化は非常に満足のいくもので、素晴らしいサウンドが生み出せる。また、DRM-1のフロントパネルには各ボイス用のインディビジュアルアウトプットも備わっており、このジャックはエフェクト用のインサート端子としても使用できる。手頃な価格で8チャンネルの強力なアナログサウンドが欲しい人には最良の選択だろう。

Analog Rytm / Elektron / ￥174,900

ElektronのドラムコンピューターはVermonaのシンプルさを180度変えたものだ。Analog Rytmは高い評価を得ているスウェーデンの機材メーカーが近年力を入れているアナログ機材の中の最新モデルだ。Rytmは過去の製品の系譜上に位置しているが、異常な程深い階層を持つシーケンサーと、逆に不愉快に感じるほどフレキシブルなシンセシスを備えている。この機能は非常によく考えられているもので、Elektronは、Analog Four（最新のシンセ）のボイス構造をただコピーするのではなく、Rytm用としてドラム／パーカッションに特化した回路を新たにデザインしたと言われている。Tempestと同様、内蔵サンプル（Rytmのサンプル用メモリは1GB用意されている）から選んだサンプルとアナログサウンドを組み合わせることが可能だが、Tempestと異なるのは、SysEx経由で自分のサンプルをRytmに追加できるという点だ。ただし、このプロセスはやや扱いにくいため、ElectronはiPadから直接Rytmにサンプルを送り込めるiOS用アプリ「Strom」をリリースしている。またElektronはRytm専用のコンピューター統合システム「Overbridge」の開発にも取りかかっており、これを使用すれば、VSTのパラメーターコントロール、プロジェクトの呼び出し、双方向オーディオストリーミングなどをUSB経由で行えるようになる（当初は2014年末にリリース予定だったが、現状を見る限り、どうやら少し遅れそうだ）。Analog Rytmのシグナルパスはディストーションとコンプレッサーのマスターエフェクトなども含みすべてアナログだが、サンプルのプレイバック、LFO、リバーブとディレイのセンドエフェクトバスなど、デジタル処理が加わってもおかしくない機能にはデジタル処理が加えられるようになっている。Analog Rytmは非常によく作られた包括的な機材なため、問題なく勧められる。

Tempest / Dave Smith / ￥267,840

多少変わったサウンドが欲しいと思っている人には、Dave Smith InstrumentsのTempestが良いだろう。この機材は今回紹介している機材の中では、最も賛否両論を生み出しやすい機材と言える。この機材についての印象を訊ねると、世界最高のドラムマシンだという人もいれば、ドラムサウンドの枠内に無理矢理押し込められた高価なシンセだという人もいる。両者とも一理あるのだが、Tempestに高評価を与えている人は手放しで褒め称える傾向がある（例えばKarennやBarker & Baumeckerはライブとスタジオにおいて最も重要な機材のひとつだと公言している）。様々な機能が詰まったアナログ6ボイスのサウンドは、内蔵サンプルと重ねられるため、自由度においては何の不足もない。また各ボイスには専用アウトプットが備わっており、外部機材を使用して更に変化を加えることも可能だ。TempestのシーケンサーはドラムマシンのパイオニアRoger Linnによってデザインされており、MPCを使ったことがある人ならば誰でも快適に操作できる。また16個のパッドは様々なスタイルで使用可能で、サンプルプレイ・ステップシーケンス・ミュート・音階演奏などが可能だ。更にその横にはほぼすべてのパラメーターがアサイン可能な2個のタッチストリップが備わっており、ライブでのパラメーター変化に便利だ。また高度な機能で必要となるメニュー画面などが表示される有機LED（OLED）ディスプレイは、その重要性を考慮してか、筆者が今まで見た中で最高のクオリティを誇っている。