11月のパリ。冷たく湿った空気のある晩、私たちはボートを改造したヴェニューLe Petit Bainの最上階にいた。Peter WeissとHelena Hauffは機材のセットアップとサウンドチェックが始まるまでの間に、ここ1年間に渡って彼らが取り組んできたライブプロジェクトHypnobeatについて語った。

「いずれ自分たちに飽きると思うよ」Weissはシャルドネを口にしながら淡々と話した。「でも、その時こそChildren Of Leirのようなアーティストとコラボレーションをするべきタイミングなんだろうね。Throbbing Gristleが『Heathen Earth』をゲストと一緒にレコーディングしていた姿を想像するんだ」

それを聞いたHauffは笑ったが、そのアイディアの可能性はゼロではない。2人組のサイケデリックバンドChildren of LeirはHauffが新たに立ち上げたレーベルReturn To Disorderのファーストリリースを担当しており、そのサウンドはHypnobeatのラフなサウンドとの相性が良さそうだ。また、Hypnobeatが面白い存在であり続けるためには進化する必要性も窺える。というのも、1983年からWeissが不定期に続けているこのプロジェクトで使用されている機材はここ30年間殆ど変更が加えられていないからだ。

1台のTR-707と3台のTR-808に大量のエフェクターを加えたシステムが、リズム重視のHypnobeatのサウンドの中核を担っている。「本当は全部で7台用意したいんだ。でもこれ以上増やすとリアルタイムでプログラミングできなくなってしまう。7台あればルックス的には最高なんだけど！」Weissは悔しがった。

それから数時間後、Bleak Futureという、なんとも不気味なタイトルを冠したそのパーティーがスタートした。熱心な若いオーディエンスはHypnobeatの前のスロットのDJがプレイしていたラフなハウスとテクノで体をほぐしていた。そしてHypnobeatがステージに上る頃までには、ヴェニューは丁度良い混み具合となり、彼らの1時間に及ぶ鋭いサウンドと粗いディストーションが織りなすサウンドにフロアは沸き続けた。

「退屈なテックハウスでレイヴしている人たち全員がこういう一晩を体験してくれたらと思うよ」Weissはそれから数週間後、Skypeでこう振り返った。「このシーンは現在成長しつつあるパラレルなクラブシーンで、沢山のことを僕たちに教えてくれるんだ」

そのような「今」とHypnobeatが生まれた時代は違う。Hypnobeatが生まれたのは、まだポピュラーなエレクトロニック・ミュージックが生まれたばかりで、依然としてパンクが大きな影響力を持っていた時代だ。当時フランクフルト郊外に住んでいたWeissと長年の友人Pietro InsipidoはDIYシーンに大きな影響を受けた。2人は熱心に家具を鳴らしてレコーディングしたり、原始的なテープレコーディングを行うためにリズムマシンを買おうと貯金をしたりしていた。ある日、Weissがレコードショップへ出向くと、自分が行きたいと思っていたケルンで開催されるCabaret Voltaireのライブへ行くという2人に出会った。その2人がTobias Freund（彼のエレクトロニック・ミュージックにおける貢献を説明するには別の記事が必要になるだろう）と、後にPorn FlakeまたはVictor Solとして知られるようになるLars Müllerだった。その後彼らのアパートへ出向いたWeissは、彼らの集めていたドラムマシンやシンセサイザーに感動したのだった。

「僕たちがテクノを生み出したのに誰もそれを知ることはなかった。
その事実にちょっと悲しい思いをしたものさ！」

そこでTR-808のプログラミングを学びたいと思ったWeissは、手書きのリズムパターンを彼らの元へ持ち込んだ。そしてそれを元にしたトラック"Daktari Missiles"が作られ、同時にHypnobeatも生まれると、その後数年に渡り、FreundとMüllerはそのライブに参加するようになった。今改めて"Daktari Missiles"を聴くと、1984年にレコーディングされた作品だという事実に驚きを隠せない。この頃、デトロイトテクノはまだ地平線の向こう側だった。Hypnobeatのドラムサウンドは当時生まれつつあった80年代初期のエレクトロシーンを想起させるもので、当時はエレクトロがドイツ中央部で起きていた実験的な音楽シーンと共に台頭してきた頃だった。

「80年代の頃は、Hypnobeatのことをニュートライバリズムと呼んでいたんだ。僕は常々、複雑な響きのアフリカのリズムに惹かれていたので、それをリズムマシンで表現したらどうだろうかと考えたんだ。数年後にそれがテクノと呼ばれるようになるなんて当時は知りもしなかったよ」

初期Hypnobeatが後のアシッド／テクノムーブメントの先駆けだったという思いは今でもWeissの中に強く残っている。Weissは自身のサイト上のHypnobeatの説明の中で、HypnosurfやHypnodelic Ambient（彼が昼間コピーライターとして活動しているのが如実に伝わる言葉選びだ）などという言葉と共に「プロトタイプテクノ」、「プロトアシッド」という言葉を使っている。

「80年代は常に他の楽器を持ち込もうとしていた。あれが当時犯したミスだったんだ。僕たちがテクノを生み出したのに誰もそれを知ることはなかった。その事実にちょっと悲しい思いをしたものさ！」

実際にアシッドハウスムーブメントが起きた頃のHypnobeatはどのような状態だったのだろうか？　Hypnobeatは1987年頃までに2本のカセットテープのアルバムのリリース、数々のコンピレーションへのトラック提供、エクスペリメンタルアートフェスティバルGeminox（フランクフルト／1984年）やVitro Festival（アントワープ／1986年）など数多くのギグ／フェスティバルへの出演をこなし、その後活動をスローダウンさせていた。

PhutureやAdonisがナイトクラブを席巻し、レイヴカルチャーが台頭し始めた頃、Weissはそのシンプルなスタイルにショックを受けたと振り返る。「当時みんなが買えたシーケンサーはTB-303位で、あれで1曲をプログラミングするのには6時間かかった。アシッドはスライドを使ったシンプルなワンフレーズの繰り返しだったのに、突如としてそれがクールだと言われるようになった。でも、僕にとっては西欧文化の衰退に思えたんだ」

この発言の半分はジョークだ。Weissは五感を刺激するようなウェアハウスパーティーの雰囲気に魅了されたことを認めているが、結局音楽的に興味を持てなかったことから彼はその後しばらくの間デスメタルに傾倒することになった。そして90年代後半に入りビートへの興味を再び持った彼は、Narcotic Syntaxを立ち上げ、同時にJames Dean BrownとしてPerlonファミリーの中核メンバーとして音楽活動を再開させた。Narcotic Syntaxのメンバーは流動的だったが、00年代中盤の最盛期はロシア人プロデューサーYapaccをパートナーに固定し、Perlonから2枚のEPをリリース。数多くのライブセットも披露すると、2006年にはジャズ的な変化球的要素を排除して、よりドラムにフォーカスした2枚組「Provocative Percussion」をWirからリリースした。

「2枚のEPをPerlonからリリースした後、この手法は辛いと思った。だからHypnobeatでやっていたようなリズムだけの音楽をスタジオワークで制作しようとしたんだ」Weissが説明する。結果的に「Provocative Percussion」はNarcotic Syntaxとしては最後のリリースになったが、WeissとYapaccは今でも断続的にライブを行っており、時としてRobert Conroyをヴォーカルに迎えながら、ハウス、テクノ、ポップ、エキゾチカなどを錬金術のように混ぜ合わせた流動的な音楽を生み出している。一方、 1990年代初頭から休止状態にあったHypnobeatは、ある著作権問題がきっかけとなって復活の道を歩み始めた。

Light Sounds Darkは80年代のDIYテープシーンの中で生まれたインダストリアル・ニューウェーブ・シンセサウンドの隠れた名曲をここ数年に渡ってリリースしていたレーベルだったが、Hypnobeatのトラック"Giving Head To Kilian"が彼らのコンピレーション『Dark Matters Too』に収録されたのはWeissにとって寝耳に水だった。このトラックのリリースはWeissのアイディアにはなく、しかもLight Sounds Dark側は曲名を変えていた。Weissは、「嬉しくは無かったよ。でもこのコンピレーションが（活動復活の）きっかけを与えてくれたね」と振り返っている。

このリリース後の2012年、パリでSerendip FestivalをオーガナイズするFred GastardがWeissにHypnobeat名義でのライブを持ちかけ、同時にHypnobeatのオリジナルメンバーであるPietro InsipidoがWeissに連絡を取り、ActressのレーベルWerk DiscsからリリースされたHelena HauffのデビューEPの存在を教えた。彼女のトラックとHypnobeatの歪んだ808のカウベルとコンガが分厚いエフェクトの中に響くサウンドは驚くほど似ていた。WeissはHauffのサウンドに最も近いトラックとしてHypnobeatの"The Arumbaya Fetish"を挙げている。

Wolfman

Hauffはその頃、ファーストEPとハンブルクのGolden PudelでのレジデントDJとしての活動を通じてダークなインダストリアル／エレクトロ／アシッドをプレイするDJとしての評価を高めていった。そして言うまでもないがこの手の音楽を好む彼女と、彼女のDJに好印象を持ったWeissの間には、時代と世代を超えてクリエイティブなケミストリーが生まれた。

これがHypnobeatの復活に繋がった。この頃、Gastardは既にHauffや他のアーティストに対し、Hypnobeatの過去のトラック群のリミックスを持ちかけていたが、WeissとHauffが直接連絡を取り合うと、話はすぐにHypnobeatのライブ再開へと進んでいった。尚、Hauffがライブパフォーマンスに興味を持てたのはこれが初めてだった。「スタジオの機材をコンパクトにまとめて、数台の機材だけで面白いサウンドを生み出せるなんて思っていなかった。でも誰かと一緒なら可能なのよね。（話をもらった時は）『練習しなくていい？　数台の機材だけ持って行けばいい？　それって最高じゃない！』って思ったわ」

「ようするに、彼女と僕はいわゆるソウルメイトなのさ」Weissが続ける。「お互いに面倒くさがりだしね。電話もほとんどしないし、メールの内容も短い。現地に集合して、セットアップしてプレイするだけさ。僕たちは完ぺきにシンクロしているのさ。僕がリズムを変化させれば、彼女も何かを変化させる。僕も彼女もお互いに影響を与えているんだ」

Bleak Futureのライブでは、WeissとHauffがお互いに対し非常に高い感度を持っていることが理解できた。機材に向かっている2人（HauffがTR-707・TB-303・TR-808を、WeissがTR-808 x 2・TB-303を担当）は殆どコミュニケーションを取らないが、ポリリズムを生み出すドラムマシン群のサウンドには魅力的なシナジー効果が生まれていた。また、新たにセットアップに組み込まれたTB-303は彼らの繊細な感覚を良く表しており、特にWeissは一般的なフィルターの開閉を避け、その代わりに強烈な低音のベースラインを生み出していく。そして彼らのライブにはカオスを感じさせる瞬間や、機材のエラーによるリズムのずれも時々生じていた。

「私たちが使っている機材で起きるエラーなんてたいしたことないのよ。別に楽曲を演奏しているわけじゃないし、あからさまなミスも存在しない。リズムだけというのは、裏を返せば多少退屈なのかも知れないけれど、凄くエキサイティングだし、ギャンブルの要素も多少あるわね」

Hypnobeatのオリジナルスピリットを保とうとしている彼らは、完ぺきな音楽の演奏を目指すよりも、機材の能力を限界まで引き出し、そのセットアップ特有のサウンドに反応しながら未知の領域を目指すことを重視している。パリでのライブの持ち時間の半分はエフェクターがミキサーに反映されなかったため、Weissがサウンドを面白くするために機材のプログラミングに集中しなければならなかった。このように彼らのライブはどちらに転ぶか分からない状況に常に置かれており、そのような状況下だからこそアーティストとオーディエンスの間には良い緊張感が生まれるのだが、HauffもWeissもそのアプローチにあぐらをかくつもりは毛頭無いようだ。

「Hypnobeatが上手く機能するのは他人とライブジャムをする時ね」Hauffが説明する。Hypnobeatの将来について前向きに考えている彼女は、彼女の憧れの存在であるUnit Moebiusが激しいドラムと不穏なドローンが見事に組み合わさった即興のライブを聴き終わった直後にこう続けた。「Hypnobeatはスタジオプロジェクトではないわね」

だからと言って、Hypnobeatが作品をリリースしないという訳では無い。既に80年代の作品がDark EntriesとSerendipから再発される予定で、これまでのライブのダイジェストをアナログ化する可能性もある。しかし、彼らはあくまでライブを重視し、それをいかに進化させるかを重視しているため、作品のリリースは最優先事項ではない。

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「2、3枚リリースをしたら、4枚は退屈に感じるだろうという話をHelenaにはしたよ。何故なら全部同じサウンドだからね。トゥールーズのライブでTB-303を1台足して、今ではもう1台加えた2台を使っている。これでまたサウンドが進化するだろうね。将来的にはTB-303だけを使ってトリッキーなベースラインや楽曲全体をプログラミングしても良いだろうし。もしそれが退屈になったとしたら、音楽を進化させる別の方法を考えると思うよ」Weissが説明した。

どんな形であろうとも、2人がクラブとフェスティバルで奏でるサウンドはオーディエンスに対して力強く挑戦的に響いている。Hauffが続けた。「Hypnobeatのサウンドが今でもエクスペリメンタルだと考えられているのは面白いわ。30年の歴史があって、当時と同じことをやっているのに、エクスペリメンタルだって思われるんだから」