国内屈指のベースミュージック・イベントBack To Chillのレジデントであり、DJとして度重なるヨーロッパ・ツアーを成功させ、それにとどまらず独創的なサウンド・クリエーターとして国内外で高い評価を受けるプロデューサーのENA。2011年に7evenよりリリースした「Sign」では、ポスト・ダブステップからも逸脱したサウンドを提示し、2013年に同レーベルからの『Bilateral』、翌年にベルリンのSamurai Horoより発売された『Binaural』にて彼が表現したミニマルかつアヴァンギャルド性の強いサウンドは、先鋭的なベースミュージック・シーンはもちろん、テクノ／電子音楽のフィールドでも話題を集めた。つい先日カセットテープで発売された『Divided』では、ライブセットを解体＆再構築するというコンセプトのもとに緻密かつストーリー性のある世界を描き、音楽家としての懐の深さを見せつけた。

地を這う重低音と複雑怪奇な電子音が行き交うENAのサウンドを聴くと、アヴァンギャルドな側面がクローズアップされがちだが、彼は自身のサウンドをドラムンベース～ダブステップDJとしての現場経験に基づき、“BPM170をモットーにしたダンス・ミュージック”だと言う。職業作曲家という一面を持ちながらも、それとは真逆の表現方法を追求して生まれた彼の個性…それを紐解くうちに見えてきたのは、ENAの音楽にはある種の“アンチテーゼ”が介在していることだった。サンプリングやシンセを排除してノイズからすべてを編み出す作曲スタイル、同じ音を二度と使わない音楽理念、ダブステップから逸脱を機に生まれた音楽性—これらは模倣と形骸化を繰り返す“既存の音楽シーン”へのカウンターとしても受け取れる。ENAが生まれ育った東京・多摩地区にあるスタジオを訪れ、今、世界が注目するサウンドを生み出すに至った理念・経緯に迫った。

ENAさんは音楽一家という環境で生まれ育ったんですよね？

ええ、祖父がバイオリニストで母はピアノを弾いていたので、常に家ではクラシックが流れていたので好きでしたが、音楽の教育などは受けていませんでした。それよりも中学校の頃に聴いたJimi HendrixやMiles Davisでしたね。父親が1960年代の音楽が好きでレコードを持っていたのがきっかけでした。それからギターを弾くようになって、Led ZeppellinやDeep Purple、あとは1940～1950年代のブルースも好きでよく聴いていました。

中学生らしからぬ早熟さですね。学生の頃はバンド活動もしていましたか？

バンドは高校の頃にアシッド・ジャズやサム・クックなどのソウルのカバー・バンドをやっていました。その頃からひとつのジャンルにこだわることはなかったんですが、それは自分が育った時代のおかげだと思います。僕が学生時代だった1990年代ってチャートにロックからヒップホップ、エレクトロまでいろんな音楽が入っていましたから。

ダンス・ミュージックに触れたきっかけは？

DJ Krushなどのアブストラクト・ヒップホップにハマったのがきっかけですね。そこからDJがやりたくなってターンテーブルとミキサーを買って、スクラッチの練習をして…僕くらいの世代にとってはよくある道を辿っていました。その後はHot Waxあたりを入り口にUKのダンス・ミュージックを聴くようになり、ドラムンベースに辿り着いたという。PhotekやSource Direct、Metal Headzなどの1990年代のドラムンベースって、僕にとってはアブストラクト～ブレイクビーツの延長線上にあったからすっと入れたんです。逆にWarpにはAphex Twin以外はあまりピンとこなくて、テクノはほとんど聴いていないですね。

トラックを作るようになったのはいつからですか？

高校の頃にやっていたバンドを辞めてからですね。最初のうちは1人でアブストラクト・ヒップホップを作っていました。Akai Professional S1000でサンプリングしてEmagic時代のLogicでシーケンスを組んでいました。そのあとドラムンベースを作るようになってからはブレイクビーツをサンプリングしてRecycleで切り刻んで……という王道の制作スタイルです。その後はソフトウェア・サンプラーが充実してきてからは、コンピューターだけで制作するようになりました。それと同時に作曲の仕事をするようになり、ヒップホップやJ-POPなどの音楽も制作していました。

職業作曲家としてやっていくための音楽制作の知識はどこで学んだのですか？

仕事をしながら独学です。もともとある程度楽器は弾けたので最低限の知識はあったし、あとは勉強すればできるんじゃないかと思ってやり始めたら、意外と自分の性にも合ってましたね。

では、ENA名義の音楽性に個性を見いだしたのはいつ頃ですか？

MC Cardzとの共同名義（Cardz & ENA）で2008年にリリースした『Deadstock』というアルバムもありますが、あれはCardzのために作ったもので自分らしさはそんなに無いんです。だから自分の音楽性で言うと、7evenからリリースしはじめた頃なので2011年くらいですね。

と言うことは、もうすでにBack To Chillで独自の実験的なDJセットを初めていたころですね。そこから今のENAさんのサウンドが形成されていったのですか？

DJとトラック制作の両方が影響していますね。”こういう音が面白いかな”って作ったトラックをDJでかけてみたら反応も良かったので、自然とそういう音が増えていったというか。今振り返ってみると自分らしさが出てきたのは「Sign」や「Analysis Code」あたりだと思います。今の自分と比較するとダンス・トラックっぽいですが、「Analysis Code」のB面に入っている"Splinter"とかはビートも壊れてきているし、今の自分っぽい音に少しずつシフトしてきている感じですね。

サウンドの特徴で言うと2001年の「Sign」以降は徹底してミニマルですね。そのきっかけは？

ダブステップのDJってベース・ドロップして細かくピークを作りますが、このスタイルのDJに疲れたというのが転機だったのかもしれないです。2006年頃のダブステップのベース・ドロップってそれまで聴いたことがない新鮮なものでしたが、今となっては誰がやっても同じってくらいに飽和化していて。それを続けていても仕方ないので、自分で面白いものを探すうちにミニマルでビルドアップしていくDJの方が楽しくなったんです。たぶん、ミニマル化していくシーンの背景にはdBridgeとかのオートノミックの流れもあると思いますが、あれにはそれほどピンとこなくて。それよりもLoxyがやっていたCXっていうポッドキャストに衝撃を受けました。あの徹底してダークでミニマルな質感がカッコ良くて、今のような音楽性へと移行するきっかけになっていると思います。

画一化したダブステップからの逸脱が生んだスタイルなのですね。

そういう面もあります。あとは制作するだけじゃなく同時にDJもやっていることが大きいですね。フロアからのフィードバックが自分の音楽制作にとっての糧でもあるので、僕の作っている音楽は実験音楽ではなく、ダンスミュージックとしてのギリギリのラインだと思っています。

BPM170という縛りで制作しているという意味でも、ダンス・ミュージックとは言えますよね。ちなみに「Sign」以降と以前では、音楽制作の手法もガラっと変わったのですか？

音源ライブラリーは使わなくなりましたね…というか、僕にとっての音楽制作は音が鳴れば何でもいいんですよ。

何でもよい…？

ええ、ケーブルを抜き差ししたときの“ブチ”って音やマイクを叩いた音、何かしらの音さえあれば曲になります。

ではシンセとかではなくて、環境音だったりのフィールド・レコーディングした素材を使って曲を書くということですか？

環境音も良く使いますし、シンセの音はほとんど使わないです。シンセやサンプラーの音を編集しても“結局は機材の音にしかならない”ですから。だから特に最初の音は何かがイメージできるような音である必要はなくて……音はあとからイジればどうとでもなるんです。もとの音が高いと思ったらピッチを下げればいいし、足りない帯域があればEQをすればいい。アタックがなければ波形を書けばよいわけだし。何かしらの音さえあれば無限に変化させられる。そうやって波形を編集しながら音を作っていきます。

イメージしづらいですね…でもさすがにプラグの抜き差しとマイクを叩いた音だけでアルバム一枚は作れないと思いますが。

フィードバックノイズでもいいんですよ。例えばRoland Space Echoでフィードバックを作ると、テープによるピッチの上下が生まれて、その音にグラニュラー系の処理をかけると変な倍音がたくさん出てきて、それが音階になって不可思議なパッド・サウンドを作れたり。さらにそれをテープ・エコーでトバすと有機的でランダムな動きの音が生まれる…そういうことを繰り返していくんです。

もとの音を加工するためのツールは何を使うのですか？

時と場合にもよりますが、Cubaseの純正のプラグインをメインで使っていますね。僕のCubaseはバージョンが5と古いものなのですが、タイムストレッチのプラグインの精度がイマイチでそれがまた味になるんです。あとサードパーティーのプラグインだとSonnox OxfordとUADが多くて、グラニュラーはNative InstrumentのKontaktですね。場合によってはスタッター系のプラグインも使いますが、これは個性が強くてスタッターの音になってしまうからその辺は見極めて使います。音色を作り込むときはEQやフィルターが多いですね。

そういう制作方法をやるようになったきっかけは何でしたか？

直接のきっかけかどうかは分かりませんが、Ras GがUNITの楽屋で曲を作っていたのをたまたま見ていて、MacBookの内蔵マイクだけを使って作曲していたんです。それを見たときに”あ、なるほどな”って腑に落ちたことはありました。でもこのやり方は突然変異的に生まれたわけではなくて、若い頃からやってはいました。でも、今のようなカタチになっていなかった。結局は録った音をどうやって編集していくかが大事ですから。

ただのノイズをどう加工して、聴かせられる曲として構築していくのかというところですね。

そういうことです。ノイズを加工してリズムを作ると、不規則な要素が入り込んでくるので、ドラム・キットでは作れない予想外のフレーズが生まれることが多く、それが有機的な雰囲気を出してくれます。リズムが出来上がってから最初にやるのは、ドラムの役割で言うスネアの音を抜くこと。僕の曲はだいたいスネアがないです。それによって中域の帯域にスペースが生まれて違う世界が広がる。さらにハットを抜くとキックしかなくなりますが、あくまでBPMという縦の線は存在するので、そこに対してどうやってアプローチさせるか…ということを試行錯誤しながら作っています。目指すところとしては打ち込みっぽくなくてかつ有機的な音ですね。

サウンド・コラージュに近い発想なのですね。

そうですね。加工した音をDAWで配置していき、これだと思ったところで完成です。最近心がけているのは、できるだけ早く完成させるようにしています。この手の制作は時間をかけるほど緻密になって勢いが無くなり、ダンス・ミュージックな感触が失われてしまいます。荒さやあまりマジメになり過ぎない部分を残しておくには、一息で作るくらいがよいんですよね。なので、だいたい１曲3時間くらいで仕上げています。

最近ではDJだけでなく、ライブ・セットも行っていますね。DJとはどんな風にして差別化していますか？

もともとDJとライブでプレイするトラックは完全に分けてはいるのですが、ラップトップを使ったパフォーマンスはライブ性が欠けるし、何度見ても変化がないのは避けたいと思っていて。力業ではありますが、ライブをやるときは毎回そのための曲をたくさん書いています。

ライブ・パフォーマンスにはどんな機材を使っていますか？

基本的にはラップトップから複数のトラックをミキサーに立ち上げて、そこにエフェクトをかけていくというやり方ですね。ディレイなどを使ってダブをするよりも、ディストーションやハーモナイザーなどで音のピッチを変えたり、フィードバックをリアルタイムでパッドのように扱ったり、できるだけ即興性を残すようにはしています。再生しているトラックに関しては３分の１くらいは毎回新曲を投入しています。そうすることでライブ性をキープできるかなと思っています。

ライブ用と作品用のトラックではどんな違いがありますか？

ライブ・パフォーマンスのトラックは、最初からしっかりと流れを組んでしまうので、始まりから終わりまでで１曲というイメージで、長い時間をかけて変化していくというものです。ちなみにライブ・トラックを切って編集したのが先日カセットでリリースした『Divided』なんです。

では、『Divided』はこれまでの作品とはまったくコンセプトが異なるものなのですね？

そうです。DJツールとしてのトラックはグルーブが不可欠ですが、ライブ用のトラックはそこから離れることができるし、極論を言えば踊らせなくても世界観を提示すればよいわけで。昔はそうすることで実験的になり過ぎてしまうと思っていたのですが、今はそういう抵抗は無くなりました。

ちなみに『Divided』にカセットというフォーマットを選んだのは？

ライブの素材を切り分けたこともあって曲数も多く、レコードにはうまくハマらなかったんです。それでカセットの尺がちょうどピッタリだったというのが理由です。で、作品が仕上がって改めてカセットで聴いてみたら何か良かったですね。作品のコンセプトと50分テープというフォーマットがうまく一致したと思います。

ENAさんが今のユニークな音楽性を指向するようになったのは、巷に溢れている画一化したダンスミュージックへのカウンターでもあるようですね。

そういう意味合いもあります。ダブステップ自体何でもアリな音楽だったのに、それがいつの間にか“こうじゃないとダブステップじゃない”というものになってしまったわけで。これは音楽制作の話ですけど、ダブステップが面白くなくなったのと同時期くらいから、ソフトシンセなどの使い方やダブステップ制作のハウツー映像を目にするようになり、みんなが同じドラム音源やプリセットを使って、似たような曲が量産されるようになっていったこと…それに僕は本当にウンザリしていたんですよ。ハウツー映像の類って良くも悪くも音楽の寿命を狭めてしまうほどに影響力が強いから、僕の音楽はそれに対して、冗談を含めたアンチテーゼでもあるんです。“絶対分からない音作り”っていう意味でね。だから自分の音楽制作の哲学として、同じ音は二度と使わないようにしています。僕のSteinberg Cubaseのテンプレートは何にも入っていないし、まっさらなトラックが並んでいるだけ。曲を作るときはすべてゼロからやっています。

自分が気に入った音色やフレーズも使い回しはしない？

しませんね。そういうものがあると、決まった音ができてきてしまうじゃないですか？　それがイヤなんです。

それが個性と呼ばれる場合もあるんですけどね。

確かにそうですよね。でも、僕にとって、それはズルをしているように思えてしまうので、やりたくないです。今の制作スタイルだと雰囲気で個性は出せるけど、フォーマットとしてのキッチリ明確化した個性が無いから、僕の音楽はコピーはできない。それは意図していますね。音楽は常にコピーされて形骸化していく歴史を繰り返しているし、時代とともにコピーの労力がどんどん楽になっている。そこに対して意地悪をしたいなって思うんです。

昔であればJimi Hendrixのギターをコピーをするなら、何十年もギターを練習しないとちゃんとしたコピーはできなかったですからね。

そうなんです。1960年代のヴィンテージのFender StratocasterやArbiter ElectronicsのオリジナルのFuzz Faceを買って、長年ギターを練習して、それだけの努力があってのコピーって、もうアートみたいなものじゃないですか？　でも、今の時代のコピーはプリセットをダウンロードしてキーボード鳴らして終わり。それじゃあまりにクリエイティヴィティが無さ過ぎますよ。それに僕の場合はずっとドラムンベース、ダブステップのシーンにいて、ドラムンベースが10数年かけて形骸化していったのを、ダブステップはそれをほんの数年でやってしまったのを見ていて。もうこのサイクルには先は無いと思っているし、そういうサイクルから自分は一歩身を置いていたという意識を持って音楽を作っていますね。

そのあたりはDJ／プロデューサーらしい、シーンを俯瞰した視点を持っているわけですね。

それが良かったりもするんですよ。やっぱりDJをやっていると作った曲をどんどんかけられるから反応も分かりますから。ここ最近は去年はかけてもイマイチだった曲が今年は盛り上がることも増えているし。僕自身が作る音楽はまったくテクノでもないんですけど、今ではテクノのシーンからも声をかけてもらえていますし。今はそうやって、自分の限界点がどんどん広がってきているような感じがしています。

Ena Guitars