Max Loderbauerは「僕はどういうわけかアンビエント担当なんだよ」と私に言ったが、私には彼がそれを恥ずかしそうに言う理由が分からなかった。彼が座っている椅子の後方には彼が1日のほぼすべてを費やすデスクが置かれ、その上には現代のモジュラーシンセの王様と呼んでも差し支えないBuchla 200eが置かれていた。その更に奥の大きな窓から冬の午後の僅かな光が差し込み、ぼんやりと薄く光るランプと壁に並んだ機材の点滅するライトが光量不足を補っていた。そのようなムードと置かれた機材、それを操作する物静かな本人を考慮すれば、美しく揺れるアンビエント以外の音楽がベルリン・テンペルホフ空港のハンガー内にある彼のスタジオから生み出されるのを想像するのは難しい。

彼のスタジオの隣のもう少し大きなスタジオは、2013年の『Machine Love』特集の取材で私が訪れたTobias Freundのスタジオになっている。しかし、Loderbauerのスタジオはその時よりも充実している印象で、実際機材の数が増えていた。Eurorackのモジュラーシステムがありがちな形で壁一面の大半を埋め尽くしており、パッチケーブルがその表面を覆ったり、ケースの片側にかけられたりしていた。またBuchlaの周りにはコンパクトエフェクター類が所狭しと置かれており、デスクの上はLoderbauerのタバコ入れを置ける位のスペースしかなかった。Eurorackの横のスタンドの上にはLoderbauerは「僕が知っているエレクトロニック系機材の中で最も表現力に富んでいる機材だ」と説明した、赤い表面をした長方形のHaken Audio Continuum Fingerboardと呼ばれる機材が置かれていた。そしてスタジオの右側後方に座っている私の目の前に置かれていたのがハープシコードで、このスタジオに新たに追加されていた機材の中で一番目を引くものだった。「これは僕がこいつらを扱う時のためにあるんだ」彼は一連のエレクトロニック系機材を指差しながら続けた。「休憩時間にこれでバッハを弾くんだよ」

Loderbauerのこれらの機材の専門知識は、彼をエレクトロニック・ミュージックシーンで最も高い評価を受けているプロデューサーたちの重要なコラボレーターという立場に置いている。彼が初めてコラボレーションをしたビッググループは、1990年代初頭にレコーディングエンジニアTom Thielと共に本人がスタートさせたIDMの始祖Sun Electricだったが、2000年代中頃から彼はダンスフロア向きの作品に取り組み始め、Tobias FreundとのNSI、またはNon Standard Institute名義でコンセプチュアルなEPやアルバムをリリースしてきた他、Paula Schopfと共にエクスペリメンタルポップグループ、Chica And The Folderも結成した。また彼はMoritz Von Oswald Trioのオリジナルメンバーのひとりでもあり、Moritz Von Oswaldを除いた中では最長期間在籍している。そしてそのメンバーでもあるVladislav DelayはHaisenberg名義で彼とレコーディングを行い、Ripattiから2枚のEPをリリースしている。

しかし、彼が最も数多くの作品を残しているプロデューサーはRicardo Villalobosだ。2人は有名なジャズレーベルECM Recordsの作品群やHonest Jon’sのShangaan Electroシリーズの作品群の再構築を行ってきた他、2013年にはPerlonからヒップハウス的な12インチもリリースしている（LoderbauerはVillalobosとはほとんど会う度にレコーディングをしているとしている）。Loderbauerはこれらのコラボレーションにおける「アンビエント担当」という役割を楽しんでおり、リズム、特に4/4のフロア向きのリズムはパートナー側に委ね、音声合成（シンセシス）におけるムードの構築を担当してきた。バランスの差こそあれ、誰かとスポットライトを分け合うことで、Loderbauerはクラブシーンの外縁で成功を収めながら、自分が興味を持っているサウンドの探求を続けてきた。

最近になってその状況が変わろうとしている。2013年、Loderbauerはアルバム『Transparenz』をリリースした。彼のような長いキャリアを誇るベテランとしては信じられない話だが、この作品は彼にとって初のオフィシャルソロアルバムだ。冷淡なアンビエンスとフリーフォームを見事に組み合わせたMorton Subotnick的なスタイルの楽曲群は、彼が長年に渡りパートナーたちに提供してきた音楽そのものを示していた。そして2014年にはスイス人ジャズミュージシャンのクラリネット奏者Claudio Puntin、ドラマーSamuel Rohrerと共にambiq名義でアルバムをリリースした。このアルバムは表面的には彼のこれまでのコラボレーション作品の系譜上に位置するようなサウンドだが、注目を集める（少なくともエレクトロニック・ミュージックシーンにおいて）原因となったのは彼本人の知名度だった。またこのアルバムはこの3月にFreundとVillalobosのリミックスを加えたクラブ仕様のEPと共にディストリビューションの拡大が予定されている。Loderbauerが2人のようなスター性を獲得することはないように思えるが、彼が有名なアーティストたちとのコラボレーターという位置から歩みを進めようとしているのは確かだ。

Loderbauerは自身の今後の予定について話が及ぶと目を輝かせ、ambiqの新作、von Oswaldとの新作、そしてVillalobosとの新作、そして常に制作が続けられているソロ名義の作品群が予定されていることを説明した。しかし、この話をする時以外は世間のイメージ通り控えめなままで、自己顕示欲も小さく、これまでの膨大な功績の拡大は考えていないように思えた。私は彼の父親はかつて作曲家だったと書かれていた記事を読んだことを思い出し、彼の父親について訊ねるとLoderbauerは次のように答えた。「それは正確な事実じゃないね。確かに彼は作曲と音楽、そして指揮を学んでいた。しかし、戦争後に卒業すると、子供や家庭の事情できちんとした仕事に就かなければならなくなった。そこで彼は他の勉強をして、音楽とはまったく別の方向へ進んだ。彼は趣味人としては素晴らしい音楽家だった。美しいバーバリアンフォークの楽曲も残したよ」

あえて言う必要もないが、Loderbauerはミュンヘンの音楽一家に育った。彼の母親はオペラ歌手で、彼の祖父が書いたオーケストラ用楽曲はラジオ放送用に録音されている。そしてLoderbauer自身も5歳から25歳までピアノを学び、その後デュッセルドルフ応用科学大学のサウンドエンジニアコースへ進学した。これは音楽学校的な教育に技術的なコースを組み合わせたものだったが、Loderbauerは結局中退してしまった。「数学と物理のテストが無理だった。難しすぎたんだ。その後、休暇でミュンヘンへ戻ると、非常に先進的だったエレクトロニック・ミュージック用スタジオを多少自由に使える友人がキーボード奏者を探していると言ってきた」と彼は当時を振り返った。当時のデュッセルドルフの大学にはせいぜいYamaha DX-7しかなかったが、ミュンヘンのスタジオElmulabには数々のテープマシンやシンセサイザー、初期サンプラーがあり、Loderbauerは触発された。「あそこにはすべてが揃っていた。完ぺきだったね」

結局Loderbauerは70年代後半から80年代後半にかけてサンプラーの原型とも言える機材を生産していたメーカー、Fairlightのテクニシャンとして仕事に就いた。彼はドイツ語圏のヨーロッパ各地を飛び回り、Fairlightのメンテナンスを行いつつ、エンジニアたちに使用法を教えて回った。そしてFairlightが設置されていたニュルンベルク付近のスタジオHartmann Digitalで、LoderbauerはTom TheilとStefan Fischerと懇意になった。3人はFischerman’s Friendを結成し、そしてマネージャー的な立場で彼らが契約していたレコードレーベル間を行き来していたThomas Fehlmannが彼らをベルリンへ呼び寄せた。結果的にFischerman’s Friendは成功しなかったが、Loderbauerにとっては、ベルリンという新しい街への移住とThielとの音楽的なパートナーシップは正解だった。「リミックスを担当していた時に、よくアンビエントのオルタナティブバージョンを作っていた。それをSun Electric Remixと呼んでいた。僕たちのアンビエント的な側面を打ち出すためのものだった。それでこの名前を解散後も使うことにした」

「Tomがリズムを担当して、僕がハーモニー、つまりハーモニックなシーケンスを担当していた」Loderbauerは初期のクラシックなアレンジ方法をこう説明した。Sun Electricのおかげで2人は90年代を忙しく過ごすことになった。彼らは4枚のスタジオアルバムと1枚のライブアルバムをR&Sからリリースし、その後はR&Sがアンビエントを打ち出すために設立したオフシュートレーベル、Apolloに所属するメインアーティストのひとつになった。そしてツアーで世界中を周っていたSun Electricは、1997年にチリを訪れた時に、数週間ほど数人のアーティストたちと共に一軒家で過ごすことになった。そのアーティストたちこそが、00年代のクラブミュージックを定義していくことになるLuciano、Dandy Jack、Villalobosだった。

この滞在がのちの数多くのコラボレーションを生むきっかけになったのかどうかを訊ねると、Loderbauerは「何年も連絡を密に取り合うことはなかった」と説明した。Villalobosがベルリンへ移り、モアビット付近に借りようとしたスタジオが直前までLoderbauerが使っていたスタジオだったという縁はあったが、2人が友人関係を築くのは、Villalobosが再びスタジオを引っ越し、Loderbauerの専門であるモジュラーシンセに興味を持ってからだった。「最初はモジュラーシンセを教えてくれないかという話だった。彼はモジュラーシンセについて何の知識も持っていなかったからね。だから当初は僕がモジュラーシンセの先生というような立場だった。それで徐々に仲良くなっていったんだ」Loderbauerは笑いながら説明し、「でも、彼はすぐに自分で理解していったよ」と続けた。そして今の2人は音楽的に同じ立場にある。「彼とレコーディングしている時は呼吸がぴったり合うんだ。目を合わせることさえしない。同じように感じているんだね」

「僕が誰かを探していたわけじゃない」2000年のSun Electric解散後多大なコラボレーション作品が生まれた経緯について私が訊ねると、Loderbauerはこう説明した。「いつも自然発生だ。偶然そうなっていく。勝手にそうなるんだ」

『Transparenz』も意図的に作られた作品ではなかった。2011年後半、Loderbauerはテンペルホフのスタジオへ移り、Buchla 200eを購入したが、まさにすべてが上手く重なり合うタイミングだった。初めてプライベートスタジオを持った彼は、自分だけの音楽をレコーディングし、シンセサイザーを学ぶのに十分な時間を手にすることになった。「すべてのモジュールには見た目よりも数多くの機能が秘められている」こう語る彼のこのソロ作品は、コラボレーションでは取り組む時間がなかった技術的な問題を解決しようとしているかのようなサウンドで始まる時が多い（私がデモ演奏を頼むと、彼はシンセを眺めてから頭を振り、「無理だね。今頭の中でイメージしているものは複雑すぎて誰にも理解できない。僕も説明できない」と断った）。このアルバムではLoderbauerは実験的な作品をハードドライブに録り、そのフォルダをFreundに渡し、Freundがアルバムにまとめあげるという手法で進められた。『Transparenz』のキリッとしたトーンとスッキリとしたシーケンスにはFreundの影響が聴き取れるが、美しくも奇妙なメロディーと豊かなテクスチャは間違いなくLoderbauerのものだ。Loderbauerが数多くのコラボレーションの隠し味として使われてきた音楽が初めて表面に現れたのがこのアルバムだった。

その特徴は簡単に気付くことができる。特にambiqではそれが顕著だ。『Re: ECM』よりも遙かにジャズ的で、Loderbauerの作品群の中で最もジャズ寄りと言えるambiqの作品はPuntinとRohrerの演奏が中心に据えられている（このプロジェクトはVillalobosのスタジオでPuntinと行ったセッションが元となってスタートしたが、その時のセッションは未だに作品化されていない）。一聴しただけではLoderbauerの機材がまったく使われていないように思えるこの作品だが、私にはOrnette Colemanの作品をLoderbauerの耳を通して聴いているような作品に思えた。Loderbauerはそう聴こえてもおかしくはないとし、次のように説明した。「ambiqではシーケンサーを使っていない。その代わりにここにあるこのトリガーをドラムに装着した。つまりドラマーがBuchlaを演奏することになり、ドラマーが叩くタイミングでBuchlaが鳴る。例えば、彼がベースドラムを踏むと、シンセが鳴るという具合だ。そこにディレイを加える場合もある。ベースドラムを踏むと…」Loderbauerが実演しながら数種類のシンセサウンドを慣らしている様子を見ながら、私は彼がシンセサイザーのサウンドをふんだんに使っている時でさえも、リズムをパートナーに任せていることに気付き、驚いた。

そしてLoderbauerはambiqの次作の存在を明らかにした。「多少ダークになっているというか、むしろかなりダークだ。液体的で自由なサウンドスケープになっている。Claudioのクラリネットは以前ほどフィーチャーされていない。演奏はしているが、最初の作品ほど前には出ていないね」こう説明した彼は、Puntinが使用している新しい機材で、そのサウンドが私にはまったく想像できない、大量のボタンやバルブ、そしてコンプレッサーがついた大きな木製のボックスについて解説し、次作のPuntinとRohrerは自分たちの楽器を演奏していないと続けた。ではLoderbauer本人はどうなのだろうか？　「僕は違う。シンセサイザーを演奏しているだけだ」

ここまで彼を気持ちよくしてくれる楽器は他にはないのだろう。「ただ座って、正確な作業をするのが好きな時もある。でも、最終的にレコーディングの段階になると自由に演奏してしまう。僕はディテールにはそこまで拘っていない。全体の表現の方がディテールよりも重要だからね」