PANと言えば、2008年に設立されるたベルリンのレーベルで、ノイズ、ドローン、アンビエント、ミュージック・コンクレートなどなど、まさにアヴァンギャルドな電子音楽の牙城として君臨しているレーベルだ。が、しかし、ここ数年は積極的にダンス・カルチャーへと繋がっていくようなそんな感覚すらある。もちろんこうした動きはシーン全体の流れでもあるし、そしてダンス/DJカルチャーの側からも、こうしたアヴァンなエレクトロニック・サウンドに積極的に接近しているという感覚もある。Regis周辺、Andy StottなどのModern Love周辺、またはUntoldのようなベース・ミュージックの側からもインダストリアル～アヴァン・エレクトロニクスへの越境はここ数年の目立った動きだ。

PANのダンス・ミュージックへの接近は、例えば2014年にリリースされた作品群を見てみても、その感覚は明らかだ。テクノ～エレクトロ～ベースをつなぐ、Objectの『Flatland』、ディープ・ハウスのカティング・エッジ、Afrikan Sciences『Circuitous』など、ダンス・カルチャーを含んだエレクトロニック・ミュージック・シーンの動向を考えても重要作が続いてた。Bass ClefやBeneathなど、シングル単位でもやはりそうしたリリースがある。もちろん、お家芸とも言える冒頭に書いたようなアヴァンな電子音響も同程度リリースしているが、それこそレーベル初期のカタログから言えば。その感覚は変化してきていると言えるだろう。そうした動き、例えば上記の２作と並んで象徴的な作品を選ぶならば、間違いなく、Lee Gambleの『Koch』もそんな作品と言えるだろう。『Koch』の、ベース・ミュージックの音響感覚、そしてインダストリアルの意匠を身にまとってテクノの最前線を突き進む、まさにその姿は、こうしたシーンの”時代”を象徴するサウンドと言えるだろう。

その彼の、その快進撃はやはりPANとともにある。すでに2000年代中頃から活動していたという彼だが、出世作はやはり2012年にPANからほぼ同時期にリリースされた２枚のアルバムだ。なんといっても11月にリリースされた『Diversions 1994-1996』。詳しいコンセプトは、下記のインタヴューでの本人の発言に譲るが、タイトル通り1994年から1996年にリリースされたジャングルのミックス・テープからサウンドを抜き出して作られたという不思議な作品だ。もちろん、楽曲の構造はジャングルではない。エクスペリメンタルなアンビエント～ドローンに仕上がっている。まるで当時ばらまかれた残響音の欠片がフロアの隅で20年経った今も鳴り続けているような、そんな作品だ。折しもベース・ミュージックの勃興でレイヴ・サウンドがリヴァイヴァルするなか、全く別の視点あの時代を振り返り、新たな音を創造した。まさにゲームを変えた作品だ。その直後にリリースされた、ある意味でストレートに彼のダークでエクスペリメンタルなテクノが聴ける『Dutch Tvashar Plumes』とともに彼の代名詞となった。

『Diversions 1994-1996』は踊れるサウンドではないが、着想はダンス・フロアにある。風変わりだが『Dutch Tvashar Plumes』はしっかりとダンス・サウンドではある。彼にとって、おそらくダンス・フロアはいまだに魅力的な実験の場なのだ。また、彼の成功はPANの現在のダンス系へと触手を伸ばした路線になんらかの影響を与えているのではないかとも思える。さて、前置きはこれくらいにしておいて、PANの、そしてアヴァン・テクノのキーマン、Lee Gambleのインタヴューをお届けしよう。

『Diversions 1994-1996』については後ほど伺いますが、あの作品を出したというのはやはり、あなたにとってレイヴ・カルチャーやその後に続くジャングルなどのDJカルチャーとの出会いはあなたのキャリアにとって大きなものですか？

ああ、そうだよ。その話をするなら、俺が生まれた時代にUKや俺が育った街（バーミンガム）で起きていたことにまで遡らないといけない。UKでレイヴ・カルチャーができはじめた頃、俺はまだ10代前半だった。そんな年代になると、普通は自分と向き合い、ファッションや音楽なんかに興味を持って、あとは社会に対する反抗で自己表現をしたり、一緒につるむ仲間だって、そうした中で選びはじめるだろ？レイヴやジャングルは、そんなティーンエイジャーたちにはピッタリのカルチャーだった。俺も何も考えずにそこに向かっていったよ。

テレビなんかのマス・メディアを通して音楽やアート、一般的なカルチャーに触れていた子供時代から、10代前半になって少し大人になる。その年代になったとき、俺にとってごく普通のポップ・ミュージックよりも、ジャングルの方が自分自身のものという実感があったんだ。誰かに薦められたのではなく、自分で見つけたものだって感覚がね。当時、多くの反抗期のティーンエイジャーがそう感じていたように、とても刺激的な出会いだった。

実際のところ、俺はロンドンとは違う文化を持つバーミンガム（UK第2の都市）に住んでいたんだけど、ジャングルはいろんな地域に広がっていったんだ。当時はレコード・ショップに行けば、街のいたる所からやって来る同じ興味を持った人たちに出会うことができた。でも、おそらく、そこじゃなければ当時も出会うことがなかったような人たちとも知り合えたよ。本当に大きな波だった。ハマった奴の中には、その波に乗ってつま先を水の中に漬けた程度の奴もいれば、そこに留まった奴もいた。俺にとっては、ジャングルは単なる音楽じゃなかった。社会の、そしてカルチャーの一大ムーヴメントだったんだ。

それと、音楽とはなんなのか、何になり得るのか、そしてこういうユニークな瞬間がいかに早く過ぎ去っていくのか…そういった考えのぶつかり合いが、やがてとてもユニークな音楽を生むんだ。少なくともUKではとても大きなカルチャーだったよ。新聞の一面記事で扱われるくらいにさ！最終的に政府は大規模の違法フェスやレイヴを食い止めようとして、クリミナル・ジャスティス＆パブリック・オーダー・アクトという新しい法案を立てたんだ。

さて、話は現在のあなたのキャリアへ、そうしたジャングルとの出会いがあなたの人生を変えましたが、現在はあなたの作風はその先にあるようなベース・ミュージックやジャングルというよりも、むしろテクノやエレクトロニクス、インダストリアル・エレクトロと言えそうな作風になってきています。現在のそうした音楽性につながるという部分で、ジャングルやレイヴ以降、あなたにとって転機となったような音楽の出会いはなんでしょうか？

俺はいつもいろんなスタイルのエレクトロニック・ミュージックを聴いてる。単に世間がジャングルに注目してたってだけだ。俺はジャングルにハマってたとき、テクノも大好きだったよ。当時バーミンガムには何件かクラブがあったんだけど、そのうちの1つで開催されていたHouse Of Godは本物のテクノ・ナイトだった。RegisとSurgeonがレジデントDJを務めていて、“バーミンガム・テクノ”のサウンドが確立された場所だ。ってわけで、俺は常にいろんなところでエレクトロニック・ミュージックに接しているし、今もそれは変わらない。エレクトロニック・ミュージックが変化していくように、俺も興味のあるスタイルをどんどん取り入れていく。その後ずっと、もっと実験的な音楽やコンピューター・ミュージック、エレクトロ・アコースティック・ミュージック、ミュージック・コンクレートとかを追求していた。そういうのが全部、それぞれの作品に表れているんじゃないかな。

Lee Gamble

いま出たようなUKミニマル・テクノのアーティストに自分の音楽は影響を受けていると思う？

特にないね。いつも思うんだけど、直接的な方法で“影響”を受けた人を特定するのって難しいと思うんだ。俺はどん欲な音楽リスナーだし、物心ついたときからずっとそう。俺の音楽はたくさんの人やものの影響を受けているはずだよ。何年か前にはノイズのイベントに出たこともあるし、先週末なんてMinistry Of SoundでDJしてた。

あなたは2000年代から活動していましたが、やはり世界的に知られるようになったのはPANからのリリースの後だと思います。PANからのリリースとなったきっかけは？

以前Bill (Kouligas：PAN主宰）がロンドンに住んでいたことがあって、共通の友達を介して知り合った。PANとはもう長い付き合いだ。Billは10年前、PANのイベントに俺をブッキングしてくれたんだぜ！

PANからのリリースのファーストとなる『Diversions 1994-1996』はジャングルのテープからのサンプルということですが、あのコンセプトはどうして思いついたんですが？やはり興味深いのは“Diversion”というタイトルと、ジャングルらしいサウンドになっていないという点ですが。

超典型的なジャングル・サウンドを使ったよ。あの音は全部、俺が1990年代、海賊ラジオのミックスを録音したものだったり、自分や友達が作ったミックスなんかを詰め込んだジャングルのミックス・テープ・コレクションからサンプルしたんだ。そのサンプル音源を加工して作ったのが『Diversion』さ。

“Diversions”とは、シチュアシオニストがアーティスティックなテクニックを説明するときに使う、”détournement（転用）”、”rerouting（リルート）”、”hijacking（ハイジャック）”なんかを意味する言葉だ。一般的に、”détournement（転用）”は過去の作品のヴァリエーションという意味だよね。俺はジャングルのヴァリエーションを広げたかったんだ。とくに”1994-1996”年にフォーカスして、当時ティーンエイジャーだった俺がラジオから録音した音を使ってね。

それと、“Diversions”という言葉には、俺自身とレコードの関係っていうすごく個人的な意味合いも込められている。あとは、脱構築/再構築というプロセスもね。

その後の『Dutch Tvashar Plumes』は端的に言ってテクノの作品ですよね。

『Diversions 1994-1996』は、特定の時期と音楽ジャンルをもとにひとつのコンセプトを掲げて作った、とてもハッキリとしたプロジェクトだった。けど、『Dutch Tvashar Plumes』ではそこまでジャンルや時期にはこだわらなかったよ。

『Dutch Tvashar Plumes』にコンセプトはありましたか？

人の記憶はどこに、どのように保存され、そしてどうやって掘り起こされるのかについての本をたくさん読んでいた頃があった。あのレコードの大方の構成は、当時「幻覚と幻覚の解放（原文：hallucination and release hallucinations）」に関する本や、「刺激が足りなくなった脳が漸次的に“音楽の記憶”を取り入れはじめる」というような内容の本を読んでいたときに感じたことをまとめたんだ。記憶とはゴーストのようなものだ。俺はこのゴーストと音を結びつけるというアイディアをとても気に入った。

そこで俺は、まるで幻みたいな、本当は音楽じゃないように聴こえるレコードを作ろうと思った。レコード自体がそのもののコピーだという捉え方もあるかもしれない。実はこの「時間」「記憶」「幻覚」というアイディアは、今までの俺の作品全てにあてはまることなんだけど……その中でも『Koch』は、『Join Extensions』と同じくらい、俺にとって超超幻覚的な作品だよ。

DJの経験はありますか？またそれが曲作りの礎にあると思う？

音楽をやりはじめた頃は、まさにDJをやってたんだ。10代前半の頃に独学でピッチ合わせを覚えた。今でもときどきDJしてるよ。ちなみに俺は楽器がまったく弾けないし、作曲を学んだこともない。

最近、ベース・ミュージック方面のアーティストに関して、あなたのサウンドと近しい感覚…例えばレーベルメイトでもあるBeneathのようなアーティストがたくさん出てきていますが、彼らのようなサウンドはどう思う？

Ben (Beneath) はとても良い音楽を作ってるね！彼の初期の作品は、もう何年も（クラブで）プレイしているよ。

昨年リリースされた『Koch』に関していうと、これまでに増してダークでインダストリアルなサウンドでした。サウンド・コンセプトがもしあれば教えてください。

『Koch』はミステリアスな作品だ。『Koch』について詳しく話したことはないし、あえてそうはしなかった。あの意味不明なアルバムのアートワークは自分で選んだんだけど、あのアートワークで言語という概念の解体を表現したかったんだ。他の作品に関してはいろんなことを話してきたけど、『Koch』は俺が過去に話してきたアイディアを全て包括するようなLP、単純に俺の音楽作品として聴いてほしかった。でも、『Koch』にはとても明るい部分があると思うんだけど。ダークって言われるのはちょっと意外だね。まぁ、誰かに音楽を聴かせて、自分はそのつもりはなくても相手には“ダーク”だと感じることはあるよね。『Koch』のそいういう曖昧なところが好きなんだ。俺からこうでこんな体験をしてね、と提示するのではなく、リスナー自身が聴き込んでなにかを発見してほしい。俺自身もまだ聴き込んでるし。作品をコントロールするのではなく、音楽そのものを自由に羽ばたかせたかった。ものに意味を持たせることによって、マジックが起きる可能性を失ってしまうことだってあるんだ。

Koch

あなたはさまざまなプロジェクトでもダンサブルなサウンドを作っています。また『Diversions 1994-1996』にしてもサウンドはアンビエント的ですが、その着想にジャングルがあります。やはりレイヴ・カルチャー～ダンス・カルチャーとなにかしら接点を感じてしまいます。やはりあなたにいまだにダンス・フロアは実験的なサウンドが生まれる場所であるという認識があるんでしょうか？

もちろん。ダンス・ミュージックはいつの時代もとてもクリエイティヴなものだ。アカデミックなプロセスなんて関係ないし、ダンス・ミュージックそのものの歴史とも不思議な関係がある。みなが“エクスペリメンタル・ミュージック”と呼ぶ音楽は、大体エクスペリメンタルではない。そのもののフォームや、オーディエンスを変えることはない。ダンス・ミュージックとは生き物のように変化していくものだ。ダンス・ミュージックは、変化していかなければならないんだ。だからこそ、いつまでもずっとおもしろいんだし、本当に“エクスペリメンタル”であると言えるんだ。

逆に言えば、ダンス・フロアを気にして音楽を作ることはありますか？

YesともNoとも言えないね。そのとき何を作っているかによるよ。でも、意図的にダンス・フロアで機能するようなサウンドを作っている自分なんて想像できないけどね。機能的なだけの音楽を作ることにはあまり興味がないんだ。そういうことができたら俺はテクニシャンになるんだろうけど、どうもそんな気にはならなくて。俺はテクニックなんてなにも持っていないけど、それで充分間に合ってるからさ。