ハウスやテクノのファンであったら、“Rush Hour”と聞いて真っ先に思い浮かぶのはJackie ChanとChris Tucker主演のドタバタ刑事映画ではなく、アムステルダムの人気レーベル／レコード・ショップのほうだろう。1997年、20歳だったAntal Heitlagerが、当時のパートナーであったChristiaan Macdonaldと共に、通販と店舗型のレコード店として立ち上げたRush Hourは、その後レーベルとして活動の幅を広げ、アムステルダムのエレクトロニック・ミュージック・シーンの基盤となるコミュニティーの形成の一翼を担った。レーベルとしては、Aardvarck、Rednose Distrikt、San Proper、Tom Tragoといったローカル・タレントに活躍の舞台を与えただけでなく、Carl Craig、Rick Wilhite、Recloose、Kenny Larkin、Gene Huntなど、デトロイトやシカゴを始めとする海外勢の作品も多数リリースし、Boo Williams 、Vincent Floyd、Virgo Four、James Mason、寺田創一といったアーティストの埋もれた作品や未発表音源にスポットライトを当ててきた。主軸をハウスに置きながらも、様々な音楽性を擁する作品を届け、姉妹レーベルKindred Spiritsを通してジャズ、ヒップホップ、ブロークンビート、アフロビートといったサウンドもカバーしてきた。店舗のほうではダンス・ミュージックに加えてファンク、ジャズ、ブラジリアン、ワールド・ミュージックなど、実に多様なセレクションを取り揃えている。またDelsin、L.I.E.S.、M>O>Sなど数多くのレーベルのディストリビューションや、イベント企画なども手がけており、今や世界的に影響力を放つ唯一無二のブランドとして高い評価と信頼を集めている。

そしてその中核にいるのがAntalだ。世界を股にかけるDJであり、熱心なレコード・ディガーでもある彼は、世界中の地中に眠る、忘れられた良質な音楽を掘り起こし、それを人と共有することをライフワークとしている。広範囲に及ぶ音楽的趣向と情熱、挑戦を恐れずに道無き道を行く開拓精神と、自分の信じることのみを追究するストイックさ、そして信頼するチームのバックアップのもと、彼はRush Hourを権威ある国際的勢力へと成長させた。近々来日し、Rainbow Disco Clubと神戸Troopcafeに登場するこのRush Hourのドンに、Skypeでインタビューを敢行。ヴァイナル低迷期を生き抜いた方法、惜しくも閉店してしまったアムステルダムの重要クラブTrouwが街に与えた影響、そしてレコード・ストア・デイに対する気持ちなどを、ベテランらしい見識と音楽愛たっぷりに語ってくれた。

Antal

20歳はレコード店をオープンする年齢としてはとても若いですよね。アムステルダムでは若い人がビジネスを始めるのはよくある事なのでしょうか？

僕らはやることができたけど、決してよくあることではないと思う。あまりその年齢の人がビジネスを始めるのは見かけないね。その年で音楽を作り始めたり、DJをする人は多いけどね。

ではなぜその若さでレコード店をオープンすることにしたのですか？

元々音楽が好きでDJをやりたかった。DJを始めるひとつの手段として、レコードをトレードし始めたんだ。それをやるようになってから、「どうせなら皆で集まって、音楽を聴いたり売ったりできる場所を作ったらどうだろう？」という話になった。それでとりあえずやってみたんだ。ちゃんとしたビジネスプランなんてなかった。18歳ぐらいのころにトレードを初めて、1997年にお店をオープンした。

その後どのようにしてレーベルが派生したのでしょう？

レーベルはすぐに始まった。ロンドンのアーティストをひとりピックアップして、彼の音楽を売り始めたんだ。彼の作品をライセンスして、独自のレーベルとして出した。すでに海外から色々とレコードを輸入していたから、いつも仕入れていたディストリビューターに今度はこちらのレコードを扱ってもらうことができたんだ。

自然な成り行きだったんですね？

「やってみようか？」、「やってみようぜ！」っていう感じで全て始まったんだ。あまり深くどうやってやればいいんだ？って考えなかった。とにかく勢いに任せていたね。商業的に成功とは言えないときももちろんあったけど、とにかく好きだからやり続けたんだ。

お店とレーベルを両方運営することにどういったメリットがありますか？

スタートして18年経つが、レーベルとお店の間に良いシナジーが生まれているんだ。それぞれの運営で学んだことをお互いに活かせる。例えば新作を出すとして、それを自分のお店だけで限定リリースとして売ることが可能だ。レーベルをやっていても、作品を売ってもらえるお店がないとなかなか難しい。うちはお店があるだけじゃなくて独自のディストリビューション・ネットワークも持っているから、そういったものが全てポジティブな相互作用を起こしている。そしてお店とレーベルが両方とも人々の信頼を集めていれば、その効果はさらに大きい。そのかわり、片方が失敗したらもう片方もおそらく道連れになるだろうね。自分たちでディストリビューションをやると、そのネットワークを使って他のレーベルを助けることも出来るからメリットは大きい。

Rush Hourでリリースをする作品はどういう基準で選んでいますか？

とにかくフィーリングで決めている。そして、自然な形でリリースに至るのがベストだ。片っ端からデモを聴いて、色々なアーティストと契約して、どんどん作品を出していくことは簡単なことだが、それよりもローカル・アーティストを育てていくほうが面白い。そして、ローカル・アーティストを出すだけではなくて、これまでインスピレーションを受けて来たアーティストや、様々な形で関係を築いてきたアーティストたちの作品もリリースしてきた。うちで出したシカゴやデトロイトのアーティストたちは、アムステルダムの僕らのパーティーに呼んだことから仲良くなって、リリースに至ったものが多い。そしてレーベルが盛り上がれば、面白い話が自然と舞い込んでくるようになるんだ。

リリースする作品同士の一貫性というものは大事している。でもそれと同時に、他と全く違うテイストのものなのに、あえて同じレーベルで出すことに意義が見出せるときもある。

Rush Hourのサウンドはどのように変化してきたと思いますか？

Rush Hourが扱うサウンドはとても幅広いし、確かに変化はあったが、それは拡大しているだけなんだ。とにかく僕らは色々な音楽が好きだ。それはジャズでもハウスでもテクノでもアフリカン・ミュージックでも良いわけだ。Rush Hourは昔から多様な音楽をプッシュしてきた。レーベルとしては、エレクトロニック・ミュージックに傾倒している部分が大きいが、姉妹レーベルであるKindred Spiritsはよりオーガニックで、ジャズやソウルに影響された音楽を多くリリースしてきた。そして所属アーティストのDJセットを聴いてみると、彼らがかける曲はとても幅広いことがわかる。グッド・ミュージックを細かく別けないで、全てひとつの音楽として捉えているんだ。

Rush Hourでは古い音源のリイシューも行っています。こういった作品はどのように発掘していますか？またどういった基準でリリースを決めていますか？

リイシューは最近盛んだけど、僕らがやり始めた頃はあまりやっている所はなかったんだ。Boo Williamsとかの場合は、以前から繋がっていて、彼の古い作品は再評価されるべきだと思っていたんだ。最近では古い音楽にやたら注目が集まっていて、クイックなリイシュー企画が増えている。うちはそうやって適当にリイシューしているわけじゃない。何かしら特別な想い入れのあるものを出しているんだ。Virgo Fourのアルバムは以前からとても好きな作品で、求めている声も多かったから改めてリイシューするべきだと感じた。

さっきも言ったとおり、音楽はひとつだ。現代の音楽と、忘れ去られた古い音楽の両方から同じフィーリングを得ることは可能なんだ。だから、古くて入手しづらいものを再度世に出して、多くの人が聴けるようにしている。Vincent Floydの場合も、昔から良く聴いていて好きなアーティストだった。そして何かのタイミングで、もしかして彼は未発表の作品があるんじゃないかと思いついた。なにせ彼の作品数はそんなに多く無い。それで彼に連絡をとって話をしてみたら、やはり未発表の楽曲があった。その音源を送ってもらって、うちで出そうという話になったんだ。「なぜこれがこれまでリリースされなかったんだろう？」と思ったよ。そうやってアーティストに再び脚光を浴びさせて、彼らのキャリアを甦生することも重要だと思うんだ。それに、色褪せない音楽だったら古かろうが新しかろうが関係ない。

Antal

ここ10年ほど、レコード店にとって厳しい状況が続きましたが、Rush Hourはどのようにしてこの不景気を生き抜いてきましたか？

実は結構単純なんだ。アナログの売上が低下していくにつれ、店を畳んでレーベルだとかパブシッリングだとか他のことに専念した所もあれば、靴だとか服、機材など他の商材を導入していった所もあった。そうやって色々とミックスした店ができていったが、僕はそういったことに興味がなかった。例えば、僕よりもスニーカーを売るのが上手いスニーカーショップがあるのに、なぜ僕のところでスニーカーを売る必要があるんだ？って思った。それに、スニーカーとレコードで時間を二分化するべきじゃないと思ったんだ。例えば1週間に50時間働くとして、スニーカーに25時間、レコードに25時間を割くことになる。そんな中途半端なことをやっていたら、その道のベストになることなんてできない。そしてインターネットだって出て来ていたから、僕はこう思ったんだ。「それなら、よりヴァイナルに力を注ごうじゃないか」って。中古とかもガンガンやって、CDをなくして、あえてアナログを売ることにそれまで以上に集中したんだ。

あと、実際に店に来てくれたり、レコードを買ってくれるお客さんを大事にした。「レコードはもう面白く無い、デジタルでDJをやるからレコードは買わない」って言ってレコード文化を離れていった人達ではなくて、レコードを買い続けてくれる人達にターゲットを絞った。だから今でも僕らは365日レコード店としてやっていけている。そうやって生き延びて、今では売上がまた上がって来ているから、ツキが回ってきているね。

やはり近年のアナログ人気の影響はRush Hourの売上にも現れているんですね。

5、6年前と比べたら、レコードを買う人や興味を持っている人が増えているのは事実だね。しかし、そのトレンドは僕らにとってはあまり関係のない事なんだ。世の中がどうなっても、うちらはただ好きなことをしているよ。ただひたすら忘れられた音楽を発掘して、まだ知らない音楽と出会って、そういった音楽を現場でプレイする。それをやり続けるだけさ。

最近は主にどういったレコードを掘っていますか？

常に色々なレコードを掘っているよ。最近の悩みは、レコードに関する情報がありすぎて人が求めているレコードがやたら高かったりすることだね。だからそういったものには目を向けず、値段がリーズナブルだけど面白いものを探している。でも音楽を掘る上で最も大事にしているのは、僕の心が動くかどうか。何かしら琴線に触れるものがある音楽だったら手に入れる。ジャンルなどは関係ないんだ。

レコード・ストア・デイに関してはどう思いますか？

元々はレコード・ショップを盛り上げるために始まったことだけど、すぐに商業的なイベントになってしまった。あまり苦言を呈するつもりはないし、他人がやることに口出しをするつもりはないんだけど、個人的にはあまり好印象ではないね。僕にはそもそも関係のないことだ。僕にとっては365日がレコード・ストア・デイだから。業界を盛り上げようという試みは面白いと思うけどね。

今、大きな問題となっているのは、ろくでもないリリースをしようとするレーベルたちがプレス工場を占領してしまっていることだ。工場側は500枚を10回プレスするより5000枚を1回やるほうが効率が良いから、結局はそっちの仕事を選ぶ。メジャーはレコードに興味を無くしていたのに、また市場が盛り上がっていると気づいて、戻ってきている。そして誰も欲しがっていないものをどんどん作って、市場に出して消費者に押し付けているんだ。当初の目的は良かったんだけど、今や手に負えない事態になりつつあると思う。根本的には悪い事では無いと思うんだけど、ネガティブな面がいくつか浮上してきているね。

digging in Brazil

そうですね。若い人がレコードを買うきっかけには多少なっているのかなという印象は受けていますが。Rush Hourでは若いお客さんは増えていますか？

ああ、増えているね。ある時期を境に、僕の周りではレコードから離れていった人達がいた。彼らは「もうレコードは買わない。今後はデジタルで音楽を聴くんだ」と言って、レコードを売り払った。Rush Hourではこういった人達のコレクションをまとめて買い取ったから、ありがたいことだったが。そして今度は、新しい世代がレコードに興味を持ち出している。そして、もう中々手に入らないようなレコードを求める若い人達が増えているから、ネット上で値段が上がっている。そういったレコードが最初に出回ったときにシーンにいなかった人達が、今そういうのを探しているんだ。

あなたのDJスタイルはどのように変化したと感じますか？

昔からアメリカの音楽に影響を受けてきたんだが、あるときにそれに飽きて、もっとヨーロッパとか、ブラジル、南米、アフリカなど色々な国の音楽を取り入れるようになって、幅が広がっていったんだ。基本的にはハウスをプレイするように曲を組み立てているけど、なるべく変な音楽も放り込むようにしているんだ。有名な曲と一緒に、あまり知られていない曲や意外な曲をかけるのが好きだ。

あなたにとって良いDJとは？

良いDJはまず選曲が第一だ。誰かのプレイを聴いていて、その人がかけてる音楽に興味が持てなかったら僕はすぐに聴くのをやめるだろう。選曲が何よりも大事だ。2つめは、曲のかけ方。どういったサプライズを用意して面白くするか。3つ目は内容の濃さ。どう違った側面も見せて奥行きを作るか。

現在のアムステルダムのシーンは、あなたの目にどう映っていますか？

とても良く映ってる。音楽に対する深い知識と興味を持っているディガー気質な人が増えた。それはRed Light Recordsというレコード店がちょっと前にオープンしたことからも伺える。そしてレーベルをやっている人達も多い。そして最近閉店してしまったが、6年間続いたTrouwというクラブがあった。最初の数年はとても厳しかったが、後半は軌道に乗って非常に良い盛り上がりを見せた。週末にオープンして、様々なアクトやDJ、ミュージシャンなどがプレイした。このクラブに遊びにきた若い子たちにとっては、非常に良い刺激となったんだ。そしてこのクラブで育った世代が今度はこの街で、僕らがスタートしたときよりも大きな規模で面白いことをやり始めているんだ。1997年、僕らは全てを開拓しなくてはいけないと感じた。だから店もやったし、レーベルもやったし、パーティーもディストリビューションも全て自分たちでやったんだ。しかし今では沢山の良いことが周りで起きているから、ひとつのことにもっと集中できる。Trouwみたいなクラブがあってこの街はとても恵まれていたが、それ以外にもAmsterdam Dance Eventだとか、大規模なレコードフェア、Dekmantelといったフェスなどがあるし、こういったものに囲まれていれば良い刺激を受けないわけがない。あと、とても良い国際ネットワークを持っているOctopus Agentsといったエージェンシーもある。そういったものが集まって、とてもインスピレーションに溢れた環境になっているんだ。アムステルダムに拠点を移すアーティストも多い。

Trouwの閉店はシーンにとって大きな損失でしたか？

僕は、それよりもあのクラブがたった6年で成し遂げたことに注目するべきだと思うね。どんな組織も栄光が10年や20年続くなんて期待することはできない。Rush Hourだって、18年も続いていることにときに驚く。僕はTrouwが6年間で達成したことと、そしてそこから生まれたことにフォーカスしたい。もちろん、あと2、3年でも長く続いてくれていたら嬉しかったが、あのクラブが残したエネルギーがある。あのクラブのおかげでアムステルダムはこれまで以上に活気づいている。あの環境から生まれたことや、人々がやっていることを見て、確実にシーンが前進していることを実感しているんだ。

今後レーベルやレコード・ショップを設立することを考えている人にアドバイスをするとしたら、どういった言葉を投げかけますか？

僕からのアドバイスは、「just do it（とにかくやってみろ）」だね。あれこれ考えていたら当初の勢いを失ってしまう。最初は資金などにも左右されると思うが、予算が少なくてもできることはある。最初から商業的に成果が上げられなくてもいいんだ。どんなクリエイティブなアウトプットでも同じで、実験の繰り返しだ。計画通りに毎回進むわけはない。だからあまり考え過ぎないで、本当にやりたいことがあるなら、とにかくやってみるべきだ。特に、若いならね。もしある程度年齢を重ねていて、家族を養わないといけないなら話は変わってくるが、まだ若くてしがらみが少ないなら、まずは挑戦してみる精神が大事だと思う。

これまでの活動の中で最も誇りに思っていることは何ですか？

今のRush Hourのことを僕はとても誇りに思っている。素晴らしいチームを作り上げることができた。会社の中で働いている人だけじゃない、一緒に仕事をしている人達や、他のレーベルやお店の人も含め、このネットワーク全体がとても誇りだ。売上などを気にせずに、純粋に心からやりたいことに自分を捧げている素直な人が沢山いる。この動きの一部になることができて、僕はとても嬉しいんだ。

今後も素晴らしい音楽を発掘し、世の中に広めていけたら嬉しい。そして自分のDJ活動も続けたいね。DJはスピリチュアルな体験ができて、お店やレーベルと同じぐらい僕にとって大事なんだ。今後はこういった事全てを、より大きな規模で、より高度なレベルでやり続けたい。

Antal