ベルリン拠点のDJであり、Tama Sumoという名でよく知られるKerstin Egertについて考えた時に筆者の頭の中に思い浮かぶのは、数年前に彼女がPanorama Barで披露したあるセットだ。太陽の光の矢が差し込み暗いフロアが照らし出され、元は工場であったダンスフロアには不似合いな天使が降りてきそうな雰囲気が漂っている、そんな時のことだった。DJブースに立っている時は少しシャイな様子を見せることもあるEgertだが、あの朝の彼女は陽気で、まぶたを閉じながら踊り、自らがプレイする激しいハウスミュージックに肩を揺らしていた。MKの"Given"がかかったことは覚えているが、ほとんどのレコードは謎だったー少しバカげたヒップハウスや、風変わりなサックスの音など。アフリカンなヴォーカルを乗せた音数の少ないトラックがかかった時は、思わず彼女に何の曲なのか聞いてしまった（それは、スーダンの2010年の選挙時に投票を促すべく作られた政治的なトラック、Mary Boyoi "Zooz"のTama Sumoリミックスだった）。Panorama Barは素晴らしいレジデントDJ陣を抱えるが、Tama Sumoのような方法であの場所のスピリットを表現する者は他にいない。

Egertは、バイエルンの小さな町ミュールハウゼンで生まれ、1990年にベルリンに移り住んだ。以来25年間で、彼女はTresor（以前の場所）、Ostgut（Berghainの前身）、Panorama Bar、そしてウェールズのフェスティバルFreerotationのレジデントを務めてきた。15,000枚程のレコードコレクションは、現在彼女のアパートメントの壁一面を埋め尽くしている。彼女はもちろんテクノもプレイできるが（事実、これまでに幾度となくBerghainでもプレイしている）、彼女の強みは、なんといっても明るく、荒々しい
力強いハウス、そして幅広い選曲だ。彼女のかけるレコードのほとんどは、誰かしらの一番のお気に入りトラックに該当するのではないだろうか。

彼女はこれまでにいくつかの素晴らしいプロダクションを発表しているが（前述の"Zooz"のリミックスに限った話ではない）、何と言っても注目すべきは、Egertは生粋のDJだということだ。レコードをかけるという行為は、彼女にとって最高の自己表現方法なのである。エレクトロニックミュージックにおける非常な重要な部分である「DJの美学」に焦点をあてた新シリーズの第1弾に彼女が選ばれたのは、至極当然のことだった。

何故DJを始めたのですか？

DJになるつもりはなかった。音楽はずっと好きだったし、レコードにお金をつぎ込んではいたけど。ダンスも、友達に渡す用にミックステープを作るのも好きだった。でもDJをやろうとは全く考えてなかったね。1993年に、友人のHolgerに（DJとして）他の人にも音楽を伝えてみたらいいんじゃないかと薦められた。その頃私たちは、いつも一緒に夜遊びしたりレコードショッピングしたりしてた。当時のベルリンではハウスやテクノはまだまだ新しくて、この街での夜遊びはとてもエキサイティングだったな。HolgerはクロイツベルグにあるDramaというバーでDJをやり始めた。とても変わったお店で、これからクラブに出かける人がたくさん集まるような場所だった。その後彼は、ミックスの練習をして、そのバーで一緒にプレイしようと私を誘ってくれたの。

最初の機材セットアップはどんなものでしたか？また、初めてのお気に入りのレコードは何でしたか？

私の最初のセットアップは、Holgerから中古で売ってもらったNumarkのターンテーブルと... んー、ミキサーは何を使ってたのか全然覚えてない。全然凝ったセットアップじゃなかった、当時はお金がなくて、一番安く済ませたかったから。レコードに関しては、その頃はInner City、Joe Smooth、DJ Pierre、Murk、Frankie Knuckles、Liz Torres、Nu Groove、Kym Mazelle、Adeva、Masters At Work、Lil Louis、あとは初期のStrictly Rhythmの作品なんかにハマっていた。

あなたの初ギグについて話を聞かせて下さい。場所はどこで？どうやって出演が決まったのでしょう？結果はどうでしたか？

最初のギグはさっき話したDrama。Holgerのおかげでね。すごく緊張したことを覚えている。あまりにもブルブル震えすぎて、どうやってレコードに針を落とそうと思ったくらい。でも、そんな私を温かく見守ってくれたお客さんのおかげで、無事にプレイを終える事ができた。Holgerと、DramaのオーナーであるMatthiasとJensには、わたしの心配をすぐに取り払ってくれたことを本当に感謝してる。結果的にとても楽しい夜になったから。

“大きなチャンス”だったと感じるギグや、この仕事を今後ずっと続けていけると確信したギグはありましたか？

Dramaには、“ウォームアップ”の為だと言ってたくさんのクラブスタッフが遊びに来ていたから、私とHolgerはすぐに、Cafe Moskauでのゲイパーティーに一緒にブッキングされたの。それにGlobus / Tresorでのデビューギグも。すごいビックリだった、クラブDJになろうなんて考えてもいなかったんだから。そういう機会はとても嬉しかったけど、これが“大きなチャンス”だと感じたことはなかったかな。それに、当時は今とは状況が違ってたし。今私たちが考えているDJのコンセプトというものは、その頃はまだ存在していなかったような気がする。ツアーであちこち回るDJなんてほとんどいなかったから、少なくともベルリンにはね。それに、私はDJのキャリアを突き詰めようとは思っていなかったし。私は勇気がある方だけど、まさか後の人生に外国でプレイし、たくさんの新しい経験をして、そしてDJで生計を立てるようになるとは予想もできなかった。

DJを始めてから1、2年で、ベルリンでのブッキングはどんどん増えていったけど、他の街でプレイすることはほとんどなかった。けど、昔あったOstgutへの出演依頼を受けて、そしてPanorama Barのレジデントになってからは、たくさんのことが変わった。外国からのブッキングが増えてきたから、私は日中の仕事を辞めて、フルタイムのDJとして生きていくことに決めたの。

それでは、あなたのミックススタイルについて伺わせて下さい。特に好きなテクニックはありますか？

うーん、私のスタイルは結構ベーシックだと思う。音楽そのもの、レコードそのものが皆に語りかけるようなプレイをするのが好きだから。私はエフェクトやギミックばかり使うようなDJではないし、レコードをかけている時は、アイソレーターやイコライザーを多少いじる以外はあまりいじらないようにしてる。ミックスは実践で覚えた。目から鱗が落ちるようなアドバイスをもらったことは特になかったかな。

新しい音楽はどうやってチェックしていますか？

毎週色んなお店で新作レコードをチェックしてる。ベルリンだけじゃなく、他の国にいる時も。平日はずっとインターネットでリサーチしてるんだけど、新しい音楽の発見がたくさんあるね。それに、友人達のおかげでたくさんの美しい音楽に出会えてる。

ギグの準備について教えて下さい。レコードはどのようにして選んでいますか？

ギグの準備をする時はいつも、どんな感情にも対応できるように色々な種類の曲を選んでる。音楽も、その時の雰囲気もバラエティ豊かな方が好きだから、合理的な準備の仕方は私には合わないの。プレイする場所や誰と共演するかによっても選曲の仕方は変わってくるし。どんな会場にもそれぞれのフィーリングやスピリットがあるし、全部の会場にうまくハマるレコードなんてない。そういうことも考えつつ、何かしらのスタイルに重点を置いて選曲することはあるかな。共演者に関しても同じことが言える。それと、いつも自分のムードやフィーリングに耳を向けるようにしてる。ちょっと気分が落ち込んでいる日もあれば、何かをすごく楽しみにしている日、自分自身がハイになっている日とか、様々だから。選曲にはそんなニュアンスも反映してくる。あとは、すごく気に入って買ったレコードが1枚2枚あると、それを意識しながら他のレコードを選ぶこともある。

いつも絶対レコードバッグに入れてあるレコードはありますか？

ないです。バッグの中身はローテーションさせたいから、1回全部出しちゃう。でも、レコードが古いとか新しいとかは全然気にしていなくて、1回バッグから出したレコードをまた戻すことはよくあるかな。

お気に入りの会場はどこですか？

オープンマインドで温かいクラウドさえいれば、どこの会場でプレイしても楽しい。あとは、きちんと手入れのされた機材と、（耳がダメージを受けないような）良いモニターが設置され、レコードを置く為に充分に明るくて広さのあるDJブースがあることも大事。こういった要素が揃っていれば、お気に入りの会場の1つに入ります。

DJとして直面した一番大きな壁は何でしたか？

私自身がとても尊敬するDJと一緒にプレイする時はとても勇気が要る。刺激されるしやる気も起きるけど、たまに気持ちが不安定になる時があるから、自分に自信を持ってそういう壁を乗り越えるのはなかなか大きな挑戦。

DJであるあなたが受けた、今までで最高のアドバイスを教えて下さい。

新しい音楽が、私にとっての最高のアドバイス。誰かが私に、それまでに知らなかった音楽を教えてくれた時は、最高にハッピーでやる気が起きる。私にとって、DJのテクニックはそんなにスリリングなものじゃない。もちろん基礎知識は大事だけど、最近はテクニカル面が重視されすぎだと思ってて。でも、ミキシングに関しては、昔とても役に立ったアドバイスをもらったことがあった。DJを始めたばかりの頃の私はいつもキックドラムにばかり集中していたんだけど、友達がハイもよく聞いたほうがいいよと教えてくれたの。シンプルなんだけど、私にとっては素晴らしいアドバイスだった。