2014年、7月のとある夜のこと。Huneeという名前で知られているアーティスト、Hun Choiがアムステルダムのナイトクラブ、Trouwに遊びに行った。このクラブは年末に閉店することが決まっており、多くがさようならを言いに訪れる、感傷的な期間に突入していた。その3ヶ月前ほどに妻と共にLAからアムステルダムに引っ越していたChoiは、クラブの中でカリスマ的ローカル・アーティスト、San Properと会った。San Properは自身のスタジオに空いているスペースがあることを彼に伝え、貸すことを約束した。San Properはその空間の壁とカーペットをピンクに統一する予定であることを彼に話した。その晩、ジントニックのグラスがいくつか空になった頃、彼らはクラブを出て、一緒にペンキを塗ることにした。

「San Properはオーバーオールの作業着を1着しか持っていなかったから、それを僕に渡して、彼はパンツ一丁になったんだ」とChoiが言う。「スタジオに音楽はなくて、ただ一般的なリズムパターンが入ったオルガンがあるだけだった」。ふたりは朝4時までルンバやサンバをかけながら、ペンキを塗ったのだという。「そのうち塗料がなくなって、スタジオの半分だけがピンクで、鮮やかな、ほぼ白に近いピンク色の部分もあって、まだ手を付けていない部分もある状態になった」。ペンキ塗りは大成功に終わったとは言いがたいが、San Properのおかげで Choiはこの街に馴染むことができた。（Choiはその後、お返しとしてスタジオのためにピンク色のカーペットを購入した）

そしてこの半分以上がピンク色に覆われたスタジオで、今春Rush HourからリリースされるChoiの1stアルバム、『Hunch Music』が作られたのであった。フルアルバムの構想は、随分前からあったようだ。「2012年にアルバムを制作し始めたんだが、作ったものにあまり自信がなかった」とChoiは言う。「ハートが込もってなかった。あるいはマインドかも。ただハウス・トラックを作ってるって感じで、どれも同じようなものになっていた。行き詰まっていたよ。そして人生において、他にどんなことができるだろうかって考えるようになった」

LAやアムステルダムに拠点を移す前は、70年代に韓国からヨーロッパに移住してきた両親と共に、西ドイツのボーフムという工業都市で幼少時代を過ごしたあと、Choiは19歳のころにベルリンに移った。ベルリンで14年間暮らした彼には、沢山の友人、良いアパート、そして安定した頻度のDJギグがあった。

しかし、そのうちChoiは不安を抱くようになった。2011年、彼は友人の電力変換装置を輸入する会社に就職した。そして2012年には、テクノロジー系のベンチャー企業での仕事も始めた。週末にはDJをしていたが、この働き方のせいで18ヶ月は制作が出来ない期間が生まれてしまった。ベルリンにこのままいたら、再スタートを切ることはできないだろうと彼は悟った。

「当時自分が置かれていた状況に感謝していたけど、同時に不安だったね」と彼はいう。「このまま同じことを続けたくはなかった。今後のことを考えずにはいられなかった。DJとプロデューサーとしての活動が拡大する可能性はあったけど、なぜだか、そうはならない気がした。制作においても、どういった方向に進むべきか解らなかった。だからまったく馴染みの無い環境に自分を置いて、自分がどういう反応をするか見てみたかったんだ」

2013年の7月、Choiは荷物をまとめ、妻と共にLAに移住した。西海岸に到着した頃、ChoiはすでにDJとしてある程度の評判を集めていた。そして主に200人や300人規模のハコでブッキングされるようになり、ハウス、ディスコ、テクノ、ソウルなどを回した。また、2009年にはデビューEP「Tour De Force」をWillie BurnsのW.T. Recordsから発表し、その後Internasjonal、Rush Hour、Ostgut Ton、Dekmantelといった人気レーベルからリリースを重ね、高い評価を得ていた。

LAでの暮らしは長くは続かず、9ヶ月ほどで終わったが、彼にとってとても重要な期間となった。大西洋の反対側に移った彼は、当時主にヨーロッパから来ていたブッキングのオファーが格段に減ることを予想していたが、その逆であった。「ヨーロッパのプロモーターは旅費をカバーする条件でオファーしてくれたんだ」と彼は言う。「LAに行っちゃったらもう終わりだと思っていた。年に1回、自分で旅費を負担してヨーロッパに行って、いくつかショウをやるぐらいに考えていた。まさか向こうが航空券を用意してヨーロッパでプレイさせてもらえるとは思っていなかったよ」

ヨーロッパのプロモーターにこれほど需要があることを知ったChoiは、それまで懐疑的であった、DJとプロデューサーとして食べていくという決断をする勇気を得た。「僕の持っているものとか、やっていることを改めて見直す良い機会になった。アーティストとして生きていくことは勇気や覚悟を必要とする。ベルリンにいたころは、他人とは違うユニークなことや、価値のあることを僕は提供できているのだろうか？って考えていたんだ。本当に人生の大部分をこれに捧げたいのだろうか？後で振り返ったときに、他のことをすれば良かったって後悔しないだろうか？ってね。しかしDJ、そして作品作りを通して築いてきたことは、思っていたよりも地盤がしっかりとしていたことに気づいたんだ」

ベルリンでChoiの心を蝕んでいた不安は吹き飛んだ。「もっと単純な見方をするようになったよ」と彼は言う。「僕は音楽を作る。僕はレコードをかける。突然、他にしなくてはいけないことがあるような気がしなくなったんだ。自分に問いかけていた疑問が一気に無くなった。頭の中でライトが灯された気分だった」

2014年の4月、Choi夫妻はアムステルダムに引っ越した。この目的地を選んだのは自然なことであったと彼は言う。「ベルリンは恋しかったし、友人たちとも会いたかったけど、ベルリンに戻ってしまったらもうおしまいだと思った。腰を落ち着けてしまうだろう。一周してふりだしに戻ってしまう」。Choiは元々Rush Hourのオーナー、Antal Heitlagerと仲が良く、同市のハウス／ディスコ・コミュニティーに知り合いがいたため、アムステルダムには縁があった。

ChoiはSan Properのスタジオに入り浸り、アルバムの制作に着手した。「また一からやり直している気がしたね」と彼が言う。「アムステルダムに行くまで、僕は音楽界で達成したいことの80％ぐらいはすでに達成していたと思っていた。しかしこっちに来てから色々と解ったことがあって、まだ20％程度しか達成していないことが解ったんだ。まだまだ先があった」

この、新たに得た活力は制作に直に影響を及ぼしたが、デビュー・アルバムにはつきものである、期待に答えようとする責任感を自身に負わせることはしなかった。それは、彼がどんどんと自信をつけていることの現れなのかもしれない。「僕にとって、このアルバムはただ数ヶ月の間に制作した楽曲を集めたものなんだ。何か大それたメッセージを込めているわけでも、10年間の集大成ってわけでもない。出来たものを世に出して、すぐに次にとりかかるつもりだ」

『Hunch Music』が完成するよりも前に、Choiは『Sounds From The Far East』と題した、寺田創一と彼のレーベルFar East Recordingの作品を集めたコンピレーションを監修し、Rush Hourから発売している。このコンピの反応は良好であった。発売してから数週間は、Facebookでもレコード店でも、寺田創一のあの素晴らしい笑顔を見かけない日はないほどであった。同作を自身の手柄のように語られるのを嫌がるChoiだが、これは彼がHeitlagerに寺田創一のコンピレーションを出したいと提案したことがきっかけで実現したプロジェクトであった。トントン拍子で進んだそうだ。「寺田創一はとても優しくて、すぐにOKしてくれた」とChoiは言う。「写真もトラックも送ってくれて、一緒にトラックリストを考えたんだ」

ここ数年、ChoiはDJギグとスタジオでの制作でとても忙しい日々を過ごして来たが、DJという行為の哲学に関する熟考も続けていた。ベルリンに住んでいた頃にはSoul Tradeというレコード店で働いていたこともあり、彼のルーツはディギングにあるが、レア物や高級なレコードを買うことに夢中になっている人々とは距離を置く。「ただのフェチになってしまってるんだよね」と彼は言う。「僕にとっては、どれだけレアなレコードかなんて、どうでもいいんだ。DJとしては、皆それぞれ自分のフィールドで勝負している。それぞれ独自の道を進んでいる。2014年にJeff MillsやFela Kutiの音楽と出会った人もいるかもしれない。その人にとっては、これは新しくてエキサイティングな音楽だ。それは、僕にとってもエキサイティングなんだ。そういった音楽に興奮して、出会ったばかりの音楽としてそういったものをかけている人を聴くのは」

Choi's first apartment in Berlin

現在Choiの元には、これまで以上にオファーが殺到している。私も彼のDJプレイはもう数回見ており、最後に見たのはロンドンのDance Tunnelであった。HuneeのDJセットの特徴に挙げられることは何点かある。まずは、彼はほぼ確実に笑顔で、踊りながら曲をかけるところ。もうひとつは、ヘッズばかりのイベントで定番曲を、そしてパンパンのダンスフロアに向かって冒険的な曲をかけることができる度胸が備わっているところ。

「ある程度の自由はキープしたいんだ」と彼は言う。「早い段階で、DJとして進むことができる2つの道があることに気がついた。まずは、ひとつのサウンドをストイックに掘り下げるスタイル。しかしすぐに、それは僕らしくないことに気がついた。昔から色々なサウンドをかけたいほうだった。でもそういう場合は多少覚悟が必要だ。今では、DJをするとき何をかけても許されるようになった。30分間、ダークなインダストリアル・テクノをかけることも、ディスコをかけることもできる。アフリカのレコードをかけることもできる。大抵の場合、クラウドはそれを歓迎してくれるんだ」

Choiがアムステルダムに到着した時期は、Trouwが閉店までのカウントダウンを行っている頃であった。今年の1月に同クラブは店を畳んだ。まだベルリンに住んでいた2010年、このクラブが彼にとって初めてのアムステルダムでのギグであった。そしてTrouwのオーナーOlaf Boswijkとは知り合いであり、ChoiがDJとして参加したDixonことSteffen Berkhahnの結婚式で最初に出会った仲であった。

「Trouwの最後の2ヶ月は、毎週末なにかしらイベントの最終日だった」とChoiが言う。「Tom Tragoのパーティーのファイナル・ナイト、Cinnamanのファイナル・ナイト、Rush Hourのファイナル・ナイトとか。20ぐらいのファイナル・イベントが連続で行われていて、どのイベントも凄く盛り上がった」。Choiにとって最も印象的だったのは、彼がDJをしたときの客の何でも受け入れようとする姿勢であったと言う。あまり知られていないゴスペルやディスコ、アフリカのレコードでもフロアからは歓喜の声が上がった。「600人ぐらいの人々が、まるで最新のヒット曲か、Larry Heardの名曲をかけたかのように大声を出して踊ってくれたんだ。あまり知られていない曲をかけているんだが、そんなことは気にせずに、音楽的にその曲に興奮してくれた。このレベルで、こういったことはあまり見る機会がないよ」

3月の頭、Choi夫妻はまたもや引っ越しをした。「もうしばらくは動かないつもりだ」と彼は約束した。今回は、アムステルダムのお洒落なデ・ペイプ地区から、ウェスターパーク付近の静かで緑の多い地域へ、ほんの数キロの移動であった。

「のどかな場所で、素朴な人生を送っているよ。最高だ」と彼は言う。「今は日々をしっかり噛み締めている。朝起きて、“よし、仕事だ”って言って、ひたすらやるんだ。スタジオに行って音楽を作る。あるいはレコードストアに行ってディグする。あるいはどこかに行ってDJをする。これまで何年も脱出の戦略を練っていた。音楽界からどうやって脱出するか？ってね。音楽が嫌いになったのではなくて、ただ、他に何が出来るんだろう？とか、他にやるべきことはないのか？って考えていた。でも、今後きっと他にやるべきことは出て来るとは思うけど、今はこれなんだって思える。音楽を糧に生きることに対して、もう不安はなくなった。今やっていることはそんなに悪いことじゃないのかもって思えるようになったんだ」

Hunee

Huneeは、6月11日にイギリスはウェールズで開催されるGottwood Festivalに出演します。