9人編成のエレクトロ・ラテン・オーケストラであったり、彼のデジタルなテクノに相応しい黄緑色のコンピューターコードが流れる映像の投影であったりと、Uwe Schmidtのライブショウはいつだって、聴覚だけではない感覚を刺激してくれるものである。彼は必ずしも特製のビジュアル要素を用いてパフォーマンスをしているわけではなく、例えばTobias Freundと一緒のときはマシンからハードなサウンドを流すことに集中しているが、彼のA/V（オーディオ／ビジュアル）セットは、音楽と映像がしっかりとシンクロし、技術的に革新的であり、かつ捻くれたユーモアも少しばかり交じったショウである点が特徴的だ。

Schmidtが2013年にAtom™名義でRaster-Notonからリリースしたアルバム、『HD』のライブ用に作り込んだショウが、特に良い例である。ワイルドで中毒性の高いテクノポップ・ビートに合わせ、抽象的な図形、映像コラージュ、そして歌に合わせて口パクをするデジタル版のSchimdtの顔などがステージ上のスクリーンに映し出される。80年代のMTVの全盛期を彷彿させるものであるが、技術的に見ると、少し前だったらアニメーションやエフェクトの専門家がいないと実現しなかったレベルである。映像編集の知識のなかったSchmidtが、自分ひとりでHDのビジュアルを全て作り上げることができたのは、ノートパソコンの処理能力の向上から、YouTubeチュートリアルの普及まで、様々な技術進歩があったおかげであったという。Phi CentreでのMUTEKの日中のイベントで短いパフォーマンスを行ったあと、Schmidtに最近の彼のシグニチャーセットのことを詳しく教えてもらった。

映像用のパソコンと、別にオーディオ用のパソコンがあって、オーディオの大きめなパーツをそっちで流している。オーディオ用に小さなコントローラーを使っていて、たいていはステージ上にデスクとEQを置いておいてもらっているよ。

MPCからも音源は流れているのですか？それともただのトリガーですか？

両方なんだ、実は。アルバムの楽曲を再現することを目的に全てを準備しているから、じゃあどうやってMPCに全てを入れようか？と考えた。結局、それは不可能だし、やろうとすることも無意味だと感じた。だから、アルバムの曲を部分的に、Abletonからマルチトラック音源として再生して、他のもっと即興性のある部分はMPCから流すようにしたんだ。さっきかけたトラックの後半がそうだった。だから基本的には、2つの音源ソースを行ったり来たりしている感じだ。ちなみに後でかけるトラックは、パソコンの音源はなしで、全てMPCから流れるんだ。

アルバムを制作していたときの機材環境とどれほど近い環境でライブを行っているのですか？

まったく別の機材を使用しているよ。（笑）

ではこれはすべてライブ用に揃えたものなんですね。アルバム制作時の環境はどういったものでしたか？

Pro Toolsでの編集作業が中心になっている。Pro Toolsに録音したものをのっけて、アレンジして、ミックスをしている。音を鳴らすものに関してはそれほど決まりはなくて、シンセとかドラムマシンとかの機材を使用して、それをPro Toolsで重ねるんだ。だからライブでのプロセスとは全く違う。即興性はあまりないんだ。演奏することも少ない。オン／オフして、音を出したり消したりして、しばらく様子を見て、録ったものを再生して、編集して、いらないものを消して、といった作業だ。だからとても時間がかかるしリアルタイムな制作の仕方ではない。

『HD』は完成までに何年もかかったのですよね？

実は、アルバム制作は10年ぐらい前に始めていて、それからいくつか問題があって、ミックス音源を失ったんだ。ミックスダウンを始めてからその音源を無くすというのを二度やってしまって、嫌になった。もう聴きたくも無かった。で、完成していないミックス音源がハードディスクにある状態が10年ぐらい続いたんだ。ハードディスクを交換するたびにファイルを移動して、数ヶ月に一回ぐらいは聴いてみるんだ。いくつかファイルを消したときもあった。作り始めたときに考えていたことはとっくに忘れたし、ファイルの大部分は結局捨てたよ。7、8年経ってもまだ聴けるものが、その中に2つや3つあった。しかし私は変わっていたし、考えも変わっていたから、それを今やろうとしていることに合うように調整して出来たのが『HD』なんだ。だから制作に10年かかったというよりは、10年ぐらい放置していたトラックがあって、それを改良したものを含めて『HD』を作ったという訳さ。アルバムの他の7トラックは後になって制作したものだ。

このセットの特に印象深い部分であるビジュアル面について話しましょう。A/Vセットはどのようにして始まったのですか？

A/Vプロジェクトは8年前に開始したんだ。自分でオーディオとビデオをプログラムして、ステージ上でプレイする方法があることを知って、やろうと思った。音楽を作り始めた20年前はそんなことできなかったんだ。昔からやりたいことだったんだが、昔は無理だった。何人か雇ってやるしか方法がなかったが、私はあまり人に指示を出すのが得意じゃない。特に映像に関してはタイミングとか細かい部分にこだわりたい。誰か他の人に頼むと、毎回違和感があったんだ。それで毎回指示を出さなきゃならなく、それが嫌だった。10人ぐらいの人と一緒にステージに立って、Señor Coconutで10年ぐらいライブをやったけど、もうやりたくなかったんだ。大勢でステージにいることや、大勢で移動したりすることに嫌気がさした。（笑）ステージにひとりで立って、全ての責任を自分で背負ってやりたいって強く思ったんだ。侍みたいな感覚さ。それでちょっと調べてみたら、自分でできることに気がついた。それも比較的運び易いセットアップで。

それが突然可能になった理由は何だったのですか？新しく登場したソフトか何かでしょうか？

ノートパソコンの進化かな。大抵のノートパソコンがHDの動画を再生することができるようになったことさ。まずはMPC3000を使うことにして、MPC3000からオーディオを全て流して、そのオーディオがビデオをリアルタイムでトリガーするような感じだった。そのやり方で全てが始まった。そのアイディアが進化したのが今のセットアップなんだ。アルバムの楽曲をライブで再構築したいという希望があった（最初のセットアップではそうはいかなかった）から、Abletonを加えて、大容量のオーディオ・データを扱うことができるようにする必要があった。その後HDビデオにしたから、沢山メモリがあって、処理能力が高いパソコンが必要になった。だから今は2台のパソコンを使っているんだ。

今でもオーディオとビデオ用に2台のパソコンを使用する必要があるのですか？

それが、パソコンのことが完全には信用できないんだ。（笑）基本的には頼りないと思うし、ステージにパソコンがあるのがあまり好きではない。だからあまりパソコンを見ていない。本当はどこか他の場所に置いておきたいんだが、信用できないから目の前に置いてるんだ。

手の届く所に置いておきたいんですね。

ああ、もしクラッシュしたら対応しなくちゃならない。三年間に一度ぐらいしか起きたことがないけどね。だからステージ上に置いてあるんだ。しかし最初にA/Vセットをやったとき、MPC3000を使ったんだが、ビデオ・コンピューターは舞台袖に置いておいたんだ。FireWireケーブルで繋げて使用したんだが、あれは結構上手くいった。

今流れている映像は全てあなたがデザインしたのですか？

ああ。

こういったことはやり慣れているのですか？どうやって始めました？

そんなに変わったことはしていないんだ。オーディオ面でどういったことをやりたいか既に解っていて、その解決案もあった。そしてビジュアル面でも具体的にどういったものをやりたいかアイディアがあった。「それができる人を探して指示をするか、それとも自分でやるか？」と考えた。アルバムを完成させるのには4ヶ月ぐらいかかったが、セットが完成するまで半年かかった。なぜなら映像の編集や、ブルーバック撮影など全てを勉強しなくてはいけなかったからね。このセットのためにパソコンを買った。オーディオ機材も色々買って、使い方を覚えないといけなかったし、ビデオの面でも音楽と同期させて再生するだけじゃなくて、ビデオの作り方を勉強した。例えば今の映像の最初の7分間ぐらいは、元から作ってある映像で、MPCと2台のパソコンでトリガーしているんだ。Abletonから音楽が流れていて、ビデオはもうひとつのパソコンが流している。

そしてその両方が、ありがたいことにシンクロして流れてくれる。（笑）最初に作り始めた頃はそうなってくれるのか解らなかった。クロックやシンクにバグがあったのか、シンクロしないときもあった。だからMPCを使うことが重要なんだ。MPCのクロックはとても安定しているが、残念ながらAbletonにはそうは言えない。（笑）Abletonをマスタークロックにしてしまうと映像がシンクロしないんだ。MPCにはふたつのMIDIチャンネルがあって、ひとつは映像に、ひとつはオーディオに繋がっていて、両方とも永遠にシンクロして流れてくれるんだ。

ではMIDIが映像とオーディオを同期させているんですね？

ああ。MPCがクリップをスタートしたり、変えたりしている。ビデオ・プログラムを変えたり、シーンを変えたり、レイヤーをね。映像クリップをパッドでプレイすることもできれば、MPCの中から自動的に流れているときもある。

Atom Tm

では映像の再生を実際にあなたが行っているのですね？こういったセットにおいて多くの人が抱く疑問は、おそらくこういうことだと思います。ビデオとオーディオを同期させて再生させる場合、どのくらいフレキシブルにオーディオをいじることができるのでしょうか？事前に立てていたプランからどれほど離れることが可能なんでしょう？

それが、結構自由なんだ、実のところ。次のトラックのほうが解り易いかもしれない。この曲よりもっとシンプルなんだ。重要なのは、今流れている曲にどれほど手を加えることができるのか、ということよりも、どれほど手を加えたいかだと思う。ライブをやるようになって解ったのは、自分のできることと、過去の経験に基づいて自分が実際にやろうとすることには違いがあるんだ。最初の頃はとても複雑なマシンをステージ上で使っていたんだが、そういった機械に備えられている機能を最大限に活用していたわけではなかった。たいていは、いくつかの決まったパラメーターをいじっていただけだから、結局はシンプルなマシンでいくつかのパラメーターに集中したほうが、インスピレーションが沸くことに気がついたんだ。

例えば、このトラック。プレイしているとき、何が可能で何が不可能か解って来る。準備しているときは、パフォーマンスしたら面白くなると思っていたことでも、実際にプレイしてみると思っていたほど楽しくないときもある。それでボツにしたアイディアもあった。基本的には、構成を細かく作り込んでいるんだ、私の場合は。曲の好きな部分とか、何が上手くいって何があまり良く無いか解って来る。1時間のセットの中で、即興演奏ができる部分と、必要のない部分を見極めるんだ。例えばこのトラックの最初の6分間は、別に私がステージ上にいなくてもいいんだ。ただ再生して、あとは少しオーディオをいじったりする程度だ。6分間が過ぎたあと、いくつかのループが再生されるから、そこにMPCから音を足していって即興をすることができる。音を出して、それでビデオをトリガーする。このトラックを即興なしでそのままかけたら7分ぐらいなんだが、25分ぐらいに伸ばしたこともある。雰囲気が良くて、音が良くて、客がもっと求めていたら、そして時間があったら、なかなか長くすることが可能なんだ。

こういったセットをやる上で重要なのはきっとそういう所ですよね。あまりにも緻密に計画をしてしまうと、クラウドの反応に合わせることができない。ただステージに立って再生ボタンを押しているだけであり、別の日に見てもまったく同じ内容のライブになってしまう。しかし同時に、即興性の高いものにしすぎると、ビデオとの連動などあまり高度なことがやりにくくなってしまいますよね。そのバランスが重要なのでしょうか？

そうだと思うね。セットを作り込む前に考えなきゃいけないことはいくつかある。たとえばMUTEKのようなフェス。普通のコンサートのようなものだったら、やりたかったら2時間とかやってしまうことも可能だが、フェスだと自分の時間は決まっていて、40分経ったら誰かがきて「時間だ」って言われる。だからやりたくてもあまり即興をすることはできなくて、場合によっては省略して短いセットを作る必要があるんだ。

私にとって、全体の構成をしっかり時間的に把握して、だいたいどのくらいの時間が経過しているか感覚でわかるようにしておくことが大事なんだ。プレイしている最中は時計を見ていない。即興するとしたら、そのあとに安全地帯を用意しておく。何もしなくても大丈夫な、ちょっとリラックスできる部分を作っておくんだ。こういうセットはとてつもなく複雑だから、個人的には、そういう構成にする必要があるんだ。シンプルなセットアップではあるが、プログラムの仕方はとてつもなく複雑なんだ。繋げ方とか、メディアとオーディオが違うところとか。もし間違って別のプログラムを実行してしまうなど、何か間違いを犯したら、台無しになってしまう可能性がある。だから集中しないといけないし、100％インプロビゼーションなんてやったら集中し続けないといけなってしまう。

システム側の誤作動で、予定通りにいかないこともあるそうですね？

ああ、ときに起こる。なぜか解らないんだ。（笑）

それはよくあることですか？そういったときには、どうしていますか？

何も問題など起きていないフリをするさ。（笑）ああ、たまに起きるね。謎だよ。たまに…そうだね、10％ぐらいの確立かな…バグるんだ。かなりのバグのときもあれば、ちょっとしたバグもある。プログラムが切り替わらない、とかね。大抵の場合、ツアーに行く前にリハーサルをやっておくんだ。もし何か機材を交換したり、ケーブルの交換をしたら数日間はライブセットを通してやってみる。ケーブルには数字がふってあって、毎回同じ繋ぎ方で、何も変えないで、同じセッティングなのに、本番になって突然トリガーができなくなる。わけが解らないんだ。そのことをメモし、自宅に帰ったあとそのバグを検証してみようとして、同じことをやると上手く行くんだ。不思議さ。だがこのセットアップは…どう言えば良いかな。じっくりと考え抜いて作り上げたセットアップだし、マシンは沢山テストをするし、どういったバグが起こるか、だいたい予想が付く状態にはなっている。

だから基本的には何でも対応できるようにしているよ。「何が起きてるんだ！？」ってパニックになることはない。「あれ？」ってなるぐらいだ。まずはMPCのパターンベースを開始して、パターン1から始める。その後、フットペダルを使いながら、順番通りにパターンを進めていく。20から16に戻るみたいなことはしない。全てシーケンスになっているんだ。そしてそのパターンのシーケンスの中に、所々、リセットできる部分を用意しておく。だから運が良ければ、すぐに元に戻れるんだ。

トラブルシューティングをシステムの中に組み込んでいるんですね？

なるべくそうしているね。

このセットはもう2年程プレイしているんですよね？

ああ、2年半ぐらい。

ライブセットはどのように変化してきましたか？それともやっていることはほぼ変わっていないですか？

いや、変わっているね。さっきも言った通り、システムを組んで、正しく動作させるまでとても時間がかかったから、ツアー中にそう簡単に変更することはできない。複雑すぎるからね。まずは1stバージョンを作り上げたんだが、上手くいかない箇所や、順番を変えたい部分や、これよりもこっちのほうが楽しい、といったことに気づく部分があった。だからその1年後、2ndバージョンを作り上げたんだ。何かを抜いたり、新しく加えたりして、微調整を加えて、流れをよりスムーズにしたんだ。そのバージョンを今もやっているというわけだ。

この人（スクリーンの中で回転しているAtom™の頭部）について訊きたいと思っていました。HDのライブではこの顔が歌に合わせて口を動かすシーンなどがあります。何を使用していますか？コンピューターで再現したのですよね？

Photoshopだね。（笑）

どうやって作ったのですか？自分の顔を撮影したのですか？

3Dのレンダリングなどはやっていないんだ。Adobe After Effectsで色々試してみただけさ。ただの写真なんだ。歌っているところもある。『HD』にはヴォーカル曲があるんだが、ヴォーカルをライブでやりたいとは思わなかった。私はヴォーカリストじゃない。しかし声が聞こえるとき、ただ音として流れているのではなくて、何らかの形で関連づけたかった。だから自分のバーチャル版を作って、画面上で歌わせたんだ。Max Headroomにヒントを得たんだ、実は。

（このセットを）やることにして、私はオーディオとビデオを両方プロデュースする必要があった。オーディオは簡単だ。もう何度もやってきたことだった。しかしビデオに関しては、どうしていいか解らなかった。それでビデオ用のパソコンとソフトを購入して、After EffectsとPremiereとか、ブルーバックを一から学んだんだ。全て他の人の助けを得ずに、自分でやったよ。回転している頭部は最後にやったものなんだ。きっとどうにかやる方法があるはずだって思ったが、解らなかった。それで当時15歳だった娘に「Adobe After Effectsというソフトの使い方とか、ブルーバックのやり方を知りたいんだけど、どうすればいいか解らないんだ」と言った。すると、彼女は「じゃあYouTubeでチュートリアルを見たら？」と言ったんだ。（笑）「なるほど！」って言ったよ。ブルーバックのことは全てYouTubeで学んだんだ。

Atom Tm

それは最近良くきくフレーズですね。もし何か使い方がわからないときはYouTubeで調べるべき、という。

そうなんだ。面白いのは、最初ブルーバックをやりたいと思ったときは、カメラをやる人、照明をやる人、メイクアップの人など、何人かの協力が必要だと思ったんだ。それで照明器具とブルーバック用の青い背景を買うところだった。ところで自宅の浴室には巨大なオープンルーフがあって、そのときチリは夏で、とても晴れていて、しかも浴室には大きな鏡がある。浴室でひげを剃っていたんだが、私の後ろにはタオルをかける棒がある。鏡の前に立って、自分を眺めていた。ブルーバックの撮影をやる上での問題は、自分で自分を撮影すると、撮影しているものを自分で確認することができない点だった。しかし鏡を見ていて、浴室の明るさが撮影に十分だと気づき、更に、タオルをかけるところに青い背景をつるすことができると思いついた。（笑）

だからそうやって撮影したんだ。カメラを鏡の前に置けば自分が見えるし、撮影しているものも見える。明るさも十分だし、後ろに灰色のタオルをおけば青い背景を買う必要もないと気づいた！それで上手くいくかやってみたら、上手くいったのさ。ブルーバックで自分を撮影して、そのあと自分の顔だけを切り抜いて、Adobeで加工したんだ。だがこのとき、それまで考えてもいなかった壁にぶつかった。ビデオを編集するのはとても時間がかかることで、とても容量のいるタスクだということだ。アルバムを作っているときは、例え複雑な内容でも、せいぜいデータ容量は数ギガで済む。しかし映像の場合、自分の顔を撮影するだけで4ギガだ。それをいじったバージョンは8ギガになった。気づいたら、数百ギガバイトに膨れ上がっていたんだ。それほどのデータを処理する能力はなく、動作が遅くなってしまった。プロダクションが進むにつれどんどん遅くなってしまい、ツアーに間に合わなかった。既にツアーのプランは決まっていてチケットなども用意してあったんだ。ビデオをやっていたせいで予定が狂ってしまい、完成しなかったトラックもある。それらの未完成トラックはセットの2ndバージョンをやったときに使ったよ。

こういったセットはどれほどハードディスクの空き領域を食うものですか？

ビデオ用のパソコン上では、プレイしているときはそれほどではないんだ。

既にレンダリングされた状態だからですか？

そうだね。せいぜい60ギガとかそのぐらいではないかな。ビデオ用に使っているパソコンは新しいモデルですらないんだ。4年前のMacだ。しかし十分だよ。あと、ビデオの再生用に新しいソフトを買おうとしたんだが、MIDIでどう動作するか解らなかった。しかし問題があったらサービスセンターに電話して質問できるから、結局購入したんだ。インストールして、全てをやろうとしたら突然クラッシュするようになった。全く原因が分からなかったよ。コーデックなのか、データ容量なのか。安定して動作するようになるまで、幾度となく試行錯誤を繰り返した。全てを違うコーデックでレンダリングし直したり、色々なデータのバランスを調整したりとか、とにかくなんでもやった。しかし、このソフト上で、ノートパソコンでHDビデオをトリガーしようとするのは不安定で100％は信頼できない。

このセットの技術的に難しい部分は、映像をプロジェクターに送り、スクリーンに投影するまでに大幅なタイムラグがないようにすることだと思います。プロジェクターにHDMIケーブルを挿して終わり、というわけにはいきません。ノートパソコンの中にあるものとスクリーン上に映し出されているもののタイミングが合うように、どういったことをしていますか？

面白いエピソードがあるよ。去年フランスにツアーで行ったんだ。7日間連続でショウをやることになっていて、ブッキングをやった人がツアーマネージャーでもあったんだが、事前に彼にこう訊かれた。「あなたの機材のセットアップについて、手伝う上で何か知っておいたほうがいいことはありますか？ビデオの接続など難しいですか？」それで私はこう答えた。「やってみたら解るが、きっと毎日、なにかしらビデオで問題が起きるよ」。彼は「そんなことはないでしょう。HDMIを挿せばいいだけのはず…」と言うから、私は「まぁ、見ててくれ」と言った。（笑）

私が必要とするいくつかの機材は、具体的に機材リストに記載している。アンプか、Ethernetのトランズミッション・システムが必要なんだが、選択肢が沢山あるわけではない。しかし初日、接続してみたらプロジェクターがパソコンを認識しようとしない。二日目、どこからかノイズが発生している。毎日そういったことが起きたんだ。私は冷静に人と話をして、2時間ぐらいかけて解決したよ。毎回、向こうの対応も同じルーティーンだ。ビデオ技師がまず「あなたのパソコンが原因だと思います」と言う。私は「いや、それはないと思う。私のパソコンでは絶対にない」と答えるんだ。（笑）それで向こうは違うケーブルを試す。アダプタのせいのときもあれば、ケーブルのせいのときもあり、ときには２つの組み合わせだったりする。謎だよ。プレイしていて楽しくないぐらいレイテンシーが酷いときもある。メインボードのオーディオをディレイさせて合わせないといけないんだが、そうなるとミリ秒の単位で出音が遅いわけだから、即興演奏がやりにくいんだ。とっても集中して、ステージ上で楽しもうとするが、スムーズじゃないし心地悪い。しかしこういったことはどうしても起こりうるから、覚悟しないといけない。そして忍耐強くないと。

あなたはこのセットをもう数年やってきましたが、次のステップを考えていますか？新しいパフォーマンスのアイディアはありますか？

ああ、だがまだ固まっているわけじゃないんだ。今年でこのセットは最後にして、次は違うことをやる予定だ。音楽的にもビジュアル的にもいくつかアイディアはあるんだが、まだそこまで進んでいない。

ビデオを制作する経験を経た今、音楽を制作するときそれが何らかの形で影響を与えることはありますか？

いいや。スタジオで音楽を作っているとき、その曲をライブでやりたいかどうか、そしてやるとしたらどうやるかっていうことはすぐに見えて来る。そして場合によっては、ビデオは必要ないと感じることもある。例えばTobias Freundとやっているセットなどは、ビジュアルが必要なくて、まったく違うことをテーマにしている。あれはサウンドが何より大事なんだ。曲を作っている段階で、既にそれをライブでやれるかどうかが感覚的に解る。自分で作った音楽全てをライブでやりたいとは思わないんだ。家などでじっくり聴くのがベストな音楽もある。そしてビジュアルが必要ない音楽もある。例えば、これからプレイしようと思うこの曲は、最初のA/Vセットのときにアンコール用に作ったものだ。アンコールがあったときのために用意した、簡単に作った曲だ。音はMPCから直接出していて、（ビジュアルは）小さい白黒のシンプルなJPEGだ。何をするかと言うと、MPCを使ってJPEGの上からプラグインをプレイして、様々なプラグインのオーバーロードが勝手にエフェクトをやってくれる。それをプレイするのがあまりにも楽しかったから、その後セットの一部にして、他の部分を取り除いたぐらいだ。これは、今の新しいシステムに入れた唯一の古いパートでもあって、ビデオと一緒にプレイするのが楽しいからこそ存在しているトラックだ。ビデオなしだったら楽しみが半減してしまうだろうね。