UKガラージのルーツは1992年にまで遡ることができるが、全国的に人気を博したのはその数年後であった。一旦ブレイクすると、あっという間にメジャー・シーンを席巻し、クラブ、ラジオ、そしてテレビを独占した。ポップ・スター達がこぞってUKガラージを取り入れ始め、そのサウンドが音楽チャートを一時的に賑わせたが、そのうち必然的な終焉を迎えることとなった。この一連の流れにおいてとてつもなく重要な役割を果たした曲として挙げられるのが、R.I.P. Productionsによる"Ripgroove"である。

それまでいくつかアンダーグラウンド・ヒットを飛ばしていたレーベル、Ice Cream Recordsから1997年3月にリリースされた同曲は、UK Top 40入りを果たした。（その後、BMGの後ろ盾で再リリースされた際はUKチャートの14位にまで駆け上った）だがラジオ局はこの曲に対して懐疑的であり、この曲を制作した張本人であるOmar AdimoraとTim Likenの二人も、この曲のポテンシャルに気づいていなかった。"Ripgroove"が最初にクラブでプレイされたときのことを、Adimoraはこう思い出す。「最初はフロアがシーンとしていたね。しかし声ネタが反復して、どんどん勢いを増して行くにつれ、徐々に手を叩く人が増えていった。そしてベースラインが登場すると、フロアは爆発したように盛り上がったんだ。クラブから出て、Andy（Lysandrou）に電話して、“どうやらモンスター級のものが出来ちゃったみたいだ”と話したのを覚えてるよ」

おそらく今ならベースラインと呼ばれる曲だろう。しかし当時では、初期UKガラージの四つ打ちサウンドよりは、ジャングルやドラム＆ベースに近いフィーリングのあった"Ripgroove"は異端であった。すでにアメリカではArmand Van HeldenがCJ Bolland、Tori Amos、Sneaker Pimpsらの曲のリミックスでより大胆でベースヘヴィなスタイルを打ち出していたが、"Ripgroove"の登場は、UKガラージに大規模な化学反応が起きるきっかけのひとつとなり、Ice Cream Recordsはシーン屈指のレーベルとなった。Adimora、Liken、そしてLysandrouの三人がこのレーベルを立ち上げたとき、まさかこういった展開が待っているとは夢にも思っていなかった。

「Tim（Liken）はチャペル・マーケットのレコードショップ、Time Is Rightで働いていたんだ」と、Adimoraが言う。「俺はグラフィック・デザインとコンピューター解析の会社で働いていた。仕事を2時とか3時に終えた平日とか、週末はいつも店に行っていて、Timにレコードをかけてもらっていた。お互い音楽の好みが近くて、同じくらい音楽に夢中だったことに気がついた。俺は以前から、その時がきたら、音楽で食べていけるようになりたいって思っていたんだ」

一方Likenは学校を卒業したばかりであり、すぐに音楽業界に足を踏み入れていた。「GCSEで最低限の勉強をして、最低限の成績で卒業した」と彼は言う。「俺は大学で勉強することに未来を感じていなかったんだ。音楽以外は考えられなかった」。そしてAdimoraとLikenはスタジオに入り楽曲制作に取り組み始めるが、作品をリリースするのだとしたらビジネス面を担当する人が必要であると考えていた。

Time Is Right での仕事を通じて、LikenはすでにLysandrouと知り合いであった。Lysandrouはドラム&ベースのレーベルをやっており、ディストリビューションを個人的に行っていたのだ。元々海賊ラジオをやっていたLysandrouは、違法テレビやラジオ放送の取り締まりを強化した1990年の放送法の元、真っ先に起訴されたDJの一人であった。当時「Kid Andy」として親しまれていた彼は、その後合法ラジオへと移り、Hype FMの朝の番組を担当した。彼はその後、ブレントの首長から放送界への貢献を讃えた栄誉を受けたが、その皮肉に彼は今でも笑ってしまう。人脈と経験を兼ね備えたLysandrouは、パズルを完成させる最後のピースであった。AdimoraとLikenの作品をリリースするために、三人は1995年にIce Cream Recordsを立ち上げ、Lysandrouは日々の運営を担当した。

Tim Liken, Andy Lysandrou, Omar Adimora

AdimoraとLikenはまず、ロンドンのハロウェイ・ロードの不動産事務所の地下にあったLysandrouのスタジオに籠って制作をした。R.I.P.名義でリリースをし始めた頃の初期の作品は、当時主流だったUSハウスとガラージ・サウンドの影響が強かったが、Adimoraは「ただTimと色々試して遊んでいただけだったんだ」と言う。「自分たちの方向性を見つけようとしていた。多分、真剣に曲作りと向き合っていたというよりは、ただスタジオでプロデュースしているという事実に浮かれていたことのほうが大きいだろうね。駄菓子屋にいる子供の感覚だよ」。そういった実験の末に生まれたのが、"Deep Inspiration"、"Obsessed"、"Work It"といったカルト・クラシックであった。Ice Cream Recordsはこの時点ですでに、UKガラージをプッシュする少ないアンダーグラウンド・レーベルのひとつとして存在感を増していた。

LikenはまだTime Is Rightで働いており、仕事をしていないときは音楽制作に没頭した。一方、Adimoraはキッチンをスタジオに改造し、アメリカに行ったり来たりを繰り返しながら、機材を購入していた。この時手に入れた機材で、Ice Cream Recordsの地位を確固たるものにする曲が生み出されたのだ。通称、“Double Pack”と呼ばれた『Double 99』がリリースされたときが、彼らにとってターニングポイントとなった。アルバムにはハウス風の楽曲に交じってジャングルやドラム＆ベースに影響された"Jump To It"、"Oh Baby"、"Ripgroove"の三曲が収録されており、"Ripgroove"には伝説のマンチェスターMC／ヴォーカリスト、Top Catが参加していた。「DJの間ですぐに人気になったね」とLikenは言う。Lysandrouのコネクションを通じて、その三曲はすぐに各海賊ラジオの定番曲と化した。しかし大手のラジオ局では、そうはいかなかった。「話を聞いてもくれなかったよ。“ロンドンの外では誰も興味を持たないだろう。うちではかけられないね。ではまた。出る時にドアを閉めてくれ”って感じだったね。そういう反応をする局ばかりだった」

しかしLysandrouはそれぐらいで諦めなかった。ディストリビューションを全て自分でやっていたため、レコードが生産されている間、LysandrouはUKの各地に足を運んで宣伝をし、事前販売を行い、レコード屋に顔を出し、直接レコードを届けた。もし金曜日の午後にレコードが出来ていたら、土曜日の閉店までにはロンドン中のレコード屋さんの店頭に並んでいた。「車であちこち行ったんだ」とLysandrouは言う。「当時、ちゃんとレコードが届いてほしかったら自分で持って行くしかなかった。ディストリビューターは信用できなかったんだ。大変だったが、楽しかったよ。しかし今振り返ると良くやったなって思う」

まだレコードが出荷される前に、Lysandrouはいくつかの店舗に空のレコードスリーヴを渡して、窓に飾ってもらい新作の宣伝を行った。そうすることによって、レコードの発売日にファンが殺到した。「お店によっては、新しいiPhoneが発売したみたいに混んだよ」と彼は言う。「たしかイルフォードのMusic Powerだった気がする。30、40人ぐらいが集まって、皆『Double Pack』を買って行ったんだ」

当初は1000枚の限定生産であったが、あまりにも評判になったためロンドン中のレコード会社からオファーが集まった。「ありとあらゆるレコード会社とミーティングをしたよ」と彼が言う。最終的に"Ripgroove"の権利は、BMGのサブレーベル、NorthWestSide (NWS) RecordsをChristian Tattersfieldと共に立ち上げたNick Raphaelが勝ち取った。"Ripgroove"は1997年の3月にすでにリリースされていたが、BMGはTop Catのアカペラを使用したラジオ向けのヴォーカル・ミックスを作り、再発した。同曲の人気は同年の夏に一層高まり、Kiss FMとBBC Radio 1のプレイリストに追加され、1997年の年末にはUKアンセムと化していた。「それ以降、全てがクレイジーだったよ」とLysandrou。AdimoraとLikenはDouble 99名義でBMGとアルバムリリースの契約を締結したが、『7th High』が発売されるのはその三年後のことであった。その間、彼らの元にはリミックスの依頼、ギグ、テレビ出演のオファーが殺到した。

「イギリスの音楽史の中でも不思議な時代だった」とAdimoraが言う。「ラジオ局はどこもUKガラージをプレイしていた。本当はUKガラージを好んでない局でさえ。UKガラージのミュージック・ビデオを作っている人達もいた。『Top Of The Pops』（註：イギリスの音楽番組）では俺たちが最初に出演して、それから他のアーティストも登場した。この年はイカれていたよ」。"Ripgroove"の人気がピークに達していたとき、Tina Mooreの"Never Gonna Let You Go"などのヒットで2ステップが浸透し出し、よりソウルフルなUKガラージ・サウンドへと主流がシフトしていた。ジャングル／ドラム＆ベースの要素よりもR&B色が強くなり、90年代の終わり頃にはCraig Davidのようなアーティストが大ブレイクを果たした。しかし2ステップをダークでタフに表現するアーティストたちもいた。Zed Bias、El-B、Horsepower Productionsらが作り出したそのサウンドは、後に発展するダブステップの土台となった。AdimoraとLikenはR.I.P.のシグニチャーである四つ打ちリズムから離れ、R.I.P.の真似をするアーティストたちと一線を画すため、10° Below名義で2ステップ・シーンに踏み込んだ。R.I.P.として彼らが作り出したサウンドは、その頃スピード・ガラージという、本人達が毛嫌いする呼び名ですでに広まっており、メジャー・レーベルによって私物化され、コンピレーションを売る為のブランド名に成り下がっていた。

1999年にリリースされTop 10入りを果たした10° BelowによるKele Le Rocの"My Love"のリミックスは、彼らにとってこの時期の最大のアングラ・ヒットであったが、Likenはこの音楽の進んでいる道に懸念を抱いていた。「あまりに2ステップに傾倒しすぎるようになってきた頃には、もう創作意欲を満たすものじゃなくなっていたんだ」とLikenが言う。「それに、Ministry Of Soundとかではまだハウスをプレイしていて、10° Belowの曲をあまりかけるチャンスがなかったんだ」。2001年にDouble 99 名義でアルバムを発売したあと、彼はAdimoraにプロデューサーの座を完全に譲り、AdimoraはR.I.P.、Double 99、そしてIce Cream Recordsの主にクラブ志向の楽曲を手がけ続けた。LikenはTim Deluxe名義でソロ活動を行い、自身も"It Just Won't Do"などヒットを飛ばした。しかしAdimoraはどんどんとポップ・ミュージック化していたUKガラージ・シーンから身を引き、2004年にはKardinal Beatsというプロジェクトを始め、Amy Winehouse、JLS、Lemar、Destiny's Child、Beyonce、Justin Timberlakeらのリミックスを手がけた。

Ice Cream Recordsの勢いは衰えず、今度はLysandrouのプロジェクトTrue Steppersがヒットした。Lysandrouのドラム＆ベース時代の仲間であった、XL Recordings所属のJonny LとTrue Steppersを結成し、Jonny Lの1992年のハードコア曲、"Hurt You So"のカバーをまずリリースした。そしてすぐ後にTop Catが参加した"Beng Beng"が続いた。「あの曲はNME誌で“今週のシングル”に選ばれたんだ」とLysandrouが言う。「なんだか上手くいってるから、このまま続けてみようって思ったんだ」

今回も、あっという間に物事が加速した。まず、BMGの繋がりでアイドルグループAnother LevelのDane Bowersが参加した"Buggin'" was the result. And trumping that? Posh Spice, of course. "Out Of Your Mind"が大ヒットを記録した。お次はPosh Spiceこと、ポップ・プリンスセスのVictoria Beckham（とDane Bowers）がフィーチャーされた"Out Of Your Mind"が2000年8月にリリースされ、 1位にこそ到達できなかったものの、発売日の売上だけで5万枚を記録した。Dream TeemがRadio 1のゴールデンタイムに番組を持っていたことも、UKチャートのあちこちに曲がランクインしていたことも考えると、UKガラージがいかに巨大な社会現象に成長していたかが解る。ところが、それでもIce Creamは驚くべきことに、アンダーグラウンドに支持されるレーベルであり続けた。これは、当時他にColoursなどのアーティストが所属していたことに起因する。Coloursの"Hold On"は同レーベルからリリースされた楽曲の中でも、多くのDJがお気に入りに挙げるひとつである。

Dane Bowers, Victoria Beckham

UKガラージはポップチャートから、クラブのVIPルームまでを制覇したが、その過程でギャング抗争と関連付けられてしまった。Turnmillsで起こった銃乱射事件や、バタシー出身のグライム・ガラージの人気グループ、So Soild Crewの起こす問題の数々によって、拭い払えないイメージが定着してしまった。2000年代に入る頃には、UKガラージはまるで悪い言葉のように使われていた。ガラージにとってのイビサ島であった、ギリシャのキプロスにあるアヤナパ島で、Dizzy Rascalがロンドンの縄張り争いに巻き込まれて刺されるという事件までも起きてしまい、クラブはこのシーンと距離を置くようになり、UKガラージはアンダーグラウンドへと後退していった。

Ice Cream Recordsもその道を辿り、Lysandrouはレーベルが息絶えないよう、2008年にCraig Davidの作品三作を出すなど、リイシューや小規模プロジェクトのリリースを続けた。すると2009年には、同レーベルに新たな活気が戻って来た。同じ時期、DJ EZのようなオリジネーター達や、Rinse FMなどの長年のサポーター、そして次世代のプロデューサー、プロモーター、レーベルが活発な動きを見せており、より多様で強力になったUKガラージ・シーンが新たな盛り上がりを見せていた。2013年には、設立以来初となるニューメンバーをレーベル運営陣に迎えた。新しく入ったDJDは、DJやプロデューサーとしてレーベルに貢献するだけでなく、A&Rとマーケティング業務を手伝った。「彼は20年前の俺みたいなんだ」とLysandrouが言う。「奴はハングリーだし、音楽が大好きだ」。DJDが入ったことで時間ができたLysandrouは、“ニュースクール”のガラージ・ミュージックをプッシュするためのプロモーション／プロダクション会社、Beat1を立ち上げた。

多くのセカンド・ジェネレーション・アーティストと同様に、DJDはIce Cream Recordsに多大な影響を受けている。「Ice Creamのロゴのあるレコードは、間違いない作品だという信頼があったんだ。売り切れる前に買いたいから、視聴せずにレコードを買うことも多かった」。プロデューサー、そしてリミキサーとして様々な作品に関わっており、新しいUKガラージ・サウンドの伝道師として動いているDは、Ice Creamで今後発売予定の最新プロジェクトを任せられている。無名の新人や無契約の気鋭アーティストの楽曲を集めたコンピレーションである。「思ったんだ。そろそろ前進する頃だ、ってね」とLysandrouが言う。「色々なコンピレーションが出てきたが、どれも20年前のガラージを再利用しているだけだ。俺たちはその創始に関わって来た。そろそろまたフレッシュなことをやろうじゃないか」。Adimoraによると、何作かR.I.P.名義でのリリースを予定しているとのことだが、今は、Ice Creamをリアルタイムで聴いて育った者であろうと、なかろうと、なんらかの形でIce Creamに影響を受けてきた新世代の才能を、世に出すことに集中していると言う。

Ice Creamがまだ健在であり、今月20周年を迎えるという事実も感心ものだが、サウンドを積極的に未来へと押し進めようとしていることから、Ice Creamを育てて来たチームの情熱が伺える。彼らは正真正銘のパイオニアであり、彼らが90年代半ばに立てたさざ波が波紋として拡大し、現在も影響を与え続けている。Disclosureの成功にインスパイアされ、AdimoraはR.I.P.名義を甦生することを決意したが、Disclosureの二人はIce Cream Recordsをインスピレーションに挙げる。まるで循環し続けるループであり、たしかに欠点もあったのは事実だが、イギリスの現代音楽史の端に付け加えられる脚注程度のようにしか見えないこのムーヴメントが、音楽文化を永遠に変えたのである。

Ice Cream Recordsは山あり谷ありの歴史を歩んできたが、過去に戻れるとしたら何か変えることはあるだろうか？という質問に対し、Adimoraはこう答えた。「Victoria Beckhamとお酒を飲んで、ワールド・カップのパーティーでプレイして、友人達とハングアウトしてDJしてきたんだ。なかなか体験できないことだ。何を変えるかって？何一つ変えないさ。楽しすぎなんだから！」

Ice cream